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159 みぃつけた

 何も知らぬまま、何も分からぬままに私の生まれ育った地はフォウローザと名を変えて――。再建された屋敷では、シアという名の異国から来た侍女が私の世話をすることになりました。


「初めまして、スイガ。私はシアと申します。今日からこのお屋敷で暮らすことになったのよ。……よろしくね」


 何をするでもなく、ただぼんやりと毎日を過ごしていた私にとって、何を与えられようが心を動かされることはありません。

 私が欲しかったのはただ一つ。真実だけでした。


 家族を失ったのは私だけではありませんでした。

 後に「大量失踪事件」と呼ばれるようになったあの夜、ミュゼの国民の約九割が一夜にして姿を消し、残されたのは、私のような無魔力者だけ。

 集められた生存者たちは、シモンから「サンドリアによる卑劣な策謀だ」と説明を受けていたそうですが、そんなはずはないことくらい幼かった私にだって分かりました。

 少なくとも、父上はサンドリアに後れを取るような方ではありませんでしたから。


 それならば、どうして家族は消えたのか。

 ハウンド様は何も教えてくださらないから、私は一日の大半を屋敷の調査に費やしました。十にも満たない子どもでしたが、戦後復興に忙しい大人たちが私に干渉することはありません。余りある時間の中、私は屋敷の隅々まで調べました。 

 献立表や予定表といった些細なものでも手掛かりになるかもしれないと、一言一句を見逃さぬよう何度も読み返しました。

 

 ハウンド様も、私の行動には気付いていたのでしょう。苦言を呈されることはあっても、はっきりと止められることはありません。……後ろめたいことがあったのでしょうね。

 

 当然、あの部屋にもすぐに目を付けるようになりました。

 二階の一番奥の部屋。屋敷の住民たちの間では『秘された要人』が住む部屋だと噂されています。

 隠れることも、見つけることも、鍵開けも得意になっていた私にとって、忍び込むことなど造作もないことでした。


 ハウンド様の不在を狙い、例の部屋の鍵を開けます。

 簡単に鍵が開き、慎重に扉を押し開けると――部屋の中には一人の少女が椅子に腰掛けていました。

 私より少し年上でしょうか。この地ではほとんど見かけない金色の髪が印象的な少女でした。


「…………」


 彼女は私を訝しむように一瞥しましたが、何も言わず、すぐに興味を失ったように視線を本へ戻します。

 何か手掛かりが得られるかもしれないと忍び込んだのに、まるで相手にされない状況に、無性に腹が立ちました。


「私はスイガと申します。あなたは誰ですか?」


 相手の名を尋ねるときは、まず自分から名乗ること。父上の教えを守りきちんと名乗ったのに、彼女はつまらなそうに小さく息を吐くだけでした。

 どうして私の目を見てくれないのでしょうか。忍び込んだのは自分なのに、その失礼な態度に、どんどん苛立ちが募っていきます。


「どうしてこんなところに一人でいるのですか? この屋敷に何か関係があるのですか?」


 何を尋ねても、彼女は答えません。まるで私など存在していないかのように振る舞います。

 その後も何度も声を掛けましたが、やはり応じることはありません。その様子に、私は確信しました。彼女は何かを知っている、と。

 でも、何を言っても口を割らない相手がいるのだと、この日初めて思い知らされました。



「シア。あの部屋にいる人がどんな人なのか、知っていますか?」


 あの部屋に立ち入ることを許されているシアに尋ねると、彼女は驚いた表情を見せながらも、曖昧に首を振りました。


「戦に巻き込まれて両親を失った貴族のお嬢さん、としか聞いておりません。……ショックだったんでしょうね。口をきけなくなったと聞いています」


 それは私も知っています。この屋敷の使用人や騎士たちの間で、実しやかに噂されていました。

 ただ、それが意図的に流された情報であることくらいすぐに分かります。貴族の娘だからといってあんなに厳重に囲うはずもありませんから。


 意を決して、ハウンド様に面と向かって尋ねたこともあります。

 ですが、やはり答えは同じでした。


「お前が気にすることじゃねぇ。……あの娘に関わるな」


 そう言って、まるで相手にされませんでした。

 


 一年、二年と時が経つにつれ、かつてミュゼと呼ばれたこの領地には移民者が増え始めました。以前からこの地に住んでいた者は、もうほとんど残っていないのかもしれません。


 三年、四年と時が過ぎても、私を取り巻く環境は何も変わりません。

 あの部屋に忍び込み、彼女に問いかけても答えは返ってこない。徹底して沈黙を貫くその姿にはもはや感銘すら覚えるほどでした。


 そして、十年が経った頃でしょうか。

 皮肉なことに私は調査の腕を買われ、ハウンド様のもとで領地のために働くようになっていました。

 他国へ赴き、情勢を確認し、その結果を報告する。

 危険をおかすこともありますから、最低限の護身術はハウンド様から叩き込まれていました。


 あの日も、サンドリアへの長期調査を命じられ、屋敷を発つ前にいつものようにあの部屋を訪れました。

 私の目から見ても美しく成長した彼女。相変わらずつまらなそうに私を一瞥し、視線を戻した先にはシシルの魔道具――エコーストーンがありました。ここ数年、彼女がそれに向かっている姿は何度も見ています。


「……十年前、私の父と母は消えました。あなたは、何か知っているんじゃないですか?」


 もう何度となく繰り返した質問。一言一句、同じ言葉。

 答えが返ってこないことは分かっていましたが、それでも口にせずにはいられませんでした。

 彼女はやはり醒めた目で私を見つめたあと、再びエコーストーンに視線を戻します。

 誰かと通信しているわけではないことは確認済みです。おそらく魔力を通じて何かをしているのでしょう。けれども無魔力者の私には、それが何なのかまでは分かりませんでした。


 もうしばらくは会うこともないと分かっていたからでしょうか。

 普段ならこの一言だけで終えるところを、十年経っても家族の失踪について何の手がかりも得られない現状に苛立ち、思わずもう一つ言葉を投げかけました。


「……あなたはそれで満足なんですか? 何も語らず、何もせず。ハウンド様の手を煩わせ、シアの気遣いも意に介さず、ただ息を殺してこの部屋で生き続けている。……私には、まるで理解できません」


 小さく息を呑む音が聞こえて。その微かな反応を得られただけで、私は満足しました。

 だからそのまま部屋を出ていきました。

 サングレイスに向かい、彼女のことを忘れるように仕事に没頭することにしたんです。


 ――サングレイスに到着して何日か経った頃。仲間から「秘された要人が部屋を出た」という報告を受けました。

 まったく信じられないことに、これまでのことが無かったかのように笑顔を振りまき、ハウンド様の手伝いをし、領民とも徐々に打ち解けていっているそうです。


 私がいなくなった途端に、どうしてそんなことに?

 意趣返しにしては、あまりにも悪意に満ちている。


 一刻も早く戻りたいと思いながらも仕事は完遂させ、ハウンド様にも知らせずにフォウローザへ戻りました。

 休まずに移動したからでしょう。帰還予定日の二日前には屋敷に着いていました。


 そして執務室で仕事をしている彼女の顔を盗み見て、思わず息を呑みました。

 だって別人じゃないですか。

 

 諦めきったように俯いてばかりいたくせに、今はハウンド様に輝くような笑顔を向けている。

 ……そんな顔、私は一度も向けられたことがありません。


 彼女の部屋にも忍び込みました。

 陰鬱だった空気はすっかり消え失せ、殺風景だった室内はすっかり様変わりしていました。

 鏡台には愛らしい小物や見慣れぬ化粧品が並び、テーブルには溢れんばかりのお菓子が置かれていたのです。それらを見て、勝手に入り込んだ自分がひどく恥ずかしいものに思えてしまいました。


 混乱したまま廊下を歩いていると、施錠されていたはずの応接室の扉が開いているのが目に入りました。

 普段と違うことがあれば確認せずにはいられません。

 

 部屋に足を踏み入れた途端――誰かがこちらへ向かう足音が聞こえてきました。 

 咄嗟に、大きな衣装棚の中に身を潜めました。

 誰かが扉を開ければすぐに見つかるような場所。冷静さを欠いていると分かってはいましたが、ほかに身を隠せる場所はありませんでした。 


 部屋に入ってきたのは――表情を明るくした彼女。

 今では「リカ」と呼ばれる少女でした。

 そして程なくして室内に光が満ち溢れると――何度か見かけたことのある魔導士、シシルが姿を現しました。


「エコーストーンに配信機能をつけた」という話が始まり、私は混乱するばかりでした。彼女がシシルと何を企んでいるのか、まったく理解が及びません。

 ただ、その配信について語る彼女の口ぶりはあまりにも楽しげで、いったいどんなものなのか――私は知らず、興味を抱いていました。 


 やがて、シシルは「これから話すのは刺激の強い内容だ」と前置きしたうえで、『ミュゼの至宝』と呼ばれる力について語り始めました。


 ……御伽噺のような、現実味のない話でした。

 それでも、ただ一つだけ理解できたことがあります。


 私の家族はその禁術に巻き込まれ――。

 お嬢様の中で生きている、ということでした。

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