第2章 階層支配者との邂逅 ②
「なぁ、フェリシアちゃん、この洞窟の外っていったいどうなってるんだ?」
光り輝く杖で辺りを確認しながら歩いている少女に、俺は隣からそう、気になっていた質問を投げてみる。
そんな俺に、前を歩く彼女はこちらを肩越しに振り向くと、キョトンとした顔で口を開いた。
「外、ですか? この“魔窟の迷宮“の周りには広大な草原が広がっているだけですよ?」
「草原・・・・フェリシアちゃんの住んでいた、ええと、ノーザラッド王国? は近くにねえのか??」
「付近にはないですね。ノーザラッド王国はここから北西の・・・・かなり遠いところに位置している国です」
「へぇ〜。んじゃ、この辺りに他に人の住む街とかはないのかな」
その発言に、フェリシアは驚いたような表情をして首を振る。
「な、ないですよ。ここは、魔王軍の数少ない生き残りが住み着く最後の砦・・・・世界最高難易度と言われるラストダンジョンです。怖がって、周りに住もうなんて考えを持つ人は誰もいませんって」
「・・・・なるほど、なぁ」
そりゃあ、RPGゲームでも魔王の城の近くに町なんてないしなぁ。
あの巨大な蜘蛛とかハイゴブリンとか、見境なく人に襲いかかってくる奴もいるし・・・・確かに、わんさかと凶暴な魔物がいる砦の近くに住み着こうなんて物好きはいねえか。
「それじゃ、フェリシアちゃんは長旅してこの洞窟に来たってことか〜」
「はい。仲間達と3ヶ月あまりを旅してこの地に参りました」
「ほーん。そりゃ大変だったなぁ。それも、冒険者?っていう仕事のために?」
「そうです。冒険者は、魔物を討伐するのが使命ですからね。私たちは、この迷宮に潜むとされる魔王軍の残党・・・・”ベヒーモス“を倒すためにここへ来たのです」
「魔王軍の残党、かぁ。もしかして、そいつ倒したらめっちゃ金とか貰えたりしたのか?? 何たってこんな危険なところに命懸けで来るくらいだしよぉ」
そう口にすると、フェリシアは顔を少し硬らせた。
「・・・・・・確かに、報酬として多額のお金は手に入ると思います・・・・ですが、何よりの目的は人類の平和のためです」
「・・・・え? 人類の平和? それだけのために、こんな所に来たってのか?」
「? そうですよ? 魔王軍の残党を倒すことは、冒険者にとっての悲願ですから」
何とも高尚な目的なことだ。
その目的に見合う実力が伴っていれば、俺は盛大に拍手して彼女を褒め称えたことだろう。
しかし現実、彼女は力量差を見誤り、ボスに到達する前にハイゴブリン達によってパーティを全壊させられている。
大層な理想を掲げ、挙句に何の結果も残さず死に絶えるとは・・・・・全くもってバカげた連中も良いところだ。
(・・・・アホすぎて苛立ってくるな)
世界平和のために、危険な戦地に赴く。
大衆はそんな者たちを勇者や英雄などと呼ぶのだろうが、それは言うなれば人々に押し付けられた世界平和のための人柱だ。
それに気付かず、のうのうと周りから言われた言葉に従って、正義の名の下に命を賭けていくなんて・・・・無駄死にも程がある。
俺だったら、他人のために無償で自身の力を使うなんてやり方は絶対にしない。
どうやらこの少女・・・・いや、その冒険者っていう職業に就く人間共は、俺とは相反した思考を持つ存在のようだな。
誰かのためになんて言葉、俺にとってはただただ虫唾が走るばかりだぜ。
「グァァァァァァァァァァッ!!!!」
「おぉ、戻ってきたかスカルゴブリン」
数分ほどフェリシアと共に洞窟を歩いていると、前方からドシドシと豪快な音を立ててスカルゴブリンが戻ってきた。
元気いっぱいに手を振って、こちらに近付いてきているその姿は・・・・まるで主人の元に投げたボールを返しにくる忠犬のようだった。
「・・・・・グスッ」
その光景に思わず、俺は子供の頃に飼っていた愛犬の姿を思い出てしてしまい、胸中に哀愁の念が漂ってしまう。
「・・・・チャッピー・・・・天国で元気にしてっかなぁ」
「ンガッ??」
「な、何でもねえよ!! ・・・・って、お前、なんか見た目変わってね?」
その身体はハイゴブリンとの戦闘にあったためか、先ほどよりも凄惨な姿に変わっていた。
顔の肉が崩れ落ち、頭蓋骨が見え、胸に大きく空いた穴からは肋骨が見て取れる。
その様相は、『スカルゴブリン』という名前に相応しい出立ちとなっていた。
(見た目は酷いけど・・・・ダメージを負った様子はない、か??)
【アンデッドドール】を使って支配下に置いた時から、スカルゴブリンと俺には見えない繋がりのようなものが感じられていた。
何となく、どの程度のダメージを負ったのかは手にとるように分かる。
そんな、以前には無かった不思議な感覚が俺の中にはあった。
「まぁ、アンデッドってくらいだから、見た目がいかにグロくてもダメージを負っているとは限らねえのかな」
【アナライズ】を使ってステータスを確認したいところだが、まぁ、大丈夫だろ。
直感的に、HPは擦り傷程度のダメージしか負っていないと分かるからな。
「さて・・・・俺、ちょっと歩くの疲れたからさ。スカルゴブリン、俺を持って歩いてくんね?」
「グガッ!!!!」
スカルゴブリンは元気よく返事をすると、石斧を腰の紐に括り付けた後、俺を丁寧に両手で持ち上げる。
そして、そのまま洞窟の奥へと足を進め始めた。
「お〜快適快適〜」
まだこの身体に慣れてないのと、長年ニートだったためにあまり体力がなかったせいか、俺は洞窟の中を延々と歩くこの状況ににだいぶ応えていた。
なので、タクシー代わりになってくれるこいつの存在は非常に有難い。
(いや〜しっかし疲れたなぁ・・・・)
姿形は別物になったといのに、どうやら体力は前世の俺と変わらないようだった。
その事実に、俺はげんなりとした表情を見せる。
「ったく、転生したんだから前世のステータスは引き継がなくっても良いっつーのに・・・・・ん?」
フェリシアの足音が聞こえないことに気付き、背後に視線を向ける。
すると、岩陰からこちらを伺い、怯えた表情をしているフェリシアの姿があった。
「え、何? どしたの?」
「ア、ア、アアアアアアア、アンデッド・・・・・」
そう言って、フェリシアは俺の体を持っているスカルゴブリンへ指を指す。
そんな彼女の姿に、俺は訝しげに顔を傾ける。
「ん? こいつはさっき見ただろ? あんたを助ける時に俺が造り出したアンデッドだ」
「わ、分かっています!! で、ででですが、神に仕える聖職者としては!! 生者の仇敵であるアンデッドには嫌悪感や恐怖感が拭えないと言いますか・・・・」
「はぁ?」
嫌悪感? このアンデッドにか?
見た目は確かにグロいが、俺はこいつにそんな嫌な気持ちは芽生えない。
むしろ、愛嬌を振りまくその人懐っこい姿は、犬みたいで可愛いとさえ思える。
「・・・・・大丈夫だよ。このアンデッドは俺の命令には忠実だからさ。決してフェリシアちゃんを襲ったりはしないよ」
「は、はい・・・・」
そう口にすると、彼女はおずおずと小さい歩幅で俺たちの後をついてきた。
ある程度俺との距離はあるが・・・・まぁ、苦手なものをいきなり克服しろと言っても難しいだろうしな。
俺も、ゴキブリの魔物とか出てきたら絶対に硬直するだろうし。
(ゴキブリの魔物・・・・んな恐ろしい魔物出てきたら俺じゃ対処しきれねぇな)
その時は、スカルゴブリンに相手をさせるしかないだろうな。
大の虫嫌いのため、ゴキブリの魔物など、想像するだけで怖気立つものを感じてしまう。
(やっぱ、もっとアンデッド増やしたほうが良いな、こりゃ)
現状、ハイゴブリン相手には何とかなってはいるが、この先もっと強い魔物が出てきてもおかしくはない。
この迷宮には俺を殺したあのやべー化け物とか、魔王軍の残党とか強い奴らが山ほどいるんだ。
手下のアンデッドを増やしまくって、戦闘に備えておくに越したことはないだろう。
「・・・・見えてきました、あそこです」
背後からそうフェリシアの声が掛かったので、俺は思考を中断し、目の前に視線を向ける。
するとそこには、2人の男が倒れている姿があった。
鎧甲冑を着た首の無い男の死体と、魔法使いのようなローブを血で真っ赤に染めた年老いた男の死体だ。
その死体を目に留めると、フェリシアは唇を震わせながら静かに口を開いた。
「アレックス、ジーウェル・・・・!!!!」
そう叫ぶと、フェリシアは俺たちを追い越し、2人に駆け寄っていく。
そして、悲しそうな顔をしてしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! 私、貴方たちを助けることができませんでしたっ・・・・!!!!」
祈るように手を組み、フェリシアは塞ぎ込む。
その後姿には、仲間を失った悲痛な感情の色がはっきりと見てとれた。
「私がっ!! 力の無い私が2人を死なせてしまったのです!! もっと高レベルな治癒魔法を使えていれば、こんなことにはっ・・・・!!」
「・・・・・・はぁ? 馬鹿か、お前。そいつらが死んだのは自業自得だろ??」
「・・・・・・え?」
涙でくしゃくしゃになった顔を、俺に見せるフェリシア。
その絵に描いた善人のような姿に、俺は益々腹が立ってくる。
「良いか、嬢ちゃん。力量差を見誤って敵に挑むのは馬鹿のすることだ。賢く生きるならば大層な理想を掲げるんじゃなく、まずは弱い自分という現実を見ろ」
「何を、言って・・・・?」
「そのままじゃあんたは、また仲間を失うか自滅して死ぬだけだぞ。・・・・まぁ、嬢ちゃんが死のうが何しようが、俺には関係ねえんだけどよ」
俺が何故、彼女に苛立ちを感じるのか。
それは、彼女のその在り方が、いつかの俺自身と同じだったからだ。
(その青臭い善人面を見ていると腹が立ってしょうがない)
俺は高校の頃、いじめられていた同級生を庇っていた。
悪を許せないという身勝手な善意で、いじめられっ子を救おうと躍起になっていた。
しかしーーーー俺が介入したことで、いじめは益々エスカレートし、その同級生は結果、自殺してしまった。
そして、次にいじめのターゲットになったのは俺だった。
彼女を殺したのは俺だと、クラスメイト全員から断罪の意味を込められて殴る蹴るの暴行を食らわせられた。
そうして俺は毎日行われるそのいじめに耐えきれず、家にひきこもっていくようになっていったんだ。
(だから、自分の力量が分からず分不相応な理想を掲げる奴には反吐が出る)
俺は目の前の少女と、その亡くなった仲間たちが当時の俺と同じ・・・・無策の愚か者にしか思えなかった。
「そんな、言いかたって・・・・人々のために死んでいった彼らを馬鹿だと言いたいのですか!?」
俺のその言葉に対して、少女は眉を逆立て、赤い目でこちらを睨み始める。
俺はそんな少女を嘲笑うように口を開いた。
「事実だろ? 他人のために行動した結果、何も結果を得られずに死んでるんだからよ。てめーらはただの無力なだけの馬鹿さ、それ以外の何者でもない」
「ふ、ふざけたことを言わないでっ・・・・!! あ、貴方に私たちのいったい何が分かるというのっ・・・・・!?」
「分かるさ。俺もてめーらみたいに馬鹿だった頃があったからな。お前なんて、特に昔の俺そっくりだぜ?? その身勝手な善人面はよぉ、見てるだけでイラついてくるぜ」
「え・・・・?」
その言葉に、フェリシアが困惑の声を溢した、その時。
「グアァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」
スカルゴブリンが突如雄叫びを上げ、臨戦体制を取り、辺りを警戒し始める。
俺もその様子に即座に反応し、スカルゴブリンから降り、周囲に視線を向ける。
すると、そこにはーーーーーー。
「ゲェッ!?」
「キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
その光景に、俺は思わず身を震わせてしまう。
何故なら、いつぞやかの小型犬ほどの大きさがある蜘蛛が、びっしりと、洞窟の壁や天井に埋め尽くすように張り付いていたからだ。
「ど、どうしよ、これ・・・・」
いつの間にか俺たちの周りを取り囲んでいたその蜘蛛の群れに、俺は引き攣った笑みを浮かべる。
虫型の魔物とは出会いたく無かったのに、またあの気色悪い蜘蛛に出くわしてしまった。
しかも、今度は比にならない量で。
俺はその地獄のような光景を、ただ唖然と眺める他無かった。