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119 配信者たち

 私の大事な配信者たち。ミュゼと深い繋がりがあるのはマーカスさんくらいだけれども、他のメンバーもそれぞれのチャンネルで今日の告知を手伝ってくれていた。


「皆さんお忙しい中ありがとうございます。マーカスさん、お礼が遅れてしまってすみません。トーマ君から古代文字の解析に尽力してくださったと聞きました」


 銀色の仮面をつけたマーカスさんは、人前だからかその表情を隠している。それでも仮面の奥に見える紫色の瞳には、穏やかな光が宿っていた。……もう、その色を隠す必要はないと判断したのだろう。


「いえ、トーマ殿は若いながらも非常に優秀な方ですね。術式の解読においては、ほとんどを彼が進めてくださいました。……文字を繋ぎ合わせた結果、モーヴの復活のために数多の命を犠牲にする術式だと判明したわけですが……本当に、未然に防ぐことができて良かったです」


 その言葉の重みを噛み締めるように、マーカスさんは静かに語った。解読に成功した瞬間、彼もまた戦慄したに違いない。一歩間違えればこの平穏な時間は訪れなかったんだ。それを察したセレスは、震える肩をそっと抱きしめるように自分の両腕を握りしめていた。


「本当に恐ろしい方でした……。でも、あの時のリカちぃの神々しい姿、もう永久保存版でしたわ……! アーカイブ配信の予定はないんですの?」

「さすがにちょっとね。あんなの、普通なら一発でアカウント停止もんだよ。あのライブ配信自体がイレギュラーでしたし、私が言えることじゃないんですけど、皆さんもライブ配信の時は気を付けて下さいね」

「まー、ぶっちゃけ変な性癖に目覚める人も出そうだったよねー。あたしはもっと領主代行のあの雄姿を見たかったけど!」


 リリーさんの軽口に、サントスさんが苦笑しながら肩をすくめる。


「あんた、さっきはデュオ様が推しだって言ってたじゃないの。気が多すぎるわよ」

「だって推しは複数いた方がいいってリカちぃも言ってたじゃない! それに、あの美少年よ! 献身的な姿にはお姉さまたちも涙したはず。ううん、全員が魅力的で選べないわ……!」


 そう、あのライブ配信がきっかけでハウンドやデュオさんは新たに多くのファンを獲得していたけど、その中でも群を抜いていたのが実はスイガ君だった。これまで一切姿を見せてこなかったから、突然の美少年の登場に界隈では相当沸いたらしい。


 お屋敷に届いた大量のファンレターを彼に渡したとき、「私に、ですか? ……なぜ?」と困惑しきった表情を見せてくれたのも記憶に新しい。配信者でない彼らが注目を浴びるのは意外ではあるものの、『推し』という言葉がこの世界にも広まっているのは良い兆候といえるだろう。


「推しは多い方がいいですよ。その分楽しみが増えますし、万が一の時もダメージを軽減できますから」

「万が一って……どういう時の話?」

「ええと、例えば結婚とか?」


 その瞬間、「ヒエッ」と短い悲鳴を上げたのはセレスだった。彼女は顔を覆いながら「そんなことが起きたら私、死にますわ……」と嘆きつつも、ちらりとマーカスさんを見上げる。当のマーカスさんは露天商のメイソンさんと話に夢中でその熱い視線にまるで気付いていない。


「リカが結婚したら死人が出るんじゃないの? あんた、一生独り身ね」

「それはもう覚悟の上ですから。結婚にそんな幻想も抱いていませんし」


 独身宣言を堂々と口にすると、サントスさんは言い出した本人であるにもかかわらず「あらまぁ」と目を丸くした。一方で、パノマさんはどこか気の毒そうな視線をこちらに向けてくる。


「私は結婚したいと思ったら結婚するわ。リカさんだって、無理に我慢しちゃダメよ?」


 パノマさんが結婚したら、それはそれでインパクトがありそうだ。ただ、彼女のチャンネルはクエスト案内がメインだから、そこまでダメージにはならないはず?

 それに比べて私は、どちらかと言えばアイドル的なポジション。リスナーの反応を思えばやっぱり結婚に対するハードルは高いし、色恋の気配を匂わせることすらNGだろう。……うん、大丈夫。だって私はプロなんだから、自分を律することくらいできる――はず。


「――リカさん、こちらに来るようにお声がけいただいたのですが……」


 恋愛談議に盛り上がる中でおずおずと輪に入ってきたのは、フォウ公国のお役人であるフリューさんだ。相変わらずの中性的な顔立ちに、肌も髪も艶感に磨きがかかっている。

 そんな彼がフォウの大公様の代理として来てくれると聞いて、せっかくだからと例の話を進めることにしていたのだ。


「あ、お久しぶりです! 遠路はるばるありがとうございます。皆さん、こちらはフリューゲルさんです。フォウローザ以外の配信者としてデビューする予定なんです」

「あらやだ、ひょっとしてあなた、フリューちゃんじゃないの?」


 さすがはサントスさん、すぐに気が付くなんて流石としか言いようがない。フリューさんもこんなに早く見抜かれるとは思わなかったのか、少し狼狽えていた。


「は、初めまして。サントスさんですよね。いつも拝見させていただいております」

「あら、ありがとう。ついに配信者デビューするのね? どんな方向性なのかしら?」

「メイソンさんを紹介いただきまして、購入したコスメ商品の使い方などを……」

「いいじゃない! もちろん、フリューちゃんとして、よね?」


 遠慮なく次々と質問を投げかけるサントスさんに、フリューさんは少し圧倒されながらも控えめに頷いた。


 彼とは個人的なやりとりをすることも多かったけれど、メイクの技術を独学で極めていく姿を見て、私は配信者デビューを勧めてみたのだ。最初は渋っていたものの、シモンとの戦いを見て彼なりに思うところがあったらしい。握りしめられた手には、配信者申込用紙があった。


「配信者が増えるのは素直に喜ばしいですわね。こうしてこの大陸中に広まって、いつか他の大陸にも伝わるかもしれませんわ」

「うんうん、そうなってくれると嬉しいよね!」

「あの戦いも、良しあしはともかくとして、配信をさらに広めるきっかけになったものね」


 パノマさんの言うとおり、シモンのライブ配信が広く視聴された結果、配信文化を推進するきっかけになったのは確かだ。

 一歩間違えればとんでもないことになっていたから何とも言えない気分ではあるけれど……これもある種の炎上商法なのかと、その拡散力の凄さを身をもって知ってしまった。

 

「それにしてもアーカイブ配信はないのか~。現場組のコール&レスポンス、もっと目に焼き付けておけばよかったなぁ」

「え? なんですかそれ?」

「あんた覚えてないの? アンコールの何回目かで、ハウンドと王子様に無理やりやらせてたじゃない」


 ぼんやりと……本当にぼんやりとしか記憶にない……! なにせあのときは魔力の過剰供給でテンションが異常に高くなっていたのだ。

 見たかったなぁ。もしかしてシシル様も一緒にやってくれたのだろうか? ハウンドが「はーい」なんて手を挙げている姿を想像するだけで笑いがこみ上げてくる。ああ、だからアーカイブ配信の話をしたときに、皆が口を揃えて真顔で反対していたのか。


「そういえば、開発者の方が持っていた光る魔道具、あれって商品化されないんですか?」

「ペンライトですよね。仕組みは簡単らしいので量産もすぐにできると思います。ちょっとトーマ君に確認してみますね」

「その際はぜひ、我がメイソン商会で取り扱わせてもらえればと……!」


 こっそり話を聞いていたらしいメイソンさんが勢いよく食いついてきた。新しく商会を立ち上げたのだろう、ここぞとばかりに名刺を周囲に配る姿には、強い商魂を感じる。

 

「ところで、あちらにおわしますのはカリオス様ですよね? ぜひお目通りをお願いできればと……」


 メイソンさんの視線の先には、遠目でもすぐにわかる堂々たるカリオス様の姿があった。お忍びということで正装ではなく騎士の数も少ないが、その圧倒的なオーラは隠しきれていない。ロベリア様はまだ到着していないようだ。仮にも一国の王を放置しておくわけにもいかないだろう。

 

 私は小さく息を吐いて、周囲に「ちょっと行ってきます」と告げる。もう少し話をしたかったけれども仕方がない。苦笑混じりの視線に見送られながら、カリオス様のもとへ向かった。


「……目立ちすぎです」


 近付いて声をかけるときも、名前を呼ぶのはためらわれた。サンドリアの国王とミュゼの公女。この組み合わせが並ぶだけで周囲の注目を集めてしまう。声を潜めて話しかけながら、目くらましの魔法をさりげなく発動すると、ようやく視線が和らいだ。


「今や一番の注目株であるお前にそんなことを言われるとはな。……ご苦労だったな。一部始終、見届けさせてもらったぞ」

「いえ、サンドリアの国民にも多大な被害を与えてしまい、申し訳ございません。……カリオス様が陣頭に立っているのを拝見したときは、血の気が引く思いでした」

「あの悪趣味な動画のおかげで、私が死んだと思い込んで浮足立った貴族や諸国も多いらしい。――ものは使いようとは、まさにこのことだな」


 そう言ってニヤリと笑うカリオス様の悪い顔に、私は思わずジト目を向ける。


「フェイクニュースは一発バンです。それに配信を政治利用に使うのは規約違反ですよ」

「冗談だ。……ところで、ジュリアは息災か?」

「ええ、だいぶ元気になりました。もうすぐここにも到着するはずです。……ロベリア様と一緒に」

「そうか。……そうか」


 感慨深げに頷くカリオス様。その胸中にある思いは私にはわかりようもなく、ただ物憂げな横顔を眺めることしかできなかった。


「……それと、お前の力の解析を進めたい。近々、我が王城へ来てもらおうか?」

「ええと、それに関しましてはシシル様に一任しておりまして……」

「お前の力を魔塔に独占させるつもりか? 私はこの目で見たのだぞ、あの驚異的な回復力を。それにフォウローザのマナは、わずかな期間で十年前に匹敵するほど回復したと聞いている。……争いに使うつもりはない。ただ、荒れ果てた領土の回復に役立てられると思ってだな――」

「そこまでじゃ」


 どこからともなく現れたシシル様が私とカリオス様の間に割って入り、その場にいる護衛たちに緊張が走った。遠くでトーマ君が木の陰に隠れながら、申し訳なさそうに頭を下げているのが見える。

 

 これまで人前に姿を現さなかったシシル様も、あの配信をきっかけに一躍時の人となった。愛らしい見た目と圧倒的な実力とのギャップに虜にされる者が続出し、中には「私はあの人と寝たことがある」なんて名乗り出るイタイ人まで現れる始末だとか。どの世界にも妄想を拗らせる人はいるものなんだなぁ……。


「これはこれはシシル殿ではないか。私は今この娘と交渉中だ。それとも一介の魔導士風情が保護者気取りか?」

「貴様らのところに卸している魔道具をすべて引き上げても構わんのだぞ? この娘についてはお主らの出る幕はない。引っ込んでおれ」


 一瞬にして場の空気が張り詰めた。シシル様の小柄な体から発せられる冷ややかな視線に、カリオス様の護衛たちは思わず身構える。――しまった、これは長引きそうだ。助けを求めるように辺りを見渡すが、この二人の間に割って入れる人などそうそういるはずもない。


 逃げ出す隙を必死に探していると、不意に背後から頭をがしりと掴まれた。振り返ると、そこには不愛想な顔のハウンドが立っている。彼は二人のことなど全く意に介さずに、当然のように私を引っ張っていこうとする。そのあまりにも自然な動作に、護衛たちも動けずにいた。


「おい、時間だ。連れてくぞ。……爺も遊んでんじゃねぇよ、とっとと行くぞ」

「あ、うん! ……カリオス様、お話はまたの機会に!」

「――まったく、仕方がないな」


 向こうから、渋々といった様子のロベリア様とジュリアが歩いてくるのが見えた。カリオス様もその姿に気付き、感傷的な表情で二人を見つめていた。


 なおも頭を掴むハウンドの手から逃れ、乱れた髪を整える。もう、せっかく綺麗にまとめたのに。最近は頭を狙われることも減っていたから気が緩んでいたようだ。文句の代わりに睨み上げれば、ハウンドもどこか探るような目で私を見下ろしていた。


「……何を言われた?」

「ん? 気になるの?」

「ああ、気になるな」


 私の意地悪な問いかけにもハウンドは素直に答える。その真っ直ぐな態度に照れくさくなり、誤魔化すように髪を直した。


「私の力を解析するから王城に来いってさ。なんか私がいるだけでマナが増えると思ってるみたい?」

「……なるほどな。行く気か?」

「行っていいの?」

「駄目に決まってんだろうが。あの手この手で帰さねぇつもりに決まってる」

「それは困るなぁ……。人助けになるならいいんだけどね」


 すっかり日が落ち、辺りは深い闇に包まれていた。用意された灯りが優しく揺れ、集まった人々の顔を照らしている。教会跡地に設置された簡易舞台を囲むように、視線が次第に一つの場所に集中していくのが感じられた。


「まぁ、お前がどうしても行きてぇってなら検討くらいはしてやるがな。……だが、今日はやることがあんだろ? とっとと終わらせて来い」


 ハウンドはどうやら舞台に上がるつもりはないようだ。後方に位置取り、腕を組んで見守る体勢を整えている。

 その姿に少しの安心感を覚えながら、私は舞台へと足を向けた。

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