空気と数字
私の上司が言った。
「空気と数字が良ければ、後はなんだって良いんだよ」
私はこの上司の事が前から好きだった。
私は35歳独身
22歳の時に出会った理想の男性
ギター、読書、映画、人混み嫌いetc
怒る場所 喜ぶ場所 悲しむ場所も同じだった。
その付き合いは30歳の時
彼には結婚願望はない。
このたった1つの不一致によって
(先がない)という感覚から徐々に終わりを迎えた。
やはり一度経験した事は、人は比べたがる
彼以上の存在と出会えないまま...
結局、仕事に逃げたのだろう。
私の上司は部長
私はその下の課長
私の下には58人の部下がいる。
そんな部署内での恋愛などあり得ない。
そして部長は妻子持ち..
(好きでいる事、片思いが楽しかったりするよね)
もういつかも忘れてしまった程の過去
喫茶店に入った時に、隣のテーブルから聞こえてきた言葉に今でも縋って、更に仕事に逃げてきた。
部長は営業先でトラブルをおこした若手に対して
「失敗はこれからもするだろう、失敗から何を学ぶ?」
「てっきり怒られるかと思いました」
「ミスしたくてミスするやつはいないよ」
「ありがとうございます..申し訳ありませんでした」
「数字も大事だけど、人が怒ると空気悪くするからね」
その日のうちに先方へ私を連れて出向き
失敗をきっかけにして、更なる信頼と先を取り戻した。
目の前で見せられているだけで
課長としては何もできなかった。
その記憶がまだ私の心に刺さったままの頃..
昼休みの中
数ある輪の中、突然1つの輪から飛び込んできた
「部長って仕事において何を大切にしてますか?」
その輪の5人は一斉に部長に視線を送る。
発した男は、33歳 結婚して4年
3歳と1歳の子供と住宅ローンを抱えている。
軽々しい質問に苛立ちも感じたが
部長は苛立ちの欠片も出さないまま
「空気と数字さえ良ければ...」
なんとも言えない含んだ笑顔がかっこいい。
33.4.3.1のローン男が
「じゃぁ僕、空気清浄機 買ってきます!!」
部長は笑い声だけで答えていた。
そして私は(こいつはやっぱり嫌いだ)
再認識した。
部長には恋もできない
部長には届かない
仕事には逃げ道はない
私はただの35
もう一度やり直すため
半年ぶりの有給願いを部長に提出した。