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132 従属

 外へと急ぐハウンドの耳には、屋敷内のあちらこちらから上がる悲鳴が聞こえていた。しかし、その声も次第に途絶えていく。廊下には鎧やローブが無造作に散らばり、魔力を持たぬであろうメイドが腰を抜かして震えている姿も目に入った。


 外に出ると、状況はさらに悲惨だった。

 

 今まさに光の粒子となって消えゆく伴侶を引き戻そうと泣き叫ぶ男や、残された衣服を握りしめて泣き崩れる老婆。魔導士を多く擁するこのミュゼでは、光となって消え去る者たちが大半だ。残された者の少なさがこの土地の特色を浮き彫りにしている。


 そして無数の光球が空を埋め尽くし、昼間のように辺りを照らしているその様は、壮絶でありながらどこか現実味を欠いていた。


「あれが全部だってのか……!」


 ハウンドは目を見開きながら空を覆う光球を見上げる。それらの光はやがて一つの地点に向かい、眩い光の柱となって地上を貫いている。ブゲンが言っていた、教会がある場所だ。道端で膝を抱えて嗚咽を漏らす兵士を横目に、ハウンドは教会へと駆け出した。


 辿り着いた教会は、以前目にしたことのある光景とはまるで異なっていた。かつて厳かな雰囲気を漂わせていた建物は、今や陰鬱な空気が充満している。魔力を感じ取れないはずのハウンドですら、背筋がぞっとするほどの不快感を覚えるほどだった。


 空へと吸い込まれるように続く光は、迷いなく教会の中へと流れ込んでいる。ハウンドは扉に手をかけたが、鍵がかかっているのか開かない。何度か扉を揺らしてみたもののびくともしなかったので、勢いよく足で蹴破った。


「……結界を張っていたはずなのだがな」


 中から聞こえた声は、先ほど対峙したシモンのものだった。

 だが、どこか擦れたような調子で、生気を失っているようにも聞こえる。

 

 ハウンドが教会の奥に目をやると、そこには祭壇があり、見慣れた少女が横たえられていた。

 ――光に包まれたフレデリカが、苦しげに顔を歪めている。


「誰かと思えば先ほどのイヌか。ブゲンはどうした。もう消えたか?」


 祭壇の傍らに立つシモンが、冷ややかな視線をハウンドに向ける。その問いかけにハウンドは顔を歪めながら応じた。

 

「消えたよ。あの屋敷の連中も、ここに来る間にも多くの奴が消えちまった。……お前は何がしたいんだよ。どうしてこんな真似をした……!」


 怒りを抑えきれず、ハウンドはクロスボウをシモンへ向けた。

 シモンは杖を握りながら立ち尽くし、その姿には疲労の色が濃く刻まれていた。禁術の発動が彼自身にも相当な負担を強いているのだろう。


 矢は既につがえられている。引き金を引けば、一瞬でその矢はシモンの胸を貫くだろう。

 しかし、激情に駆られながらもハウンドは踏みとどまった。シモンが発動した術を途中で止めれば、どのような影響が出るか全く見当もつかなかったのが一つ。

 もう一つは――こんな男でも、フレデリカの父親なのだという事実。

 

 先ほど見せた魔法の剣のような攻撃を再び放たれれば、ハウンドもただでは済まないだろうが、相討ちに持ち込むことは可能かもしれない。だが、ブゲンの最後の言葉はシモンを討てとは言っていなかった。ただ、「お嬢様を守れ」とだけ言った。

 それを胸に刻んだハウンドが今すべきことは、理由を問いかけることだった。


「今まさにこの娘は超常的な力を宿しているところだが……この世界を意のままに操ることもできる力だ。至宝とも言えし力を得ることになんの不満があるというのだ」

「その力はお前が守るべき民から奪い取ったものじゃねぇか……! 申し訳ないとは思わねぇのか!」

「露ほども思わぬな。むしろ感謝されるべきだろう。彼らの命は、この娘の中で魔力として永遠に生き続ける。ブゲンもそれを誇りに思っていたはずだ」


 その言葉に、ハウンドは一瞬言葉を失った。確かにブゲンは「栄誉」だと語っていた。

 しかし、他の魔導士たちの心情も同じであるとは限らない。道中で耳にした嘆きの声が頭をよぎり、ハウンドはその思考を断ち切るように首を振ったが、シモンは口元を歪め、嘲るように笑った。


「あいつは……戦になると言っていた」


 低く呟いたハウンドの言葉に、シモンは頷く。

 

「その通りだ。力が定着するまでには時間がかかるが、いずれ頃合いを見てサンドリアへ攻め込むつもりだ。イヌはイヌらしく、何も考えずに主人に付き従えばいい」

「大半の民を失ったってのに、何が戦だ……! 国としても成り立っちゃいねぇじゃねぇか!」

「ミュゼの直系さえいれば国などいくらでも甦る。それにこの国以外にも我が同胞は各地に散っているのだよ。ランヴェールとて、盾としての役割くらいは果たせるだろう。そして……この娘が力を完全に使いこなせるようになれば、この大陸を瞬時に滅ぼすことすら可能だ。それほどの魔力を、この娘の中に宿したのだからな」


 シモンの言葉が終わると同時に、祭壇に横たわるフレデリカの身体が小さく震えた。最後の光を吸収したのだろう。ゆっくりとハウンドの方へ顔を向けた彼女の瞳は、虚ろで焦点が定まらない。

 その様子に、ハウンドは思わず目を逸らした。

 直視することができなかった。


「さぁ、せっかく来たのならば娘を連れて帰るといい。定着のために時間は必要だろうから、しばらく寝かせておけ。追って指示を出す」

「なんで俺がお前の命令に従わねぇといけねぇんだよ……!」

「ブゲンは言っていなかったか? その娘を守れ、と」


 揶揄するようなシモンの言葉に、ハウンドは歯を食いしばり無言で視線を落とした。

 そうだ、ブゲンは確かにそう言った。


 今この場でシモンを射殺したところで、自分にフレデリカを守り抜く術があるとは思えない。これから進むべき道筋を見出す知識もないのだから。

 ――それならば、サンドリアとの戦いを勝ち抜き、この少女を世界の頂点にでも君臨させるほうがいいのではないか?

 彼女の力を用い、この世界から敵となる存在をすべて排除すれば、もう何からも守る必要はなくなるのでは――。


 一瞬頭をかすめたその考えに、ハウンドは反射的に首を振った。否、そんな発想こそ、シモンそのものだ。自分がその道を選べば、ブゲンの遺言も、フレデリカ自身も裏切ることになる。


「……」

 

 思考がまとまらないまま口をつぐみ、祭壇で横たわる少女をじっと見つめる。たとえ己が力不足だと痛感しても、今、自分が果たすべき役目は一つしかない。


 フレデリカを守ること――それだけだ。


 ハウンドは覚悟を決めるように大きく息を吐き、祭壇へと歩み寄った。

 そっと少女を抱き上げるとその体は驚くほど軽い。

 それなのに、彼女が背負わされた罪の重みが、ハウンドの胸をひどく苦しくさせた。

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