悲痛
2人は少摩動物公園までの道を歩いていた。
「木曜日はいつも少摩動物公園に来てるんだ?」
「うん、見たい動物がいるんだ!アフリカゾウのサムって言うんだけどさ」
「私も昔1回だけ来たことあるなー、キリンの首の長さが当時印象的だったなー」
動物の話で盛り上がっていたら、あっという間に目的地に着く。
2人は入園のチケットを買うために、券売機に並ぶ。
「大人2人っと」
「えっ?」
「ここは私に奢らせて、強引に着いてきたようなもんだし」
カノンは有無を言わさず大人2人分の料金を出した。
そして、券売機からチケットが2つ発行される。
「はいチケット!」
「ありがとう...」
魔白は年間パスポートを持っていたが、彼女を傷つけてしまうと思い、財布から出しかけた年パスをしまった。
そうして2人はアフリカゾウのサムの前にやってくる。
「あれがサムだよ!」
「もしかしたら私も昔見た事あるのかな?」
「同い年だし多分そうだと思うよ!見て!あのクリクリの目と長い鼻!それにあのパタパタ動いてる耳!」
「…サム?のこと凄い好きなんだね」
「あ、ごめん...つい...」
「ううん...魔白くんが楽しそうでなによりだよ...」
「黒魔さん?」
カノンのどこか上の空で哀愁の漂う返答に、魔白は会話を止めざるを得なかった。そして、この事態を招いた張本人が、数秒の沈黙を破る。
「私...動物は好きだけど、なんというか…魔白くんの好きとは違うのかも」
「それは...どういう...?」
「羨ましいの...自由だなって...私もあんな風に楽しく過ごせたらなって思って...」
重いセリフを吐きながら下を向くカノンに、魔白は何も返すことが出来なかった。
「お父さん...お母さん...」
「どうかしたの...?」
カノンはそこで、つい余計な事を口走ったことに気付く。
「ううん...なんでもない!大丈夫!」
取り繕った笑顔の目尻に浮かぶ涙が、その言葉を嘘だと物語る。
「ごめん!トイレ行ってくる!」
あまりにも居た堪れない状況を誤魔化すために、カノンはその場を離れた。
「どうしてあんな事口走ったんだろ...」
好きな物を語る魔白が余りにも眩しすぎて、負の感情が小爆発を起こしていた。
『 物思いにふけるとは珍しいな』
カノン以外は誰もいないはずの女子トイレから、"男と女の2つの声"が反響する。腹の底に響く、全ての生物を畏怖させるような、しかしどこか優しさを感じるような声だ。
「いたの」
『 我は常に貴様の動向を追っている、貴様の行く末を見届けたいからな』
虚空から異形の存在は現れた。真ん中だけ先端が燃えている3本の大きな角と、五芒星が描かれた額の黒山羊の頭に乳房のある人間の胴体、黒山羊の下半身に、極めつけは大きな漆黒の翼のついた、人型ではあるもののおよそ人とは言えない見た目だ。
「あっそ、そんな事よりあんたにちょうど聞きたいことがあったんだけど」
『 なんだ?』
「黒魔術が効きづらい人間って存在するの?」
『 あの少年のことか...あれは少年に力がある訳ではなく、第三者が何かしらの細工をしていたのだろうな 』
「なるほどね...」
(面倒な事態になったな…)
『 少しなら手を貸してやらんでもないぞ?』
「取り敢えず今はいい、その時になったら伝える」
『 そうか、だが忘れるな?我は悪魔だ、後で頼まれても運悪く我の力を貸す気にならなくなるかもな』
「運が良いとか悪いとか...その言葉聞きたくない...お父さんが会社をクビになった時も、あの事件の時も周りの人は運が悪かったんだって口を揃えて言ってた!」
悪魔はどうやら、カノンの地雷原を踏み抜いてしまったようだ。カノンの感情が先程以上に爆発する。
「運が悪いって何!?そんな言葉で片付けられるこっちの身にもなってよ!なんで私だけこんな気持ちを抱え続けなきゃいけないの!?こんな世界おかしいんだ!」
ひとしきり感情を吐き出し、荒い呼吸を落ち着かせる。そして、カノンは悪魔に問いかける。
「はーっ、はーっ、はぁ、ねぇ、私間違ってないよね?今までの事も、これからの事も間違いじゃないよね?」
『既に同族を2人も手に掛けておいて、今更迷いが生じたか?』
「そんなんじゃ...」
『 正しいかどうかは結果が決める事だ、もう既に後戻りは出来ない、たとえ大切な者を手に掛けるとしても、な 』
悪魔の全てを見透かしたような言葉と目線が、カノンを突き刺す。
「大切?殺す人間が大切な訳ないでしょ、私行くから、ここに来た目的も果たせたし」
捨て台詞のようなものを吐き、その場を後にした。
『 これだから人間は...フフフ...』
虚空にそう言い放つ悪魔の目は、慈愛に満ちていた。
「ごめん魔白くん!待たせちゃった!」
「ううん全然!そろそろ閉園時間だし入場口行かなきゃ!」
本当はカノンの涙の訳を聞きたかったが、魔白はそれをグッと飲み込み入場口に向かう。
「あ、ごめん!ちょっと待ってて貰える?」
「え、どうしたの?」
「取り敢えずそこで待っててー!」
入場口付近に来た所で魔白はギフトショップの中に1人で入っていった。
(えっと...あ!あった!)
そして、僅か2、3分で戻ってきた。
「はいこれ!キリンが記憶に残ってるって言ってたよね!」
そうしてカノンの目の前に差し出されたのは、掌で覆える程の小さいキリンのぬいぐるみだった。
「え、いいのこれ?」
「今日チケット代払ってもらったし、なんかお返ししたくて」
(本当は泣いてる姿を見ちゃったからだけど…)
「ありがとう、大事にするね」
その心遣いは想い人を余計苦しませるだけとは知らずに、魔白とカノンは帰路に着いた。
(そういえば今日、園蔵さん見かけなかったな...)
物語の第1関門的な所に来ました!兎に角難産でした!




