虚ろ
金曜日の夜、ハリーに撃ち込まれた封印の魔術を少しずつ解除する日課を終え、カノンは独り考えていた。
(あの男、私の知らない情報をかなり持ってる...色々知るなら彼と話すのが手っ取り早いけど...)
ハリーが敵であるという事実と、プライドが行動を許さなかった。
『肥大した自我こそが自己を制限する、か…』
二重のふてぶてしい声は、カノンの隣から聞こえた。
「私の部屋に入ってくるとかどういうつもり?そこまで気を許したつもりは無いんだけど?」
『知るか、暇だから話をしに来ただけだ、他意はないぞ?』
「あっそ、別に話すことなんて...」
サタンを即刻突き放すつもりだったカノンだが、ハリーが放った、サタンなら全て知っているというセリフを思い出した。
「そういえば、あんたってどこまで知ってるの?」
『どこまでとは?』
「分かってるくせに、イライラさせないで」
『フンッ、我を脅しの道具に利用した罰だ、そもそも我が人間を守るわけがなかろう、面白いから生かすだけだ』
「チッ!会話は盗み聞きするし、部屋に勝手に入るし」
『はぁ...そう不機嫌になるな』
カノンの愚痴をこれ以上聞く気にならないと、サタンは自分の口から話を始めた。
『我は全てを知っている、貴様の母親のこともな』
「じゃあ...お母さんは本当に黒魔術を?」
途端にカノンの目は怯え悲しむ子犬のような目に変わる。
『そもそも我を呼んだのは貴様の母親だぞ?』
「...えっ...は?」
もし黒魔術を使っていたとして、何故こいつと母親に関わりがあるのかと、カノンの脳は既に混迷を極めていた。
「じゃあ、あんたは私とお母さんの両方と契約してるってこと?」
『違うな、貴様とは契約していない』
「いや、確かに私はあんたを召喚したんだから契約してるはずじゃ...」
『悪魔総帥といえど二重の契約は不可能だ、貴様は母親の魔力を借りているに過ぎない』
「...」
カノンの顔が、全てを打ち砕かれたような虚ろな表情へと変わる。
「私が頑張って召喚魔術を覚えたのはなんだったの?あんたはなんで私の前に現れたの?」
『貴様は母が持っていた魔導書を使ったな?』
「多分そう...だけど」
『同じ魔導書から現れる悪魔は1つだけ、別の者と契約済みの我とは契約が出来ない、ただ貴様の母親からもしもの時は娘を頼むと言われていてな、だからここにいる』
「じゃあ、黒魔術の代償はどうなるの!?使用すればするほど不幸になるって、お母さんがこれ以上不幸になるなんてッ───」
『不幸?あぁ、人間が黒魔術を使うとそうなると言っていたな』
「あんた、分かってて大事なこと言わなかったんでしょ!?いい加減にしてよ!」
『落ち着きがないな、悪魔は黒魔術による副作用など存在しない、人間のことなどは知らん』
その時カノンの頭の中で点と点が線で結ばれた。
「あ、あぁ、黒魔術を使えば使うほど不幸になるなら、今までの事は全部代償のせい?それも私のために2人が犠牲に...」
弾かれるようにスマホを開き、アルビノについて調べた。今までは母親に、見た目が他の人と異なってしまう病気とだけ言われてきたが、ここまで来れば明らかに違うと分かってしまう。
「眼皮膚白皮症...」
国の指定難病であること、皮膚や虹彩の色が他人と異なること、視覚的な障害を伴うこと、場合によっては合併症を伴うこと、等々、自分の知識外の情報が多く乗っていた。
「私って今まで何やってたっけ?」
前提が覆ったのだ。今までは周りが自分達を苦しめていると思っていたものが、母親の優しから悲劇が生まれるという、自業自得に近いものだとカノンは悟ってしまった。
分かれば分かるほど、謎が謎を呼んでしまう。ついには脳がオーバーヒートを起こしてしまった。
カノンは人形のように虚ろな目をし、全身の力が抜けていた。
『これからどうする?我はどんな選択でも構わんぞ?』
「今は何も考えたくない...」
そう言うなり、カノンは布団に入ってしまった。
時間を置いて、カノンが寝息を立て始めたのを確認したサタンは、魔導書を手に取る。
『これが魔導書か、久しいな』
サタンはそう言うと、魔導書を片手にいつもの如く虚空へと消えていった。




