025 運営ミーティング
魔導士の確保、という一大任務は無事に完遂できた。失ったものも大きい気がするけれどシシル様の関心を得ることには成功した。文字通り体を張った形だ。
そして一から計画書を作り直した私は、大きな課題として指摘された予算について、みんなに意見を求めることにした。全部を自分一人で書き上げて見返してやりたい気持ちももちろんある。でも、一人だと限界があると気付かされたばかりだ。頼っていいんだよってみんなも言ってくれたし、その厚意に大いに甘えることにした。
ギルド内で相談すると他の人に話を聞かれてしまうかもしれない、ということで、今日はサントスさんとパノマさんにお屋敷にまで来てもらった。二人は親身になって規約の整備や書類の雛型の作成を率先して手伝ってくれている。お礼を申し出ても「これも先行投資だから」とお決まりのウインクを返されてしまえばお言葉に甘えるしかない。ここまで付き合ってくれてるんだからもはや配信ギルドの初期メンバーって言っても差し支えないだろう。ギルドが無事に設立されたら二人にはしっかりとお礼をするつもりだ。
お茶を用意してくれたシアさんにも声をかけて、テーブルに座ってもらっていた。最初は恐縮していたけど「頼っていいって言ったじゃない」と少し意地悪に言うと、彼女は困ったような笑顔を見せながらも一緒に話を聞いてくれることになった。
そしてもう一人、開発者のトーマ君もエコーストーンを使って音声のみで同席してくれている。「直接顔を合わせずに話し合いができるなんて便利ね」とパノマさんが感嘆の声を漏らす。なんでも冒険者ギルドの会合に出席するために、サンドリアの王都までわざわざ移動するのが面倒らしい。
参加者が全員集まったところで改めて挨拶を交わした後、私は資金調達のために考えた方法――クラウドファンディングを披露した。とはいえこの世界では聞き馴染みがないらしく、困惑の表情が広がった。
「それは……どういうものなんですか?」
「簡単に言うと、『みんなで力を合わせて大きな目標を実現する』っていう方法かな。例えば、お祭りや大きな行事をするとき、みんなで少しずつお金や道具を出し合って準備を進めることがありますよね? 銀行から借りるみたいに一括にドーンってわけじゃなくて、みんなから少しずつってのがポイントです。借りるわけじゃないから返済の必要もありません」
「つまり、寄付を募るってこと?」
「寄付とはちょっと違います。支援してくれた人にはちゃんとリターン……お礼の品をお渡しします。例えば、私の声を収録した魔晶石や、私のボイスナビをつけた特装版のエコースポットなんかを考えています」
ガタガタッと、エコーストーンから物が倒れる音が響く。次に聞こえてきたのはやたら興奮した声だった。
『いくら払えばいいんですか!?』
「なるほど、こういうタイプに効果抜群ってことね」
熱心なファンの反応を目の当たりにしてサントスさんは納得の表情を浮かべている。実践してくれてありがとう、トーマ君。
「今回の目標は、『配信ギルドの運営に関する費用一年分』です。賛同してくれた出資者の方は協賛メンバーとして配信ギルドの名簿に名前を載せます。出資額に応じて、プラチナメンバーやゴールドメンバーといったランクも付けられるようにするんです」
「権力者はそういうのに名前を載せるのが好きですし、最初から携わっているという特別感も魅力的かもしれないわ」
「いっちょ噛みしたいって人は多いでしょうね。商人や富裕層なんかには特に。エコースポットはそのうち他国にも売り出すつもりなんでしょう?」
サントスさんの指摘に、私はにやりと笑顔で返した。通信が可能なエコーストーンはまだ流通させたくない。でも、配信を受信するだけのエコースポットは積極的に展開していくつもり。この方針についてはハウンドともすでに認識をすり合わせている。
フォウローザにはまだ多くの足りないものがある。これといった特産品も無いし、まだ戦火の爪痕も残っている。十年前の住民失踪事件についても真相を知る者はいない代わりに、噂が噂を呼んで『気味の悪い土地』としてすっかり知れ渡ってしまっている。そのイメージを払拭できれば、この地で商売をしたいという人や、職を探している大工さん、そして観光に訪れる人々が増えるかもしれない。
だからこそ私のチャンネルでやってるような商品紹介や観光スポットの案内なんかは、他国の人が聞いてくれれば観光客の誘致や移住促進に役立つはずだ。資金集めのためだけじゃくて、これを機にフォウローザという領地を積極的にアピールしていくつもりだった。
そんな考えを共有したら、みんな神妙な顔をしていた。う……。また私、突っ走っちゃったかな? そう思って顔が曇りそうになると、シアさんが顔を紅潮させて立ち上がった。
「素晴らしいです! 本当にこのフォウローザは素敵な領地なんです! でもそれを伝える方法が無かったのがずっと歯がゆくて……」
「少し離れた村からでさえ『呪われた地』なんて言われてるものねぇ……。確かにまだ復興途中ではあるけれど、町並みもそれなりに整ってきたってのに」
「私もここに赴任が決まった時、最初はマジか……って思ったわ。他の子たちにも同情されたし……。でも実際に来てみたら住みやすくて驚いたのよ」
『配信事業だけでなく領地の問題解決にまで繋げるなんて……さすがリカちぃです! それで、プラチナメンバーの出資額はおいくらでしょうか?』
トーマ君の興奮はさておき、ビジネスに対してシビアな感性を持つサントスさんとパノマさんからも好意的な意見が返ってきて、私は大きな手応えを感じていた。
「クラウドファンディングももちろん配信で呼びかけるのよね? フォウローザ内だけだと効果は限定的だと思うけれど、エコースポットはどのくらいの規模で、どうやって配るつもりなの?」
「サンドリアには心当たりがあるから、その人を通じてお願いするつもりです。ただ、それ以外にはまだ当てがなくて……」
「こういう時こそ冒険者ギルドの出番! 各拠点に配置をお願いしてみるわね。ただ、フォウローザ以外に配布するならしっかりお金を取るべきだわ。そうでないと価値が下がるもの」
「お金を払ってでも欲しいと思ってもらえるかなぁ? 他国からしたら未知の魔道具だよね?」
『エコーストーンの噂は各地に広まっています。通信が出来ないエコースポットでも、師匠肝入りの魔道具という触れ込みだけで欲しがる人はたくさんいるでしょう。許可さえ頂ければ、魔導士からも貴族連中に積極的に売り込みますよ!』
「私も、お屋敷に出入りしている行商人に声をかけておきますね!」
みんなの力強い言葉を受けて、ギルド設立の道筋が一気に拓けた気がした。
それからも寄付金の上限額や返礼品の内容についても話が盛り上がり、次第に具体的な計画が固まっていく。
クラウドファンディングの呼びかけをするにはリスナーが増えないといけない。そのために各地にエコースポットを普及させるという内容で、事業計画にみんなの意見を落とし込んでいく。
ただ、行動に移す前に、ハウンドからの許諾を得るという最大の難関が待っていた。
◆ ◆ ◆
夕方のチャイムが鳴る。私の仕事は終わったけれど、ハウンドも今日は珍しく定時で片付けたようだ。「少し時間ある?」と声をかけると、彼もすぐに察したのか「ああ」と短く答えてくれた。
「最近はサントスたちとつるんでるみたいだな」
「うん、色々と助けてもらってるの。受付嬢のパノマさんやシアさんも協力してくれて、みんな配信事業に熱心に取り組んでくれてるんだ。……これが、改良した事業計画書です」
私が差し出した書類をハウンドは無言で受け取った。今回は前のように中身を確認せずに放り投げることもなく、一枚一枚、丁寧に目を通している。
体裁は他の書類を参考に整えた。誤字脱字もシアさんに確認してもらったから大丈夫なはず。手作りの円グラフや棒グラフを使って、費用対効果やエコースポットの設置台数の推移などを、一目で分かるように工夫した。
「ふむ……視聴回数がこんなに増えていたのか」
「うん、ちょっと前に配信した歌ってみたがバズったみたい」
「なるほどな。エコースポットの価格は……まぁ、妥当だな。台数は確保できているのか?」
「あー……うん。シシル様の実験で良い結果が出たらしくて、そのお礼に魔導士を増員してくれたの」
私の血液を使って勝手に作られた怪しい薬。その効果がすさまじかったらしいことは今は言わないでおこう。間違いなく、ものすごく怒られるだろうから。
その後もハウンドからの細かい質問が続く。時折書類に何かを書き込み、考え込んでは、また別の質問を次々と投げかけてくる。
「この、クラウドファンディングの返礼品に魔晶石ってのがあるが、これはお前が用意するんだよな?」
「うん。試しにやってみたら、加工した魔晶石に声を吹き込めたんだよね。粗雑なものでも十分だから、形だけ細工師さんに頼んで整えてもらうつもり」
「なるほど、それほど価値のない魔晶石なら費用もそんなにかからんか。だが、こんなもん欲しがる奴いんのか? お前の声が聴けるだけって……」
「あー! それ、すっごく馬鹿にしてるでしょ! こういうのって意外と需要があるんだよ? 例えばさ……」
ハウンドの真横に移動して、耳元で囁いてみる。「ハウンド。起きて、朝だよ」って。
瞬間、蚊を叩くようにバチンと頭をはたかれた。
「痛っ! な、なんで……」
「すまん、生理的嫌悪感で反射的に」
「酷すぎない!? ……でも、こうやって名前を呼んであげたり、出資者が希望する言葉をつけたりすれば、特別感が出るでしょ?」
「……希望の言葉ってのはあまり好ましくないな。いくつかパターンを決めて、その中から選ばせろ」
おお、なるほど。それなら私の負担も軽くなるし、変な言葉を希望される心配もない。さっそくその提案を取り入れて、返礼品の特装版エコースポットの開発費用についても補足を加えた。
資料は一通り読み終えたようだ。前回のように「却下」と冷たく言われるだろうか。不安を抱えながら祈るように両手を組んでいると、ハウンドが口を開いた。
「一つだけ」
「な、なに?」
「俺との仕事は続けてもらう。多少は時間を減らしても構わんが、それが最低条件だ。つまり、お前は領内の仕事もこなしつつ、配信ギルドのギルド長としてもやっていかないといけない。他国にも配信を広げるなら交渉事も増えるだろうし、配信者としての活動もあるはずだ。……お前に、それをやり遂げる覚悟はあるのか?」
ハウンドの言う「仕事」というのは、今も私がやっている領主代行の手伝いのことだろう。最近は書類の仕分けだけでなく、領内の人員配置や予算管理など、領政に深く関わる部分まで教わるようになっていた。
正直、時間はいくらあっても足りない。この世界に来たばかりの頃は暇だ暇だと言っていたのに、今は寝る時間さえ惜しいくらいだ。
でも、毎日が充実している。こんなに楽しいのは生まれて初めてかもしれない。
ハウンドとの仕事も、本音を言えば大変だし面倒なことも多い。それでもフォウローザの状況が良くなってきていると書類を通じて実感できるし、ちゃんと仕事ができた時にハウンドから「よくやった」と言われるのが、何よりも嬉しかった。
「――やるよ。全部やる。だってこれは全部、私のやりたかったことだもん。……でも、無理そうになったらちゃんと言う。それだと、覚悟は足りないかな……?」
だって無理な時は無理だし。全部やり遂げるなんて言い切る方が不誠実だもん。
私の少し弱気とも取れる言葉をハウンドはどう受け止めただろう。恐る恐る反応をうかがってみると――彼は微かに微笑んでいた。
「……分かった。お前の覚悟はちゃんと受け取った。配信ギルドの立ち上げ、許可する」
「……!」
許可、って言った。許可って言った! 嬉しさのあまりハウンドの頭に勢いよく抱きついてしまう。即座に引きはがされそうになったけど、こちらも更にぎゅっと力を込めた。
「離れろ、暑苦しい……!」
「だって嬉しいんだもん! ありがとう、私頑張るね……!」
「ったく……まだ運営人員の課題が残っているはずだ。クラウドファンディングだって上手くいくとも限らんだろう。問題が生じたら即座に取り潰すぞ」
「ひぇ、無慈悲……」
冷や水を浴びせられた気分だけど、そういう覚悟をもって進めってことなんだろう。
明日にはみんなに報告して、喜びを分かち合ったらすぐに次の工程へ進まないと……! あ、でも明日の収録もあるし、特装版エコースポットのデザインも頼まれてる。視察にだって行かないといけないしやることが山積みだ。
スケジュールを組み立てている間に焦りが顔にでも出ていたのか、ハウンドは頬をつきながらジトリと私を睨みあげてきた。
「……諦めるか?」
「や、やるよ! でも、明日の朝くらいは少し遅くなってもいいかなぁ……?」
「配信ギルドの立ち上げは無し、っと……」
「うわ~ん、やります! いつも通りの時間に起きます~~!」
ハウンドの冷たい視線が背中に刺さり続ける中、私は部屋に逃げ込むように戻った。油断してたら本当に取り潰されるかも。早く収録を終わらせて明日からも頑張らなくちゃ。
やることはたくさんあるはずなのに、また道筋が拓けた気がしてなんだか心は弾んでいた。