151 主犯、俺
「……息災か」
「おかげさんでな。息苦しかっただけの学園生活から解放されたんだから、清々しいったらありゃしないぜ」
挨拶代わりの嫌味はしっかりと通じたらしい。カリオスは苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨みつけてくる。
王城内の貴賓室には、俺とカリオス以外誰もいない。俺もすっかり武闘派公女として名が知られているというのに、この警備の杜撰さはどうなんだ?
――殺しちまうか。
一瞬だけ悪い考えが頭をよぎったが、すぐに抑え込んだ。ジュリアが目覚めるその日までこの世界で生きていく以上、俺はもっと立ち回りを上手くする必要がある。何かと世話になっているヘインズの顔を潰すのも本意ではない。
雑念を打ち消すように、口を開こうとしないカリオスに問いかけた。
「お前も戦場に出たんだってな? 待ち望んでいた戦いはどうだった?」
「…………」
カリオスはあからさまに顔色を悪くする。こいつもランヴェールとの戦乱に駆り出されたと聞いているが、それはただ戦争を「経験させるため」だけのものだろう。当然、前線には立たずに後方で戦場の空気を味わっただけだとしても、道中の惨状を目にしなかったとは言わせない。
ランヴェールから外れた村。戦略的にも何の意味も持たないその村を、サンドリアの軍はすべて焼き払った。ただ、他国への見せしめとするためだけに。
カリオスはそれを見て何を思ったのだろう。大国サンドリアに逆らったものに対する当然の措置だと受け止めたのか。それとも――。
まぁ、正直どっちでもいい。こいつが成長しようがしまいが、俺にとっては心底どうでもいい。今こうして面会しているのだって、カリオスたっての願いだと聞いたからだ。
仕方ないから顔を立ててやったっていうのに。あいつから何かを語ろうとする素振りは一向に見られなかったから、俺は一方的に喋り続けた。
「アインスも死んじまったな。他にもランヴェール周辺の諸国が巻き込まれたか。生粋のジュリア派と呼ばれた奴らは、大体死んだかもしれないな」
かつての級友たちに思いを馳せているのか、カリオスは辛気臭い顔をしている。それでも、王太子としての矜持が残っているのか、少しばかりマシな顔つきに戻して俺に目線を向けた。
「……ミュゼとの戦い、ご苦労だった。獅子奮迅の戦果をあげたと聞いている」
「そりゃどーも」
「――ジュリアも死んだと聞いた。私たちは、呪術で操られていたのだと」
ランヴェールとミュゼの反乱に際し、アインスとジュリアのことも徹底的に調べ上げられたのだろう。在学中に呪術を使ったという明確な証拠は無かったものの、証言や状況証拠を積み重ね、そのように結論付けられたらしい。
ただ、それはサンドリア王族の間で処理された話だ。王太子ともあろう御方が呪術に絡め取られたなどと。そんな醜聞を広めるわけにはいかなかったに違いない。
ジュリアの名誉に傷がつかずに済むのは願ったりなので俺も余計な口出しはしなかったが――当のカリオスは腑に落ちていない様子だった。
「一体いつからジュリアはそんなものを使っていたのだ? 私は、ずっと操られていたとでもいうのか?」
「……その呪いは俺が早々に解いてやったよ。だからもしお前が今、ジュリアのことを少しでも想っているのなら、それはお前自身の感情だろうさ」
「そうなのか。……そうなのか……」
俺は優しいからな。ちゃんと教えておいてやる。
俺がにっこりと微笑むと、カリオスは少しだけ表情を緩めた。今日のこの場は許しを乞いたかったのか、それともただ真相を知りたかっただけなのか。
どちらにせよ、釘は差しておく必要がある。今後俺の障害にならないよう、全力で心を折ってやるべきだった。
「安心しろ。……ジュリアは俺が匿っている」
その言葉に、項垂れていたカリオスの顔が跳ね上がる。「父を謀ったのか?」などとまだほざくので、思わず平手打ちをお見舞いした。
「お前らに引き渡したらどうせ殺されるだろうが。だからこれは俺とお前だけの秘密だ。お前だって、ジュリアを死なせたいわけじゃないんだろ?」
「それはもちろんだ。だがしかし……今後何かあった時の災いの種になるのではないか?」
「心労がたたってジュリアは眠り姫状態だよ。目覚めたらこの大陸を出るつもりだ。だからお前に出来ることは、俺たちを放っておくことだけだ。それくらいなら無能なお前にもできるだろう?」
無能、という言葉が刺さったのか、打たれた頬を抑えたままカリオスは悔し気に視線を伏せた。
「……お前は、どうしても、王妃になるつもりはないのか」
「ねぇよ。お前はロベリアを殺した一人だ。誰がお前なんかに嫁ぐかっての」
「殺した……? どういうことだ?」
「おいおいおいおい。まさか、未だに俺が本物のロベリアだと思ってるわけじゃないよな?」
こんなにも曝け出してやっているというのに、まだ思い至らないのか。
ここまでくると呆れ果ててしまうが、もうこいつとは会うこともないだろう。だから在学中に募らせた鬱憤を晴らすべく、俺はつまびらかに説明してやった。
入学と同時に、俺の魂がロベリアに入り込んだこと。
ロベリアは本気でお前に好意を寄せていたこと。
魔力測定の儀でどれだけ傷ついたか。
舞踏会でどれだけ絶望したか。
お前が嫉妬を煽るたびに、どれだけロベリアが心をかき乱したか。
あいつがこんな俺に体を明け渡すしかなくなったに至るまでの経緯を、全部、全部教えてやった。
……まぁ、トドメを刺したのは俺だろう。
俺があいつを殺した。
この身体が欲しくて、明確な意図を持って殺した。
当然、そんなことまで教えてやる義理はないがな。
真実を突きつけられたカリオスはまるで信じられないといった顔をしている。そりゃそうか。こいつにはヘインズほどロベリアに思い入れはないし、ジュリアや爺さんみたいに魔力に精通しているわけでもない。ロベリアの魂が入れ替わっていたなんて、気付くわけも無かったか。
お前のことは大嫌いだけどさ、同情の余地だってあると思ってるんだぜ?
魔力に乏しく、他だって凡夫並の才能しか持ち合わせていなかったのもさ、王太子になんか生まれてこなけりゃ良かったのにな?
魔力測定の儀の時だって、自分より魔力が下の奴を馬鹿にすることでしか自分を保てなかったんだろ?
お得意の炎魔法だって、爺さんの魔道具をこっそり仕込んでようやく放てるようなものなんだよな?
各地で反乱の芽が育ったのだって、大陸の覇者なんて名に胡坐をかくだけのお前の親父さんのせいだもんな?
なんでもかんでもこいつが悪いわけじゃない。王太子という立場だからこそ許されることも多いし、次代の王たる重責だって俺ごときじゃ計り知れないものがあるんだろう。
でもな。それを差し引いてもな。
お前の存在を許すわけにはいかないんだよ。
ただただ、俺がすっきりするためだけに詰っているわけだが、顔を覆って嗚咽を漏らすカリオスを見ていると、本当に哀れで仕方が無かった。
「王妃選定の儀、楽しかったよな。お前の関心を得るためだけに女どもが勝手に競い合って、周囲の人間も王太子っていうだけで褒めそやしてくれるんだもんな。気の毒だと思うよ。そんな環境にいて、増長しない人間の方がおかしいんだから」
「私を……馬鹿にしているのか……!」
「自分の意にそぐわない発言は『馬鹿にされている』か『不敬』だとしか受け止められないのも、お前の周囲の人間が悪いと思うぜ。でも、それを享受するだけで何も変わろうとしないのなら、可哀そうな僕ちゃんは、きっとお前の親父そっくりな王様になることだろうよ」
大嫌いな父親と同じになると言われたのが衝撃だったのか、カリオスは顔色を失った。
……これ以上こいつと遊んでも得られるものは何も無いだろう。俺は椅子から立ち上がり、さっさと退室することにした。
「ま、待て……まだ話は終わっていない!」
「もうこれ以上話すことなんかないだろ。王妃がどうしても欲しいんなら、余所の国で見繕うこったな」
「違う、王妃なんてもうどうでもいい……! だが、私が何をしたというのだ。そこまで言われるようなことを、お前たちにしてしまったというのか!?」
――まだまだ甘ちゃんか。どうやらこいつに必要なのは、自分を見つめ直す時間のようだ。当然、付き合ってやる気は毛頭無い。一人で勝手にやってろ糞が。
「すべてはミュゼとランヴェールのせいだろう! あやつらが我が国に楯突きさえしなければ、ジュリアだってそんな目には――」
「二度と俺の前に顔を出すな。少しでもジュリアにもロベリアにも悪いと思ってんなら、俺たちのことはもう放っておいてくれ」
カリオスはまだ「許さない」とか「どうして私が」などと喚き散らしていたが、振り返ることはない。
そのまま親指を下に向け、静かに別れの挨拶を交わした。




