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010 ハウンド説得大作戦

 シシル様との面会の後、私はありとあらゆるものを媒体にして、片っ端から魔晶石を作ってみた。


  庭園に咲く薔薇、そこらに転がっていた石、噴水の水、メイドさんにお願いして持ってきてもらった織物、出所不明の謎の肉――手当たり次第に試してみた。


 結果として魔力の使いすぎで何日も寝込む羽目になったけど、そのおかげで魔晶石の出来栄えや、魔力の扱い方が少しずつわかるようになってきた。


 そうして疲労感がなんとか抜けた後に出来上がった魔晶石をシシル様に送ってみたら、「質は良いがお主が望む機能を搭載するにはこれでは物足りん」という無慈悲なフィードバックをいただいた。

 やっぱり北地区にあるという森に行ってみるしかないかぁ……。ちなみに送った魔晶石については、「これはこれで使えるから」としっかりシシル様に着服されている。


「――ねぇハウンド。北地区の魔獣の件だけど、もう解決したの?」


 執務室で書類に向かっているハウンドの作業の合間を見計らって問いかけてみる。ハウンドが右手に持っているのはおにぎりか、質問に答えてくれる前にそれを一口で頬張った。


 領主代行の仕事の手伝いは今も続けている。寝込んだ後に復帰してみると、山積みになった書類とともに「溜まってんぞ」と他人事のように言われたり、朝起きたらシアさんに「今日も頑張ってくださいね」なんて執務室に行くことが既定路線のように言われてしまったら、魔晶石作りで忙しいから辞める、という選択肢はなかった。

 まぁ、あれほどの仕事量を目の当たりにしてしまってはもうやらないと言い出す勇気もない。それに、私のおかげでハウンドの睡眠時間がほんの少しだけ伸びたらしいから、今もこうして続けている。


「ああ。お前が寝こけている間に兵士を何人か連れて行ってきた。依頼に応じた冒険者もいるが、少し手が足りなそうだったからな。お前にくれてやった牙がそれだ」

「あ、そうだったんだ」


 部屋に置かれていたあの謎の牙はハウンドが倒した魔獣のものだったのか。それも試してみたけれど今までで一番良さそうなものが出来たんだった。

 それにしても、事務仕事に各所への連絡や視察、さらに討伐までやってのけるなんて、どんだけタフなんだろうこの人は。

 

 でも、魔獣が討伐されたのなら第一関門はクリアかな? 魔獣がいるんじゃおちおち採取にも行けないもんね。

 北地区の森に行くためにハウンドの許可を得る、という道がちょっぴり明るくなった気がして、それじゃあさ、と軽い調子で続けてみる。


「そこの奥にある森に行ってみたいんだけれど、行ってもいい?」

「駄目に決まってんだろ死にてぇのか」


 軽く放ったジャブが、致命的なカウンターになって返ってきた。目、目が怖い……! めっちゃ睨んでくるじゃん!


「ちょ、ちょっとだけでも駄目?」

「あのな! その森に! 魔獣がうじゃうじゃいるんだよ!」

「ひーんっ!」


 ついにペンを乱暴に置いたハウンドが、耳を突き刺すような大声で怒鳴りつけてきた。思わず両耳を押さえる。うう、そんなに怒らなくても……


「ったく……、あんなところに何の用があるんだ?」

「シシル様がね、その森はマナが濃いって言うから、そこの素材を使って魔晶石を作ればいいのができるんじゃないかなって」

「あの爺、無責任なこと言いやがって……!」

「ち、違うの。シシル様は冒険者でも雇ってとは言っていたの。でも私のやりたいことなのに、人にお願いするのも悪いじゃない? それに、私の目で見てみないと、どの素材にどれだけのマナが含まれているか分からないと思うし……」


 あたふたと説明する私を見てハウンドも少し落ち着きを取り戻してくれたのか、一度息を整えて何やら考え込んでいるようだった。


 魔晶石については彼にも軽く話している。褒めてくれるかなと思って「こんなん作れたんだよ」って見せに行ったら、「お前、ヤバイことやってる自覚あんのか?」と真顔で返された。どうやら魔晶石は思っていた以上に貴重な品だったらしく、そんなに簡単に作っていいものでもなかったらしい。なので、私に関する秘匿情報がまた一つ増えてしまった。


「……エコーストーンを改良して『配信』とやらをしたいってのは分かったが、そんな危険を冒すほどのことなのか?」

「もちろんだよ! 連絡事項やニュースをその日のうちに知れたらどれだけ便利だと思う? どこで人手が足りないかとか、どんな人材が必要なのかも、ギルドに行かなくてもすぐ分かるようになるんだよ?」

「ふむ……まぁ、そう言われると確かにな」


 一度体験したら絶対にその便利さが分かるはず。けれども、今はまだエコーストーンがあまり流通していないこともあって、ハウンドもその活用法には懐疑的なようだった。いきなり大々的にやるのは難しそうだけど、まずは屋敷内だけでテスト放送をしてみるのもありかも? お昼の献立を発表するだけでもみんな喜んでくれそうだし。


「冒険者といっても、この領地に好き好んでくる奴は少ないんだよ。……どうしても必要なんだな?」

「うん、試せることは全部試したい。でも……、どうしても駄目だっていうなら諦める」


 無理を通してハウンドを困らせたいわけじゃないし、命を粗末にするつもりもない。危険だと言われれば引き下がるしかない。

 それに、質が担保できないのなら量で勝負というわけじゃないけど、魔晶石を作る数を増やせばその分で質を賄えるかもしれない。ええと、この領地って何世帯あるんだっけ? まずは一家に一台、そのうちに一人に一台なんて感じで……、あれ、人口ってどれくらいだっけ……?


 考えれば途方もない数だけれど、コツコツ作っていけばそのうち皆に行き渡るようになるだろう。そう頭の中で計算していると、私の顔をじっと見ていたハウンドが、仕方ねぇなとため息をついた。

 

「俺がついて行ければ一番いいんだが、さすがに何日も留守にするわけにはいかない。あの森までとなると片道だけで二日はかかるからな」

「あ、もともとハウンド様のお手を煩わせるつもりはないです……」


 さすがに、こんなに忙殺されている人に対して、「ついてきて?」なんて口が裂けても言えない。私の秘密を知っているからついつい頼ってしまうけれど、本来であればこんなに気安く話すことも出来ない立場の人のはずだ。


「……一人、お前の護衛に丁度良さそうな奴を知っている。手紙を送っておくから、そいつが捕まったらそいつと行け」

「わ、そんな人いるんだ! 冒険者? 傭兵さん?」

「奴隷」

「……どれい……?」


 どれい……どれい……?

 耳に入る言葉の意味が分からずしばらく理解できずにいたが、ようやく私の知る単語として繋がった。ああ、『奴隷』かぁ……。


「えええええ! 無理無理無理! 怖いよ! 絶対無理!」


 ハウンドの提案に一瞬明るくなった私の顔も声も、すぐさま未知への恐怖へと染まる。脳裏に浮かぶのは、足に鎖をつけられて重い石を運ぶ姿や、鞭を打たれて虐待される人たちの光景。非人道的すぎる! この世界にはそんなものまで存在しているなんて!


「どんな想像してんだお前は……。あー、そういえばお前の世界にはそういうのいないのか」

「いないよ! いたら大問題だよ!」


 過去にはいたかもしれないけれど、少なくとも現代日本には奴隷制度なんてない。いや、会社の『社畜』とか言われることはあるけど……。でも、ハウンドが言っているのはそういう皮肉や冗談じゃなくて、マジもんの奴隷なんだろう。


「そう構えるな。奴隷と言ってもそいつは元々、戦後の混乱で戦争犯罪者になっただけだ。それに、ある程度の自由も認められている。所有者からの了承を得られれば何日か貸してもらえんだろ」

「ううううん……? それは、安心できる情報なの……?」

「殺人犯とかの危険な奴隷じゃねぇし、しかももうすぐ任期が終わるくらいには真面目に過ごしてる。安心だろうが」


 そうハウンドは言うけれど、何が安心なのか正直まったく分からない。この世界の常識が私の知っている常識とはまるで違う。というか、奴隷が存在すること自体が私には受け入れがたい現実なのだ。そう思いながら、ふと、この領地にも奴隷がいるのかどうか気になった。


「……フォウローザには奴隷っていないよね……?」

「いねぇよ。ロベリアがそういうの嫌ぇだし、ミュゼに残っていた奴隷も全部解放されている。故郷に帰った奴が大半で、残ったやつは普通に働いてんな。この間、小麦畑で会った奴がいただろう。あいつとか」

「あ、ダグさんもそうだったんだ……。じゃあハウンドの言う奴隷の人ってのは、サンドリア王国の人?」

「そうだ。所有者には貸しがある。頼めば拒みはしねぇはずだ」


 まぁ、もし断ったらそれなりの目には遭うだろうがな、と怖い顔で笑うハウンドは見なかったことにして……。文句を言える立場じゃないと分かっていても、どうしても拒否感は拭えない。

 

 多分、顔にも出てしまっていたのだろう。「そんなに嫌なら止めとくか?」と聞かれてしまったら、もう究極の選択だ。

 

 領地の発展のためか、私の個人的な感情か――。


「………………おねがいします……」

「ん」


 か細い声でも、ハウンドには届いたらしい。彼は短く返事をすると、また黙々と書類に目を戻した。






 奴隷という言葉を聞けば、あんまり良いイメージなんてないし、誰だって身構えるに決まってる。

 

 だから、本当に苦渋の決断のつもりだった――んだけれど。


「おう、わざわざ遠くからご苦労さん。こいつがお前の護衛対象だ」

「――これはこれは、お会いできて嬉しいよ。こんな可愛らしいお嬢さんの護衛を任されるなんて、光栄の極みだね」


 後日ハウンドから紹介されたその人は、一つにまとめた金色の長い髪をなびかせる、まさに王子様みたいな出で立ちで。どんな屈強な男が来るのだろうと身構えていたのに、私の中の『奴隷』の概念が一瞬で覆される。


「初めまして、僕の名前はデュオ・ランヴェール。お嬢さん、君の名は?」


 そう恭しくかしずかれてもどう反応すれば良いのか分からなくって、すぐには返事ができなかった。

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