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171 無垢なる邪気

 ――あれから、幾年かの月日が流れた。

 

 シモンは、あの赤子に本当に禁術を施した。その事実を知ったときは「まさか」とも思ったが、実際にこの目にしたのだ。すぐにでも連れ去ってしまおうかと邪心が芽生えるほどの、未知なる力を秘めた娘を。

 

 そうして生まれたミュゼの至宝は、魂が入れ替わるという数奇なる運命を辿ったが、少なく見積もってもこの大陸一を誇る魔力の持ち主として成長を遂げた。

 

 その後、ジュリアの身を借りたシモンを討ち果たし、禁術の犠牲者たちもリカの手により解放された。

 夜空を埋め尽くす光の粒子は、シシルの目から見ても美しいと思った。

 

 ……やはり、あの禁術の犠牲者たちの魂が込められた魔晶石は惜しかった。それに、ハウンドに喰われてしまったが、シモンの魂が封じられた魔晶石とて、使いどころはいくらでもあったはずなのに――。


 あの力がありさえすれば、転送で全土を巡っただけで魔力切れを起こすことも無かったはずなのだ。やはり力はいくらあっても困らない。一時的とはいえ、あのシモンに遅れを取ったという事実も腹に据えかねるものがある。

 

 しかし――もう手元にないものに未練を残しても仕方がない。

 何よりも、シシルは長年心の奥底で渇望し続けていたものを、ようやく手に入れたのだ。


 研究机に向かっていたシシルは、机の片隅に置かれたエコーストーンに目を向ける。

 そこでは、ちょうどライブ配信中の娘がフォウローザの新たな特産品について紹介していた。

 話の内容自体に興味はない。だが、この娘の声は心地よい。

 弟子たちのようにずっと垂れ流す気にはならないが、時折こうして耳にすれば、不思議と心が落ち着いた。


 ――とはいえ、今のシシルの最大の関心ごとを知られれば、きっとその笑顔も歪ませてしまうことだろうが。


「子ども、か」


 自分は子を為せなかった。

 だから、血を繋ぐことで自分の能力をいかに引き継ぐのかを確かめる術がない。


 だが――。


 この大陸でも最大の魔力を誇る娘が、今やシシルの傍にいる。

 たまに歯向かうこともあるが、シシルを信頼し、実験にも研究にもよく付き合ってくれる、年頃の娘が。

 まだ二十歳前。繁殖させるには、ちょうど良い年頃だろう。

 幸いなことに、候補は何人か見繕っている。


 本人の気持ちを配慮するのであれば、最初はハウンドと試してやるべきか。

 あの魔力を受け付けぬ体質と娘の能力が交われば、どのような結果になるかは想像もつかない。


 それとも、一番弟子とも言えるトーマをあてがってやろうか。

 あれも魔力に不足はないし、何よりも娘に好意を抱いている。説得は容易いだろう。


 デュオも悪くないかもしれない。魔力量が多いわけではないが、その器用さには目を見張るものがある。

 彼の生い立ちを鑑みても、番わせても悪くないだろう。


 最初は無魔力者として侮っていたが、スイガも候補としては挙げられる。

 両親はそれなりの魔導士だったと聞く。覚醒遺伝の発現を確認するには、良い相手かもしれない。


 シシルは、ご機嫌だった。

 トーマも勝手に育ってしまったし、魔道具の制作も一段落した今、『育成』というものに本格的に取り組んでも良いかもしれないと、本気で考えていた。


 娘が嫌がらないようであれば、産まれた子は引き取って手元で一から育ててみてもいいかもしれない。大丈夫。ヤギの乳があれば、それで済むことは学習済みだ。


 ――ああ、シモンも自分に相談でもしてくれたらよかったのに。

 ミュゼの王族は近親婚で魔力を繋ぐという話をトーマに聞かされたとき、なるほどと思わず感嘆したくらいなのだ。もし言ってくれていれば、一緒に研究をしてやったというのに。


 ふと、手元の水晶玉に目を向ける。眼鏡を外したシシルの瞳が、金色に色濃く輝き、淡く反射していた。

 これは止まってしまったと思っていた成長が、娘の魔力にあてられて再び動き出した証だ。

 かつての空色はもはや見る影もない――美しく、澄んだ金色を湛えていた。


 ――もしかしたら。


 シシルは、一つの可能性に思い至る。

 魔力の成長とともに、この身も子どもの姿から大人へと変わるのではないか、と。

 そうなれば、娘をも凌ぐ魔力を手に入れる未来も見えてくる。


 実際に娘の血で作られた魔晶石を口にした際、一時的とはいえ大人の姿へと成長を遂げた。

 ならば、恒常的な変化も可能なのではないだろうか?


「――なるほど。私、という選択肢もありうるのか」


 子どもの姿だから生殖能力がなかったのではないか?

 では、大人になればどうなる?

 最高の力が重なりあったら、その子どもは一体どれほどの力を有することだろう?


 考えただけで身震いするようだ。

 

 せっかくだ。そのうち試してみてもいいかもしれない。

 娘も、別に嫌がりはしないだろう。

 あんなにも盲目的に信頼してくれているのだから。


「……師匠、また変なことを企んでるでしょう」


 いつの間にやってきたのか、荷物を抱えたトーマが、あからさまに嫌そうな顔でシシルを見つめていた。


「なぁに、新たな研究に手を付けようと思ってな。……お前にも協力を依頼するかもしれん。そのときは頼んだぞ」

「はぁ……もう嫌な予感しかしないんですけど……」


 失礼な。シシルは呟く。これはきっと、素晴らしい成果を出すはずだ、と。


 エコーストーンに映る娘は、曇りのない笑顔を向けている。どうやら歌のリクエストをされたらしい。

 娘は何も知らずに歌っている。己が計画の中心に据えられているとも知らずに。

 たとえ知ったとしても、きっといつものように不満を訴えながらも、最後には笑って許してくれるはずだ。

 穏やかな声に耳を傾ける間も、シシルの計画の構想は止まらない。


『祝いなさい、繋ぎなさい、その大きな手で、小さな種を――……』


 歌い終えた娘が、何も知らずにリスナーに手を振っている。

 

 そう、その調子で魔力を蓄えていくといい。

 お主のことは、死ぬまで見守ってくれてやるから。

 なにせ私はハーフエルフ。娘の子が成長するまで、見届けることが出来るだろう。

 

 自身が長命種であることに、初めて感謝した瞬間で――。

 きひっ、と。つい、笑みが零れてしまった。


 

 ………………

 …………

 ……



 久しぶりにみんなで集まって、今後予定しているリカちぃのコンサートについて相談してたんだけど――。


 そこで、聞いてるこっちが頭を抱えたくなるようなことをシシル様がぽろっと口にしたものだから、現場はたちまち大混乱に陥った。


 青筋を立てて詰め寄るハウンドと、一応は止める素振りをしつつも、ゴミ虫を見るような目を向け続けるスイガ君。

 「さすがの僕もドン引きですよ」と、トーマ君が私の気持ちを代弁してくれたけど、デュオさんに至っては開いた口が塞がらないまま、呆然とシシル様を見下ろしていた。


 そして――その吐き気をもよおす邪悪な計画の中心に、ちゃっかり勝手に据えられていた私はというと、もはや脳が理解することを拒否していた。宇宙猫みたいな顔してたかもしれない。

 それでもにこにこと笑うシシル様を見て、かつてフレデリカが言っていた言葉を思い返していた。


『あの無責任で憎たらしいハーフエルフ。アレには気をつけなさい』


 あの時は何のことやらと思ってたけど……なるほど、今ならわかる。あれはこういうことだったんだと。

 だってさ、めっちゃ無邪気に語ってたんだもん。倫理観の欠如とか人格破綻とか、そんな生ぬるい言葉じゃ片付けられない。シシル様という存在は、もはや人智を超えた何かなんだとあらためて思い知らされた。


「お主らも喜ぶと思ったんじゃがのう……。……まったく、ここまで理解が得られんとはな。仕方ない、何か別の方法で――」

「聞こえてんだよ、糞爺! てめぇは出禁だ、出禁! リカも、しばらく魔塔に近づくんじゃねぇぞ!」


 こうしてハウンドによって、シシル様は正式に「お屋敷出禁」および「頭を冷やすまでリカへの接触禁止」というお達しを受け、トーマ君に引きずられながらも、何故か満足げな顔で帰っていったわけだけど――。


 あの人がこのまま大人しくしてるはずもなく。

 それに、いざとなれば本気を出して、どうとでもしてきそうなのが本当に厄介なところで……。

 せっかく配信事業をさらに盛り上げようとしていたのに、解決しそうにない悩みの種がまた一つできてしまった。


 ……私はただ、楽しく配信がしたいだけなんだってば!





これにて完結となります。お付き合いいただきありがとうございました!

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