053 狙われた配信ギルド
『どもどもー、リカちぃでーす! みんな、クラファンに参加してくれてありがとー! 広告が流れるようになったのにも気付いてくれたかな? 見てくれるとポイントが貯まる仕組みなんだよね。このポイントは今後使えるようになるから、ぜひ貯めてみてね!』
エコーストーンから映し出されるリカちぃは、今日も変わらず可愛い。試験的に導入してみた広告も問題なく流れている。ただ、自分のチャンネルに取り入れるかどうかはそれぞれの配信者の裁量に任せることにした。
私は紹介程度に試した後は外すつもりだ。公共放送のような立ち位置にしたいし、クラファンが目標に到達しそうなペースだから広告収入を稼ぐ必要もない。リカちぃのチャンネルに広告を出したいという話も山ほど来ているけれど、それは他の配信者に回してあげたかった。
しかし、目の前に座るお役人さんには、どうにも私の理念を理解できないらしい。
二、三日は体調不良を理由に逃げ回っていたけれどもさすがに今日はそうもいかず、今日は朝から応接室で取り調べまがいの聞き取りを受けていた。
「――なるほど。配信ギルドにはそこまでの献金が集まっていたのですね。寄付金もこの広告料もいくらかは運営費に回るのでしょう? ……それらも、本来なら本国にも納めるべきではありませんか?」
物腰こそ柔らかいけれど貴族らしい居丈高さは隠しきれていない。恐らくこの数日で配信ギルドを徹底的に調べ上げてきたのだろう。監査の話などそっちのけで、話題は配信ギルドのことばかりだった。
……ハウンドの不在を狙ったな。
というよりも、あえてどうでもいい用事を言いつけて屋敷から追い出したようだった。
「配信ギルドはあくまでも独立した事業です。フォウ公国とは一切関係ありません」
どちらにせよ今は一人でこの人を相手しなければならない。それならば、と私は毅然とした態度ではっきりと言い切った。
……以前、アレクセイさんからのスポンサー代金を領の予算に回すべきかと相談したことがあったけれど、ハウンドに即却下されて正解だった。あのとき線引きを曖昧にしていたら、それを口実に突っ込まれていたかもしれない。
「なるほど。フォウローザの予算は一銭たりとも流用していないと?」
「会計報告書を確認されたはずですよね? それであれば一目瞭然だと思いますけど」
「……随分と領政にも関わられているようですね。確かに、書類上では不審な点は見当たりませんでした」
ハウンド様にきっちり確認してもらってるんだから当然だ。彼の疑念の視線を真正面から受け止めると、僅かに忌々しげな色が滲んだ。
私ひとりなら簡単に丸め込めるとでも思った? 残念でした。私だって、これくらいの修羅場は潜ってきてるんだから。
「配信ギルドはあくまで独立した機関だと。……とはいえ、貴女はフォウ公国の保護下にある。完全に無関係と言い切るのは、さすがに情が無いのではありませんか?」
「お世話になっているお礼としてフォウローザの発展には貢献しているつもりです。中央区の一帯をご覧になりました? 以前より空き地がかなり減ったはずですよね?」
すかさず反論すると、フリューゲル氏は言葉を詰まらせた。
……この人の狙いは、配信ギルドをフォウ公国のものに組み込むこと? けれど、それだけじゃなさそうな気がする。目的が読みきれず、自然と顔が強張る。
「……なるほど。どうやら少し見くびっていたようだ。あの猟犬の従順なお人形かと思っていましたが、なかなか芯のある方ですね」
「褒め言葉として受け取っておきます。それなら、そろそろ部屋に戻ってもいいですか? 動画の収録をしたいんですよね」
なにせ編集機能なんてないから最長十五分のノーカット一発撮りだ。毎回神経を使うし、万が一のためにストックも作っておきたい。
――あなたの相手をしている暇なんてないんですよ。そう暗に伝えてみたが、まだ解放してくれる気配はなかった。
「ふむ……。領民にも話を聞いてみたのですが、誰も彼もが貴女を褒め称えるんですよ。まるで宗教じみているほどに。救世主だの女神だのとまで言う者までいましたね」
「そこまで言われるとさすがに気恥ずかしいですね。でも、配信者として頑張ってきた成果だと思ってます」
「そうなのでしょうね。そこで提案なのですが……本国に一緒に来ませんか? フォウローザも軌道に乗りつつある。その手腕、本国でこそ発揮していただきたい」
「お断りします」
まさか即答されるとは思わなかったのか、フリューゲル氏は一瞬、虚を突かれたような顔をした。
……まさか、喜んで頷くとでも? そんな縁もゆかりもない土地、行くわけないじゃん。
「……騎士も文官も、これまではここに派遣されてもすぐに逃げ帰ってきていたんですよ。そのような土地に固執する理由が私には分かりませんね」
「私は好きなんです。理由はそれで十分です。だいたい、私を本国に連れて行って何をさせるつもりですか?」
「これまで通り配信ギルド長として活動していただいて構いません。ただ……そうですね。その配信事業を、もう少し我がフォウに貢献できる形に変えていただく必要はあるでしょう」
「……例えば何でしょう? 配信者の収益から一定額献上でもさせますか? 広告は義務化とか? 受信料も徴収します? 寄付や献金の呼びかけも強制する気ですか? フォウに都合のいい情報だけ流せとかも言ってきそうですね?」
思いつくがままに言い連ねると、フリューゲル氏は満足げに微笑み、「よく分かっているじゃないですか」とのたまった。
……なるほど、なるほど。これが、貴族の干渉で理念をねじ曲げられるというやつか。いつかアレクセイさんが言っていた言葉を思い出す。
「魔道具師シシルと個人的な繋がりを持ち、アレクセイ商会ともパイプがある……その点も非常に魅力的ですね。こんな僻地であの猟犬に飼われているだけというのは、あまりに惜しい。望むなら、フォウの有力貴族との婚姻だって――」
「お断りします」
気色の悪い発言を遮るように、即座に拒絶する。フリューゲル氏の表情が、みるみるうちに強張った。
「……どうやら、この地で祭り上げられるうちに随分と増長なさっているようですね。貴女はあくまでフォウの保護下にある。拒否権があるとでも?」
「今度は脅しですか? 私は配信者です。誰かと結婚なんて、あり得ないんですよ」
「そんなに配信者とやらに拘るのでしたら趣味として続ければよろしい。……何も老貴族の妾になれと言っているわけではありませんよ。お望みなら、私でも構いませんが?」
「フォウに完全に囲い込むつもりか? ……随分とまぁ、都合のいい夢物語を語ってるじゃねぇか」
不意に応接室の扉が開かれ、険しい顔をしたハウンドとスイガ君が入ってきた。フリューゲル氏の目がすっと細くなる。
「……随分とお早いお戻りで」
「俺の代わりにギルドに行く奴くらいいるに決まってんだろうが。……最後までそいつ一人に任せてもよかったんだがな。まさか貴族に嫁がせるつもりだとは思わなかった。しかもお前が相手だと? 随分と笑わせてくれるじゃねぇか」
「素性が知れぬ身とはいえ、彼女の魔力は目を見張るものがありますからね。もちろん容姿にも優れている。……少なくとも、貴方の元で燻らせるには惜しい人材だと思いませんか?」
「配信ギルドだけじゃ飽き足らずそいつまで私物化しようとは、欲張りな奴だな。……お前如きがどうこうできる相手じゃねぇんだよ。監査が終わったんなら大人しくすっこんでろ。何一つ、不備はなかったはずだが?」
「むしろあなたの方にこそ不備があるのではないですか? ――会計担当のフリューゲル」
スイガ君がそう言いながら書類の束を差し出すと、フリューゲル氏はそれをぱらぱらとめくり、鼻で笑った。
「……確かに中抜きはさせてもらっていますがね。気難しいとされる魔塔の連中を相手にしているのですから、これも必要経費というものです。国王も暗黙の了解としておりますので、些末なことですよ。……まさか、この程度で私が逃げ帰るとでも?」
トーマ君から預かった帳簿をスイガ君に託し、見事に裏金を暴いたはずなのに、フリューゲル氏はまるで問題ないと断言する。私たちの手札はこれだけだと思ったのか、どこか勝ち誇ったような顔まで見せていた。
……仕方ないか。私は机の上に置いていたエコーストーンを手に取った。
「この資料はあなたへの優しさのつもりでした。これを理由に引いてくれたらなって。……でも、配信ギルドのことも、私のことも、諦めるつもりはないんですね?」
「そうですね。フォウの発展を思えばこそですから。大公殿下も喜ばれることでしょう」
「なるほど。私は警告しましたからね?」
「……何を企んでいるのですか?」
その問いに答えるつもりはなく、私はエコーストーンを操作し、一つの収録動画を選択した。
浮かび上がったのは――。
女物の服を纏い、鏡に身を映すフリューゲル氏の後ろ姿だった。
ぽかんと口を開けた彼の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
……あんまり人の趣味をとやかく言うつもりはないんだけどね。先に盗聴器を仕掛けてきたのはそちらだし、文句を言われる筋合いもないだろう。
「――い、いつ、こんなものを……! いや、違う、これは私では……!」
「いやぁ、鏡にお顔がバッチシ映ってますし」
「レオにお前のことを聞いたら言っていたぞ。『あぁ、あの女装好きがどうかしたか?』って」
「レ、レオナルド将軍にまで知られていたのですか!?」
「まぁ、教えたのはロベリアだろうがな。あいつとは連絡がつかなかったから、代わりに聞いただけだ」
意外と多くの人に知れ渡っていたのがショックだったのか、フリューゲル氏は少し魂が抜けたような顔をしている。
……うん、本当にとやかく言うつもりはなかったんだよ? 線は細いし、中性的な顔立ちだし、とても映えてると思う。
ただ、本人としては密かな趣味のつもりだったのか、涙目になって私たちを睨みつけてきた。
「わ、笑うなら笑えばいいでしょう! この趣味のせいで妻にも逃げられ、親に蔑まれた私のことを!」
「いや、お前の趣味については死ぬほどどうでもいい。ただ、誰にでも踏み込んでほしくない領域があるってことだ。こいつにとってはそれが配信ギルドで、悪い大人たちの食い物にさせるわけにはいかねぇんだよ」
ぐぅの音も出ない正論にフリューゲル氏が小さく呻く。私もうんうんと頷いた。
「お前がこれ以上、この領地にも配信事業にも干渉する気がないと示すなら、俺たちも余計なことはしねぇでやる。……こいつが『優しさ』だと言った理由が分かったか?」
「こんなものを撮ることになった私の身にもなってほしいのですが……私はお嬢様と違って魔道具の扱いには慣れていませんからね。うっかりと、たまたま保存していた動画を誰かに送ってしまうことはあるかもしれません。そう、うっかりと」
悪びれるでもなくスイガ君が淡々と告げると、フリューゲル氏は何か言いたげに口を開きかけたが、やがてぐっと噛み締め、項垂れた。
人の趣味で脅すような真似はできればしたくなかった。でも、裏金だけでは帰ってくれそうになかったし、先に喧嘩を売ったのは向こうだから仕方ない。
ただ、その趣味を完全否定するつもりはないし、むしろ好ましいとすら思えて――私はそっとフリューゲル氏の肩を叩いた。
「どうして隠すんですか? 可愛い服を着たって別にいいじゃないですか」
「馬鹿にしてるんですか? こんなもの……人様に見せられるものじゃない。貴族としてあるまじき、恥ずべき行為だ」
「じゃあやんなきゃいいじゃねぇかよ。しかもわざわざこの屋敷に来てまで」
「貴方みたいな粗暴な男の相手をするとストレスが溜まるんです! 仕方ないじゃないですか!」
「俺のせいかよ」
「そうです! この屋敷なら、私が何を着ようが誰にも見られませんし、何より……あそこの鏡、大きくて姿見にちょうど良かったんです……!」
「知らねぇよ……」
まるで理解できないと言わんばかりにハウンドが呆れた声を出す。けれど、私には分からないでもなかった。
日頃の抑圧から解放され、自分とは違う誰かになりたい――そう思う気持ちは、どの世界の誰にだってあるはずだ。
だから私は、そっと彼に囁いた。
「フリューゲルさん、これはちょっとした提案なんですけど――」