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人間を俯瞰する者

休日の夕方、東平丘陵公園の森の中でサタンは1人本を読んでいた。

カノンの机にあった分厚い魔導書を読みふけっていたサタンは、人間について様々な考えを張りめぐらせていた。

((書かれていることは儀式のやり方や魔術の使い方のような形式的なものばかりだが、そこから読み取れる人の歴史がまた面白いものだ))

悪魔であるサタンは自由に黒魔術を使えるため、魔導書など本来読む必要が無いが、歴史書として、そして哲学本として楽しそうに読む悪魔総帥の姿がそこにはあった。

((今日はここまでにするか、如何せん文字の量が多い))

紙と紙の擦れる音が止み、代わりに図鑑を閉じた時のような大きい音を鳴らし、サタンはその場を後にしようとした。

「サタン、お待ちなさい?」

慈愛に満ちた温もりの中に、心臓を一突きするような冷たさの混じった声がサタンの鼓膜を揺らす。

今まで気配すら無かった存在は、突然サタンの名を呼び、引き留めようとした。

しかし、サタンのこれに対する敵意は刹那的なものであり、すぐさま諦めの混じった溜息と共に返事をする。

『ガイアか...要件は分かっているから会話は不要だ』

「相も変わらず冷たいですね、会話とは要件を伝えるためだけのものではないのですよ?」

サタンはその場を去ることはしなかった、というより出来なかった。

地母神ガイア、この地球や他の神などの全てを生み出した存在であり、サタンが何かの間違いで敵うなどあるはずの無い相手だ。

「逃げようとしない辺りは素直で好きですよ」

苦虫を噛み潰したような表情をし、元の仏頂面に戻したところで、声の主と対面する。

そこにいたのは、口と目が生えた木だった。

『今回も珍妙な姿でお出ましだな』

「珍妙?地球は私が生み出した星なのですから、何もおかしくありませんよ?」

本気で言っているのかふざけて言っているのか全く分からない声のトーンに、サタンは何も返す気が起こらず本題に戻す。

『それで、一応聞くが何の用だ?』

「あなた、時間を戻しましたね?」

夏の日差しが冷気を帯びたかと思わせるほど、重々しい空気が一瞬にして展開された。

『だから何だ、我に関して言えば今更だろう?』

「はぁ...まぁこうして注意するのは、好き放題させないための抑止力が存在するというアピールです」

『用が済んだなら我は行くぞ』

「私は会話がしたいのです、見逃す代わりに付き合いなさい?」

その鋭い目付きは蛇睨みの如く、サタンの行動する意思すらも麻痺させる。

「さて、私が聞きたいのはズバリ、あなたを夢中にさせるその本のことです」

『貴様がこの本のことを聞いてどうする?』

「いえ、その本自体を知りたいという訳ではありません、かなり熱心にその本を読んでいた"あなた"が気になるという話です」

そんなことを聞いてどうする?またもそう言いかけて、無駄な問答になると思ったサタンは素直に答えることにした。

『この本は黒魔術について色々書かれているが、問題はそこではなくその奥底に蠢く人間の怨嗟、これが実に興味深い』

「まぁ、そんなに禍々しいものなのですか?」

『書物というのは何かを後世に残したいという意志であり、この本は社会に対する復讐を願う者達の思いが篭っている』

「人間に黒魔術を与えた張本人の言葉とは思えませんね?」

『関係無いな、その時代では黒魔術が争いの道具として使われただけで人間の本性が変わった訳では無い』

「確かにその通りですね...やはりいつの時代も人間に限らず生物は争い合う定めなのですね」

『貴様こそ全てを生み出した張本人とは思えない言葉だな?生み出した責任とは余りにも重いぞ?我とて生まれたが故に苦しむ時期があったのだ』

「だから私は全てを傍観し、全てを許した上で受け止めるのです、痛みも辛さも全て、不幸になる者へのせめてもの贖罪として...」

不意に見せたガイアの悲しみの表情は、長い時の中で感じた苦しみをその一瞬に濃縮させたような、言葉に表し難いものだった。

『随分と偉そうな口を利く』

しかし、サタンはそんなガイアを見てなおも責め立てる口調だった。自分の中に湧いてきた微かな怒りを言葉に込めるつもりで。

「分かってもらおうなどとは思いません、これは私の問題ですから」

話の終わりは気まずい沈黙だった。しかし、サタンはこれで去るつもりは無かった。

『折角だから我からも質問させてもらおうか』

「あら、珍しいですね?」

少しの間を空けてサタンは重々しく口を開く。

『...貴様は寂しさを感じたことはあるか?』

およそサタンの口から出たとは思えない質問に、ガイアのの思考は少しの間止まっていた。

しかしガイアは思考が戻ると、いつになく優しい表情でサタンを見つめる。

「そう、魔界の王にもそんな感情が存在するのですね」

『気色の悪い目線だ、癪に障る』

サタンは照れ臭いのか子供のようにフイと顔を逸らす。

「勿論寂しいと感じることは多々あります、特に私の産んだ子が私と違う考えを持った時なんて、近くにいるのに遠くに離れたような感覚でした」

『違う考え...』

ふと、カノンのことを思い出していた。

過去の自分のように、周りが悪いと決めつけて世界を変える決心をしたカノンは、いつの間にか考えを改め、その牙を落としていたからだ。

「彼女ですか...あなたはあの儀式が本当に成功すると思っているのですか?」

全てを見透かした上で、ガイアは質問をする。

『9割の失敗と1割の成功というところか、だが、我は苦しみながら足掻く人間が好きなのだ、何故だかそういう者に構いたくなる、だから失敗が目に見えていたとしても力を貸すのだろうよ』

「あなたもよっぽど罪な存在ですね、案外私達は似た者同士かもしれません」

サタンは先程の反抗的な態度ではなく、フッと口角を上げ、肯定と取れるような態度を示した。

『ではそろそろいくぞ』

「付き合ってくれてありがとうございます、一応警告はしましたからね?人間が扱える程度の魔術ならまだしも、それ以上の力を使った場合は少しだけあなたの敵になりますので」

『構わん、貴様の存在は計算の内だ、どれ程の付き合いだと思っている?』

「へぇ...本来なら私達、出会うことも無いはずなのに、いつの間にか仲良しですね」

ガイアのふざけているのか真面目なのか判断のつかない言葉に、今度は何も答えることも無く、フンと鼻を鳴らしガイアに背を向けて歩き出す。

2つの異形は、ある程度距離を離したところで存在を消した。

まるで今まで誰もいなかったかのように、何をするでもなく姿を消し、静寂だけを残していった。


苦し紛れの中継ぎストーリーです!正直全体的なストーリーはもう組めてるんですけど、その合間をどう繋ぐかでかなり迷ってました…

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