141 主人公交代
この話の背景については短編の「ロベリア様は我慢の限界です!」で詳細書いています(シリーズより飛べます)
読みづらい構成で申し訳ないです…!
この娘の身体に宿ってからどれほどの時間が経ったんだろうな?
王妃選定の儀を巡るロベリアの立場は、日に日に悪化するばかりだった。
……どうやら俺は、育成に失敗したらしい。
小娘の恋心を理解できなかったのが最大の敗因だろう。
それに、思い入れのあるライバルキャラが出来てしまったのも一因、か。
人の助言を無視しまくって、嫉妬に狂って想定外の行動を繰り返す。
俺の力不足も認めるが、操作キャラがこの娘じゃ勝てる戦も勝てやしない。
ロベリアには悪いが、負けが見えているゲームを続ける趣味は無い。
居候させてもらってる身だからといって――心中するほどの義理も無い。
(――なぁロベリア。俺は日本って国に住んでたんだけどさ、きっとお前には住みやすい世界だと思うぜ)
(楽しいことがたくさんあるんだ。ゲームにアニメ、舞台とかミュージカルとか、お前も好きそうだろ?)
(それに飯もうまいんだよ。お好み焼きっていう小麦粉で作る料理があるんだけどさ、お前の口にも合うと思うな)
とりとめのない俺の話を、ベッドに横たわりながら涙で瞼を腫らしたロベリアはぼんやりと聞いていた。
「……貴方の世界には、魔力も魔法も無いのよね」
――やっぱりまだ気にしていたのか。
俺は密かに息を吐いた。
昼間に行われた『魔力測定の儀』とかいうくだらない行事のせいで、ロベリアはすっかり塞ぎ込んでしまっていた。ジュリアに心を傾けたカリオスが、クラスメートの前で無魔力者であるロベリアを晒し者にしたせいだ。
あの光景は、ただ見ていることしか出来なかった俺にとっても胸糞悪いものだった。
『ゼロ、ゼロ、ゼロ……。なんだ、すべてゼロか』
あの時のカリオスの顔を思い出す。ロベリアから奪い取った測定結果の用紙を、嘲笑を隠そうともせずに無造作に投げ捨てた姿。
『試しにみんなの前で呪文を唱えてみたらどうだ? ほら、もしかしたら目覚めるかもしれないぞ?』
――あの、ロベリアを見下しきった顔。
思い出すたびに腹が立つ。
だからこそ、こうして日本の話を聞かせてやっている。現実逃避に付き合ってやる形でロベリアの気が少しでも紛れるなら――それが半分。
残りの半分は、「お前の居場所はここじゃない」と、暗に伝えてやるためだ。
(そうだな、魔力なんてものは存在しねぇな。だが、そんなものが無くたってお前の容姿とその身体能力があれば、十分勝ち組になれるだろうよ)
「……見た目が大事なの?」
(そりゃそうだろ。俺だってイケメン社長なんて言われてたんだぜ? まぁ、見た目が悪くても生きていける世界ではあるけどな)
「そうなの……。身分制度もないのよね? ……私、貴方の世界に生まれたかったわ」
『上級国民』と呼ばれる特権階級もいれば、住む家もなくその日暮らしをしている連中もいる。必ずしも平等な世界ではないが、ロベリアの憧れをあえて否定する必要も無いだろう。
(俺の世界で何をするつもりだ? 日本には王妃なんてものはないぜ?)
「もう……王妃になんて、なりたくないわ。……そうね。お花屋さんなんて、どうかしら?」
あまりにも平凡な夢に思わず苦笑が漏れる。
だが、その夢はロベリアという少女の気質にしっくりくる気もした。
(お前の身体の主導権を俺が握れば、お前が日本に行くかもしれねぇぜ? 試してみるか?)
さりげなく主導権の譲渡を促してみると、ロベリアは「嫌よ」と即座に声を上げた。
「あなたがロベリアとして生きるってことでしょう? そんなに口が悪くて、せくはら発言ばかりするようになったら、お父様も周りの人も卒倒してしまうわ」
(そりゃ好きに生きるに限るだろ。俺にとってはなんのしがらみもねぇ世界なんだ。自由にやらせてもらうさ)
「もう、それが狙いなのね。やっぱり貴方は悪霊に違いないわ。……それでも、この地獄から解放してくれるなら、それでもいいかもしれないけど……」
声に滲むのは、積もり積もった疲労と諦め。
いつも以上に力なくうなだれるロベリアの姿は、見ていて痛々しいほどだった。
あれほどカリオスに恋い焦がれていたというのに、今日の出来事はそれだけ堪えたのだろう。すっかり気落ちした彼女を目にすると、さすがの俺も哀れみを覚えざるを得ない。
――ジュリアの奴、本気を出してきたな。
どうやら先日の食事会でのロベリアの言動はあっさりと拡散されて、ジュリア派の反感を一層煽ったようだ。ジュリアはその狡猾さと呪術らしき手段を駆使して、次々とロベリア派の子息たちを自分の陣営へ引き込んでいった。もはやロベリア派と堂々と名乗れるのは、同じフォウ公国の貴族くらいなものだろう。
人の心を絡めとるなど、呪術を使う国であれば造作もないことに違いない。ただ、それが露見すれば退学どころでは済まないだろうに、それでも平然とやり遂げるジュリアには相応の覚悟が見て取れる。
……王妃になどなれなくても、どこかの国の王子か貴族と平穏に暮らせるであろうロベリア。
何が何でも王妃にならざるを得ない事情を抱えたジュリアとでは、勝負の土俵がそもそも違っていたのだ。
だから俺は今日もこうしてロベリアに囁き続ける。
こんな世界に未練なんて残す必要はない、と。
その身体を、とっとと俺に寄越せ、と。
――その願いは、思ったよりも早く叶うことになった。
死ぬほどどうでもいい舞踏会とやらで、カリオスがロベリアに身に覚えのない罪を着せ、断罪したからだ。
呪術にすっかり心を絡め取られたカリオスは、ジュリアを胸に抱きながらロベリアを糾弾した。曰く、呪具を使ってジュリアを攻撃したのだろう、と。
その場でロベリアの心は絶望に染まったが、俺は思わず両手を叩いて笑ってしまいそうだった。そこまでやるのか、と。
ジュリアの覚悟の深さには感銘を覚えたが、一方で俺の忠告を一切無視し、せいぜい録音機に似た魔道具を準備するくらいしかしなかったロベリアに対する愚かさにも限界がきていた。
王妃選定の儀で勝利を収めてくれれば、お互いにとって悪くない結果だったというのに。
このあまりにも出来の悪い妹のような存在は、俺にとってもはや不要なものだった。
そうして――ロベリアは絶望の果てに、この世界から逃げ出した。
確かに見届けたのだから間違いない。
完全に彼女の身体の主導権を握った俺は、その場で暴れ回ってジュリアを攫うことも考えたが、まだその時期ではないと判断した。
なにせ俺が知るこの世界はロベリアの視点を通じたものだけ。この先この世界で生き抜くことが確定した以上、もっと多くを知る必要があった。
「――あなたは、誰なの?」
カリオスとの楽しいダンスタイムが終わり、興奮冷めやらぬ会場を退出しようとした俺に、ジュリアが静かに問いかけた。
――ああ、やっと俺を見てくれた。
やっとこうして直接会話を交わせるんだ。
感動のあまり涙が滲みそうになる。喜びなんて言葉では到底片付けられない感情が湧き上がり、心まで震えるようだった。
「誰だと思う?」
そう謎掛けのように問い返すと、ジュリアは忌々しそうに顔を歪めた。ああ、その顔もいい。もっといろんな顔を見せてほしい。もっともっと、お前のことを知りたくてたまらないんだ。
――俺の中で静かに消えた紅い光のことなど、すぐに忘れた。きっと日本で、俺の代わりに楽しく生きていくことだろう。確かめる術など持たないが、神様に祈ってやることしか俺にはできそうにない。
ただ、願うことならば。
もう二度と出てきてくれるな。