138 ゲームスタート
ロベリア過去編です
ルーレットの出目に頼らずとも、リアル人生ゲームは堅実に進めてきたつもりだ。
それなのに、なんの前触れもなく「異世界転生マス」に強制的に止まるなんて――誰が想像するってんだ?
ようやく軌道に乗り始めた俺のゲーム制作会社。
大手パブリッシャーから受注が決まった時が、俺の人生最大のハッピーマスだったのかもしれない。
プロジェクトが進行すれば休みなんてものは片手で数えるほどしかなくて、社長である俺自らダメージ計算式を組み、バグ取りにも積極的に参加した。毎日会社に泊まり込んで、ただ新作を完成させるために突っ走ってきたのだ。
そして、いくつかのバグは残したもののようやく明日リリースという段階まで漕ぎつけたというのに。
気がつけば、俺の魂はまるで見覚えのない異世界の――やたらと発育の良い小娘の身体に入り込んでいた。
名をロベリア・フォウというらしい。
まだ十五かそこらの公女様だ。
「つまり……貴方は悪霊ということね?」
(だから違ぇって言ってんだろうが……!)
どうやらこの娘の身体を完全に乗っ取ったわけではなく、魂だけが紛れ込んだ形らしい。俺の立場はイマジナリーフレンド――というか、憑依した亡霊みたいなもんだ。
しかしこのロベリアという娘の話の通じないこと、通じないこと。何度説明を繰り返してもまったく要領を得ない。年齢的には日本でいうところの高校生くらいだろうが、残念なことに頭の回転はそんなに良くなさそうだ。
所詮はJK。仕方ないとは思いつつ、俺も予期せぬ事態に焦っていた。連勤明けに飲んだエナジードリンクに心臓をキュッと撫で付けられる感覚が走った記憶はあるが、それ以降の記憶は曖昧だ。
だからこれがただの悪夢であることを祈ったが――。
目覚める気配は、一向になかった。
ロベリアは『王妃選定の儀』とかいう非効率かつ悪趣味な行事の参加者だった。
なんでも各国の貴族の子息子女が集められた学習院で三年間を費やし、王太子の未来の王妃となるべく候補生同士がしのぎを削るらしい。
どれだけ無駄が多く、サンドリアとかいう大国にとってどれだけ都合の良い政策なんだろう。代々続いている伝統だというが、その裏でどれだけの金が動き、どれだけの小娘たちが涙を流してきたのかを考えると、反吐が出る。
だが、異世界から抜け出すためのキーはこの『王妃選定の儀』にあるのではないか――と俺は踏んでいた。
異世界に飛ばされたからには何かしらの目標とゴールが用意されているはずだ。
だから俺はロベリアを王妃にしてやれば、きっとこの世界からおさらばできるのだと、そう信じるしかなかった。
育成ゲームは嫌いじゃないし、俺にはそれを成し遂げる自信があった。
……いや、あったはずだった。
*
(お前なぁ……! 勝手に茶会を断ってんじゃねぇよ!!)
今日も今日とてロベリアは俺の指示を無視し、一度は「参加」として返送した招待状を「急な体調不良」を理由に断りやがった。
この娘、これまで王妃を輩出してきた名門フォウ公国の公女だというのに、とにかく気が弱く、なにかと人付き合いを避けたがる。
燃えるような紅蓮の髪、同じ色をしたやや釣り目の瞳、そして年端に見合わぬ豊満な胸と尻――まさに人目を惹く外見の持ち主。
見た目に違わずさぞ苛烈な性格なのだろうと思っていたのに、その評価はすぐに覆された。
(だって、ユング王国の双子姫が参加するのよ? 私のことをあまりよく思っていないみたいだし、吊るしあげられるかもしれないじゃない)
(だ・か・ら! 参加して腹を探る必要があるんじゃねぇか!! お前分かってんのか? 外交もできない奴に王妃なんて務まるわけねぇだろうが!)
口を開けばでもでもだって。やらない理由を並べ立てるばかりで、せっかく提示した選択肢も「沈黙」を選ぶ始末。育成キャラがプレイヤーの意思に背くなんて、糞ゲーにもほどがある。
それでも名門の看板と外見のおかげで候補生の中では一歩抜きん出ていた。
地頭はお世辞にも良いとは言えないが、テストの回答は俺が口出しすればどうにかなったし、魔道具とやらの扱いには慣れている様子で実技試験の結果も悪くない。
なにより気弱だろうと公女は公女。礼儀作法やマナー、品位は幼い頃から叩き込まれている。王妃としての資質に関しては大きな問題はないと言えるだろう。
ただし、ある一点を除けば、だが。
「――なんだロベリア。また魔法実技は見学か?」
威圧的な口調で声をかけてきたのは、この『王妃選定の儀』の主役である王太子、カリオスだ。
初対面の頃からいけ好かない男だと思っていたが、ロベリアが"無魔力者"だと知っている上でこの態度。やっぱり嫌な奴だ。
「は、はい。私にできることは何もございませんので……」
この世界には魔力もあるし魔法もある。貴族ともなれば多少なりとも魔力を持っていて当然という風潮だ。
昔より魔力至上主義の考えは薄らいできているとはいえ、それでも魔力は血筋を象徴する重要なパラメータ。昨今は魔力がなくても扱える魔道具も普及しつつあるが、「魔力を持つ」ことの価値は未だ根強く残っている。ロベリアが背負わされたハンデは相当なものと言えたのだが――。
「それでも授業に参加する姿勢くらいは見せろ。苦手だからと逃げるような真似をしていては、王妃として相応しくない」
正論だ。しかもぐうの音も出ないほどの正論だ。ロベリアは顔を強張らせ縮こまってしまった。……まぁ、他の生徒たちが見ている前で言う必要はない、という点を除けば、確かにカリオスの言うとおりだ。
「今こうして備えておけば来たる戦にも対処できように。何も敵は魔獣だけではないのだぞ」
「そんな、戦争だなんて……恐ろしいですわ」
「そうか? 私は楽しみで仕方がないがな。なぁ、諸君らもそう思うだろう?」
粋がりたいだけだろうが、サンドリアと緊張状態にある小国の子息たちがすっかり恐縮しちまった。ロベリアは何も考えていないのか、ただニコニコと微笑んでいる。
俺の奴に対する好感度がマイナスに突き抜けたのに反して、ロベリアは「頼もしい方だわ」と何故か大幅に上昇させている。まったくもって理解不能な思考回路だ。
さらには先ほどのやりとり一つとっても王妃として及第点にも達していないというのに、ロベリアは窮地を乗り切ったとでも言いたげに、ほっとしたような表情を見せる。
(……お前、本当に王妃になるつもりがあんのかよ? お前の国なら他に良い縁談は山ほどあるだろうが)
(も、もちろん私は王妃になりたいわ。公女として生まれた以上、当然の責務だもの)
(向いてねぇっつってんだよ。お前の親父さんだって、別に王妃にこだわってるわけじゃないんだろ?)
(でも……カリオス様のことをお慕いしているもの……)
それはただの憧れに過ぎない。少女の幻想ってやつだろう。カリオスの偉そうな態度も横柄な物言いも、この娘の中では「堂々としている」とか「カッコいい」とか、都合よく変換されてしまっているだけだ。
苛々することも多いが、この身体に居候している以上は多少の情が湧くのも事実だ。それに――この世界から抜け出すための条件が『この娘を王妃にすること』なら、見捨てるわけにもいかない。
渋々ながらもロベリアが王妃として選ばれるために、助言役としての役割を果たし続けるしかない。
果たして俺が発狂するのとどちらが先か。
暗澹たる思いで見守るほかなかった。