鬼から見た「ももたろう」
桃太郎の物語を異なる視点で描いています。正義の味方としての桃太郎像が変わることに抵抗がある方は読まないでください。
わたしはオニオ、広大な海に囲まれた島に住む鬼の一人です。わたしたちの島は自然の宝庫で、美しい風景が広がっています。春には色とりどりの花が咲き乱れ、夏には緑が生い茂り、秋には木々が鮮やかに色づき、冬には波が静かに凍えるような景色が広がります。わたしたちはこの島で、穏やかに平和に暮らしていました。
わたしの仲間たちはみんな心優しく、助け合うことを大切にしています。毎朝、村の中心にある広場に集まり、今日の予定を話し合います。誰かが困っているときは、みんなで手を貸します。
例えば、ある日、年老いた鬼のオニババが重い薪を運ぶのに困っていました。それを見た若い鬼たち、オニケンとオニアキはすぐに駆け寄り、「オニババ、手伝わせてください」と言って、薪を一緒に運び始めました。オニババは笑顔で「ありがとう、助かったわ」と感謝していました。
また、わたしたちの村には病気の鬼もいます。オニユキという名の彼女は、時々体調を崩して寝込んでしまいます。そのたびに、村の仲間たちは交代で看病に訪れます。オニカは特製の薬草スープを作り、オニスケは毎晩お見舞いに行って物語を読み聞かせます。オニユキは「みんながいてくれて、本当に助かるわ、ありがとうね」と涙を浮かべて感謝していました。
夕方になると、わたしたちは広場に集まり、みんなで夕食を楽しみます。ある日、オニタロウが小鳥の巣を見つけて、「見て、可愛いヒナがいるよ」とみんなに見せました。オニミは花を摘んで、母親のオニカにプレゼントしました。オニカはその花を家の中心に飾り、家族全員が微笑みました。
わたしの家は島の端にあり、家族と共に住んでいます。妻のオニカと、二人の子供、オニタロウとオニミです。オニカは料理が得意で、毎日美味しい食事を作ってくれます。子供たちは元気いっぱいで、毎日村中を駆け回っています。彼らの笑顔を見ると、わたしの心も温かくなります。
夕方になると、わたしたちは広場に集まり、みんなで夕食を楽しみます。食事が終わると、焚き火を囲んで歌を歌ったり、昔話を聞いたりします。特に長老の話は人気があり、彼の話を聞くと、わたしたちは昔のことを思い出し、心が穏やかになります。
ある日、わたしは子供たちと一緒に森へ散歩に出かけました。森の中には美しい花や木々があり、小川のせせらぎが心地よい音を奏でています。子供たちは新しい発見をするたびに歓声を上げ、その無邪気な姿にわたしも微笑みました。オニタロウは小さな鳥の巣を見つけて、鳥の赤ちゃんたちが元気に育っていることを教えてくれました。オニミは美しい花を摘んで、母親にプレゼントするために持ち帰りました。
わたしたちの生活は本当に平和で、毎日が幸せに満ちていました。仲間たちとの絆も深まり、困難なことがあってもみんなで乗り越えてきました。わたしたち鬼は、ただ静かにこの美しい場所で暮らしたいだけなのです。平和な日々が永遠に続くことを願いながら、わたしは家族や仲間たちと共に、毎日を大切に過ごしていました。
ある日、島の外に出かけていた仲間たちが帰ってきました。彼らの姿を見た瞬間、わたしは言葉を失いました。オニケンとオニアキは無残な傷を負い、かろうじて立っている状態でした。オニババが泣きながら彼らを抱きしめ、「何があったのか、話しておくれ」と震える声で言いました。
オニケンは苦しそうに息をつきながら、「人間の村に近づいたとき、突然襲われたんだ。何も悪いことをしていないのに、いきなり攻撃されて……」彼の声は途切れ途切れで、言葉にするのも辛そうでした。
オニアキが続けました。「彼らは『鬼は悪だ』と決めつけ、話すら聞いてくれなかった。そして、『桃太郎』という精鋭兵が、この島に攻めてくると言っていた。どうしてこんなことに……」彼の目には涙が浮かんでいました。
その場にいた皆の心は痛みでいっぱいでした。わたしたちの仲間が何も悪いことをしていないのに、一方的に襲われたのです。オニユキは涙を流しながら、「どうしてこんなことが……」と呟きました。オニカは子供たちを抱きしめ、何も言わずにただ泣いていました。
しかし、わたしたちの中で報復を望む者は一人もいませんでした。わたしたちは争いを避け、平和を保ちたいと願っていました。長老が静かに言いました。「報復はさらなる悲しみを生むだけだ。何とかして話し合いで解決できないだろうか」
人間たちと、争わずに仲良くなりたい。仲間が酷い目にあわされても、私たちの意思は揺らぎませんでした。わたしたちは皆で集まり、あれこれと思案しました。オニスケが提案しました。「もし桃太郎が島に上陸したとき、まず話を聞いてもらえるようにしよう。武器を持たずに、平和的な意図を示せば、きっと理解してもらえるはずだ」
オニババも頷きました。「わたしたちは争いを望んでいないことを伝えよう。彼らにわたしたちの生活を見てもらい、平和に共存できることを証明するのじゃ」
皆がそれぞれの思いを口にしました。オニユキは「わたしたちの歌を聞いてもらえれば、きっと心を開いてくれるはず」と言い、オニカは「子供たちの笑顔を見れば、考えを変えるかもしれないわ」と希望を語りました。
わたしたちは心を一つにし、何とかして平和的に解決する方法を見つけようと決意しました。桃太郎が攻めてくるその日が近づく中、わたしたちは互いに支え合いながら、最善の方法を模索し続けました。
この島での平和な日々を守りたいという強い思いと、仲間たちへの愛情が、わたしたちの行動を支えていました。わたしたちは、桃太郎にわたしたちの本当の姿を知ってもらい、平和に共存できる未来を信じていました。
桃太郎が島に上陸するその日、わたしたち鬼は最後の望みをかけて、武器を持たずに彼らを出迎えることに決めました。島の広場に集まり、わたしたちは手を空にして、平和の意図を示しました。子供たちも恐怖を隠し、一生懸命に笑顔を浮かべていました。わたしの子供たち、オニタロウとオニミもその一員でした。彼らは、震える手を握りしめながら、桃太郎一行に向かって無邪気な笑顔を見せようと頑張っていました。
「えへへっ、こんにちは!」とオニミが子供ながらに勇気いっぱいに、笑顔で声をかけました。「あなたがももたろうさん?」しかし、その声は桃太郎には届きませんでした。彼の目には決意と憎しみが宿っており、わたしたちの姿を見ると、まるで敵を見るような鋭い目つきになりました。
突然、桃太郎は剣を振りかざし、オニミに向かって切りかかりました。わたしの心は凍りつき、世界が止まったのように感じられました。オニミは地面に倒れ、血が広がりました。わたしは叫び声を上げましたが、なぜか声は出ませんでした。
「これが鬼の子供か! まだ大きい鬼がいるぞ!」桃太郎は声を張り上げ、仲間たちを鼓舞しました。彼の後ろには、犬、猿、キジが控えており、彼らもまた戦闘態勢に入っていました。
オニミが倒れるのを見た、私の妻でありオニミの母親オニカは、我を失い、涙ながらに発狂し、桃太郎に向かって突進しました。わたしたちは武器を用意していなかったので、彼女は近くにあった木の棒を拾い、こん棒のように振り上げ、「オニミっ! どうして、あああああ!」と叫びながら、桃太郎に襲いかかりました。
「やめろ、オニカ!」わたしは叫びましたが、オニカは聞きませんでした。彼女の目には涙と怒りが溢れていました。もう一人の子供、オニタロウを守ろうとしてるのかもしれません。桃太郎は冷酷な目でオニカを見つめ、「来たな、野蛮な鬼め!」と言い放ち、容赦なく剣を振り下ろしました。オニカもまた、地面に倒れました。
オニカは一撃で倒れましたが、それだけでは終わりませんでした。這いつくばり、なんとか息をしている妻オニカに、犬が飛びかかり噛みつき、猿は素早い動きで彼女の背中を攻撃し、キジは空から鋭い爪で彼女の目玉をつっつきました。彼女は無残にも袋叩きにされ、その姿は見るに耐えないものでした。
その光景を見て、仲間たちの中から怒りの声が上がりました。「くそっ、許せねえ」オニケンが拳を握りしめ、今にも飛び出そうとしました。
わたしは必死に彼を止めました。「やめろ、オニケン! これ以上の犠牲は無意味だ。退却するんだ!」
妻のオニカと子供のオニミを一瞬にして失ったわたしの心は、悲しみと怒りで引き裂かれそうでした。胸の奥で悲しみが叫び声を上げ、全身を震わせました。しかし、わたしには仲間たちを守らなければならないという強い責任感がありました。混乱と絶望の中で、なんとか心を収め、冷静さを取り戻そうと必死でした。
桃太郎は確かに強いが、皆でかかれば勝てないわけではない。しかし、もし彼らを倒してしまったら、もっと強い新手が次々とこの島に攻めてくるに違いない。人間の数は、鬼の数の何十倍もいと聞く。大勢でこられてはとても敵うはずがない。戦争を避けるには、最初の火種を取り除くことがとにかく肝要なのだ。
頭では分かっている、分かっているが、しかしさすがにこれは……。
オニミ……オニカ……。亡き妻と子の温かい笑顔が脳内で反芻し、次第に怒りに変わっていくのを感じる。オニケンを止めることで、わたしは自分の気持ちも必死に押し殺そうとしていることに気づく。しかしこれでは、わたしもいつ爆発してもおかしくない。
わたしが心を乱し葛藤する中、その中で勇気を振り絞り、なんとか桃太郎と話し合いをしようとする鬼がいた。そう、私たちの中でもとびきり心の優しく勇気のあるオニスケが桃太郎に向かって叫んだのだ。
「お願いだ、話を聞いてくれ! 俺たちは平和に暮らしたいだけなんだ!」
オニスケ……お前はこんな時まで……。
彼は過去にも何度もわたしや仲間たちを身を呈して助けてくれた。そう、いつだってオニスケはそういうやつだった。彼のおかげで、なんとか冷静になれている自分を感じる。
武器を持たないどころか、両手を上げ、無抵抗の意思を示しながら、震える笑顔で声を発するオニスケ。そのオニスケの勇気を見て、冷静になれたのはわたしだけではないはずだ。そうだ、争いは何も生まない、われらの教えを今こそ実践するときなのだ。
しかし、桃太郎は冷酷な目でオニスケを見つめ、「邪悪な鬼め、お前らは存在自体が悪なんだ!」と決めつけ、剣を振り下ろしました。犬はオニスケの足を噛み、猿は彼の腕を引っ張り、キジは空から鋭い爪で顔を引っ掻きました。オニスケは無抵抗のまま、無残に倒れました。
「うおおぉ、オニスケ! うおおお!」オニケンはもう怒りを抑えられないという様子で桃太郎に襲い掛かろうとしていたが、わたしは再びそれを必死に止める。「やめろオニケン、ここで怒りに任せたらオニスケの気持ちはどうなる」
「みんな、退却だ! 決して大きな争いごとにするな、戦わないことが我らの戦いだ」わたしは叫びました。仲間たちの顔には恐怖と怒りが浮かんでいましたが、わたしの声に従って逃げ始めました。わたしは怒りに震えるオニケンを懸命に抑えながら退却しました。
そうだ、決して人間との戦争など起こしてはいけない。ここで感情に流されたら、もっと多くの仲間の犠牲で溢れることになる。
わたしの心は悲しみと無力感でいっぱいでしたが、今は逃げ延びることが最優先でした。「退却だ! みんな、早く!」わたしは再び叫びました。仲間たちはわたしの声に従い、島の奥へと逃げていきました。
しかし、桃太郎とその仲間たちは容赦しませんでした。逃げる鬼たちの背中に向かって、剣を振り下ろし、犬は噛みつき、猿は素早い動きで攻撃し、キジは空から襲いかかりました。無抵抗の仲間たちは次々と背後からやられ、次々と倒れていきました。
わたしは逃げながらも、その光景を振り返り、心が張り裂けるような思いでした。平和を求めるわたしたちの願いは届かず、一方的に虐殺されていく仲間たちの姿を見て、悲しみと絶望が深まるばかりでした。
わたしの心は、激しい嵐に巻き込まれた船のように揺れ動いていました。守れなかった妻と子、オニミとオニカの無残な姿が目に焼き付いて離れず、胸が張り裂けそうでした。しかし、今は悲しみに暮れる間もなく、仲間たちを守らなければならないのです。心の中で、わたしは何度も謝罪を繰り返しました。
「みんな、急げ!島の奥の倉庫へ逃げるんだ!」わたしは叫びました。仲間たちは恐怖に顔を歪めながらも、わたしの指示に従って走り出しました。わたしもその後に続きました。
無念さが胸を締め付け、まるで鋭い刃で心を抉られるような痛みが広がっていました。オニミの笑顔、オニカの優しい声、そのすべてが過去のものとなってしまった現実が信じられませんでした。涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、わたしは走り続けました。
道中、仲間たちの疲れ果てた顔が目に入ります。彼らもまた、家族や友人を失い、心に深い傷を負っています。わたしはその無念さを背負い、さらに一歩一歩前へと進みました。島の奥にある倉庫は、わたしたちの最後の希望でした。そこに逃げ込み、なんとか身を守ることができるかもしれない。
倉庫に辿り着くと、わたしは急いで仲間たちを中に押し込み、扉を閉めました。心の中で再びオニミとオニカに謝罪しながら、わたしはその場に膝をつきました。
ごめん、守れなくて本当にごめん。ごめんな、オニミ……オニカ……オニスケ……。
倉庫の中で、わたしは仲間たちと膝を突き合わせ、桃太郎の目的について話し合うことにしました。疲労と悲しみがみんなの顔に刻まれていましたが、今は生き残るために最善の策を見つけなければなりませんでした。
「桃太郎の目的は何だろう?」オニユキが問いかけました。その声には憤りが滲んでいました。皆、辛い中でも必死に打開策を見つけようと必死でした。
「きっと名誉や財宝だ」とオニケンが疲れた声で答えました。「彼が鬼を退治したと誇るために来たのだろう。それが彼にとっての名誉なんだ」
「名誉は与えてやれないが、財宝はこの倉庫にある。金で済むならそれに越したことはない」とわたしは言いました。
わたしは、報復がさらなる報復を生むだけだという長老の言葉を自分に言い聞かせるように、何度も思い出し反芻していた。そうだ、オニスケの勇気を無駄にするわけにはいかない。
「そうだ、報復は無意味だ。財宝をくれてやろう」とオニケンが言いました。彼の目には涙が浮かんでいましたが、それを拭い去るようにして続けました。「これ以上の犠牲はもうたくさんだ」
さっきまであれだけ怒りに震えていたオニケンがこのような心変わりをすることに皆で驚いていました。きっと、彼の親友だった、誰よりも平和を好むオニスケの遺志を継ぎ、必死に怒りを噛み殺ししているに違いありません。
皆で気持ちを必死に噛み殺し、涙をのみ、断腸の思いで白旗を上げることを決意しました。わたしの心は鉛のように重く、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じました。しかし、犠牲になったオニスケが望んでいた平和な解決をするには、これしか方法がないのです。
「財宝を積んで、桃太郎を迎える準備をしよう」とわたしは言いました。みんなは無言で頷き、重い足取りで倉庫の奥にある財宝を運び始めました。金銀財宝が輝いているのを見て、わたしの胸には一層の無念さが広がりました。この財宝は、わたしたちの先祖が大切に守ってきたものだ。しかしそれを差し出すことで、平和が訪れるならば、そうするしかない。
仲間の命より大事な財宝なんてあるもんか。……なあ、オニスケ。
財宝を積み終え、白旗を掲げたとき、わたしたちの心は悲しみと無力感でいっぱいでした。涙が止まらず、みんなの顔に絶望が浮かんでいましたが、それでも希望を捨てずに、平和を願い続けました。
桃太郎が現れたとき、わたしたちは震える声で「これがわたしたちのすべての財宝だ。どうか、これで命をお救いください」と訴えました。
桃太郎は冷ややかな目で財宝を見つめ、言いました。
「お前たちの命に、救うほどの価値があるとでも思うのか?」
わたしの心はさらに引き裂かれるような思いでしたが、報復の連鎖を断ち切るために、最後の希望を託しました。「お願いです。わたしたちはもう争いたくない。ただ、平和に暮らしたいのです」
その時、オニケンが勇気を振り絞って前に出ました。「どうか勘弁してください」彼は深く頭を下げました。あの怒りに震えていたオニケンが、プライドなんてかなぐり捨てて、まるでオニスケのように平和のための勇気を精一杯に見せました。
しかし、その瞬間、桃太郎は無慈悲にも剣を振り下ろし、オニケンを切り伏せました。「ふんっ」と桃太郎は得意げに鼻を鳴らし、勝ち誇っています。わたしの心は怒りと悲しみで爆発しそうでした。
「くそう…!」オニマロが感情的になり、桃太郎に掴みかかろうとしましたが、わたしは必死で彼を抑えました。
桃太郎はなぜ、抵抗する意思のないオニケンを斬ったのか。そこにはきっと意味などないのだろう。
「やめろ、オニマロ! これ以上の犠牲は無意味だ!」わたしの声は震えていましたが、それ以上の怒りに震えるオニマロを説得し、抑え込みました。涙が溢れ出しそうになるのを抑えながら、わたしは仲間たちを守らなければならないと強く心に誓いました。それは、オニマロに言うとともに、自分に言い聞かせていたのかもしれません。
「ほら見ろ、やはり鬼は凶暴だ。生かしておく理由がない」と威張る桃太郎。
しかし、彼の視線は財宝から離れず、明らかに頬が緩んでいました。彼の表情には矛盾がありました。
そして少しの沈黙とともに、桃太郎はこう言いました。
「もう悪いことはしないか?」
わたしたちの生活は、自然と共にあり、仲間と助け合う日々でした。このように略奪されたときに、ほんのわずかな抵抗の意思を示すことが悪いことだとするならば、わたしたちはどうすればいいのか? 心の中で問いかけましたが、言葉にすることができませんでした。
「はい、あなた様のおかげで会心しました。この財宝はほんのお礼です」
それは、桃太郎を心地よくさせ、これ以上犠牲を出さずにこの場を収めるためにわたしが必死に紡ぎ出した言葉でした。わたしは涙と怒りを必死に抑え、声を震わせずに言葉を放つことで精いっぱいだった。心の中では、オニミとオニカの無残な姿が何度も浮かび、悲しみが胸を締め付けました。必死に平和を望むも、無残に殺されたオニスケとオニケンの姿が思い浮かびました。
ここで感情に流されるわけにはいきません。仲間たちを守るためには、桃太郎を快く去らせなければならないのです。
桃太郎はわたしの言葉に満足したように頷き、「くるしゅうない。これで良しとしよう」と言って、気分良く去っていきました。彼の背中が見えなくなるまで、わたしは震える手を握りしめ、必死に涙をこらえていました。
その後、わたしたちは財宝を桃太郎の船に積む作業に取り掛かりました。重い金銀財宝を運ぶたびに、心の中で怒りと悲しみが交錯しました。この財宝は、わたしたちの先祖が長い年月をかけて守り抜いてきた大切なものでした。それを差し出すことが、どれほどの苦痛か、誰もが痛感していました。
オニマロが金の箱を持ちながら、「くそっ……くそ」と呟きました。彼の声には怒りと無念さが滲んでいました。わたしも同じ気持ちでしたが、今は耐えるしかないのです。
オニユキが銀の杯を積みながら、「これで本当に平和が訪れるのかしら」と不安げに言いました。彼女の目には涙が浮かんでいましたが、わたしたちは互いに慰め合いながら、作業を続けました。
オニケンの無残な最期が脳裏に焼き付いて離れず、心の中で何度も彼に謝りました。
財宝を積み終えたとき、わたしたちの心は重く、深い無力感に包まれていました。桃太郎の船がゆっくりと出航するのを見送る間、わたしは再び涙をこらえました。仲間たちも同じように、複雑な思いを抱えながら黙って見つめていたことでしょう。
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その後、わたしたちの島は信じられないほど豊かになりました。桃太郎との出来事をきっかけに、人間たちとの交流が始まりまったのです。最初は不安と警戒心でいっぱいでしたが、やがてお互いの良さを理解し合い、交流が深まっていきました。
桃太郎が「鬼たちはもう改心したので脅威ではない」と人間たちに伝えてくれたようで、その後の人間たちとの交流は過去の出来事など嘘のようにスムーズでした。争わず平和に仲良くなりたい、という私たちの願いは、皮肉にも、あのにっくき桃太郎のおかげで叶ったことになるのです。
人間の発展した文化が次々に島に入ってきました。彼らの技術や知識は、わたしたちにとって驚きの連続でした。新しい農作物の育て方や、効率的な漁の方法、そして便利な道具の数々。これらを交易で得ることで、わたしたちの生活は劇的に改善されました。
わたしたちの島の名産である貴重な鉱石や、自然の恵みを生かした工芸品は、人間たちにとっても魅力的なものでした。それらを交換することで、わたしたちの島は次第に繁栄していきました。人間とともに発展していく様子は、まるで新しい未来が開かれていくようでした。
オニタロウは竹とんぼに夢中でした。彼は手のひらで竹とんぼを回し、高く飛ばすと歓声を上げました。「すごい! また飛んだ!」風に乗って舞い上がる竹とんぼを追いかける彼女の姿は、本当に楽しそうでした。わたしはその姿を見ながら、彼がこんなにも楽しそうに遊んでいることに胸が温かくなりました。
風車も子供たちに大人気でした。オニタロウは竹とんぼに飽きたあと、友達と一緒に、色とりどりの風車を手に取り、風に向かって走り回っていました。風を受けてくるくると回る風車を見て、彼らは大笑いしていました。「見て、こんなに速く回ってるよ!」オニタロウが叫び、友達も「本当だ! もっと速く走ろう!」と答えました。
大人たちはこの急激な変化に複雑な思いを抱いていましたが、子供たちが人間の文化のおもちゃで本当に楽しそうに遊ぶ姿を見て、これでよかったのだと思えるようになってきました。確執が完全に消え去ることはないけれど、きっと良い方向に向かっているはずだ。
夕暮れ時、わたしは一人で浜辺に立っていました。波の音が静かに耳に響き、空はオレンジ色に染まっていました。その美しい風景を前に、心は安らぎを求めながらも、どうしても過去の悲劇が頭を離れませんでした。
「オニカ、オニミ……」今は亡き妻と子、その名前を心の中で呼びかけるたびに、胸の奥が締め付けられるような痛みが広がります。オニカの優しい笑顔、オニミの無邪気な声が思い出され、涙が溢れそうになります。わたしは手のひらで涙を拭いながら、空を見上げました。
子供たちの笑顔を見ていると、これでよかったのだと思えるものの、失ったものの大きさが心に影を落とす。わたしの心は、喜びと悲しみが入り混じった複雑な感情に支配されていました。
風が優しく頬を撫でる中、わたしは静かに涙を流しました。その涙は、愛する妻と子供への想い、そして彼らを守れなかった無念さが詰まったものでした。わたしは彼らのためにも、この新しい平和を守り続けることを誓い、心の中でそっと祈りました。
波の音が静かに響く中、わたしはもう一度涙を拭い、新たな決意を胸に抱きました。亡き妻と子供の記憶、そして平和を望みながら息絶えた勇気ある仲間の記憶を心に刻みながら、わたしは未来へ向かって歩んでいく。
かれらの魂が安らかであることを願いながら。
最後まで読んで下さり、ありががとうございました。