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127 大公

「――なんだブゲン。最近は妙におとなしいと思えば、新しい奴隷でも拾ってきたのか?」


 この国では余所者は目立つ。特に細身の魔道士ばかりのミュゼでは、体格の良い男は一層注目を集めた。

 領内を案内するとブゲンに連れられ、初めて人里に出向いた男は周囲の注目を否応なく引いてしまっていた。


「まぁそんなところだ。これがなかなか使える男でな。良い拾いものをした」

「無魔力者か。それにしては面白い素材だな。どうだ、今度貸してはくれんか?」

「お前に貸したところですぐに死なせてしまうだろう。戻ってくるとも思えんな」

「シシルの新しい魔道具を知らんのか? 埋め込まれた者は自我を奪われ、戦場に続々と送り込まれているそうだ。シモン様はそれに対抗して、痛みを感じぬ術を開発したいと言っていたのだよ」

 

 妖しげに笑う魔術師の言葉に男は眉をひそめる。どうやら自分を実験体として使うつもりらしい。この国にも奴隷は存在したが、男の故郷に比べれば扱いは幾分も良さそうだった。ただし、実験に供される者は例外で、他国から買い付けた奴隷を非人道的な実験に用いるという噂も耳にした。


「大公様にも困ったものだ。シシルのことなど放っておけば良いものを」

「無理だろう、シシルのことしか見えておらんわ。気持ちは分からんでもないが……そういえばまた謹慎中だそうだな。今度は何をやらかした?」

「少しばかり、進言しただけだ」

「ははは、シモン様に臆せず意見を述べるところは感心するが、お前もまだまだ青臭いな」

「余計なお世話だ。まぁそろそろ許しも出るだろう。出仕の準備をしておくさ」 


 魔道士は愉快そうに笑いながら男を一瞥すると、そのまま去っていった。

 このブゲンという男はどうやら周囲から慕われているらしい。すれ違う者たちが身分を問わずに彼に声をかけるだけでなく、興味津々に男を品定めし、「貸してくれ」と交渉してくる者も多くいた。


「……ここの奴らは俺なんか借りて何がしたいんだ?」

「お前の体質に何か特別なものを感じ取っているんだろうさ。それに、純粋な働き手としても喉から手が出るほど欲しいんだろう」

「力仕事ってことか? 奴隷を買えば済む話じゃないのか?」

「知らんのか、最近サンドリアでも個人で奴隷を持つことを禁じる動きが出てきている。従属国である我が国がそれを無視するわけにもいかんだろう。……まったく、魔道具の開発にもっと力を注いでいれば良かったものを、術式の強化ばかりにかまけているからこうなるんだ」


 どうやら国の方針に対しても不満を持っているらしい。だが、この国はマナにも恵まれているし、魔術でどうとでも出来ている。何が不満なのか分からずに、ブゲンがぶつぶつと文句を言いながら顎を撫でる様子を、男は不可思議そうに眺めていた。


「妙なことじゃなければ、手伝いくらいはしてやるさ」

「殊勝な心掛けだな。だがお前には会ってもらいたい御方がいるんだ。それまでに多少は身綺麗にしておけ。今のままでは部屋にも通してもらえんぞ」

「……」


 別に風呂が嫌いなわけではない。ただ、ここでの暮らしに慣れるまでは、濡れ雑巾で体が拭ければ御の字という生活だった。こんなにも整った環境で、三度の食事が出され、風呂まで用意される暮らしが送れるようになるとは想像すらしていなかった。

 

 

 だからこそ、予想だにしない展開だったのだ。

 急に古びた屋敷へ連れていかれたかと思えば、そこでこの国の大公を名乗る銀髪の男と対面させられるとは――。


 

「……お前がブゲンが飼い始めたというイヌか。なるほど。確かにこいつは何も持たぬようだ」


 男よりも背丈は低いものの、その銀色の髪を持つ大公は、威厳に満ちた顔つきで男を睨みつけた。彼の名はシモン。このミュゼ公国の君主である。

 どうして自分がこの男と顔を合わせることになったのか男には皆目見当もつかなかったが、そんな彼の困惑をよそにシモンとブゲンは勝手に話を進めた。

 

「ええ。ですので、お嬢様の護衛としてこれ以上の適任はいないかと。最低限の知識は叩き込みましたし、人を殺すことにも躊躇はないでしょう」

「ふむ。まぁ悪くないな」


 値踏みするように男の全身を見回したシモンは居丈高に顎を動かす。それを了承の意思と受け取ったブゲンは深々と頭を下げた。


「お許しいただきありがとうございます。それではお嬢様に早速紹介をしてまいります」

「アレが気に入るかどうかは分からんがな。……いいか、お前のやるべきことはただ一つだ。アレに危害を加える者が現れたら、迷わず排除しろ。いちいち私の判断を仰ぐ必要はない。分かったな?」


 曖昧な指示だったが、男は神妙な面持ちで頷いた。それを見て満足したのか、シモンはおもむろに手を掲げると、何もない空間から大きな杖が現れた。


「……本日も魔法陣を刻みに?」

「あと少しで終わる。だが、あくまでもこれは保険だ。ジュリアが滞りなく事を為せば使うつもりはない」

「……」


 ブゲンの顔が一瞬曇ったが、彼はそれ以上何も言わず頭を下げたままだった。

 シモンは杖で床を軽く突くと、紫の紋様が床一面に広がり、その中へと姿を飲み込まれるように消えていく。その光景に男が驚いていると、部屋は静寂に包まれた。


「……なんだ今のは、あれも魔法か?」

「転送魔法だ。この大陸であれを使えるのは大公様くらいなものだろうな。……さぁ、お許しも頂いたことだし、行くぞ」


 詳細を問う間もなくブゲンは男を部屋から連れ出した。

 

 入り組んだ屋敷の階段を登り、さらに奥へと進んでいく。屋敷の端にある細い廊下を渡り切った先、そこに現れた小塔の螺旋階段を昇って行けば、最上階に目的の部屋があった。

 物々しい扉にブゲンが手のひらを当てると、扉全体が淡く光り、ゆっくりと下にスライドして開かれる。


「お嬢様、失礼します」

 

 厳重な扉の向こうにいるのは、どれほどの要人なのだろうか――。

 男がそう考えたのも束の間、部屋の片隅の椅子に座っていたのは、一人の少女だった。

 

 少女が顔を向けると、薄い金色の髪が柔らかく揺れる。

 スイガより少し年上と思われるその娘は、空のように澄んだ青色の瞳を瞬かせた。

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