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第11章 人と魔物の生きる世界 ②



「おかえりなさい。ジャックさま」


 ムレアとシアナが住んでいた、第五階層の地下底に深く続いている大穴ー----通称、『穴倉』。


 乗っ取ったシアナの身体にある翼を使って、その穴の底に降り立つと、出迎えるために待っていたのだろうか・・・・降り立った地点でアッシェが、俺を待ち構えている光景が目に入ってきた。


 俺に対して、まるでメイドが玄関先で主人を出迎えるように・・・・深く頭を下げるアッシェ。


 俺はそんな彼女に思わず、小さく呆れた笑い声を溢してしまう。


「おいおい、まさか、俺のことをずっと待っていやがったのか??」


「・・・・・はい。ジャック様のご命令であった、夢魔族たちをこの『穴倉』に誘導する任務は、先ほど無事に完遂致しましたので。その間、私はジャック様が気持ちよくご帰還されるように、こうして待機しておりました」


 まるで忠犬、だな。


 俺に対して厚い忠誠心を持ってくれていることは有難いことではある。


 だが、俺的には・・・・・ただ茫然と出入口で出迎えているのではなく、夢魔族が万が一にも反乱の意志を抱かないように、奴らへの監視の目を向けていて欲しかったのだが・・・・・。


 まぁ、仕方ねぇか、そういった命令を俺は出してはいなかったからな。


 自分で状況を判断して、俺の言葉の裏の意図を汲んで動け、なんて、そこまでの贅沢を言うのは間違いだろう。


 ここは素直に、アッシェの働きを褒めておくとしようかね。


「ありがとな、アッシェ。俺は生き残った人間の捜索で手が離せなかったから、てめぇがいて助かったぜ」


「・・・・・・勿体ない御言葉。とても、嬉しいです」


 無表情ながらも、小さく笑みを浮かべ、頬を紅潮させるアッシェ。


 そんな彼女に軽く笑いかけると、俺は上空を見上げ、大きく超えを張り上げた。


「・・・・・お前ら、降りてきて良いぞー-ー---!!」


 その瞬間。


 上空にあるぽっかりと丸い穴から、3つの影が姿を現した。


 その影は、物凄いスピードで穴底へと落下していくと、俺の背後に着地し、ドシャァァァンと、盛大な音を立てて辺りに砂埃を巻き散らせた。


「アッシェ。さっそくで悪いが、夢魔族たちを全員ここに集めてくれるか??」


「畏まりました。・・・・・・結構な数の人間が生き残っていたのですね」


 そう言い残すと、背後を振り向き、アッシェは別のフロアへと続く横穴に歩いて行く。


 そんな彼女の背中を見送った後、俺は後ろに落下してきた奴らに視線を向け、ニコリと微笑んだ。


「デュラハン・ゴブリンナイト、ご苦労だったな。そいつらはもう降ろしてやって構わないぞ??」


 俺のそ声に静かに肯定した様子を見せると、両腕に抱えていた人間たちを、そっと地面に降ろす。


 すると、森妖精(エルフ)の、パンジーと名乗った少女は、げんなりとした様子で地面に両手と膝を付け、四つん這いになった。


「う、うぇぇ・・・・・ま、まさか、アンデッドに抱かれながらこの穴底まで落下するハメになるなんて・・・・二重の意味で死ぬかと思ったわ・・・・・」


「確かに、肝は冷えたのぅ。じゃがまぁ、魔術師(ウィザード)でもない者が空中を飛ぶなど、これも中々経験できる体験じゃないからな。ワシは結構楽しかったぞ??」


「あんた、ねぇ・・・豪胆すぎるのも大概にしなさいよ?? 私は、まだあのアンデッドの手下になったこと、受け入れられていないんだから」


 そう口にして俺をジロリと睨むパンジー。


 そんな彼女に対して、他のデュラハン・ゴブリンナイトの腕から降り立ったフェリシアが、困ったような笑みを浮かべて声を掛けた。


「あ、あはははは・・・・パンジーさん、私たちはジャック様の手下になったのではなくて、夢魔族と協力関係を結んだのですよ?? ですから、彼は私たちの仲介役ということであって・・・・」


「手下も協力関係も、そんなのあんまり意味は変わらないでしょ?? どうせ、あのジャック・オー・ランタンに私たちの運命は握られてしまっているワケだし」


「それは、そうかもしれませんが・・・・・・」


「人間と魔物が対等に手を組み合うなんてこと、できるはずがない。・・・・ねぇ、貴方たちも不安があるのは一緒でしょ??」


 そう口にして、 パンジーは背後を振り向く。


 俺も彼女と同様に、パンジーが眼が向ける後方へと、視線を向けてみた。


 するとこちらの視線に、パンジー、ゴンド以外のー---第五階層の生き残りである、新しく捕らえてきた3人の人間たちは一斉にビクッと肩を震わせた。


 こいつらは、あの二人を捕らえた後に、デュラハン・ゴブリンナイトとガルムが見つけてきた新しい人間の捕虜だ。


 一人目が、細見で長身の、何処か気弱そうな雰囲気を見せる大人しそうな人族(ヒューム)の男、ヴィクトール・フラメリア。


 二人目が、眼鏡を掛けた、15歳前後の半森妖精族(ハーフエルフ)の少女、フィカス・バーガンディ。


 そして三人目が、何故か言葉を話すことができない、幼い獣人族(ガウルフ)のー---恐らくはシアナの人間の繁殖実験で産まれたと思える個体ー---である、少年。


 少年と呼ぶのも何なんで、こいつは適当に生前飼っていた犬の名前から「チャッピー」と名付けておいた。


 この三人が、パンジーとゴンドの後に加えた、新たなる夢魔族のエサ・・・・もとい、人間の協力者たちだ。


 パンジー、ゴンド、ヴィクトール、フィカス、チャッピー。


 果たして、5人も生き残っていた、なのか、5人しか生き残っていなかった、と言うべきなのか・・・・。


 兎にも角にも、圧倒的に人間の数が足りないというのは、間違いようがない事態なのは明白であった。


「ぼ、僕は・・・・・前のように酷い目に遭わないのであれば・・・・何でも言うことを聞きます・・・・・」


 そう言って、ヴィクトールは俺へと恐る恐る視線を向けてきた。


 彼に続いてフィカスも同じようにこちらを見つめてきたので、あの二人は、自身の命が脅かされなければ、どんな命令にも従うであろうことが伺い取れる。


 その様子から推察するに、パンジーやゴンドよりかは、幾分か御すことは容易そうな連中だ。


 そう連中を値踏みしていると、ビクビクとした態度の二人に対して、パンジーはムッとした表情をして口を開いた。


「何で、そんなに弱気なのよ、貴方たち。アンデッドに従うことが、怖くないの??」


「そ、そりゃ、怖いに決まってるよ・・・・・でも、僕はただの商家の息子だし・・・・」


「私も、ただの書店の娘で・・・・貴方たち冒険者のように鍛えてきたワケでも、魔物と戦う心構えのようなものもないですし・・・・・」


「それでも!! 少しは不本意だという姿勢はないのか聞いているのよ!! 私は!!」


「止さんか、パンジー。この第五階層で生き残ってきたということは、それすなわち、地獄を見てきたということ。あの者らが、もうこれ以上何者かに脅かされたくないという気持ちを持つのは、当然のことじゃろう?? 一般の民であればこそ、じゃ」


「それは・・・・そうかもしれないけれど・・・・・」


 唇を尖らせて、不満げな表情をするパンジー。


 フェリシアの説得を聞き、俺の軍門に降ることを決めたといえども、この女は俺に従うことにどこか嫌悪感が拭えないようだな。


 反目する意志があるのならば、後の憂いを無くすためにも、今、再び力を見せつけて、対処しておいた方が良いのかもしれないが・・・・・まぁ、その必要もないか、な。


 この女は不満を口にするだけで、もう、俺に抵抗する気力は残っていないと見て良いだろう。


 俺が視線を向ける度に、足が小刻みに小さく震えてしまうことから鑑みて、その事実が伺えた。



「・・・・・ジャック様、おまたせ致しました」


 ゾロゾロと夢魔族たちを引き連れ、アッシェが横穴から姿を現す。


 さて、ここからが本当の闘いと言えるな。


 ゴクリと唾を飲み込んだ後、俺は、夢魔族の群れと人間たちが互いの顔を見れるように、向かい合うようにして並ばせる。

 

 そして、その境界線に俺は立ち、周囲を見渡しながら静かに口を開いた。


「よう、てめぇら。改めてだが、もう一度名乗らせてもらう。俺は、今日これより第五階層支配者となったアンデッド、ジャックだ。よろしくな」


 その言葉に、パチパチと盛大な拍手を鳴らして、無表情のままこちらを凝視するアッシェ。


 そして彼女に続くようにして、小さく拍手をする、ドロセラ、フェリシア。


 そんな三人に影響されてか、他の夢魔族と人間たちも、俺へ向けて拍手を鳴らし始めた。


 俺はそんな周囲の連中に対して、鷹揚に手をかざすことで、拍手を止めさせる。


「盛大な拍手、感謝するぜ。それでだな・・・・今日はこうして、夢魔族と人間たちが顔を見合わせてここに立っているんだ。お前たちは人間と魔物・・・・・当然ながら、その境界には、大きなわだかまりがあることだろう。何たって、俺たちは殺し合って生きてきたのだからな」


 人と魔物が、話し合いの席で互いを理解し合うことはできないだろう。


 それは、戦争中の国の人間同士が、分かり合うこと以上に不可能なこと。


 戦争で家族を殺された人々が、敵国の人間に対して、冷静に対話を重ねることなどできるわけがないからだ。


 長年殺し合ってきた人種、種族に対しては、絶対的なフィルターがかかってしまうのは当然のこと。


 だからー----そのフィルターを、俺が取ってやる必要がある。


「デュラハン・ゴブリンナイト、さっき話していたアレ(・・)を、取って来い」


 俺のその命令に胸に手を当て敬礼の動作を取ると、デュラハン・ゴブリンナイトはアッシェが通ってきた横穴とは異なる、ムレアとシアナの部屋がある道へと歩みを進めた。


 その光景に不思議そうに眼を瞬かせたドロセラが、そっとこちらに声を掛けてくる。


「あの・・・・ジャック様、いったい今から何をするんですです?」


「お前らって、人間みたいに肉とか野菜を食うことはしないんだよな??」


「え? あ、はい・・・・私たちが食べるのは人間の夢に現れる『欲望』、ですからね。他の生物を糧にすることはないんですです」


「だよな? でも・・・・酒は飲めるんだろ?」


「へ?」


「シアナの部屋に、酒が入ったビンが大量に転がっていたのを俺は覚えていたからな。だから、もしかしたら夢魔族は酒、飲めるんじゃねぇかと考えていたんだが・・・・・どうだ? 飲めるのか??」


「え、あ、はい・・・・私はお酒を飲んだことはないですが・・・・・液体の摂取は可能なので、多分、飲めるとは思いますですよ??」


「そうか、だったら良かった」


 俺はニヤリと笑みを浮かべて、ドロセラから離れる。


 そして再び周囲を見渡し、両手を広げ、全員に聞こえるようにして大きく声を張り上げた。



「今から、飲み会するぞてめぇら!! 人間も魔物も関係ねぇ、酒に溺れることにしようや!!」


 こうして、人と夢魔族の交流を深めるべく、俺は宴会開催の始まりを、ここに宣言したのだった。










 



「もう・・・・・もう、飲めない、わ・・・・・ZZZZZZ・・・・・・」


「がっはっはっはっはっは!! 酒の席で鉱山族(ドワーフ)であるワシに飲み比べを仕掛けるなど、本当無謀な奴じゃのう、パンジー!! ワシ最強! ワシ最強!」


「フッフッフッ、この私と戦わずして、最強を自負するのはまだ早いのではないかね??」


 一升瓶を片手に持って小ぶりな岩に座るゴンドの前に、ウトリクラリアがドスッと、倒れ伏すパンジーの背中の上に座る。


 そんな彼に対して、ゴンドは不敵な笑みを浮かべ、新たなる挑戦者である彼を快く歓迎したのだった。




「ほらっ!! フェリシア!! どんどん飲むのですですっ!!」


「ド、ドロセラ様、ちょっとペースが速すぎはしないでしょうか??」


「良いんですよぉう!! 今日は夢魔族があの双子の階層支配者から解放されためでたき日なのですから!! いっぱい飲むんですぅ!!」


 グビグビと、歪な形のコップで酒を喉に流し込むドロセラ。


 そんな彼女を、何処か心配そうに、フェリシアは眺めているのであった。


「君、そのバカに付き合わない方が身のためだよ」


「え?」


 フェリシアの背後から、ひとりの、見知らぬ夢魔族(サキュバス)が現れる。


 彼女はクルクルとしたピンク色の前髪の毛先をいじると、片手に持っていた酒を少し口に含み、フェリシアに対して笑みを浮かべた。


「私、そのバカと、あっちにいるバカ王子の幼馴染。ヘリアンフォラって言うの。長いから、ヘリーって、呼んで頂戴」


「ヘリー様、ですか。覚えました。よろしくお願いいたします」


「様って・・・・そんな大した夢魔族じゃないよ、私は」


「す、すいません。他人に様付けしてしまうのは、私の癖なのです。ご気分を害されたでしょうか??」


「いや、別に。癖ってならしょうがないね。私も、自分の前髪の毛先をいじる癖、抜けないしさ」


「ヘリー・・・・フェリシアは私のものですです。横から声を掛けて来ないでくださいです」


「へぇ?? いつの間にか人間と仲良くなったものだねぇ、ドロセラ。だったら私も・・・・その仲の間に入れさせて貰おうかな」


 そう言って、ヘリアンフォラは、ドロセラとフェリシアの間に、座り込む。


 そんな彼女に対して、ドロセラは不満げに唇を尖らせた。


「邪魔ですよ、ヘリー。貴方は夢魔族(サキュバス)の癖に無駄に図体デカいんですから」


「あっちで、鉱山族(ドワーフ)と飲み比べしてるバカ王子よりは、まだ小さいでしょ、私は」


「あの巨人と比べてる時点で、十分デカいんですよ、貴方は。っと・・・、翼をこっちに向けないでくださいです!! 羽の先端が!! 痛い!! 当たってますですからっ!!!!」


 和気藹々と会話を弾ませる、ドロセラとヘリアンフォラ。


 そんな彼女たちの姿を、フェリシアは何処か可笑しそうに、口に手を当てて微笑んで見ているのであった。






「・・・・・・・みんな、楽しそうですね」


 そう、アッシェは静かに口にする。


 最初こそは、互いに見えない境界線を引き、決して傍に近付こうとはしなかった、人間と夢魔族たち。


 そんな彼らも、口に酒が入った、その瞬間。


 互いに引いていた見えない境界線を軽く飛び越え、会話に華を咲かせ、盛り上がった様子を見せ始めた。


 勿論、全員が全員、種族の壁を乗り越えられているワケではない。


 壁の隅に座る夢魔族たち、あと、私の後ろにいる背の高い人間の男と眼鏡の少女は、どうやら人の輪の中に入って行くという素振りを一切見せようとはしていない様子だった。


 でも、それも仕方の無いことなのかもしれない。


 だって、魔物と人間が殺し合う、それは、何年も続いて来た古来からの自然の摂理だからだ。


 私たち魔物の中にある、人間への敵対心、嫌悪感。


 どうやら見た感じ、夢魔族にはその性質があまり見られないようではあったが・・・・・私たち蜘蛛族は、その性質が他の魔物よりも遥かに強い。

 

 それは、人間を最も嫌悪する階層支配者、デス・スパイダーの女王、タナトスの血のせいなのかもしれない。


 今こうして人間と夢魔族の慣れ合い(・・・・)を見ているだけでも、私は、全てをめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られる。


 だけど・・・・それを私の主が望んでいないことを理解できているから、私は何とかその衝動を押さえつけられることができていた。


 ジャック様の願いを踏みにじることをしたくないから、人間を殺したい感情に・・・・・母の呪縛に、抗うことが叶っていた。


「・・・・・・・・・もし、ジャック様に出会っていなければ・・・・私は人間を喰らうことしかできない、獣のままだった、ということ・・・・か」


 そう独り言を呟き、私はこのフロアから去る。


 私がこれから成すべきことは、ジャック様の手足となり、あの方の目指す世界を共に創りだすこと。


 いずれ、この身に宿る血の根幹・・・・・我が母と戦うことになったとしても。


 私を変えてくれたジャック様と共にいれば・・・・・あの、恐ろしくてしょうがなかった母にも容赦なく牙を向けることができるだろうと・・・・そう、思った。

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