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153 ランヴェール王国の王子様

「僕は貴方とは違うんだ」


 城壁に吊るされ、ゆらゆらと揺れるのは兄の亡骸。

 餞の言葉は、砂塵とともに消えていく。

 

 そう、あの人とは違うんだ。

 僕は愛する人のために、彼女だけの()()()()()になるために、国も、民も、親さえも、すべて切り捨てたのだから。


 それなのに、どうしてだろう。

 どうして彼女は、僕の傍にいないんだろう――……。


 

 *

 


 ランヴェール王国――その実態は、国とは名ばかりの蛮族の集落の集合体と言えるだろう。

 不毛の大地と呼ばれるこの大地では、作物すらまともに育たない。

 人々は近隣国の鉱夫や傭兵として雇われ、外貨を稼いで生計を立てていた。


 そんな国の第二王子として生を受けた僕は、そこそこの魔力を秘めた子だったらしい。

 この世界では魔力の総量が尊ばれ、王族ともなれば持っていて当然。そんな風潮が今も根強く残っている。

 だからだろう。僕の誕生はとても喜ばれた。


 一方で、平民が魔力を持つことは激しく忌み嫌われた。

 尊い力を持つのは王族のみで十分。そんな歪んだ思想が、王家の威光を保つための手段としてまかり通っていた。

 それこそがランヴェールが「蛮族」と呼ばれる所以だろう。幼い頃から、僕は自分の国が大嫌いだった。

 


「――どうしてですか、父上! どうして今になって、ジュリアとの婚約を破棄しなければならないのですか!」


 学習院への入学を控えた兄上が、怒りを抑えきれない様子で父上に詰め寄る。

 どうやら隣国ミュゼの公女、ジュリアとの婚約が撤回されることになったらしい。幼い頃から婚約していたのだから、まさに青天の霹靂だったのだろう。 

 ソファに腰掛けていた僕は、気配を消しながら耳をそばだてた。


「ジュリアは王妃選定の儀に参加するそうだ。サンドリアの王妃として送り込み、内側からの瓦解を狙っているのだろう」

「そんな……! シモンは本気でサンドリアに牙を剥くつもりなのですか?!」

「荒唐無稽な話だと思っていたが、どうやら何の考えもなく口にしているわけではないようだ。……婚約破棄については申し訳なく思っている。だが、ミュゼの領地の一部を先行して譲渡するとの申し出があった。ヤツなりの誠意のつもりなのだろう」


 隣国であるにもかかわらず、ミュゼは豊富なマナを有するおかげで常に豊作が続いていると聞く。一部とはいえその地を譲り受けるのであれば、婚約破棄の代償としては充分すぎるものだった。


 それでも兄上は納得できない様子だ。ジュリアに強く心を寄せていたのだから無理もない。

 とはいえ、国益を思えば領地の方が重要だ。王族として生まれた以上は我慢してもらわなければ――なんて、婚約者をまだ持たない僕は他人事のように考えてしまう。


「私に、ジュリアがカリオスに奪われる姿を、指を咥えて眺めていろとでも言うのですか……!」

「落ち着け。しばらくはそうなるだろうが反乱が成ればカリオスも死ぬ。その暁には、ジュリアもお前のものだ」


 その言葉を受け、兄上は沈黙する。考えを巡らせているのだろう。


 ……本当に父上は、ミュゼとランヴェールの連合軍でサンドリアを討ち果たせると考えているのだろうか?

 

 ミュゼには優秀な魔導士が数多く揃い、大公シモン自身も相当な実力者だと聞く。だからこそサンドリアはランヴェールには高圧的な態度を取るものの、ミュゼに対しては下手に出ざるを得ない様子だった。


 とはいえ、戦力差は圧倒的だ。それに、サンドリアは戦時用魔道具を数多く取り揃えていると聞く。

 正直、勝算があるとは思えない。知性に乏しい各集落の長たちですら慎重な姿勢を示していたのに、父上は彼らの反対を押し切って、ミュゼと密かに戦の準備を進めている。ジュリアを使うのも、反乱の一手なのだろう。


「アインス、お前は下がっていろ。学習院への準備を進める必要もあるだろう」

「……分かりました」


 兄上はまだ思案顔だったが、父上の言いつけには逆らえないと理解している。あとは、自分なりに折り合いをつけるだけの話だろう。


 そして彼は部屋を出る際、僕を忌々しげに睨みつけた。

 僕に魔力で劣る彼は、何かと対抗する姿勢を見せてくる。今も僕だけが部屋に残され、父上と二人で話をすることが許せない様子だ。


 僕はそんな彼の心境に気づかないふりをしながら、涼しい顔で見送った。


「……デュオ、話は聞いていたな」


 扉が閉まってしばらくすると、父上が重たい口を開く。その声色からして真面目な話なのだと察した僕は、背筋を正した。


「シモンはもう一つ、我が国との連合のための報酬を提示してきた。お前と、ミュゼの第二公女との婚約だ」


 ……第二公女? あの国にはジュリアしか公女はいなかったはずだ。

 訝しむ僕を見て、父上も椅子に深く腰を掛け、ふむぅと息を吐く。彼もまた、半信半疑といった様子だった。


「シモーネが二人目を孕んでいたことは知っていたが、病没とともに死産したと聞いていた。だが……娘は無事に生まれていたらしい」

「……それが本当なら、今さらどうして?」

「相当な力を持つ娘らしい。秘していたのは、サンドリアへの対抗策として考えたのかもしれんな。今度、顔を拝みに行く予定だ。お前も来い」


 どうやら僕に拒否権はないようだ。

 まぁ、長子継承のこの国において、僕の価値なんて政略結婚以外にないだろう。


 顔も名前も知らない相手との婚約。しかも相手は、あのミュゼの公女だ。

 どこまで信用したものかと思いながらも、僕は「かしこまりました」と頷いた。



 外観ばかりが豪奢な城を出ると、兵士たちが訓練に精を出していた。

 とはいえ、彼らはサンドリアの騎士のように立派な甲冑を纏っているわけではない。身につけているのは、鞣した皮で拵えた簡素な防具だけだ。「軽装のほうが動きやすい」なんて彼らは口にするが、ただの強がりに他ならない。まともな防具を揃えるだけの金がないだけの話だった。


「坊っちゃん、お出かけですか?」

「ああ。少し農地の様子を見て回ろうと思ってね」

「こんな土地じゃ農作なんて無理ですよ。魔獣を狩った方がよほど金になるってもんです」


 全くもって、そのとおりだ。

 だが、今のこの国の現状は、その魔獣を狩って手に入れた魔晶石の価値もろくに理解できぬまま、他国に買い叩かれているような有様だ。

 目先の金で満足している場合ではないというのに、先祖代々続く貧しさと狩猟民族の気質が邪魔をして、「育てる」という発想に理解を示そうとしない。……きっとこの国では、僕の方こそ異端なのだろう。


「そうだね。でも、自分たちの食い扶持くらいは、自分たちで作ったほうがいいだろう?」

「そりゃそうですがね……。ただ、なんでもミュゼの領地の一部が手に入るそうじゃないですか。そこを耕作地にすりゃいいんですよ」

「……そうだね」


 ――本当に譲渡されるのであれば、だけどね。


 


 婚約者殿との顔合わせと言う名目でミュゼに招かれた僕と父上は、少数の手勢を連れて、かの地を訪れた。父上は何度か訪れたことがあるらしいが、僕にとっては初めての地だった。

 隣国とはいえ、両国の主要部は離れている。

 資源に溢れた森を抜け、数日かけて辿り着いた先には、大きな屋敷がそびえ立っていた。

 

「ランヴェールの皆様方、ようこそミュゼへ」


 出迎えたのは、一人の魔道士だった。

 ブゲンと名乗った男は宮仕えの者らしからぬ振る舞いだったが、その実力のほどは一目で知れた。


「ブゲン殿、久しいな。此度は謹慎中ではなかったのか?」

「ははは、お恥ずかしい。つい先日、解かれたばかりですよ」

「それは何より。……紹介が遅れたな。こやつは倅のデュオだ。私に似ずなかなかに賢しい子よ」

「ほぉ、彼が……。なるほど、なかなかに良い魔力をお持ちのようだ。鍛え上げれば、良き使い手になれるでしょう」


 褒められているはずなのに、どこか居心地の悪さを覚えるのはなんでだろう。

 まるで稚児を値踏みするかのような視線――。彼の黒い瞳は、深淵を覗くようにすべてを見透かしているようだった。


「ブゲン殿のお墨付きとは、親として誇らしいな。……きっと、良き子に恵まれることだろう」

「……」


 父上が第二公女の存在をほのめかす。

 しかし、ブゲン殿はただ薄く笑うだけで特に反応は示さない。まるで 「ここでその話を持ち出すな」 と、無言で伝えているかのようだ。


「どうやら気になるご様子だ。まずは案内いたしましょう。――ただし、今日見たことは、くれぐれも口外なさいませんように」


 じっと、どこか仄暗い感情を宿した瞳が向けられて、僕も父上も、思わず喉を鳴らしてしまった。


 この時は、彼女との出会いが僕の未来を大きく変えることになるなんて、思いもしなかったんだ。

 

 

 仮に知っていたとしても――僕は同じことをしただろうけどね。

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