046 配信者向け説明会
例のストーカー事件をきっかけに、配信者を守るための規則を改めて整備した。
エコースポットの没収に加え、シシル様の他の魔道具も使用禁止という新たな罰則を設けることで落ち着いた。
この大陸ではシシル様の魔道具が日常生活のあらゆる場面で利用されているから、それが使えなくなれば相当な不便を強いられる。他国の者に対しても強力な抑止力として期待できそうだった。
そして、この罰則を正式に発信したところ、予想以上の反響があった。
大半の人々は「配信者を守るための適切な規則」と受け止め、安心して推しを応援できる環境が整ったことを歓迎してくれた。
こうして規則を整えた上で、私は満を持してある内容を配信した。
『今日はリカちぃチャンネルの特大企画・第一弾のお知らせです!
これまでの配信を通して、皆さんも"配信"というものがどんなものなのか、なんとなくイメージできたんじゃないかなって思います。
そこで……皆さんもチャンネルを作って、配信をしてみませんか?
十日後の土の日の十四時、ロベリア様のお屋敷で配信説明会を開催しますので、興味がある方は、ぜひお気軽にお越しください!
事前に参加希望のお手紙をいただけると嬉しいですが、当日飛び入り参加も大歓迎!
皆さんにお会いできるのを楽しみにしていますね~!』
この配信はリスナーの間で大きな話題となったようだ。
これまでチャンネルは「リカちぃ」と「冒険者ギルドのパノマさん」の二つしか存在しなかった。 それが、この企画をきっかけに新たなチャンネルが次々と生まれることになるからだろう。
自分も配信をやってみたい、と密かに思っていた人や、新しいコンテンツが増えることに期待するリスナーたちが、この企画の行方に注目してくれた。
「でも、本当に良いんですか? せっかくお嬢様が生み出した配信という文化なのに、簡単に共有してしまっても……」
お昼のデザートを出してくれたシアさんが、どこか不服げな表情を隠しもせず尋ねてくる。彼女も今では立派な配信ギルドの一員だ。立ち上げ当初から関わっているからこそ、今回の決定に少し疑問を抱いているんだろう。
「いーのいーの。いつまでも私だけの企画じゃリスナーも飽きちゃうしね。なによりも、私が他の人の配信を見たいし!」
歌が嫌いな人もいれば、読み聞かせに興味がない人もいる。全ての視聴者に刺さるコンテンツを一人で作り続けるなんて無理な話だ。
何より私の独占状態が続くのはあまり気持ちよくない。更なる発展のためにはチャンネルの多様化は必須だった。
「ん、このラスク美味しい! ちょっとレビュー用に収録しちゃおうかな」
「はい、では外におりますので、お時間になりましたらお声がけしますね」
「ありがとう~♪」
豊穣祭の一件でシアさんとは少しギクシャクもしたけれど、今ではすっかり元通り。いや、今まで以上の信頼をお互いに築けている気がする。
……シアさんも配信者になってもいいんじゃないかな? メイドとしての心得とかマナー講座とか需要は充分にあると思うし。
そんな妄想を膨らませながら、私は説明会までの時間に新作お菓子レビューの収録を始めることにした。
お屋敷の広いホールを借りて、いよいよ配信希望者向けの説明会が始まった。
事前に参加希望の手紙をくれたのは約十名と聞いていたけれど、実際には三十名近くが集まり、急いでメイドさんや騎士の応援を頼むことになった。
「わぁ……こんなに配信に興味を持ってくれる人がいるなんて……!」
扉の陰から中の様子をうかがうと、参加者は年代も性別も身なりも様々でバラエティに富んでいる。『配信』という新しい文化が徐々にこの世界で受け入れられつつあるのだと思うと、先駆者として感慨深い気持ちになる。
みんなどことなく緊張した面持ちで、そわそわと落ち着かない様子で椅子に座っている。これは早く緊張をほぐしてあげないとね。
時間ピッタリになったのを見計らって、「どもどもー、リカちぃで~す。みんな、集まってくれてありがとう!」と手を振りながら入室すると、「わぁ!」と歓声が沸き上がった。拍手で迎えられて気持ちよくなっちゃうけど、近くに執務室があることを思い出す。
「うんうん、みんな落ち着いてねー? あんまり騒ぐと、こわーいおじさんが来ちゃうから」
私の一言に、びた、と歓声が止まった。どうやら皆の脳裏にこわーい領主代行の姿が思い浮かんだようだ。この場にいなくても絶大な抑止力になるなんて、本当に便利な存在だ。
「はい、じゃあ改めまして、配信ギルドのリカちぃです。えーと、皆さん、私の配信聞いてくれてますか~?」
「「「はーい!」」」
「ありがと~♪ じゃあ配信がどんなものなのかは大体わかってくれてると思います。今日は私みたいに配信始めたいな~っていう人向けの説明会です。まずは始めるにあたって何が必要なのか、を説明したいと思います」
そう、今日はあくまで概要の説明のみ。一通り説明した後に、それでもやってみたいと思う人には書類を提出してもらう予定だ。
詳細なフローを考えるのは面倒だったけど、誰にでも配信を解禁してしまうと収拾がつかなくなる。だからまずは小規模から始めて、徐々に広げていくことにした。
対象者をフォウローザに限定したのは目が届きやすいからと、この領地を栄えさせるためにまずは身内で固めたいという思惑があった。サンドリアでも需要はありそうだけど、それはそのうちに、ね。
「皆さんもご存じの通り、フォウローザの各拠点にエコースポットが置かれています。これはこれからも数を増やしていく予定です。一家に一台、エコースポットが置かれる日もそう遠くありません」
「一家に一台……!? 家の中で、配信が聞けるということですか?」
驚きから思わず口にしたのだろう。まだ質疑応答の時間じゃないけど、別にそこまで真面目な説明会でもないので発言は自由にしてもらってかまわない。
むしろ口火を切ってくれてありがとう、と心の中で感謝しつつ「そうなんです!」と大げさに腕を広げてみた。
「一家に一台エコースポットがあれば皆さんいつでも配信が楽しめますよね? でも、ギルド情報局以外のチャンネルが私だけだなんてつまらなくないですか? 一日三分が数本だけじゃ、すぐに飽きちゃうと思います」
「リカちぃの配信は飽きないです〜!」
「ありがとー! でも私だけに限らずにもっといろんな人の配信を聞いてみたいと思いませんか?」
そう問いかけると、みんな「確かに……」と納得してくれたようだった。配信に興味があってわざわざ来てくれるような人たちだ。話が早くて助かる。
「配信って言っても、いろんなアプローチがあると思います。私がやってるのは、歌ってみたと商品レビューと朗読がメインですね。皆さんもなんとなくやりたいことが浮かんでいると思うので、それをぜひ形にしてほしいんです」
「雑談とかでもいいんですか……? 何か、特定のテーマに限らなくても」
「もちろんです。ご飯食べてるときに、誰かが話しているのを聞いてるだけでも楽しくないですか? ためになる話じゃなくって全然いいんです。あ、悪口とかはあんまりお勧めしないですけどね」
誰が聞いてるか分からないですからね、と付け加えると、こちらも納得してもらえたようでみんな大きく頷いている。辛口レビューや毒舌配信を全否定するわけではないけれど、まだ通報機能がないので、しばらくは平和路線で広めていきたい。
「あとはお店をやっている方々。セールの情報や新商品の告知に、配信を使えば集客が見込めますよね。広告をチラシからエコースポットでの配信に切り替えれば、広告料もかからずに済むという利点もあります。もちろん、チラシにも良いところがあるんですけどね。私も見るのは好きですし」
これは、明らかなメリットとして受け止められたのか、お店を営んでいる格好をした人たちが前のめりになった。そう、配信者のアイデア次第では、私が思いつかないような使い方も生まれるだろう。そうやってどんどん発展していくはずなのだ。
みんなが夢を膨らませているところに、露天商風のおじさんが手を挙げた。
「収録用機材の賃借料はどのようになっているんですか?」
「お金は一切かかりません。収録にはエコーレコードという魔道具が必要ですが、それは私から無償で提供します。購入していただく必要もありません」
その瞬間、会場全体に戸惑いと安堵の声が広がった。他の参加者にとってもこの点が最大の関心事だったようだ。質問したおじさんは、眉をひそめながら疑わしそうにしている。
「それはちょっと、破格すぎるんじゃないですか? 美味しい話すぎて裏があるんじゃないかと疑ってしまうのですが……」
そうだよね、商売人なら「無料」という言葉に不安を感じるのは当然だ。でも、その理由もちゃんとある。私はおじさんの不安に寄り添うように微笑んだ。
「怪しいと思うのは当然です。でも、これは先行投資なんです。私は配信をフォウローザだけではなく、この大陸全土に広めたいと思っています。ただ、私ひとりの力では時間がかかります。だからみんなの力を借りたいんです!」
無論エコーシリーズを作るのも無料というわけではない。魔晶石や私自身を魔塔に提供する代わりに材料費はかかっていないけれど、作成する魔道具師へのお給料は発生している。設置してもらうのにだって都度人件費はかかっているのだ。
これらの運営費は、アレクセイ商会からの献金やロウラン家からぶんどった慰謝料、そしてこれから始まるクラウドファンディングで賄う予定だ。本当に最初の初期投資だけ、私の私財を投じている。
エコーシリーズやチャンネル枠の購入にお金を取ることは簡単だ。でもこれはインフラの一種だと思っているし、お金がかかることで挑戦をためらってほしくなかった。
「先行投資……つまり、文化として根付かせた後に、収益が見込めるということですか?」
「ええ。今は一つの動画の長さは三分と短いですが、これを十分や十五分に延ばせるようになれば、その間に『広告』を挟むことができます。たとえば、ハイム食堂がチャンネルを開設してレシピ動画を配信したとします。その動画の途中で、八百屋さんが五秒ほどの広告を差し込むことができるんです。八百屋さんは運営に広告料を支払い、その広告が再生されるごとに、ハイム食堂には視聴回数に応じた報酬――インセンティブが支払われます。イメージできますか?」
しばらく考えていたおじさんは、その仕組みに気づいたのか、口角をニヤッとつり上げた。さすが商売人、利益の計算が早い。
そう、広告には賛否両論ある。正直、私だって無い方がいいと思っていた。でもこの『配信事業』を成功させるためには、どうしても避けて通れない道だった。
見る側にとってはデメリットかもしれない。でも、利用料が無料である以上、広告を見てもらう必要がある。それにこの世界にはテレビもない。だから広告もエンタメの一部として楽しんでもらえるんじゃない? なんて考えもあった。
まだ発表はしていないけれど、将来的にはサブスクを導入し、広告なしの視聴オプションを設ける予定だ。その代わり、広告を見てもらうとポイントが貯まり、そのポイントを投げ銭機能として配信者に送れるようにする。
これなら視聴者が「課金するかどうかを自分で選択できる」仕組みになるだろう。
そして、フォウローザにとって有益なチャンネル――例えば教育や社会的に意義のあるコンテンツに対しては、領から助成金や支援を提供する予定だ。
これは、収益だけでなく配信者のモチベーションを維持するための仕組み。やる気のある人たちが、安定して続けられる環境を作るのが目的だった。
「先見の明がございますね」と露天商のおじさんがいやらしく笑う。その言葉を素直に受け取って、私もにっこりと微笑み返した。
「リカちぃは毎日何本もアップしてますが、ノルマはあるんですか?」
「全然ないです! 毎日やるほうが認知度が上がるってだけで、毎日でも週一でも月一でも、ご自身のペースでやってもらって構いません」
「配信の内容は自由ですか? あらかじめ抵触しそうな内容について確認しておきたいのですが……」
「基本的には自由です! ただ、お願いがあって……お子様が見たり聞いたりしても問題のない内容にしてほしいです」
「と、言いますと……?」
言わせないでよ! と言いたいけど本当に分からないんだろう。配信という文化がまだ根付いていないから仕方ないか。
私は少し声を落として、「その、えっちなのとか……」と呟いた。
――途端に場内がざわめき立つ。
質問者は妙に興奮した様子で、勢いよく席を立った。
「ぐ、具体的に教えてもらってもいいですか?」
「はい、セクハラでーす! アウト、アウト! とにかく、子どもが聞いても大丈夫な内容にしてください! グロいのも暴力的なのもダメです! 以上!」
「いえ、大事なことですから! 知らず知らずに配信してしまうかもしれないじゃないですか!」
すると、男性陣が「そうだ、そうだ!」と同調し始め、逆に女性陣からは軽蔑の目や罵りの声が飛ぶ。場内は一気に騒然となった。
「ええと、だから……」と煮え切らない返事をしてしまったことで、状況は悪化するばかり。騎士たちが場を静めようとするものの、勢いづいた人々に圧されてうまくいかない。
どう収拾を付けようかと思い悩んだその時――扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。
まず目に飛び込んできたのは、黒いズボンに覆われた長い脚。ゆっくりと現れたのは――。
恐怖の象徴、ハウンド様だった。
「てめぇら煩ぇぞ……? ブチ殺されてぇのか……?」
ヒッ、と小さな悲鳴があちこちから上がる。騒ぎを起こしていた張本人は泣きそうな顔で首を振った。つられて私も、何を否定しているのか分からないけれど、とにかく必死に首を振る。
「次騒いだら……分かってんな?」
はい、と皆が揃って答えた。
ハウンド様はそれを確認すると、無言のままどこかへ去っていく。
開け放たれたままの扉が、ぎぃぎぃと音を立てて揺れていた。