ほんの少しの非日常
「おばあちゃん、今日ちょっと遠くに出かけたいんだけど」
「どこ行くんだい?」
「小川崎、オガワサキ水族館って所に行こうと思ってる」
「オガワサキ水族館?そんな水族館あったかね?」
「最近オープンしたところだから、おばあちゃんは知らなくて当然だよ」
「へぇ〜、今から行くのかい?」
「ううん、夕方の4時くらいに出掛けようかなーって」
「そんな時間じゃ行ってもすぐ閉まるんじゃないのかい?」
「今日行く所は夜の8時までやってるから大丈夫」
「昔じゃ考えられんね〜」
祖母との会話が終わった後、カノンはオガワサキ水族館について調べるために、スマホを取りだした。
するとスマホの画面に、魔白から"また動物園に"というRINEが来たと、バナーが表示された。
(今のどういうこと?)
不思議な文章だったために、気になって魔白の個人RINEを開いてみたが、先程のメッセージは消去されていた。
結局よく分からないままだったが、追求する意味もないとそれ以上のことはしなかった。
「じゃあ行ってくるね」
「はいよぉ、ご飯作って待っとるから」
「うん」
4時になり、カノンはオガワサキ水族館へ向かうため、家を出た。
どこかの誰かと同じように、カノンは東平駅に乗り、10分程した後、倍分河原駅で乗り換え、50分弱電車に揺られて小川崎駅に到着した。
都会の人並みに自身を紛らわせ、オガワサキ水族館へと向かった。
(完全な室内展示の水族館なんて初めて)
入口を通り、物静かで薄暗くなるよう設定された室内には、何か心を落ち着かせる効果があった。
多種多様な生物を見ていたカノンは、何やら人集りができていることに気づく。
遠くから人集りの隙間を覗いてみると、オガワサキ水族館の飼育員が、鳥のようなものを部屋から回収し、代わりに他の動物が複数匹解き放たれていた。
人集りがある程度収まったタイミングで、カノンはその動物を間近で見る。
(フクロモモンガ...小さくて目がまん丸...)
余りの可愛さに、無意識に少し開いた口は塞がらず、目は一点を凝視し、思考は停止していた。
ふと我に返ると、また人集りが出来始めていたので、そそくさとその場を去ることにした。
下の階に降り、ラボエリアに入った所で予想外の出来事が起こる。
「あれ?黒魔さん?」
ピラニアの群れを見ているタイミングで、自分の名前を呼ばれ、即座に後ろを振り向く。
「…ビックリした...まさか知り合いに会うなんて...」
魔白の顔を見て、胸を撫で下ろす。
「僕もまさかここで会うと思わなかった」
「偶然なのは分かるんだけど...なんというか世界は狭いね」
「確かに」
2人は言葉を発するまでもなく、一緒に行動する事にした。
そして、偶然の出会いから数分後、魔白はある魚の目の前に張り付いた。
「その魚好きなの?」
「うん、この真っ白さが綺麗だなって思って、今日初めて見たんだけど一目惚れしちゃった」
「ブラインドケーブ・カラシン...ふーん」
「なんか白とか黒みたいな色って落ち着くから好きなんだよね」
「そうなんだ...」
魔白がその魚に夢中になっている後ろで、カノンは自身の真っ白なクリーム色の髪を摘み、眺めていた。
「あ、ごめん!夢中になってた...」
カノンを置き去りのまま1人魚を見つめていた魔白は、慌てて水槽から離れ、カノンの様子を伺う。
「大丈夫大丈夫!じゃあ奥のエリア行こっか」
「うん、あれ?さっきはランプなんか置いて無かったような?」
「さっき?ここに1回来てるの?」
「うん、フクロモモンガを見にここに再入館してるから、今日は2回目なんだよね」
「あーそういえば動物の入れ替えしてた」
「とりあえずこのランプは...うぉ!?明かりがついた!」
オガワサキ水族館では、6時以降はテラエリアがかなり暗くなり、ランプの明かりを頼りに通路を進む仕組みになっていた。
「なんか、こういうの初めてだからドキドキする」
「え?」
カノンの言葉に、魔白は一瞬で様々なことを考えてしまい、戸惑いと共に声が漏れてしまう。
「暗い中で虫とかカエル以外の動物見るの初めてだから」
「あぁ...」
(まぁそうだよね...)
こういう場所を男子と一緒は初めて、そんな甘すぎるセリフを期待していたが、しっかり裏切られ肩を落とす魔白だった。
特別なスペースでフタユビナマケモノを遮蔽物無しで見たり、下から照らす仄かな光を反射し、その雄大さを示すシルバーアロワナなど、夜だからこその楽しみを味わい、2人は水族館を出た。
帰りの電車の待ち時間に、魔白は何か話しをしたいとソワソワしながら質問を投げかける。
「そういえば今日はなんでオガワサキ水族館にいたの?」
「うん?SNSで見かけて気になっててさ、それになんか無性に動物が見たくなったって感じで」
「動物は良いよ!それぞれ個性があって飽きないし!」
「確かに、今日も色んな動物見れて楽しかった!」
楽しかったと言う割には、儚い笑顔を浮かべるカノンだった。
そして、俯きながらまた話し始める。
「私さ...私が求めてるのって現実逃避なんだと思う」
「現実逃避って?」
「一昨日動物園に行って思ってさ、動物達を間近に見てると、自分がいないような感覚になるの、自然の一部になってるような...そんな感覚」
魔白はまるで理解が出来なかった。しかし否定はしなかった。それが、独り言に近い心の呟きだと感じたから。
心の奥底からなんとか絞り出した言葉に嘘は無いと、魔白の直感が告げていた。
「だから現実に戻される瞬間が堪らなく辛い...」
(黒魔さん...また...)
一昨日に見せた悲しげなカノンの顔が、魔白の脳裏にフラッシュバックしたが、瞬間彼女は笑顔を見せていた。
「でも魔白くんと動物見るの楽しかった!今日はありがとね」
「いや、あれはたまたまだったしありがとうとかそんな...」
そうこうしている内に、帰りの電車がやって来た。
2人は仲良く、40分程電車の中で眠っていた。
「次は倍分河原...」
「降りるのって倍分河原駅で合ってるよね?」
「そうそう」
駅のアナウンスが2人を起こし、無事乗り過ごすことも無く、乗り換えが出来た。
「そういえば思い出したんだけどさぁ」
「ん?」
カノンは昼間の出来事を思い出していた。
「魔白くん昼間にLINEくれたよね?また動物園にっていう中途半端な文章だったけど」
「え、見てたの?すぐに取消したんだけどな...」
「まぁね、で、何て言おうとしてたの?」
カノンの好奇心で輝かせた瞳に、魔白は口を割らざるを得ないと自白する事にした。
「いやぁ、黒魔さん何か悩みとかあるのかなって思って、気分転換のために少摩動物園に誘おうとしたんだけど、色々あってあんな文章になっちゃって...」
「消すくらいなら最後まで書いてくれればいいのに!」
「恥ずかしくなって取消しちゃったというかなんというか…」
「まぁ悩みはあるけど、それは大丈夫だから気にしないで」
「そっか...」
「でもせっかくだしまた2人でどっか行こうよ」
「へ?」
頭の中で想像もしていなかった展開に、魔白の脳は処理が追いつかなかった。
「今度は私が魔白くんを誘ってあげる!多分夏休み中に!」
「え、うん...」
「東平に停ります」
会話に終わりを告げるように、電車内のアナウンスが響く。
2人は東平駅で降車し、少し歩いた先で別れを告げる。
「じゃあね〜」
「うん、じゃあね」
こうして何気なかったはずの土曜日は、幕を閉じた。
というわけで、以上カワサキ水族館の紹介コーナーでした!




