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031 イロコイの気配を察知しました

 ハウンドには事後報告になってしまったけど、アレクセイ商会の支店がフォウローザに設置されることを伝えると「へぇ、アレクセイから言い出したのか」と少し意外そうな顔をした。


「少し前なら採算が取れないとか言って考えられなかった話だな。良くやった」


 こんなに手放しに褒められるなんて滅多にないことじゃないだろうか。私は得意になってふふんと胸を張ってしまう。


「フォウローザに派遣される人たちのリストも送ってくれるって。領内に商会としての店も構えるけれど、スタッフの半分は配信ギルドのスタッフとして運用していいみたい」

「そうか。……おい、スイガ。アレクセイの選定なら問題は無いと思うが、一応リストが届いたら身辺調査をしておけ。時間もあまりないから簡単でいい」


 ハウンドが虚空に向かって指示を飛ばすと、どこからともなくスイガ君が現れハウンドの言葉に頷いた。忍者? 忍者だよね? 絶対、前世は忍者かなんかだったよね?

 スイガ君は私に軽く頭を下げると、また音もなく姿を消した。リストが届いたらサングレイスで任務を遂行してくるのだろう。


「店の場所はもう決まっているのか?」

「うん、土地は買ってたみたい。建設作業員も手配してくれてて、来週から工事を始められるんだって」

「あの狸親父、前々からこの土地に目をつけていたな。まぁ話が早くて助かるがな」


 ハウンドの言葉に私はさらに気持ちが軽くなる。この支店設置が配信ギルドの人員強化のみならず、フォウローザの発展にもつながるんだ、と思うとわくわくしてきた。

 

「これで配信ギルドの人員も増えたし、ハウンドの補佐もお願いできると思うよ。少しはハウンドの仕事も減るんじゃない?」

「お前な……よく知らねぇ他国の連中にこの領地の情報を渡すような危険を冒せるかよ。まだまだ考えが足らないようだな」


 ――はい、ごもっともでございます。確かに領地の情報を安易に外部へ流すことは大きなリスクだ。ちょっと考えれば分かりそうなことに思い至らないのが私の欠点かも……。


「工事が始まるってことは、土地の売買契約はもう済んでいるってことだな? 商売を始めるなら営業許可申請書と、販売物に関する詳細な書類を提出させろ。それから、住むつもりなら滞在許可申請書も必要だ。書式は分かるな?」

「はーい……」


 これ、絶対に私たちがやるべき仕事じゃないよね……! 領地運営に関する人員募集を引き続き行わないといけない、と改めて痛感することになった。




 そして日々はあっという間に過ぎ去り、ついにアレクセイ商会の建物が無事に完成した。話が出てから一ヶ月も経っていないんじゃないだろうか。建物って作り始めると完成までの早さに驚かされるものだけれど、急ピッチで進められた様子を見ると、アレクセイさんの本気が伝わってくるようだった。

 

 今日は、アレクセイ商会から派遣されるスタッフがフォウローザに到着する日だ。朝からそわそわしながらも私は仕事をこなしていた。


 建設工事を進めている時は視察のたびに様子を見に行っていた。大きいけれどもフォウローザの街並みに溶け込んで、悪目立ちしない外観なのはさすがはアレクセイさん。無駄に豪華さを誇示しないセンスが、やり手の商人だと感じさせる。


「これから挨拶に行くんだけど、ハウンドも一緒に行く?」

「そうだな……顔合わせくらいはしておくか」


 ハウンドの場合は顔合わせというよりも、警戒を含めた釘刺しといったところかもしれない。ともかく、久しぶりに一緒に領地を見回ることになった。


 すっかり歩きなれた中央へと向かう道。相変わらず道にはごろごろと石が転がっているけれど、今では躓くこともない。軽やかな足取りでハウンドよりも先を歩き、「早く早く!」なんて彼を急かしてしまう。


「ダグさん、こんにちは!」

「リカちぃ! ――じゃなくって、リカ様、こんにちは」


 いつものように配信者としての名前で呼んでくれたダグさんだったけど、ハウンドが後ろにいることに気づいて慌てて言い直している。別にそこまで気にしなくてもいいのに。ハウンドも仕事には厳しいけど礼儀作法は緩い方だし。


「お二人で視察だなんて珍しいですね。もしかして、例の新しい商会の視察ですか?」

「そうなの。あ、やっぱり話題になってるんだ?」

「はい。サングレイスの商会が出店するなんて、ここでは初めてのことですからね。手が届くような商品を扱ってくれれば嬉しいんですが」

「食器とか小物って聞いてるからどうかなぁ。恋人へのプレゼントにどう?」


 悪戯っぽく笑いながらそう提案すると、ダグさんは「そんな人いませんよ」と少しの悲哀を交えて答えた。純朴でいい人なのにもったいないなぁ……。そうだ、マッチング企画とかどうだろう? でもこの世界ではまだ最先端すぎるかしら?


「ダグ。今年は豊作が見込まれているようだが、卸値の調整は済んでいるのか?」

「はい、お申し付け通りに。領内にはやや控えめに、領外向けには適正価格で卸す予定です。品質も大幅に向上しましたので、需要は依然として高い状態です」

「それならいい。……だが、想定以上の収穫量になりそうだな。今年は何か特別なことでもしたのか?」


 初めてこの畑を見た時は小麦が少し元気がないように感じていた。でも今では、黄色く色づいた穂がふっくらとたくましく育っている。畑全体に以前には感じられなかった豊かな生命力が漂っているようで、ふと目を凝らすと、大気中を漂うマナが大幅に増えていることに気がついた。


「いえ、それが正直何も……。天候も例年通りでしたし、魔道具を導入したとはいえ効率化が主な目的なので、豊作に繋がるような要因は分からなくて……」


 ダグさんが不可思議そうに首を傾げる。その様子から、本当に見当がついていなさそうだった。


「……そうか。まぁいい。何か他に気づいたことがあればすぐ報告しろよ」


 確認を終えたハウンドが「行くぞ」と促してくる。私はダグさんに「またね~」と手を振りながら別れると、畑で作業中の農夫たちが手を止め、笑顔で手を振り返してくれた。


「……マナ、増えてたよ。それが原因かなぁ?」

「本当か? 俺には全然分からんが……なんだって急にマナが増えたんだ?」

「マナってそんなに増えたり減ったりするものなの?」

「知らん。爺にでも聞いてみるか」


 ハウンドがぶつぶつと呟きながら小麦畑をじっと見つめている。その視線には、かつてこの地で行われたという豊穣祭の記憶が蘇っているようにも見えた。


「しかし……マナの変動に気づけるようにまでなったのか。魔力もそうだがお前自身もすっかりこの世界に馴染んだもんだな」


 しみじみとした口調で私を見下ろしてくるハウンドになんだかおっさん臭さを感じて、つい笑いがこぼれてしまう。

 

 確かに、最初はどうなることかと思ったけれど、今は目標に向かって突き進んでいるからか、蜜柑の世界のことを思い出すことはもう殆どなくなっていた。「あれがあったらいいのにな」って時に、ちらっと頭に浮かぶくらいだ。


 やることが詰まっていると余計なことを考えずに済む――シンプルながらとても理にかなった考えのようで、蜜柑としての人生を終えた日の悔しかったことも、悲しかったことも、いつの間にか綺麗さっぱり消えていた。


「うん。いい人ばかりだし、忙しいけど充実してるよ」

「……そうか。だが、最近お前の露出が増えてきている。過去に関係なくお前という存在に価値が付きすぎている。外に出るのを止めはしないが十分に注意しろ」

「はーい。うーん、防犯ブザーとかがあればいいんだけど……いっそのこと、携帯エコーストーンをスマホ化するのもありかも……?」


 うん、それはいい考えかもしれない。こっちの文明では無理だって思ってたけど、魔晶石やマナ、そして魔導士の技術があれば案外実現できる気がしてきた。今は配信事業に集中しているけど、一段落ついたら、通信事業にも本腰を入れて取り組むのもありかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていたからか、突然何かに蹴躓いてしまい、バランスを大きく崩してしまう。あ、と思う間も無く、ガシリとハウンドに頭を掴まれた。


「その考え事に没頭する悪癖はなかなか治らないようだな?」

「いたたたた! 転ぶよりも痛いんですけど!?」


 いつものように強く締め上げられれば一気に現実に引き戻される。最近は私のことを認めてくれる発言が増えてきたと思ったのに、油断をしたらすぐこれだ。


 彼の大きな手からなんとか逃れてベェと舌を出してやったら、何が楽しいのか満足気に私を見下ろしていた。

 



 アレクセイ商会フォウローザ支店の前。商業区でもひときわ目立つ新しい建物の傍らに、荷物に囲まれた一団が集まっているのが見えた。付き添いに来たと思われるデュオさんの姿もある。どうやら予定より早く到着したみたいだ。私は駆け足で彼らに近づいた。


「お待たせしてすみません! アレクセイ商会の皆さんですよね?」


 見渡すと、落ち着いた雰囲気をまとった中年の男性が一人、そして数人の若い人たちが目に入る。その中で、ひときわ不機嫌そうな顔をして立っている女性が印象的だった。制服は皆と同じだけど、髪型やアクセサリー、さらにはメイクに至るまでこだわりが見て取れる。

 あれが王都で流行ってるのかな? なんて軽く考えながらチラ見していると、私を見つけたデュオさんが満面の笑みを浮かべて声をかけてきた。


「来てくれてありがとう。配信や通信で君の声は聞けるけれども、やっぱりこうして直接会えるのが一番だ。……うん、今日もとても可愛らしいね。あぁ、早く本格的にこちらに移り住みたいよ」


 そんな甘い言葉を口にしながら、デュオさんは私の手を取ろうとする。でも、その手が触れる前に、ハウンドが無言で前に割り込んできた。腕を組みながらさりげなく壁を作るように立ちはだかり、鋭い視線でデュオさんを睨みつける。

 その威圧感たるや尋常ではないが、デュオさんは微笑を崩さない。まるで挑発に応じる気がないとでも言いたげなその態度に、張り詰めた空気が二人の間に漂った。


「……君も元気そうで何よりだ。でも、少し忠犬ぶりが過ぎるんじゃないかな?」

「人攫いの前科持ちの臭いがしたもんでな。……あんまり馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ」


 デュオさんは少し虚を突かれたような表情を浮かべた後、「へぇ……」と意味深に呟いた。なんだろう、急にハウンドの保護者モードでも発動したのかな? 二人の静かな諍いを横目に、私は気を取り直して商会のスタッフに声をかけた。

 

「皆さん初めまして。私は配信ギルドのリカと申します。遠路はるばるありがとうございます。こちらは領主代行のハウンドです」

「道中ご苦労だった。ここでの生活で何か不便に思うことがあれば、こいつを通して申し入れてくれ」


 ぶっきらぼうな物言いと相変わらずの無愛想さ。そのせいで、商会のメンバーが少し萎縮してしまったのが分かる。この人、仕事は出来るんだけど対人スキルが致命的に欠けているんだよなぁ。私は取り繕うようにいつもの営業スマイルを浮かべ、「お気軽にお声がけくださいね!」と明るい声でフォローを入れた。


「ご挨拶ありがとうございます。私、このフォウローザ支店の店長を任されましたドミニクと申します。どうぞ気軽にドムとお呼びくださいませ」

「ドムさんですね。よろしくお願いします」

「他のメンバーの紹介は後ほど。また、開店からしばらくは従業員全員が店舗に出勤いたします。各地への派遣はそれ以降となりますので、ご猶予をいただければ幸いです」

「アレクセイさんからも事前に伺っているので大丈夫です。開店前日の夜に歓迎会を予定していますから、その時に皆さんにも改めてご挨拶させてください」


 挨拶が終わると、従業員の皆さんは荷物の搬入作業に戻っていった。いち、にぃ、さん……十人か。アレクセイさんからもらったリストとも人数が一致している。まだ顔と名前は一致していないけど、スイガ君の調査によれば、不審な人物が紛れ込んでいる心配は無さそうだった。


「デュオさんも歓迎会には参加できますよね? 開店を見届けてから王都に戻る予定ですか?」

「そのつもりだよ。アレクセイ殿からフォウローザの商品を少し仕入れてくるように言われているから、歓迎会の前に散策をしようと思ってるんだ。……もしよければ、リカ嬢も一緒にどうかな?」

「私ですか? うーんと……」


 歓迎会当日の予定を頭の中で確認する。手帳か何かに書いておけ、ってハウンドにはよく言われるけど、予定事に関する記憶力は良い方だから実行には移していない。


「ねぇハウンド。歓迎会の日の仕事、急ぎのものは午前中に片付けちゃうから午後はデュオさんと一緒に出かけてもいい? そのまま歓迎会にも参加しようと思うんだけど」

「まぁ構わんが……人気のないところに連れ込まれたりしないようにな」

「君ねぇ……。そんなに人の過去の失敗を引っ張り続けるのはどうかと思うけどね?」

「自覚があんなら結構」


 二人の視線がバチバチと火花を散らしている。……本当にこの二人、仲が悪いな。デュオさんが本格的にこちらに派遣されたらどうなるんだろう。周りの従業員たちも巻き込まれたくないのか、少し距離を取って作業を続けている。


 そんな中で、さっき不機嫌そうにしていた女性が手を止めてこちらを見ているのが目に入った。彼女の視線の先にいるのは――デュオさん。私の視線に気づいた彼女は、私と目が合うとキッと睨みつけてきた。


 ……はぁーん。なるほどね。


 私がニコッと笑顔で返すと、彼女は顔を少し赤らめてプイっとそっぽを向いてしまった。なるほど、なるほど……。私は一人で勝手に納得してしまう。


「デュオさん。あの、今建物に入っていった茶髪のお姉さん、お名前は何て言うんですか?」

「彼女は……カレナ嬢だね。サンドリアの貴族、ロウラン家のご令嬢だ」

「貴族のお嬢様でも商会で働くことがあるんですね?」

「君だって働いているじゃないか。位の低い貴族なら商人や芸術家を志して市井で働くことも珍しくはないさ。……何か気になることでも?」


 そういうものなのか。てっきり偉い人のお嬢さんは働いたりせずに政略結婚をするものだと思ってた。私はまぁ……例外だ。今のところ縁談なんて話は出てきていないし、もちろん出てきたところでお断りだけど。


「いや、問題というか……デュオさん、カレナさんとは親しいんですか?」

「あー……なるほど。君はそういうところも鋭いね。確かに多少のアプローチは受けているけれど、君が気にすることはないよ。僕は君一筋だから――」

「あ、そういうのはいいんで」


 軽くあしらうと、デュオさんは少し口を尖らせながら「つれないね」とぼやいた。


「リカ、そろそろ戻るぞ」

「あ、うん。じゃあまた歓迎会の日にね、デュオさん」


 手持無沙汰になってしまったし私たちがここにいても邪魔になるだけだ。私はドムさんにも一声かけてその場を離れることにした。


 後ろからまた痛いほどの視線を感じる。うーん、イロコイ沙汰かぁ……。ヒトゴトなら楽しんで見ていられるけど、自分が巻き込まれそうになるのは正直言ってごめんなんだよね。それに、あの態度はいただけないんだよなぁ。たとえ私が年下の小娘とはいえ、ここでは私が指示を出す立場になるわけだし。


 ちょっと嫌な予感はあったけど、その予感は最悪な形で的中することになった。

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