表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/171

030 猫の手も借りたいんです

 みんなの協力のおかげで、エコースポットの設置がフォウローザ以外の地域にも順調に広がり始めていた。


 中でも王都サングレイスではアレクセイ商会の各店舗にいち早く導入され、早々に追加購入の連絡がデュオさんを通じて届いた。音楽系コンテンツが人気で、その影響で文化人からの関心も高まっているらしい。


 さらに、各地の冒険者ギルドでのエコースポット設置が完了し、遠方からフォウローザの依頼を目当てに来る冒険者が増え始めた。配信によってどんな依頼が出ているのか事前に確認できるのが利点となっているみたいだ。他の冒険者に先を越されたとしても、同様の依頼が数日後には再度提示されるから、フォウローザに拠点を構えて依頼を待つ冒険者もいるらしい。他の地域のクエスト情報も流してほしい、という要望が各方面から上がってるそうだ。


 また、行商人や魔導士たちの売り込みの成果は各国にも表れていて、それがフォウローザの悪評を払拭する一助となっている。実際、フォウローザを訪れる商人の数も少しずつ増加してきた。


 商人が増えれば商品が溢れ、目新しい商品が並べば商業区が活気づき、商業区が賑わえば新たな雇用が生まれる。少しずつだけど良い循環が形成されつつあり、ハウンドもその効果を認めざるを得ない状況になっていた。


「おい、あの配信だが。もう少し本数を増やせないのか?」

「無理でーす」


 ハウンドは簡単に配信を増やせと言ってくれるけど、いくら三分の内容とは言え一日二本の配信というのはなかなかハイペースだ。今後は配信時間の拡張に加えてコンテンツの拡充も急務だった。


「チッ……。せっかくの機会を無駄にしやがって……」

「じゃあハウンドが配信すればいいじゃん。チャンネル枠融通するから」

「……ところで、資材の手配はどうなっている?」


 あっさり話題を変えるハウンドを見るに、どうやら自分で配信するつもりはないらしい。ちょっと見てみたかったのになぁ、『ハウンド様の説教部屋チャンネル』。想像してふふっと笑ってしまうと、冷たい視線が飛んできた。


 仕事をしながら頭の中で今後のフローを整理する。コンテンツの拡充と言っても私一人では限界があるし、あんまり露出し過ぎても早々に飽きられるだろう。そうなるとやっぱりチャンネル主を増やすのが一番か。私だって自分以外の配信に飢えていた。


 チャンネル主はどうやって増やそうか。説明会でも実施して希望者に集まってもらうのが一番かな。「ねぇ、お屋敷にたくさん人を集めることってできる?」とハウンドに尋ねると、「全く使ってないからほぼ封鎖状態だが、この部屋の近くに大広間がある」と教えてくれた。

 なるほど、領主の屋敷ならパーティ用の大広間があるのは当然か。この屋敷でぱーてぃなんて開催された覚えはないけど……後で広さを確認してみよう。


 そして、もうすぐクラウドファンディングの開始告知も流さなければならない。シアさんやパノマさんのおかげでギルドを通じて支援金を集める準備は整っている。返礼品は支援が集まってから手をつけるとして、まだ少し時間はある。会計管理についてはデュオさんにお願いするつもりだけど、彼一人では手が回らないかもしれない。


 加えて、エコースポットの購入依頼の数も増えていた。トーマ君からは、魔塔でも処理が追いつかないほどの依頼が届いていると聞かされていた。誰か専門の事務員を派遣する必要があるかもしれない。どうにかして人手を集めなければ。


 ここまで考えて机に突っ伏してしまう。やることが……やることが多すぎる……!


「おい、手が止まってんぞ」

「はいぃ!」


 鋭い指摘に背筋を伸ばす。そう、私は領主代行の仕事も滞りなく進めないといけない。それがハウンドと交わした、配信ギルドを立ち上げるための条件だったからだ。


 視線を紙の束に戻すと、机の片隅に放置されているサンドリアの貴族からの招待状が目に入る。内容は配信事業に関して話を聞きたいというもの。正直なところデュオさんに丸投げしたい。――うん、そうしよう。


 彼には今後、運営側としても必要な人材だからと、通信ができるエコーストーンを送っている。今夜にでも連絡を取ってみることにした。



◆ ◆ ◆



 仕事を終えて部屋に戻り、早速デュオさんに連絡をしてみた。通信画面に彼の顔が映ると、背後にアレクセイさんの姿がちらりと見切れていた。どうやら通信内容が気になって仕方ないらしい。無関心を装いながらも、ちらちらとこちらに視線を送っている姿が面白い。聞かれて困る話でもないし、そのまま会話を始めることにした。


『――なるほど、レーベル家からの招待状か。確かにあそこは別の商会と取引をしているし、少し事情もあるからアレクセイ殿には話を聞きづらかったのかもしれないね』

「そうなんですね。私そういう話は本当に疎くって……。えーと、じゃあデュオさんに代わりに行ってもらうのはまずいですか?」

『アレクセイ商会の名前を出すと角が立つかもしれないが、配信ギルドのデュオとして行くのであれば問題ないだろう。任せてくれて構わないよ』

「良かった、ありがとうございます!」


 よし、これでタスクが一つ片付いた。用件としてはこれで終わりだけど、せっかくだから人材不足についてもデュオさんに相談してみることにした。


「デュオさん、王都にはいろんなギルドがあるんですよね?」

『そうだね。冒険者ギルド、鍛冶屋ギルド、服飾ギルド、職人ギルドがメジャーかな。非合法だけど盗賊ギルドやアサシンギルドなんでのもある。もちろん商人や商会を取りまとめる商業ギルドもあるよ』

「本当にたくさんありますね。じゃあ……えっと、人材派遣ギルドみたいなのはないんですか?」

「人材派遣ギルド……。ギルドごとに依頼主のところへ人を派遣することはあるけど、君が言ってるのはそれとは別のもの?」


 私はいわゆる事務職の人材を派遣してもらいたいのだけど、それがどのギルドに該当するのか見当がつかなかった。配信で募集をかけるのも一つの手だけど、どれくらいの応募が来るか予想もつかないしスキルだって分からない。それにもし多くの応募が殺到したら全員と面接するのは現実的ではなかった。


 日本では、派遣会社を通じて事務員を雇うことができるとお仕事ドラマで見たことがある。だから仲介者に募集要項を伝え、条件に合った人材を選定してもらえるような仕組みがこの世界にもあれば便利だなと思ったんだけど……。

 そんな説明をたどたどしく伝えると、デュオさんはすぐには答えが浮かばなかったらしく、背後にいたアレクセイさんに声をかけた。


『アレクセイ殿、今のリカ嬢の話は聞いていたかな?』

『ああ、聞いていた。……あくまでも聞こえてしまっただけで、決して盗み聞きしていたわけではないぞ』

『そうだね、こんなところで通信を始めた僕が悪かったよ。それで、リカ嬢が言っていたようなギルドってサングレイスには存在するのかな? 僕は聞いたことがないけれど』

『基本的には、用途に精通したギルドからの派遣が多いだろうな。お嬢さん、具体的にどういった人材を探しているんだね?』

「そうですね、やってもらいたい仕事はたくさんあるので、配属先に応じて変わってくるんですけど……」


 まず最初に思い浮かんだのは、契約書の作成と取り交わしの仕事だ。今はパノマさんが善意で手伝ってくれているけれど、ずっと頼り続けるわけにはいかない。チャンネル枠を増やした際には、契約を取りまとめる専属の人材が必要になるだろう。


 他にも、クラウドファンディングの会計を管理してくれる人が必要だ。もちろん、デュオさんに頼むこともできるけど、彼には貴族や商会との交渉に専念してもらった方が良さそうだと先ほどのやり取りから見て取れた。そうなると、やはり新たに会計担当を雇わなければならない。


 さらに、魔塔との間に立ってエコーシリーズの在庫管理や発送手配をしてくれる人も欲しい。今は多くの業務が私の肩にかかっているけれど、そうした事務的な作業に多くの時間を取られるのは避けたかった。


 それに加えて、細かな庶務をこなしてくれるスタッフも必要だ。あわよくば領地運営の補佐としてハウンドにも回してあげたいくらいで、とにかく、私が事務作業に忙殺されている現状をなんとかしたいのだ……!


「……という感じなんですが、商業ギルドにお願いすれば、誰か紹介してもらえたりするんですか?」

『そうだな。その仕事内容なら適任者はいるだろう。ただ問題はフォウローザに行きたがる者がいるかどうかだな……。しかし……人材派遣ギルドか。それは興味深い考えだ。各ギルドの垣根を越えて人材が集まれば、依頼主にとっても利便性が高まるだろうな』

「ギルドに属していない人もいるんですよね? そういう人たちもスタッフとして登録できるようにして、ある程度のスキルを持つ人材を幅広く派遣できるようにするとかどうですか?」

『なるほど、なるほど。お嬢さん、商才もあるんじゃないか?』

「あはは……ただの思い付きですよ」


 日本で見聞きした知識をさも自分の意見のように言ってしまったけど、この世界にはまだそんな仕組みはないらしい。アレクセイさんが興味を示していたからそのうち本当に作られるかもしれないけど……私は今すぐに人手が欲しいの!


『ふむ……それならば、我が商会からデュオ以外にも人員を派遣するというのはどうだ?』

「えっ、いいんですか?」

『商機を逃すようでは、商売人とは言えないだろう?』


 そう決め台詞を言ったアレクセイさんがイケおじ過ぎる……! もちろん、ただでやってくれるわけではないし彼には彼なりの思惑があるのだろう。それでもこちらとしては助け舟を出してくれるのは大きい。ここは素直にお願いすることにした。


「ぜひ、よろしくお願いします!」

『デュオがそちらに向かうまでにはまだ少し時間がかかるが、先行して他の人員を送ることにしよう。支店という形で商売もさせてもらいたいのだが……土地は見繕ってあるから、そちらでは開業に必要な手配を頼む』

「はい、もちろんです。それで、その……派遣受け入れの人件費とか、諸々の費用はどうなりますか?」

『そうだな……。支店開設に伴う諸費用に関してはもちろんこちらが負担させていただこう。派遣費用は……今後もフォウローザとは円滑に連絡が取れるようにしたい。……と、言えば、分かってもらえるかな?』

「……機能はかなり制限させてもらいますけれど、それでもよろしいかしら?」


 ついお嬢様口調で返してしまったけど、彼が言いたいのは、エコーストーンを寄越せということだろう。まぁ、アレクセイさんのことは信頼できるし、今後の協力関係を考えればお渡ししても問題はないか。正直もっと引き伸ばして交渉材料に使いたい気もしたけれど……人材派遣をしてもらえるなら十分な対価だろう。


『構わんよ。まずは私専用のものをひとつ、デュオと同じ型で頼む』

「分かりました、魔塔に依頼しておきますね。管理者登録が必要になるので手続きは魔導士の方に聞いてください」

『承知した。ふふ……ついに我が手にもシシル様の最高傑作が……』


 何やらブツブツ呟き始めたアレクセイさんを押しのけて、デュオさんが再び画面の中央に戻ってきた。


『話は終わったかな? まったくリカ嬢は、魔道具をちらつかせるなんて。すっかりアレクセイ殿も手玉に取っているじゃないか』

「そんなつもりは全くないんですけどね? それじゃあ、今日はありがとうございました! また連絡しますね」


 デュオさんの話が長くなりそうな雰囲気を察知した私はタイミングを見計らって会話を切り上げた。軽く手を振りながら通信を終え、ホッと一息つく。これで人手不足については解消の見込みが立ったんじゃないかな?

 

 アレクセイさんから支店設置の提案をしてくれたのは、サングレイスでも配信事業がじわじわと認知され始めている証拠なのだろう。


 争いで傷ついた人、娯楽に飢えた人、日常にちょっと疲れちゃった人。

 そんな人たちへ新たな文化と楽しみを届けられるようになる日が、また一歩近づいた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ