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052 魔塔サーの姫

 ハウンドの指示に従って、魔塔へ来たはいいものの――。


「リカ様、こちらにも目線をいただけませんか?」

「おい、順番を守れ! ……失礼、手を見せていただいても?」

「いったいどんな魔力構造をしているんだ? 魔力の循環量が尋常ではないぞ?」


 魔塔の入り口にたどり着くと、そこには魔塔に所属する魔道士たちが何人もいた。偶然鉢合わせてしまったのだろう、私も驚いたけれど、向こうもビックリしている。

 この場所でシシル様やトーマ君以外の魔道士と顔を合わせるのは初めてだったせいもあってか、戸惑いの視線が飛び交っていた。


 最初は不審者扱いされたものの、すぐに私がリカちぃだと気づいてくれた人がいて、追い出されることはなかったけれど……。


 どうやら私の魔力は相当増加してるらしい。リカちぃだからというよりも、ただの人間離れした魔力量を持つ者が突然現れた、という理由で完全に囲まれてしまった。


 中にはエコーシリーズの開発に携わる人もいるはずだ。邪険に扱うわけにもいかず、私は彼らが求めるがままに要望に応じていた。


「ここには転送魔道具を使って来たのですか? まさか完成していたとは……」

「正式発表がないということはまだ改良段階なのでは? もしも世間に出回ればまた世界がひっくり返るぞ」

「少し見せていただいても? ……いや、これは誰でも扱えるような代物じゃないな。トーマさんでも使いこなせるかどうか……」


 さすがはシシル様のお弟子さんたち。物怖じするどころか好奇心と探究心が溢れて止まらない。次から次へと質問攻めにされて、私もだんだん疲れてきた。


「ご、ごめんなさい。今日はシシル様に用があったんですけど、ひょっとしてお出かけしてますか?」

「お部屋で魔道具作りに精を出してると思いますよ。最近やけに熱心なんですよね」

「リカさんがお忙しいのは重々承知なのですが、こんな機会は滅多に無いのでもう少しお付き合いください!」


 魔塔の魔道士たちとは今後も良好な関係を築いていきたい。仕方ない、これもファンサの一環だと気合を入れ直していると――。

 また一人、魔塔の中から誰かが勢いよく駆けつけてきた。


「――まぁ! 貴女がリカ様なのね!」


 私の顔を見るなり歓喜の声を上げたのは、シルバーアッシュの髪に菫色の瞳が印象的な女魔導士だった。

 入り口での騒ぎはすでに魔塔の中にも伝わっていたのか、周囲には次々と魔道士が集まり、人の輪がどんどんと膨らんでいく。

 そんな中でも、その女魔導士は他の者を押しのけてまっすぐに私のもとへと駆け寄ってきた。そして、勢いよく私の手を取るやぎゅっと強く握りしめてくる。


「動画で拝見した時からぜひお会いしたいと思っていました! あぁ、本当に見事な魔力を備えておいでで……!」


 何やら興奮した様子についていけずに戸惑ってしまう。けれど、動画を観てくれたということは彼女も立派なリスナーだ。私はいつものように「動画を見てくれてありがとう!」と明るく笑いかけた。


「おい、お前はまだ新入りだろう。弁えないか」


 制止するような声も飛ぶが、彼女は気にする様子もなく、私の手を握ったままじっと見つめてくる。

 

「もう、邪魔をしないでください。もう少しだけリカ様に宿るお力を感じたいのですから……」


 その視線は全身を舐め回すようで、

背筋にぞわりとした悪寒が走った。

 ――うん、もう十分付き合っただろう。そろそろ切り上げてもいいはずだ。


「ごめんなさい。あんまり時間がないので、またの機会にでも――」

「リカ様、お願いがあるのです。研究にどうしても必要で、少しだけ……血を頂けませんか?」

「あげません!」


 即座に拒否ったものの彼女の瞳には本気の色が宿っていた。再び私の手を取り、その指がじわりと這い回る。

 いくら相手が女性とはいえ、過度なお触りは困る。振り払おうとした瞬間、手のひらを焼くような痛みが走り、思わず顔を歪めた。


「――なんの騒ぎじゃ」


 不意に響いた低い声に騒いでいた魔道士たちが一斉に動きを止める。

 振り返ると、いつの間にか魔塔の入り口にシシル様が立っていた。その背後にはトーマ君の姿も見える。


「す、すみません。たまたまリカ様にお会いできたものですから、つい……」

「リカちぃが? ……何か失礼を働いてないでしょうね?」


 トーマ君の声にも険がある。先ほどまでの騒がしさが嘘のように消え、場には静寂が落ちた。ようやく解放されそうだという安堵よりも前に、どこか居心地の悪さを覚えてしまうほどだ。


「トーマ君、大丈夫だよ。少しお話してただけだから。シシル様もごめんなさい、突然来てしまって」

「それは構わぬ。……じゃが、その傷はどうした?」

「傷?」


 顎でしゃくられて視線を落とすと、先ほど女魔導士に触れられた箇所が赤く腫れ、ほんのり血が滲んでいた。

 自然とできるようなものではない。思わず首を傾げてしまう。


「……誰にやられた?」

「さ、さっきお手を見せて頂いた時はそんな傷はありませんでした」

「新入りじゃないか? 血が欲しいとか言ってましたが……」


 自然と女魔導士に視線が集中するが、当の本人は動じることもなく涼しい顔をしている。先ほどまで私に向けられていた熱を帯びた視線は鳴りを潜め、何ごともなかったように微笑んだ。


「申し訳ございません。興奮のあまり少し引っ掛けてしまったのかもしれません。……お許しくださいませんか?」


 静かに請われると、私としては「気にしないで」と頷くしかなくなる。

 けれど、私が許しを出すよりも早く――空気が一変した。

 シシル様が、無言で魔力を発現させたのだ。

 

 小柄な体から無遠慮に放たれたそれは、まるで形を持った圧力のように空間を支配していく。

 肌が総毛立ち、私はもちろん、周囲の魔導士たち全員が一斉に息を飲んだ。

 

 強制的に頭を垂れさせられ、全身を押さえつけられるような感覚。

 脚が震え、背筋を冷たい汗が伝う。

 自分の意志で下を向いたわけじゃない。けれど、上げようと思っても、首が動かない。


 ――何が「もうじき二番」よ……!


 こんなの全然追いつける気がしない。

 その圧倒的な力の前に、ただただ悪態をつくことしかできなかった。


「つまり、この魔塔の主である私のものに、傷をつけたということか?」


 低く這うような声音が耳を掠める。

 誰も、何も言わない。言えないのだ。

 言葉が喉に詰まり、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きすら取れない。

 

 必死に意識を保とうとするも、こわばった体は容易に言うことを聞かない。

 それでもなんとか指先が動くようになり、この状況を打破しようと口を開きかけた、その瞬間――。


 シシル様の眼鏡の奥に潜む金色の瞳が、私を射竦めた。

 

「……トーマ、弟子のとりまとめはお主に任せているはずじゃが、これは一体どういうことじゃ?」

「申し訳、ありません。……僕の監督不行き届きです」

「そうじゃな。私の手を煩わせぬことがこの魔塔に所属するための最低条件じゃ。……さて、どうしたものか。まとめて破門としても良いのじゃが……」


 不穏な言葉にギョッとしてしまう。魔道士が少なくなったら結局困るのは私だ。思わず、声を上げていた。


「――シシル様、こんな騒ぎになったのは私の責任です。だから、彼らは許してもらえませんか?」


 シシル様の前に跪き、目線を合わせて懇願する。彼はゆっくりと顎を上げ、静かに私を見下ろした。


 しばらく睨み合う形になったが――やがて彼はフンと鼻を鳴らし、誇示するように発していた魔力をすっと鎮めた。


「……この娘に免じて許すが、二度はない。お主らの代わりなどいくらでもいることを忘れるな。肝に銘じよ」


 許しの言葉に、弟子たちの間から安堵のため息が漏れる。私も握りしめていた手のひらにじっとりと汗が滲んでいるのに気付いて、ハンカチを取り出し、そっと拭った。


「用があるから来たのじゃろう。部屋に行くぞ」

「あ、はい、ごめんなさい。……みんなもごめんね、また時間がある時に、ね」


 弟子たちを一瞥することもなく、シシル様はそのまま魔塔の奥へと向かう。私は慌てて彼のあとを追った。


 何がシシル様の機嫌を損ねたのか分からない。けれど、彼を怒らせるのは極力避けたほうがいいと思い知らされる。


 扉が閉まる直前。ふと振り返ると、トーマ君が魔道士たちに厳しい口調で注意を促しているところだった。




「それで、今日は何用じゃ?」


 シシル様の部屋にたどり着くと、彼はいつもの悠然とした態度で問いかけてくる。先ほどまでの威圧感はすっかり消え、肩の力が抜けるほどだ。

 あまりの落差に戸惑っていると、彼はくすくすと笑った。


「お前が誰のものかを知らしめる必要があったからな。少しばかり脅しただけじゃ。気にするな」

「正直、怖かったんですけど……」

「怖くなければ脅しにならんじゃろうが」


 さらりと流され、私は思わず言葉を詰まらせる。「私は誰のものでもないんですけど」、なんて軽口を言う気にもなれなかった。


「……その傷。少し見せてみなさい」


 促されるままに手を差し出すと、彼は目を細めじっくりと傷跡を観察する。

 指先でそっと突かれると、ピリッとした痛みが走り、思わず手を引っ込めそうになった。

 

「……探られたか」

「探られた?」

「放逐しても良いが、手元に置いておいた方が安心か。……トーマ、あの女魔導士から目を離さぬように」


 シシル様が低く呟くと、ちょうど部屋にやってきたトーマ君がとても嫌そうな顔をした。


「僕、そういうの向いてないんですけど。そもそも取りまとめ役も嫌だって言ってるのに、無理やり押し付けてきましたよね?」

「お主を信頼してこそよ。有象無象の相手などしてられんからな」

「よくもまぁ、ぬけぬけと……。それよりもリカちぃ、怪我をしたんですか? あいつらに何か変なことされませんでしたか?」


 トーマ君も私の手を取ってじっと見つめる。そして、小さく息を呑んだ後に呟いた。


「……抜かれてますね」

「抜かれてる?」

「魔力を、ほんの少しな。ただの知的好奇心で済むならまだいいが、あの女は最近入ってきたんじゃったか?」

「ええ。どこぞかの貴族の娘です。魔力を持て余していて、制御を教えてほしいと大金を積んできたのを忘れましたか?」

「そんな輩はいくらでもおるからな。じゃが……ふむ」

「僕としては問い詰めたほうがいいと思いますけど」

「先ほどの様子ではしらばっくれる可能性が高い。無用に刺激して厄介事を増やすより、まずは動きを探った方が得策じゃろう」


 シシル様は少し考え込むように視線を伏せた。


「あの、嘘を見抜く魔道具はどこへやったか?」

「サンドリアの国王に献上したじゃないですか。もうボケましたか? それに、あれは嘘を見抜くだけですから、尋問の仕方を考える必要がありますよ」

「殺すとまずいか?」

「師匠が親族からのクレーム対応をしてくださるのなら、どうぞご勝手に」

「……やはり、しばらく泳がせておくか」


 シシル様は明後日の方向を見やった。急に面倒になったのかもしれない。

 それにしても――魔塔なら安心だと思っていたのに、どうやらそうでもないようだ。

 それに二人のやり取りに耳を傾けていると、その倫理観の欠如っぷりに思わず眉をひそめてしまう。

 

 女魔導士についてハウンドに報告すべきか悩んでいると、シシル様が「それで、何用じゃった?」と問いかける。

 その言葉でようやく本来の目的を思い出し、座布団を手繰り寄せて腰を落ち着けた。


「フォウローザに、本国からのお役人さんが来たんです。ちょっと面倒なことになりそうだから、一時避難させてもらおうと思って」


 想定していた話とは違ったのか、シシル様は怪訝そうに眉を寄せた。


「マナの増加を怪しまれたんじゃないですか? リカちぃの価値が知られれば、本国に連れて行かれる可能性もありますね」

「なるほど。たいした魔道士も擁さぬ国のくせに、身の程を知らぬと見える」


 トーマ君も渋い顔で同調するように頷いた。


「碌でもないことに利用されるでしょうね。その役人の名前は分かりますか?」

「ええと、フリューゲル・ドーンさんだったかな」

「ドーン家……聞き覚えがありますね。確かフォウとの取引の窓口だったかと」

「そうなんだ? ハウンドに弱み握ってこいって無茶振りされたんだけど、なにかありそう?」


 シシル様はすぐにトーマ君を見やる。どうやら魔塔での取引窓口は、弟子たちが担当しているらしい。


「どの国でも、取引には多かれ少なかれ不正が絡みますからね。指定の金額を受け取れれば問題ないので突っ込むような野暮な真似はしませんが、帳簿がありますのでお貸ししますよ」

「……そういうものなの?」

「魔道具の取引ともなれば桁違いの金が動きます。少しくらい懐に入れたくなるんじゃないですか?」


 なるほど、そう言われると妙に納得してしまう。スイガ君に頼めばうまく不正の証拠を見つけてくれるかもしれない。


 帳簿を探しに行くために席を立ったトーマ君を見送っていると、シシル様がまた私の手を取った。そして、飽きもせずじっと傷跡を見つめている。


「……いつここに来ても構わんとは言ったが、先ほどの光景は見ていて気分の良いものではなかったな」

「騒いじゃってごめんなさい。魔道士の皆さんにはいつもお世話になってますし、お役に立てればと思ったんですけど……」

「殊勝な心掛けじゃがな。完全に開花した今となっては、お主のその魔力は人を惹きつける。そのことをゆめゆめ忘れるでない」


 魔力って人を惹きつけんの? 全く理解できない感覚に困惑してしまう。

 それでも、シシル様に真剣な眼差しを向けられると、私は「はい」と頷くしかない。

 

「……ふむ。フォウに囲われるくらいならば、この魔塔に留め置くのも悪くないか……?」


 ……それはシシル様専属の実験体としてってこと?

 気にはなるけれど藪蛇になりそうで、私は聞こえないふりを選択した。

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