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162 掃き掃除も厭いません

 リカちぃはとても独創力に溢れた方でした。なによりも可愛すぎるんです。本当に僕たちと同じ種族なんですかね? 姿を見ることさえ烏滸がましく思え、しばらくは直視できなかったほどです。


 それに、あの師匠までもが彼女のことばかり話題にするようになりました。あんなに誰かに入れ込む姿なんて、初めてのことなんじゃないですかね? 厄介な人にまで目をつけられたものだと、自分のことは棚に上げて思ってしまうくらいには、リカちぃのことばかり考えるようになっていました。

 

 ……おそらく師匠に言いくるめられたんでしょうね。研究という名目で、彼女は定期的に魔塔を訪れるようになりました。その日を指折り数えて待つようになったのは言うまでもありません。

 だって、師匠と二人きりになんてさせられるはずがないでしょう? 真っ白な彼女の世界には、一滴の穢れも許されないんですから。

 

 違法奴隷の件で貴族を告発すると聞いた時も、正直、貴族も奴隷もどうでもよかったんです。でも、リカちぃが襲われたとなれば話は別です。なにせ動画配信の休止を余儀なくされたため、過去の動画がなければ何も手につかなくなるほどでしたからね。だからこそ一刻も早く事態を収めるために、貴族の屋敷の地下に赴き、録画する大役も果たしたのです。

 

 そして編集作業中に呪詠律という不思議な力にかかってしまったときも、言葉を発せない焦りよりも、この呪術の正体を突き止めたいという衝動で胸がいっぱいでした。……まぁ、その考えも、師匠がリカちぃの目玉を抉り出そうとした瞬間に吹き飛びましたけどね。何を考えていたんでしょうね、あの人は。さすがの僕でもドン引きですよ。仮に抉り出したとして、その後どうするつもりだったんですかね?


 でも、焦がれる気持ちは痛いほどわかります。会うたびに規格外の魔力を蓄え、ますます輝きを増していくリカちぃは本当に眩しかったんですよ。何よりも僕が改良を重ねたエコーストーンによって配信者として成功していく姿は――僕の中で燻っていた何かに、完全に火をつけてしまいました。


「ありがとう、トーマ君!」


 一つ機能を追加するたびに、そう笑顔でお礼を言われるんです。何度も顔を合わせるうちに、ようやく真正面からリカちぃの顔を拝めるようになりましたが、それでも刺激が強くて仕方ありませんでした。


 

 僕にとっての女神様なんですよ。

 だから、誰も穢してはならないんです。


 

「――少し、おイタが過ぎるようですね、キャロライン」


 半年前から魔塔に預けられた貴族の子女。魔力を持て余していたため面倒を見てほしい、と親が大金を積んで頼み込んできたので、仕方なく受け入れた経緯がありました。

 一応、女魔道士としては真面目にやっていたはずなんですけどね。彼女もリカちぃの配信を聴くようになってから、少しずつ様子がおかしくなっていきました。


 ――そう、僕ら魔道士の間では、リカちぃの配信はある種の麻薬だったんです。最初は「聞いていると気分が良くなる」なんて噂が立つくらいでしたが、次第に作業場で垂れ流すようになり、ついには寝ている間も流し続けるようになった連中の数は、数えきれないほどでした。

 

 後になって「リカちぃの声には魔力が乗っている」と師匠が解明したわけですが、なるほど、納得です。ただの魔力ではありません。人を魅了する力――それが確かにあったんです。


 師匠の研究室の棚を開けようとしていたキャロラインは、焦るでもなく、弁明するでもありませんでした。

 以前、彼女にはリカちぃの魔力を微量ながら奪われたことがありましたからね。警戒はしていましたし、師匠の部屋に立ち入れるのは限られた者だけです。だから彼女がここにいる時点で、もうアウトだったんですよ。


「……トーマさんは、リカ様についてどこまでご存知なのかしら?」

「リカちぃはリカちぃです。全部を知る必要はありません」

「そこまで盲目的になれるのですね。さすがはミュゼの至宝と呼ばれる御方。魔道士一人を籠絡するくらい、容易いことなんだわ」


 ニタニタと笑うその顔が、無性に癇に障りました。まるで僕よりもリカちぃのことを知っているとでも言いたげな態度に、胸の奥がざわめきます。


 リカちぃの謎なんて、教えていただくまでは知らなくていいんですよ。

 だからといって……赤の他人が知っていい話でもないんです。


「トーマさん、あなたもリカ様が大好きでしたよね? それならば私たちと手を組みませんか? リカ様を――あるべき姿にお戻しするのです」

「……あるべき姿、とは?」

「シモン様の元へお戻しするのです。そうすれば今以上の輝きを得て、リカ様はこの世界の頂点に君臨できるのですよ」

 

 シモン、という名を聞いた瞬間、一つの解にたどり着きました。僕もあの国のことはよく調べていましたからね。


「なるほど、なるほど。シモンとはミュゼの大公でしたね。かの思想に共鳴する――いわゆるシンパというやつだったんですね、あなたは」

「シモン様の思想は今も生きています。無魔力者などというゴミクズが幅を利かせ、誰にでも扱える魔道具などが世にはびこるようになるなんて、おかしいと思いませんか? ……尊き力を持つ者が特別であるのは当然のこと。世をあるべき姿に戻すためにも、象徴が必要なのです」


 なるほど、なるほど。そのためにリカちぃが必要なのだと。

 確かに、あの純粋で膨大な魔力を前にすれば、誰しもが膝を折りたくなりますからね。分かりますよ、その気持ち。僕だって生のリカちぃを知らなければ、そんな考えに囚われていたかもしれませんからね。


 でもね、リカちぃがそんなことを望むはずがないんですよ。

 むしろそんな事実を知れば、あの愛らしい顔が曇ってしまうでしょう? ……そんなこと、許されませんよね。


「お手本のような魔力原理主義者だったということですね。化石かと思いましたが、まだいるものなんですね」

「……化石にならざるを得なかったのですよ。今やそんな主義を主張すれば、危険視されてしまいますもの」

「分かってるんじゃないですか。リカちぃを担ぎ上げれば、世情が変わるとでも?」

「あの配信の力があれば容易いことです。リカ様が我々の主義を繰り返し説いてくだされば、共鳴する者はいくらでも現れましょう?」

 

 その言葉を聞いて、穏便に済ませてやるかという気は完全に失せました。彼女は、リカちぃを穢す存在です。――一刻も早く取り除かなくてはいけません。


 にこりと微笑むと、キャロラインも警戒を和らげました。――その一瞬の隙を突いて、僕は腕を突き出します。

 魔法って、けっこう性格が出るんですよね。師匠は指、僕は腕全体を使うことが多いんです。放たれた魔法は、キャロラインの全身を覆いました。


 一見すると、何も起こりません。僕は派手な魔法ってあまり好きじゃないんですよ。見せびらかすようなものじゃなくて、もっとこう――相手が、嫌がるようなことをするのが好きなんです。師弟ってやっぱり似てくるんですかね?


 余裕の表情を見せていたキャロラインも、すぐに魔法の効果に気付いたのでしょう。息を吸おうとして、吸えないことに気づき、一気にパニックに陥りました。


 つぶさに観察する趣味はないので、リカちぃの動画を見ながら適当に放置します。何秒か経ったところで解放し、再び空気を除いた結界を彼女の周りに張る。

 結界って便利ですよね。ちょっと術式を変えるだけで、いろいろなことができるんですから。シモンは呪術に加え結界魔法が得意だったそうなので、そこは素直に参考にしたいと思っていますよ。

 

 何度か繰り返したところで、泡を吹いて倒れました。……殺しはしませんよ。遺族からのクレームだなんて、面倒で仕方ないじゃないですか。


「……なんじゃ、結局始末したのか」


 いつの間にか戻ってきた師匠が呆れたようになんか言ってます。あんたの代わりにやっておいてあげたんですから、感謝してほしいんですけどね。


「リカちぃを狙っていたようなので。……もう使いものになりませんから、お家にお返ししてあげないといけないですね」

「死なすよりも非道なことをしておるのではないか?」

「そうですか? 肉体は生きているのだから、文句はないんじゃないですか?」

「やはり欠落しておるのぅ……」


 人格破綻者に何か言われた気がしましたが、華麗にスルーしときました。

 転がっているキャロラインを、自宅に送り返す作業が残っていましたから。

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