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022 配信事業の始まり?

 音声動画配信を始めるにあたり、私は成功を確信していた。とはいえリアルタイムで反応を得られるわけでもなく、視察中に声をかけられても「社交辞令かなぁ……」なんてつい卑屈な考えがよぎってしまうこともあった。

 

 だからこそギルドの目安箱に入れられた感想や応援のお手紙が手元に届いたとき、その数の多さに思わず驚きの声を上げてしまった。想像をはるかに超える量だったのだ。


「ううう、嬉しい~~~~~!」


 配信を始めてから数週間が経過した。この間に送られたお便りは誰かさんが念入りに検閲を行い、不審物が混じっていないと判断されてからようやく私の部屋に届けられた。それらを一枚一枚丁寧に読み進めながら、リスナーたちからの温かい言葉を噛みしめる。

 ハウンドに握りつぶされたものもいくつかはあるかもしれない。けれど、手元に届いた手紙はどれも優しい言葉ばかりで、配信を始めて本当に良かったと思わせてくれる内容だった。やっぱりこの地の住民たちも娯楽と情報に飢えていたのだろう。


『ギルドまで行かなくても情報が得られるようになり、無駄足を踏まずに済むようになりました』

『リカちぃの明るい声に励まされ、落ち込んでいた気分もすっかり晴れました。これからも応援しています!』

 

 こうした感謝の言葉をもらえるとやる気も自然と湧いてくる。さらには『もっと歌の配信を増やしてください!』『知らないお話を聞いてわくわくしました! もっとたくさんの物語が聞きたいです』といった子どもたちからの手紙には可愛らしい絵まで添えられていて、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

 コメント機能がないながらもこうして手紙を受け取れるのはとても新鮮で、何より嬉しかった。だって蜜柑の頃は事務所に所属していなかったし住所も公開していなかったから、ファンレターなんて一度ももらったことがなかったんだもの。 

 ぎこちない文字からは、この手紙を書くために一生懸命に勉強してくれた様子が伝わってくる。手紙を読み進めるうちに書き手のリスナーの顔まで浮かび上がるようで、何度も読み返してしまう。


「ご機嫌ですね、お嬢様」


 紅茶を静かに注ぎながらシアさんが微笑む。その声にハッとして、私は大事な手紙を箱に仕舞い、一息つくことにした。


「うん、こんなにたくさんのお手紙を貰えたんだもん。嬉しくもなるよ」

「本当に素晴らしいことですね。どこまで受け入れられるのかと思っていましたが、まさかここまで広まるとは……」


 配信を開始して間もない頃は、施設の職員さんが仕事の合間にちょっと聞いてみる程度だったらしい。でもそれがきっかけで施設を訪れた人たちが興味を持ち始め、雑談の中で話題に上がるようになったそうだ。


「可愛い声の女の子が色々と教えてくれるんだよ」

「食堂で新メニューが始まったんだってさ、行ってみない?」

「エコースポットっていうのね。家にもあったら便利なのに」


 そんな感じでリカちぃの配信の噂は商業区を中心にどんどん広がっていった。魔道具の目新しさも手伝って口コミはあっという間に広がり、エコースポットが設置された施設には訪れる人が増え、今では再生が途切れることはないという。

 

 おかげで設置場所を急ピッチで増やすことになり、いろんな施設にも置かせてもらえるようになった。さらにハウンドの許可が下りた場所では通信機能付きのエコーストーンも併設され、フォウローザ内の情報インフラは驚くほど急速に発展していた。


 配信内容も朝と夜の定期放送だけに留まらない。とにかく認知してもらう必要があったから「企画」と称してフォウローザに伝わる歌を歌ってみたり、音声だけで理解できる簡単な授業を配信したりしている。さらにご意見を参考に絵本の朗読も取り入れてみたところ、「寝かしつけが不要になった」とこちらの評判も上々だった。


 ただ、順調な中でも課題は見えてきている。まずエコーストーンおよびエコースポット――いわゆる『エコーシリーズ』の材料となる魔晶石が不足し始めて供給が追いつかなくなっている。それに加え、魔道具を製造する魔導士の確保にも課題がある。そして何より配信の規模が広がるにつれ、私ひとりでは対応しきれなくなってきたのだ。


「今日はお出かけですか?」

「うん。だいぶ慣れてきたし、ギルドクエストの配信は受付のお姉さんにお願いしようと思って。ついでに新作のクッキーでも買いに行こうかな」

「ではスイガに声をかけておきますね」

「いつも申し訳ないなぁ……」


 シアさんはスイガ君のことを昔から知っていたらしい。私とスイガ君が本格的に顔を合わせてからは、その名を自然と口にするようになった。彼が護衛として同行するのは本業ではないはずなので少し気が引けるけれど、彼自身が「気にしないでください」と言ってくれているので、ありがたく遠目から見守ってもらうことにしている。


「暗くなる前に戻ってきてくださいね。またハウンド様に叱られてしまいますよ」


 シアさんの柔らかな笑顔に隠れた軽い脅しに思わず苦笑が漏れる。叱られる場面が容易に想像できるせいで私は逆らう気も失せてしまう。


「分かってるってば」


 そう返事をして、お気に入りの鞄をしっかり肩に掛けた。

 


◆ ◆ ◆



 今日も商業区は賑わいを見せていて、露店のおじさんたちが「嬢ちゃん、腹減ってないか?」と気軽に声をかけてくる。美味しそうな匂いに抗うことができず、予定にはなかったけどつい立ち寄ってしまった。


「この間は紹介してくれてありがとうな、おかげで売れ行きが好調だよ」

「わっ、配信聞いてくれたんだ! 勝手に紹介しちゃったから後で謝ろうと思ってたのに」

「謝るだなんてとんでもない! リカちぃが食べたのはどの商品だって、お祭りの時みたいに客が来たんだよ」


 おじさんが嬉しそうに教えてくれるもんだから、私まで自然と笑顔になってしまう。

 そう、商業区で買ったお菓子やご飯を食べて感想を言うだけの音声も配信してみたのだけど、これが意外と評判が良かった。どの世界でも食レポは人気コンテンツのようで、ASMRを狙ったつもりはないけどそういう需要もあったようだ。


「また機会があったら頼むよ」

「うんうん、美味しかったらね!」

「ははは! それじゃあうまいもん作らないとな。今日は買っていくかい?」

「んんん……じゃあ、お肉一本だけ……!」

「毎度!」


 無償提供されたり安請け合いをしてしまうとやらせ案件になってしまう。だから、あくまで自分の意志で買って、本当に美味しいと思ったものだけを紹介するようにしている。それが分かってくれているのかおじさんも無理にはお願いしてこない。


 肉串を受け取って頬張りながらギルドに顔を出すと、「あらあら、行儀の悪い子ね」とサントスさんに呆れたように声をかけられた。


「我慢できなくって、つい」

「そう、いつも何か食べている気がするけど全然太らないんだから羨ましいわ。若いっていいわねぇ……。それで、今日はどうしたの。最近は一人が多いわね?」

「あんまりハウンド連れまわすのも悪いですし、ここくらいならもう一人で大丈夫ですよ」


 厳密には『一人』じゃないんだけど、どこかで私を見守っているだろうスイガ君はよほどのことがないと表には出てこない。一度、普通に一緒に行こうよって誘った時には、困ったように眉を下げて「それでは仕事になりませんので……」と断られてしまった。彼とももう少しお話したいんだけどなぁ。


「それならいいんだけど……それで、今日はどうしたの?」

「チャンネル枠が増えたんですよー。だからギルドクエストの配信はパノマさんにお願いしようと思って……あ、噂をすれば、パノマさーん!」


 ちょうどカウンターに戻ってきたパノマさんに声をかけると、彼女は「リカさん!」と花が咲いたような笑顔で応えてくれた。

 オリーブ色のジャケットに、白いブラウス、そして細かい刺繍が施されたスカート姿の彼女は、冒険者や傭兵に仕事を斡旋する受付嬢として働いている。何度か顔を合わせるうちにすっかり仲良くなった貴重な同世代の友人だ。おっとりとした美人さんで人気が高いのも頷ける。


「ちょっと早めに来ちゃったんですけど、大丈夫ですか?」

「もちろんよ。私もこの話、楽しみにしてたんだから」


 同僚に何やら声をかけた彼女は、受付カウンターから出てきて丸テーブルに座った。サントスさんがいつものようにジュースを運んできてくれる。どうやら彼も暇だったらしく「私も一緒に聞いても良い?」と尋ねてきたので、私とパノマさんは「もちろん!」と同時に頷いた。


「ギルドクエストの放送をパノマさんにお願いしたいって、前に軽くお話ししましたよね? そろそろ進めたいなって思って」

「リカちぃの配信枠をクエスト放送なんかに使うのは勿体ないと思ってたのよ。私で良ければお手伝いするわ」

「良かった! じゃあ早速……じゃじゃーん、これが収録用の魔道具、エコーレコードです!」


 それは配信者用に新たにシシル様が開発してくれた魔道具で、円形のエコーストーンとは違いどこにでも置けるように三角の形をしていた。こちらも通信機能は持たせておらず、完全に収録に特化したものだ。パノマさんは「まぁ、可愛い」と嬉しそうに手に取って眺めている。――パノマさんのほうがずっと可愛いんですけどね! なんて心の中でこっそり呟きつつ、エコーレコードをいったん借りて「こうやって操作するんです」と、使い方を説明する。


「まずは管理者登録をしておきますね。これをやっておくと、管理者以外はエコーレコードを操作できなくなるんです」

「あら、誰でも使えるわけじゃないのね?」


 サントスさんが残念そうにエコーレコードをつついているのを見て、思わずクスッと笑ってしまう。


「悪用防止のためですね。万が一落としちゃったりしたら、誰かが変な配信をするかもしれませんから」

「なるほど、管理者登録はどうやるの?」

「パノマさんは魔力をお持ちなので、このイラストを押していただいて、黄色く点滅したら魔力を流し込んでください」


 ちなみに魔力が無い場合は血液を馴染ませることになっている。それで管理者登録できるっていうんだから不思議なものだ。

 パノマさんが言われた通りに魔力を流し込むと、エコーレコードが黄色く光り始めた。『登録が完了しました。ユーザー名を決めてください』とパネルが表示される。パノマさんが首を傾げながら「ユーザー名?」とつぶやいたので、「そうですね、私の場合だとリカちぃ、とかですね」と参考までに伝えた。


「うーん……思いつかないわ。パノマじゃダメかしら?」

「んー……まぁ公共放送的な意味合いも強いですし、大丈夫だと思います。他に思い付いたら後から変更も可能なので、今はパノマにしておきましょうか」

「分かったわ。それで、チャンネル名っていうのは何?」

「私のチャンネル名は『リカちぃの気まぐれ放送局』なんですけど、まぁお店の名前みたいなものかな? そのまま『ギルドクエスト案内所』とかでも分かりやすくて良いと思いますよ」

「そうね、シンプルで分かりやすいのがいいわ。――はい、登録完了!」


 操作にもすっかり慣れてきたのか、「収録はどうするの?」「配信の開始はどこを押せばいいの?」と次々にパノマさんは質問を投げかけてくる。それに一つ一つ丁寧に答えていると、彼女が「マニュアル、私が作っておくわ」と、ありがたい申し出をしてくれた。


「助かります~! 本当にすみません、そこまで手が回ってなくて……」

「だってリカさんが一人で全部やってるんでしょ? 無理よ、そんなの」

「そうよ、誰かにお願いできることはお願いしなさいな」


 配信を始めた理由は趣味の延長みたいなもので、領地の人たちの日常が少しでも便利になればいいな、という軽い気持ちからだった。でも思った以上の反響を貰えたものだから、もっともっと広めていきたいな、なんて欲も出てきてしまっている。私としては自分のわがままで始めたことだからこそ、責任を持ってやりたいと思っている部分もあるんだけれど……。

 

 ――そんな経緯を説明すると、サントスさんが「もったいない!」と声を上げた。


「あなた、この価値が分かってるのにそんなに軽く考えていたの? いい? これはもう立派な事業よ。あなた一人じゃ絶対に無理。配信事業として、ギルドを立ち上げてもいいくらいだわ」

「ギ、ギルドですか?」

「そうよ。だってこれから配信者もどんどん増やしていくつもりなんでしょ? それなら、マンパワーが絶対に必要よ。エコースポットの管理ひとつとっても大変な作業じゃない」


 う、と痛いところを突かれる。確かに、エコーシリーズの開発や改良はシシル様の魔塔に所属する魔導士たちが担ってくれているけど、その後の運用や管理、利用規約の整備、契約書の取り交わし――そんな細かな事務作業までは正直ほとんど考えが回っていなかった。だからこそまずはギルドクエストのチャンネル枠を譲渡して少しでも手を空けようとしていたんだけど……。


 おかしいな。配信者として気楽に楽しむだけのつもりだったのに、現実は早くもその枠を超えつつある。配信の将来を見据えればこそ、私は運営側に回る覚悟を決める必要があるということか――。そんな自覚がじわじわと胸に重くのしかかってきた。


「無理ぽよ……」

「あんた、まさか何も考えてなかったの……?」

「いや、考えてはいたんですけど、全部自分でやるの大変だな~くらいにしか……」

「それは無理よリカさん……」

「どうしよう……助けてぇ~!」


 呆れた顔をする二人に人目もはばからずに泣きついてみる。ギルドなんて言われたって何から手を付ければいいのか全く分からないし、少し前まではただの女子高生だったんだから、無理を言わないでほしいのが本音だ。JK社長。響きはいいけど私には荷が重すぎる。


「仕方ないわねぇ。……あんた、領主様のところでお世話になってるんでしょ? ならきっとギルドの設立自体は難しくないわ。まずは人を集めなさいな」

「仲間を増やすのは大事ですよ。冒険だって、一人じゃ限界があるんだから」

「仲間かぁ……。あ、配信で呼びかけてみればいいのかな? 私と一緒に配信事業始めませんかーって」

「それだと玉石混合になりかねないわね……。ううん、そんなことするくらいならしばらくは私が手伝ってあげるわ。正直、配信なんて前例がなさすぎて誰を紹介すればいいのかも分からないし」

「何にしても会計や法務に詳しい人は必須よ。そういう人材募集をかけてもいいかもしれないし、契約書周りでよければ私でもお手伝いできると思うわ」


 社会経験豊富な二人が、まるで神様のように思えてくる……!

 

 その後も話し合いが白熱し、気が付いたらすっかり夜になっていた。

 心底困った様子のスイガ君に声をかけられるまで、まったく気が付かなかった。

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