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017 ミュゼの至宝

 モアナの種から作った魔晶石は想定以上の出来栄えで、テンション爆あげのシシル様は驚くほど早く機能を追加してくれた。そして今日はその説明のためにわざわざお屋敷まで来てもらっている。……とはいっても彼は転送魔道具を持っているし転送魔法自体も扱えるそうだから、そんなに手間じゃないみたいだけど。


「――というわけで、先日貰った魔晶石のおかげで大幅なアップデートが出来たぞい」

「それはありがたいんですけど……不要なアップデートを先行でしてましたよね?」

「あれはロベリア嬢用だったはずなんじゃがなぁ……」


 私が指摘した『不要なアップデート』とは、例の位置情報追跡アプリのことだ。シシル様は依頼された通りに作っただけだから文句を言うのは筋違いだと分かっていても、つい非難めいた愚痴がこぼれてしまう。


 ハウンドめ、私の居場所を監視する暇があったら仕事の一つでも片付けたらいいのに。一人での視察やお使いの途中でちょっと予定外の場所に立ち寄ると、いちいち着信が入るもんだから鬱陶しいったらありゃしない。

 そもそもロベリア様は携帯型エコーストーンを持ち歩いていない。なので現状でこの機能を追加したところで全く意味は無い。その事実がまた腹立たしい……!


「せめてオンオフ機能があったら良いのに」

「そうしたらお主らは常にオフのままにするじゃろうて。あやつもあの面で子犬のように心配性なんじゃ、少しは大目に見てやれ」

「うううううう……」


 完全に納得は出来ないが、危険な目にあった前科のある身なので仕方なくこの話はこれで終わりにする。まぁ、どこにいるか見られたところで困るようなこともないし? 日本にいた時みたいに、自分抜きで友達同士が遊んでいないか確認し合うわけでもないし? ましてや恋人の動向を監視しているわけでもないし? 親が子どもの防犯対策として入れているようなものだ、と自分に言い聞かせる。


「それよりも本題に入るとしようか。これが配信機能も備えたエコーストーンじゃ」


 そう言ってシシル様が魔道具のカバンから取り出したのは、これまでの携帯型エコーストーンと見た目はそんなに変わりないものだった。でも触れてみるとすぐに液晶パネルが浮かび上がり、システム項目が増えているのがわかった。


「すごーい! わ、反応も早くなってるし、映像の解像度も上がりましたね?」


 感動の声を上げるとシシル様はずれた眼鏡を直しながら、えへんと胸を張った。その姿が本物の小学生のように可愛らしく、つい笑ってしまいそうになる。もしお爺さん口調でなければ完全にお子様にしか見えないだろう。


「それでそれで、配信機能でどんなことが出来るんですか?」

「まず、音声を一度に三分間だけ保存できるようにした。それから、チャンネル機能とやらも搭載したぞ。特定のマナを感知させることで、聞き手は自身で設定したチャンネルに繋ぐことが出来るようになっておる」

「おおー!」


 三分……! また絶妙な時間だわ。しかも音声だけときたか。一本の企画としては時間が足りなすぎるし、ショート動画だと映像なしでは間が持たない。まぁ、そこは私の腕の見せ所か。それにこのタイミングでチャンネル機能を搭載してもらえたのはありがたい。今いる配信者は私だけとはいえ、未来につながる一手になる。


「配信機能を使うには、新しく作ったエコーストーンを配り直す必要がありますよね?」

「そうじゃな、モアナの種で作ったものにしか搭載できない機能じゃ。あれは良い素材じゃ、良く気が付いたのう」

「えへへー」


 単純なもので褒められると素直に嬉しくなってしまう。そう、モアナの実はマナを種にため込む性質があり、特にマナが豊富な北の森産のものはその純度がかなり高いとわかったのだ。


 モアナの実自体は北の森の入り口付近で比較的安全に採取できるため、ギルドで低級冒険者向けの依頼として出すことにした。初心者向けのクエストとして、なかなか人気が高いらしい。


 さらに、これまで家庭で捨てられていたモアナの種も、ちゃんと洗って乾燥させてからギルドまで持ち込めば買い取るように手配した。市場で流通しているのは北の森産ではないけれど、それでも他の素材よりもマナを多く含んでいるため、子供たちの仕事としても好評だ。


 そうしてギルドに納品されたモアナの実や種は、植物に詳しい人たちが産地ごとに分別し、運送業を営む人たちがお屋敷やシシル様の住む魔塔まで届けてくれている。大した量ではないものの、こうして小さな雇用が生まれたことに協力できたのは私にとっても嬉しい限りだった。


「お主に今渡したものとは別に受信専用のエコーストーンを作るから、各施設にはそれらを配置すれば良いじゃろう」

「……ん? 別のエコーストーンを用意する必要があるんですか?」

「ハウンドから細かい指定があってな。通信も出来るものは限られた場所にしか置きたくないのじゃろう。今開発しているのは配信を受信するだけのものだ。機能が制限されている分、作りやすくはあるな」


 エコーストーンはまだフォウローザにしか流通していない稀少な魔道具らしいから、通信機能も搭載したものを配布することには慎重なのかもしれない。なるほどー。名称は同じだけど機能が違うのか。……分かりづらいな。名前は変えてもらおうか。


 そしてシシル様は、配布さえ済めばこの間のアプデみたいに大気のマナを通じて機能をどんどん追加できると言う。マナの種類がどうとか魔晶石を加工する上で回路がどうとか説明を受けはしたものの、その仕組みは私にはさっぱり分からなかったら理解することは早々に諦めた。でも正直インターネットの仕組みだって知らないまま使っていたし、ここも異世界の不思議な力ってやつで済ませることにした。不思議なちから、万歳だ。


「北の森産のモアナの種一つで据え置きタイプ一つですよね? それなら、今手元にある分でめぼしい施設には行きわたりそうですね。受信専用の携帯型も作れるんですか?」

「うむ、小型化するとはいえ仕組みは複雑になるからな。材料は少なく済むが、量産には倍の時間がかかるのう」

「そっかぁ」


 携帯型が普及するのはまだ先のことになりそうだ。まぁ、とりあえず据え置きの受信型があればいっか。日本でも一家に一台の黒電話から携帯電話に移行するまでには相当な時間がかかったはず。それに比べれば完成形が見えている分だけ、この世界ではずっと早く移行できるかもしれない。


「じゃあ次の機能としては、映像付き動画の収録と録画時間の延長ですね。あ、配信したものはいつでも見返せるんですよね?」

「うむ、お主の希望通りにな」

「なるほど、なるほどー」


 ふんふんと相槌を打ちながら、三分の音声動画をどのペースで配信していくかスケジュールを組み立てる。最低でも一日一本は配信したいけれど、音声だけだと内容に限界がある。飽きさせない工夫が必要そうだ。


「ああそれと。私は他の魔道具も作らねばならんから、今後エコーストーンに関しては弟子のひとりに任せることにしとる。今後はそやつと連絡を取るといい」

「わ、そうなんですね」


 そうだよな、シシル様は天才魔道具師と呼ばれているくらいなのだから、エコーストーンの開発だけに専念させるわけにはいかないんだろう。他国からの要請がひっきりなしに来ているらしいから、これまでエコーストーンに注力してくれたことがむしろ奇跡だったのかもしれない。


「弟子の名はトーマ。これらの機能についてこの短期間で搭載できたのも、あやつの力によるものが大きい。……少し扱いづらい面はあるが、まぁ仲良くやっておくれ」

「連絡はエコーストーン経由がいいんですかね? 直接来てもらったりは?」

「極度の引きこもりじゃ。エコーストーン経由で頼む」


 なるほど、そういうタイプの人ね。さっそく彼の連絡先をエコーストーンに登録して、後日、連絡を取ってみることにした。


「ありがとうございます。それじゃあ今後はトーマさんにお願いするとして……。実は、あの」

「呪詠律、使えるようになったそうじゃな?」


 どうやらハウンドが既に伝えていたようだ。そうなんですと頷くと、シシル様の目が一気に爛々と輝き始めた。まるで好奇心が抑えきれないでいる子どものような表情だ。


「北の森の熊型魔獣についても初めて聞いたが、初めての発動でそれを御するとはな」

「そのあとぶっ倒れましたけどねー。あれから試す機会もないので使いこなせるようになったかどうかは分かんないですけど……」


 正直こんな危険な力は頻繁に使いたくない。領民や使用人にこの能力の存在が知られたら怖がられそうだし、事情を知っているとはいえハウンド相手に試したらそれこそ別の意味で大変なことになりそうだ。デュオさんがヤンデレってた時に「"正気に戻って"」って試してみればよかったなぁ……なんて我ながら酷いことを考えてしまう。


「ふむ、私に試してみるか?」

「え。……いや、やめておきます。出来れば一生封印しといた方が良さそうなんで。日常会話は大丈夫って分かっただけで十分です」

「そうか。ミュゼの至宝の力の片鱗を味わいたかったんじゃがなぁ」


 シシル様がまさかの実験体志願。魔術オタクな彼のことだから、この力がどれほどのものなのか確かめてみたくて仕方ないのだろう。だけどもし何かあったら困るし、お気持ちだけ受け取ってお断りするのが賢明だ。


「……そういえば、前から気になってたんですけど、そのミュゼの至宝って呼び名、どんな由来なんですか?」


 デュオさんも同じことを言っていた気がするけど、誰も詳しく説明してくれなかった。シシル様と直接会う機会が少なくなりそうな今、このタイミングで聞いておかないと答えを知る機会を逃してしまう気がする。些細な疑問とはいえフレデリカに関することは聞いておきたかった。


「ほう、知りたいか。……ただし、お主にはなかなか刺激の強い話になるが、それでもよいか?」


 刺激の強い話……? そんなに重たい話なのかと少し躊躇したが、ここまで聞いたら余計に気になってしまう。

 お願いします、と続きを促すと、シシル様は満足そうに目を細め、昔話を語る老人のようにゆっくりと語り始めた。


「ミュゼ公国の最後の大公であるお主の父、シモン・ミュゼは呪術に長けた男でな。私はヤツとは古くからの知り合いだったが、お主が産まれたときは、まるでこの世の宝を手に入れたかのように喜んでおったよ」


 フレデリカにもお父さんがいたのか……そりゃいるか。フレデリカの母国であり、この領地の元の所有者であるミュゼ公国のことは、実はほとんど知らない。元々はミュゼの領土であるにもかかわらずフォウローザにはミュゼ出身の人間が極端に少なくて、話題が上がること自体なかったからだ。だからこそ、フレデリカ――私自身に関する情報は貴重で、自然と前のめりになってしまう。


「それは、フレデリカが魔力を豊富に持っていたから……ですか?」

「それもあるが……お主の特筆すべき点は、マナを身体に受け入れる器が桁違いだったということじゃ」

「なるほどー……?」


 ええと……"魔力"が自分に宿るエネルギーで、"マナ"は大気中や物質に宿る外部のエネルギー。人によってはそのマナを体内に取り込み、自分の魔力へと変換することできる。そんなことをシアさんの授業で習ったことを思い出す。マナを許容できる量には個人差があり、いくら修行や努力を重ねてもその差を埋めることは難しいと聞いた。


「普通なら、そんな器を持つ公女が生まれたら大々的に各国にお披露目され祝福を受けるじゃろう。だがシモンは、お主の存在を表には出さず、長年の研究の実験体として利用する道を選んだのじゃ」


 シシル様の声が重く響き、無意識に私の喉が鳴った。実の娘を実験体にするなんて……。そんな酷い話があるのかと思ったけど、実の娘を使って金稼ぎをしていた父親がいたことを思い出した。日本にいるときは虐待のニュースだってよく耳にした。子どもなんて自分の好きに扱っていい所有物程度にしか思っていなかったのかもしれない。


「そうして八年が経った頃じゃ。サンドリアの王妃争いでミュゼの長女が敗れ、長女を見限ったシモンは、お主に最大の禁忌とされる術を施したんじゃ」

「最大の禁忌……?」

「人々が持つ魔力を一度マナに変換し、それをすべてお主の器に注ぎ込む術じゃ。その術の対象となったのは、ミュゼの全領土。結果、一夜にして九割の住民が消滅したと言われておる」

「――え?」


 九割? 一夜にして……?

 あまりにも現実離れした話に、私はただぽかんと口を開けるしかなかった。だって、そんな話信じられないじゃない。ミュゼの至宝と呼ばれていたのは、その美しさや魔力量のことを指しているのだとばかり思っていたのに。……全然頭が追い付かない。


「え? 消滅って、……死んだってことですか? ここの領地で暮らしていた人たちが、九割も?」

「跡形もなく消えたそうじゃ。肉体の消滅を死と呼ぶならば、その解釈で間違いないじゃろうな」


 ――つまり、それは死んだということだ。

 フレデリカに魔力を注ぐためだけに、この土地で暮らしていた人々が――一夜にして、消えた。


 私の中に流れる魔力の正体に気付いた瞬間、頭が真っ白になる。胸の奥から得体の知れない嫌悪感が次々と這い上がってきた。その感情に押しつぶされそうになりながら、吐き気を必死に堪える。


「そうして得た力によって生まれた化け物が、お主じゃよ」


 ――化け物。

 その言葉が耳に、心に、深々と突き刺さる。まるで自分の存在そのものを否定されているようで、息が詰まるような感覚に襲われた。


「人間は実に愚かだ。禁忌とされたことをいとも容易くやってのける。数多の命と引き換えに得たその力を、至宝と呼ばずして何と呼ぶ?」

「わ、わたしは……そんな力……」

「ああ、お主は何も悪くない。お主も、フレデリカも何も悪くない。だが、何も悪くないからこそ、罪深いとも思わんか?」


 ぐわんと、世界が揺れた。


 なんだろう、息がうまく吸えない。体の芯から冷え込むような感覚が広がり、指先がじんじんと痺れてくる。心臓が喉元で激しく脈打ち、呼吸をするたびに頭がくらくらと揺れる。


 周囲の音が遠のき、視界がじわじわと滲んでいく。焦れば焦るほど呼吸は速まり浅くなるばかりだった。胸の奥で広がる重苦しい圧迫感が私を容赦なく押しつぶしていく。


「……まぁ、それほど膨大な魔力を手にしながらも十年間も無駄にした、という点では悪いとも言えるかもしれんな。ただ眠らせるだけだなんて、せっかく命を散らした住民たちも浮かばれんとは思わんか? ……なぁ?」

 

 視界の端がじわじわと白く染まっていき、体がソファに沈み込むように沈下していく感覚があった。

 

 そんな私の様子すらどこか面白がるように、シシル様は口元を袖で隠してくすくすと笑っていた。

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