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148 ジャンル違いも甚だしい

 俺は馬を駆けながら、ひたすら森の奥へ奥へと突き進んでいた。

 すぐ隣にはレオの姿があり、背後にはヘインズから借りた騎士たちが続いている。この森を抜ければミュゼ公国に辿り着くはずだ。


 ――どうしてこうなっちまったんだか。


 道中、サンドリアの騎士たちが、ランヴェール国から外れた村を蹂躙している光景を目の当たりにした。本物の殺し合い――いや、一方的な虐殺か。その非道さに、身体中の血液が沸騰するような感覚が今もまだ消えない。


 助けてやった女たちは、無事に本国へ送り届けられただろうか。泣き叫ぶ母親や、絶望に打ちひしがれた目をした子どもたちの姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 少しでも多くの命を救うため、一刻も早く戦争を終わらせなければ――そんな思いを胸に、俺はひたすらミュゼを目指していた。



 

 王妃選定の儀はロベリアの勝利で幕を閉じた。

 とはいえ、正確には勝者不在と言うべきだろう。俺があの場でカリオスを殴り倒し、学習院を飛び出したからだ。


 迎えに行くと伝えたのに。

 ジュリアは学習院から忽然と姿を消していた。


 仕方なくミュゼまで直接迎えに行こうと決めたが、卒業後の手続きもあって一度フォウ公国に帰還する必要があった。

 そして、戻った俺を出迎えたのは、まったく見覚えのない少年だった。


「仔細は聞いている。……ご苦労だったな」


 そう言って俺を迎えたヘインズは、苦虫を噛み潰したような顔で労をねぎらった。

 彼の中ではロベリアのための戦いがまだ続いているのだろう。俺が学習院でカリオスに引導を渡している間、ヘインズはサンドリアの国王とやり合っていたらしい。

 

 魔力測定の儀でのカリオスの発言。噂として広まってはいたものの、明確な証拠がないため誰も口を開こうとはしなかった。ただ、魔道具に残された音声が動かぬ証拠となり、正式な抗議を経て俺のカリオスに対する「暴力行為」も不問に付されたらしい。


 呪術に惑わされていたことを考えれば、カリオスにも情状酌量の余地はあるだろう。だが俺はそのことをあえて口にしなかった。……ジュリアの立場を守るために。


 しかし、そんな配慮も無意味だったようだ。

 ヘインズに紹介された少年――デュオ・ランヴェールと名乗るランヴェール王国の第二王子が、驚くべき情報をもたらしたからだ。


「――つまり、ランヴェールとミュゼがサンドリアに対して謀反を企んでいるということか?」


 俺の問いに、デュオはわずかに訝しむような表情を浮かべながらも、神妙に頷いた。どうやら俺の言葉遣いが気になるらしいが、もはや取り繕う気もない。少年が何か言いたげな顔をしているのを無視して、隣に座るヘインズに目を向けると、「やはりか……」と顎髭を撫でて呟いた。


「兆候はあったのか?」

「いや。シモンは一見、従順だった。だがそれこそ不自然だとは思わぬか? ミュゼは長らく迫害を受けてきた国だ。特にサンドリアに対する恨みは相当に根深い。……そんな国が、いつまでも忠誠を誓い続けるはずがない」

「……あんたみたいに?」

「……戯れが過ぎる質問だな」


 ヘインズもまた、サンドリアに娘を奪われたと感じているのだろう。ただし彼の場合、国を興して戦を仕掛けるような手段には出なかった。それでも心の内に復讐心を抱えているのは、容易に想像できる。

 

 シモンという人物については詳しく知らないが、ジュリアの口ぶりからして、相当偏屈な性格の持ち主であることは間違いなさそうだ。ジュリアが危惧していたのはこのことだったのか……。


「それで、お前さんがわざわざ俺にタレコミに来た理由はなんだ?」


 ソファに腰を掛けていたデュオは、俺の問いかけに顎を引き、意を決したように口を開いた。


「兄上から貴女の話は聞いていました。ミュゼに反する憎き娘、と評していましたけれど、聞く限りでは随分と上手に立ち回っていたように思えた。……サンドリアに上申したところで、ミュゼもランヴェールもただ虐殺されるだけでしょう。それは致し方ないとしても――どうしても、助けたい人がいるんです」

「へぇ、それは誰だ? 肉親か?」

「フレデリカ・ミュゼ。ミュゼ公国の秘された第二公女で、僕の……婚約者です」


 ――また、ジュリアの妹か。


 思わず天を仰ぎそうになったが、ジュリアが学習院から早々に姿を消した理由がこれでようやく見えてきた。敗北を悟り、国に戻り、何かを成し遂げようとしているのだろう。

 それが父親シモンに従い迫り来る戦に備えるためなのか、あるいは別の策を模索しているのか――そこまでは分からない。だが、妹のフレデリカを気にかけていたジュリアの様子を思えば、彼女の動機は想像に難くない。


 デュオが恐れているのは、おそらく敗戦後の処遇だろう。歴史の授業で学んだ範囲では、この世界では敗戦国の王族は悲惨な末路を辿ってきた。場合によっては国民にまでその手が及ぶこともある。当然ジュリアも例外ではない。


「なるほど、事情は分かった。ヘインズ。実際にミュゼとランヴェールが戦ったところで勝ち目はないよな? 何か裏があると思うか?」

「小国を中心にだが、サンドリアに対する反乱の機運が高まっている。……少々やりすぎたのだよ、あの国は」

「はぁん、なるほどね。潤沢な兵を有しているとはいえ、一斉に蜂起されたらさすがに無傷じゃ済まないってことか」

「だが正直、ミュゼに関しては全くの未知数といってもいい。サンドリアには今、シシル様の戦闘魔道具が大量に卸されているが、呪術に対抗しうるかは分からん」


 あの爺さん、そんなものまで作っていたのか。その威力がどれほどのものかは分からないが、あの実力だ。相当ヤバイものを作っているのだろう。客観的に見れば、やはりサンドリアが圧倒的――か。


「……ヘインズ、爺さんに連絡を取ってもらえないか?」

「それは構わぬが……どうするつもりだ?」

「少数の兵を引きつれてミュゼに行く。爺さんの力が借りられたら、有難い」


 俺の言葉に、デュオはぱっと顔を輝かせた。

 このガキも不思議な奴だ。普通なら、家族の命を嘆願するもんじゃねぇのか? ……まぁ、仮に頼まれたとしても、聞いてやる義理は全くないのだが。


「ミュゼの公女二人は助けるつもりだが、お前の国について俺は何もする気はない。それでもいいのか?」

「はい、それで問題ありません」

「随分とドライだな。アインスはお前の兄貴だろう? ……あれも死ぬぞ」

「……全てを救うことなど無理ですから。僕は、一番大切なものを守るだけです」

「裏切り者の誹りは避けられないし、お前だってどうなるか分からないんだぞ?」

「覚悟の上です。彼女が助かるなら、僕はそれでいい」


 まだ十かそこらのお子様にしては随分と覚悟が決まっている。それほどにこいつにとってはジュリアの妹――フレデリカが大事な存在なのだろう。……俺にとってのジュリアみたいに。

 

「ヘインズ、悪いが騎士も貸してくれ。精鋭で頼みたい」

「どうしても行くのか、ミュゼに。王命がない以上は我々も表立っては動けぬぞ」

「それなら……デュオからのタレコミについてはサンドリアにも共有してくれ。ただ、ランヴェールが連合軍の中心だとして、今すぐにでもサンドリアに行軍する気だと少し大げさに伝えてほしい。その間に、俺は少数を引きつれてミュゼに行く」

「ランヴェールを捨てるか。まったく、血も涙もない。……ロベリアの身体に傷をつけるでないぞ」

「わーってるって。努力するよ」


 ……話はまとまった。ミュゼはここから相当に離れているし、サンドリアの横槍を避けるためにもすぐに発つ必要があるだろう。


「僕も連れて行ってもらえませんか?」


 デュオの提案に、俺は首を振ってはっきりと拒絶の意を示す。


「悪いが、お子様の面倒を見てる余裕はないんだよ。お前にはヘインズと共にサンドリアに行ってもらう。ヘインズ。司法取引という形で、身の保証はしてもらえるよう取り計らってやってくれないか?」


 こうして会話を交わしてしまった以上、さすがにこんな子どもまで処刑されるのは寝ざめが悪い。デュオのタレコミで反乱が未然に防げる形となるのだから、平民として生きていく道くらいは残されるはずだろう。

 ヘインズも同様の考えだったのか、「任せよ」と大きく頷いた。


 デュオは不服げながらも、文句の言える立場ではないと分かっているのか大人しく従った。幼いながらも賢い子どもだ。俺を頼ったという判断も悪くない。


 その上で、デュオを連れて行かない大きな理由がある。

 なにせ国も国民も見殺しにするような奴なのだ。女に狂った奴は土壇場で何をしでかすか分からない。


 連れて行けば確実に俺の邪魔になる、と判断したのも一つだった。

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