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面会

「俺なんかのために平日の時間を潰す必要は無いんだぞ?」

「私が来たいから来てるんだし、気にしないでよ」

「.....」

カノンは透明な板の向こう側にいる男と話をしに、刑務所に来ていた。

薄いはずなのにとても分厚いその透明な板は、男のどう接すればいいか分からないという、弱々しさを鮮明に映し出していた。

「あ、その、学校生活は...どうだ?」

「まぁまぁかな」

「そっか...」

まぁまぁという言葉は便利なもので、あまりにも曖昧なのだが、その曖昧さゆえか聞いた側はまぁまぁという言葉の中身を追求しづらい。よって、話を早急に流したり、心の内を悟られないようにする時によく使われる。

カノンは、学校生活など眼中に無く、意義の感じられない会話を相手から切り上げさせた。

そして、本題に入る前に深呼吸をして、気持ちを整える。

「ねぇお父さん」

お父さんと呼ばれた人物は、予期していたように、緊張感のこもった目つきでカノンを見る。

「前にも聞いたけどさ、もしお父さんとお母さんが元の生活に戻っても家族に戻る気は無いの?」

「それは...俺が望んでいい事じゃ...」

「私が望んでるって言っても駄目なの?」

「.....」

「なんでいっつもそうなの!?」

「俺はローズにあんな事をしてしまった、イラついていたなんて理由で済まされないような事をしてしまった、カノンにだって怒鳴った事があるじゃないか...」

怒り気味のカノンに対し、俯きながら過去を悔やむ父親の姿がそこにはあった。

「あの時は仕方なかったんだよ!流行り病が原因で仕事が無くなるなんて誰にも分からないよ!お母さんだってあのときは明らかに言い過ぎてたし!私はお父さんが悪いなんて思ってない!」

「たとえ2人が俺を許しても、俺が俺を許せないんだよ…軽々しく家族に戻りたいなんて、言えるわけが無い...」

「なにそれ...」

カノンは小学生の頃に孤独を知り、中学生の頃には流行り病の影響で孤独に慣れていた。そんな中で、父親と母親、そしてカノンがいる家族というものだけは唯一無二の存在だったために、家族というものに固執していた。

「じゃあさ、私とお母さんで一緒に説得すれば考えを変えてくれる?」

「一緒にって、ローズは治ったのか?」

「まだ寝たきりだよ」

「そう...だよな...」

「でも大丈夫、もうすぐ治るはず、いや、治るから」

「どういうことだ?」

カノンの言葉は、妄言の類にしか聞こえなかったが、なにか自信に満ちている姿だったために、カノンと向き合う人物は薄ら寒さを感じていた。

「すいません、もうすぐ退席の時間になります」

そばにいた刑務官が、タイムリミットがあと僅かであることを告げる。

「お父さん、私、お母さんと一緒にずっと待ってるから」

「...あぁ」

気の利いた言葉を言える器用さはなく、同意しかねるにも関わらず、同意の相槌を打ってしまう。

そうして、2人の面会は幕を閉じた。


カノンは雨の中、傘を指して学校に向かう。

午前中の面会を終え、昼間からの登校となったため、通学路には学生や社会人が殆どいなかった。

『途中参加で学校とやらに行くとは、律儀なものだな』

「別に、帰ったってやる事ないし」

最早いつ来ても驚くことは無いと、サタンの言葉を適当に返す。

『我は天使達の会議に寝坊したら、そのまま放ってたぞ?』

「そんなんだから堕天したんでしょ」

『ハッ、間違いない』

軽口を言い合っていた両者だったが、急にカノンの纏う空気が冷たいものに変化した。

「少し聞きたいことあるんだけどさ」

『ほう?』

「私がハリー先生を倒せると思う?」

封印の魔術を喰らった左腕を握りながら、弱気な態度でサタンに問う。

『唐突だな?』

「どうせいつか聞くことになるでしょ」

サタンはそれもそうだなと心の中で相槌を打ち、質問の答えを数秒ほど思案する。

『ふむ...勝てはする、だが貴様の大事にしているものを、貴様自身で傷つけることになる』

「どういうこと?」

『先に言っておくが、真正面からぶつかれば勝ち目などは万に一つもない、白魔術は対黒魔術に特化させた改造品だからな』

「は?じゃあ───」

『戦いは力よりも頭がものを言う、だから人間は地球の頂点にいるのだろう?』

「...勝てる戦術を考えろってこと?」

『それではまだ正攻法と同義だ、もっと横に逸れるべきだ』

「横?」

サタンの遠回しなヒントは、カノンを余計に混乱させるだけだった。

『人間誰しも弱みというものがある、それを活用するべきだと言っている』

カノンはサタンの言葉の真意を汲み取ると同時に、自分がすべき事に気付いてしまう。

「もしかして、お母さん...」

『親を殺しの一助にする、そのずる賢さにしか勝ち目はないだろうな』

「.....」

カノンから言葉は出てこなかったが、青い瞳は心ここに在らずとばかりに、眼窩を走り回っていた。

『しかし分からんな』

「え?」

『毎度思うが、理を書き換えるのなら、父親にあんな事を聞く意味も無いだろう?』

サタンの言う通りだった。世界の間違いを修正し、過去を変えるという目的で動いているなら、目的が達成されれば、父親が刑務所にいる事実も、母親が寝たきりの事実も書き換えられるはずだからだ。

「だって...独り善がりは嫌だから...」

『傍から見たら、貴様の行動は独り善がりだがな?』

「傍から見るだけの奴らになんか、何も言われたくない...」

相も変わらず周りへの憎しみを込めた一言だったが、サタンはそこにある微妙な違和感に気づいた。

『貴様...若干棘が抜けたか?』

「...」

『何を考えるかは自由だが、見せ物は続けてくれるんだろうな?』

「まぁ、やることは変わんないよ、目的があんたの興味無さそうなものに変わっただけ」

『そう言われると興味が湧いてしまうと分かって言っているのか?』

「別に...お母さんが魔術を使わない過去にすればいいって気づいたから、それで全部が解決する、それが最大の間違いなんだから...」

『気付くのが余りにも遅いが、その通りだな』

「あ、もう学校の前だからさっさとどっか行って」

サタンは小さくなっていくカノンの背中を、不思議そうに眺めていた。

まるでカノンが自分の手を離し、遠ざかっていくようなそんな感覚に襲われていたのだが、なぜそんな事を思うのか、当の悪魔は皆目見当もつかなかった。

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