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145 そのVSモードはいらない

 俺がこの身体を掌握してから数ヶ月が経つ頃、学園内でのロベリアに対する評価は一変していた。

 それまで「見た目と家柄だけが取り柄の娘」と評されていたが、対人訓練で圧倒的な武力を見せつけることで、全く新しい一面を知らしめることに成功したのだ。


 さらに、あの爺さんから購入した魔道具をこれ見よがしに扱ってみせれば、呼びもしないのに人が集まってくる。どうやら爺さんはかなり有名な魔導士らしく、「シシル様作」の一言がつくだけで貴族の子息たちは目を輝かせて群がる始末だ。


 これも全てヘインズのおかげだろう。武術の習得も、爺さんとの繋がりも、彼が惜しみなく娘に注いだ愛情の賜物だ。この身体の持ち主が自らの力を活かせなかったのは実に惜しい話だが、彼女の父親には感謝している。


 対人訓練において、手加減抜きで殴ることができた子息たちは次々に正気を取り戻し、自らの立場を冷静に見極めるようになった。むしろ、これまでの己の言動を振り返り、ジュリアと一線を引こうとする者まで現れ始めた。


 フォウ公国以外の子女相手にはなかなか手を出せなかったものの、ロベリアの武術の噂を耳にすれば、訓練を見学したくもなるのだろう。観客席はこれまでにないほど盛況となり、俺が見せる美技に魅了された娘たちから「お姉様」と呼ばれることも増えてきた。


 それでも頑なに靡かない者たちには、茶会を開いて直接言葉で攻める作戦を取った。ロベリア派につく利を滔々と説き、名門フォウの強さを引き合いに出して納得させたのだ。

 

 もっとも、元々ミュゼと同盟関係にあるランヴェールの王子を筆頭に、純粋にジュリアを慕っている者たちを引き込むことは叶わなかったが――それでもジュリア派に傾いていた天秤を水平に戻すまでになっていた。


 もちろんジュリアとて、ただ手をこまねいていたわけではない。持ち前の魔力の高さに惹かれる者はやはり多いし、国のしがらみが無い連中は、その人柄そのものを慕っていた。


 だが、やはりこれは国勢にも関わる話だ。今後の己らの立場を思えば、勝ち馬に乗りたがるのは当然だろう。フォウとミュゼという国自体を天秤にかければ、やはり名門に傾くもの。こればかりは国力の差と言える。むしろここまで善戦したジュリアには敬意を表したいくらいだった。


「――分かってると思うが、これ以上呪術を使うのは控えろ。俺が殴れば戻ることはもう分かってるだろう?」

「っ……!」


 焦りを見せるジュリアの次の手は呪術しかなかったが――それは早々に釘を刺しておいた。万が一にも露呈すればジュリアの命そのものが危うい。彼女もそれを分かっているのだろう。無理に使おうとする様子は見られなかった。


 そしてここにきて、俺の中で『可愛がり』と称して事あるごとに殴りまくった結果、カリオスの頭はついにおかしくなったらしい。俺に熱っぽい視線を向けるようになり、二人きりの時には愛を囁いてくることもあった。


「私は今まで何をしていたのか、どうしてお前のその魅力に気が付かなかったのだろう。……ロベリア、お前がそこまで私のことを慕ってくれているとは思わなかった」

「カリオス様、お戯れが過ぎますわ……それに、カリオス様はジュリア様のことがお気に召していたのではなくて?」

「もちろん彼女も魅力的だ。二人のうちからどちらかを選ばないといけないなんて、まったく酷い話だとは思わないか?」


 酷いのはお前の頭の中だろうが!

 

 この頭が空っぽな糞王子様は、二人の間でふらふらふらふらしている今が楽しくて仕方がない様子だ。まぁ、サンドリアからすればフォウでもミュゼでも婚姻を結べば利になるのだろう。糞王子の腹次第、というのが気に喰わないが、ジュリアを選ばせないためにも我慢するしかなかった。


「そんなに気が多くいらっしゃると、例え王妃に選ばれたとしてもすぐに側室を召し上げてしまいそうですわね。王族ともなれば仕方ないこととはいえ、私は嫉妬深いのですよ」

「嫉妬に狂うお前の姿も悪くは無かったぞ? ……安心しろ、望むのであれば側室も娶らずに済むだろう。お前が私をずっと満足させられれば、の話であるが」

「嫌ですわカリオス様ったら……!」


 苛立ちが頂点に達した俺は、ツッコミのつもりで背中に思いきり張り手をかました。大きく息を漏らしてげほげほと咽るカリオスの姿に、周囲から生暖かい視線が集まる。どうやらこれも戯れだと思われたらしい。


「――ロベリア、お前と手合わせしたという連中が待っている」


 周囲の空気をものともせず、ぬっと現れたのはレオナルドだ。さすが、ナイスタイミング。あれから何度かの手合わせを経て、すっかり側近の立場に収まった未来の騎士団長様が俺をその場から連れ出そうとする。

 当然、カリオスにとっては面白くないのだろう。まるで行かせないと言わんばかりに、俺の腕を無遠慮に掴んできた。

 野郎二人に取り合いをされてもまったく嬉しくはないが、嫉妬心ほど極上なスパイスは無いだろう。カリオスの対抗心をうまいこと煽るとは、いい仕事をするじゃねぇか。


 ちなみにレオナルドには俺の正体について早々にカミングアウトをしておいた。少なからず俺に懸想しているように見受けられたので、とっとと幻想を打ち砕いてやったのだ。


 ただ、「別に中身が何でも構わん」と言うとは思わなかったし、「お前とどうこうなろうとも思わん」と返されるとも思わなかった。どうやら元々ロベリアの顔が単純に好みで、しかも奴好みの気の強い女になったのが良かったらしい。


 それならそれでいいと勝手にさせておいた。隠し事をしなくて済む奴が傍にいてくれるのは単純にありがたい。それに、これまでどこか距離を置いていたコンティ家の子息がロベリアに付き従うようになったのは、政略的にも悪くなかった。

 

 ――あとの問題は、ジュリア派筆頭のランヴェールの王子様か。


 アインス・ランヴェール。蛮族の国と揶揄されることもあるが、サンドリアともミュゼとも同盟を結ぶ、戦略的に重要な国の王子だ。

 アインス自身には顔以外にこれといって際立った点は無い。ただし、ジュリアを心酔しているようで、いつもその傍に張り付いている。俺にとっては目障り以外の何者でもなかった。


 仕方がない。こいつは裏から手を回す必要があるだろう。


「……アインス様は、ジュリア様のことをお慕いしているのですね」


 アインスはジュリア派筆頭を誇示するかのように、いつもジュリアの傍を離れない。だが、対人訓練となれば別だ。訓練にかこつけて何度かぶん殴ってやったが、それでもこちらに靡く様子は無かった。おそらく純粋にジュリアを慕っているのだろう、と容易に想像がつく。


 だからこそ、揺さぶりをかけるべく組手の際に軽い調子で問いかけてみたのだが、奴は涼しげな顔を崩さずに「それが何か?」と答えた。


「我がランヴェールとミュゼは強固な結びつきがありますからね。……今はあなたにしてやられていますが、まだ勝負がついたわけではない。必ずや彼女を王妃にさせてみせますよ」

「あら……。アインス様はそれで宜しいのですか? 本当にお慕いしているのでしょう?」


 恋心を利用してこちらに引き込もうと試みたが、返ってきたのは軽蔑の眼差しだった。どうやらジュリアが好きな連中は、ロベリアにはさして魅力を感じないらしい。


「我々には王族の責務というものがありますからね。……それに、一時の辛抱ですから」

「……? それは、どういう意味でして?」

「私としてはどちらでも構わないのですよ。フォウが勝とうが、ミュゼが勝とうが」


 意味深な言葉を口にし、アインスは軽く頭を下げた。そして何事も無かったように、改めて組手の構えを取る。


 秒で終わらせてやったがその態度は何かを腹に抱えているようで、強い違和感だけが残った。

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