第10章 黒狼と夢魔の王 ④
「ルーナ、聞こえるか??」
『ッ!? その声は、ジャック様!? い、いったい何処に!?』
シアナの奴から奪った、離れた相手に念話を飛ばす魔法ー----端的に言えば携帯電話を使用しての通話みたいなもんだがー---ー俺はその魔法、【コンタクト】を発動させ、第四階層にいるであろうルーナに向けて念話を飛ばしてみた。
すると魔力を失った感覚と同時に、頭の中にルーナの驚いた声が反響して聞こえてくる。
『ジャ、ジャック様、ジャック様なのですかっ!?』
「おー、どうやら聞こえてるみてぇだな。初めて使った魔法だから、どういう感じで通話できるのか想像付かなくて不安だったんだが・・・・まぁこの様子を見るに、成功したとみて良さそうー---」
『ま、まさか、私のジャック様に逢いたい気持ちが暴走して幻聴を!? 長いジャック様ロスの日々に耐えかねて、私は狂ってしまったの!? これは、そういうことだというのっ!?』
「は? おいおいおい待て待て落ち着け。俺は今、第五階層から【コンタクト】の魔法を使用して、お前に念話を飛ばしているんだ。この声は決して幻聴なんかじゃねぇ」
『ね、念話を・・・・? な、なるほど。取り乱してしまい、失礼致しました』
ルーナがこんなに慌てた声を発したのを聞くのは初めてかもしれねぇな。
彼女のそんな珍しい姿に少し面食らっていると、ルーナはその間に落ち着きを取り戻したのか、いつの間にかいつもの冷静な声に戻っていた。
『ええと・・・・私の蒙昧な頭で愚考致しますに、その念話を飛ばすというスキルは、上位の情報魔法のもので合っていますでしょうか??』
「上位のもんかは知らねえけど・・・・・まぁ、今までこのスキルを持っている奴に出会ってきたことはなかったからな。恐らくは、レアなスキルだということは間違いないと思うぞ」
『ということは・・・・・・階層支配者を討伐してその能力を奪った。そういうことでしょうか、ジャック様』
「ククク、相変わらず話が早いなお前は。説明の手間が省けて助かるぜ」
そう言うと、通話向こうのルーナの声が少し明るくなったのを感じた。
『ありがとうございます。勿体ない御言葉でございます』
「そう、お前の考えている通り、俺は第五階層支配者のムレアとシアナを殺した。そして今さっき、夢魔族どもの掌握も完了した。これで第五階層は完璧に俺の支配下に落ちたものと見て良いだろう」
『流石でございます。旅立ちの前に私は、ジャック様が第五階層に行かれるのを反対しましたが、そんな杞憂など逆にジャック様に失礼だったのかもしれませんね。流石は我らが王。心より尊敬致します』
「う、うん。危うくムレアの魔法で悪夢に閉じ込められそうにはなったりはしたけどね・・・・・コホン。な、何でもねぇ。とりあえず、黒狼族どもにもうインプが攻めてくることはないと、そう伝えておいてくれ」
『了解致しました。これで黒狼族たちも、益々ジャック様に忠節を尽くしていくことでしょう』
「ん、そうだ。黒狼族どもに異常は何も無いか?? 俺のいない間に反乱を起こそうとしていたりとかの様子は?」
『ご安心ください。あの獣たちはジャック様の御力を目の当たりにしてから、すっかり牙を抜かれた様子でした。反目の意志はもう無いと見ても良いでしょう』
「そうか。なら良かった」
『ただ・・・・前大臣の二匹が私に接触してきて、私を王位に就かせようと、心にもないおべっかを延々と吐いてきたりはしました』
「ほう?」
『ですが、現状、あの者らに何かできる力は無いと思えます。邪魔と感じられるのならば私の方で極秘裏に処分しておきますが・・・・如何なされますか?』
「その程度であるのなら別に無視して構わない。けれど、その行動が派手になるような様子であれば、そっちで勝手に処分して貰って構わねぇ」
『了解致しました。では、そのように』
「うむ。報告は以上だ。後はこっちの第五階層の統治に問題が無くなったら、一旦第四階層に戻るとしよう。その時まで第四階層をよろしく頼むぜ」
『はい。再びジャック様に逢えるその時を、心からお待ちしております』
そう言って俺は念話を切断し、【コンタクト】の発動を終えた。
そしてふぅっと息を吐き出し、背後の牢の中でこちらに向けてずっと頭を下げている夢魔族どもに、静かに視線を向ける。
「よし。じゃあお前ら、そこから出て来て良いぞ。これからこの第五階層にお前たちの住処を作ってやる」
「あ、あの・・・・」
「ん? どうした?」
「わ、私たちが外に出た瞬間に、そ、そちらにいるアンデッドたちは・・・・私たちを襲ってきたりはしないのでしょうか・・・・・?」
「あぁ、それは心配は無用ー---ではないな」
そうだった、そうだった。
確かに、俺はゾンビどもには『退いてろ』としか、命令をしていない。
このまま夢魔族たちを牢から出したら、さっきの見せしめのときみたいに普通にゾンビたちは夢魔族たちに襲い掛かっていくことだろう。
危うく、せっかく生かした夢魔族たちを全てゾンビたちの餌にしてしまうところだった。
俺は心の中で大きく安堵のため息を吐く。
「ゾンビは強力な武器だが、やはり知能の低さ、扱い辛すぎるところがネックといえるな」
状況を把握する知能が無いため、他のアンデッドに比べ逐一命令を出していかないとけないのが、大きな問題点ともいえる。
(さて、そうだな。まずはこの先、こいつらをどうするかを考えるとしようか)
【アンデッドパレード】を解除して、ゾンビどもを全員消滅させるのが良いか。
それとも、敵対除外対象にドロセラとフェリシア以外にもこいつら夢魔族を追加して、ゾンビどもはそのままこの階層に徘徊させるのが良いか。
うーむ、悩ましいところだなぁ。
そもそも双子を倒した後にもゾンビたちをそのままにしておいたのは、残ったインプどもの討伐と、牢に閉じ込められているであろう夢魔族たちにこちらの力を見せる意図があったからだ。
今の、ゾンビが跋扈するこの第五階層の光景を見せればー---否応なしにあいつらは俺の軍門に降らざる終えなくなるだろうからな。
ふむ。
やはり当初の予定通りに、敵対除外対象に夢魔族を追加しておきつつも、しばらくはゾンビどもを歩かせながら、夢魔族たちには脅しの意味も込めて【アンデッドパレード】は解除せずに残しておくとするか。
うむ、そうするとしよう。
俺はゾンビたちに視線を向け、命令を下す。
「良いかてめぇら。最初に命令を出しておいたドロセラとフェリシアに加え、この牢の中にいる夢魔族、あとはそこで伸びているウトリクラリアには攻撃をするな。良いな?」
その声を聞いたゾンビたちは頷くことも肯定の声を上げることもせず、ユラユラと階段を上り、次なる獲物を求め、地上へと向かっていくのであった。
「よしよし。素直に命令に従えて偉いぞー・・・・って、あ!」
ふと、今、気が付いた。
この階層から餌が消えた時、いったい、奴らはどこに向かうのかと。
否、それは決まっている。
他の階層に、更なる餌を求めに旅立つことになる、と。
「ま、待て待て待てお前らー--っ!!!! さっきの命令に加えてあと、第四階層に住む魔物にも手を出すなよ!? 良いなー---!?」
階段をゆっくりと昇っていくその背中に向かって、そう叫ぶ。
やっぱり扱いづらいなー、ゾンビっつーアンデッドは。
ある程度夢魔族にゾンビの姿を見せ終わったら、早々にスキルを解除して消滅させてしまった方が良いのかもしれない。
この後、後々仲間になった奴に攻撃されても敵わないしな。
はぁ・・・・こちらの意図を自動的に汲んでくれるデュラハン・ゴブリンナイトちゃん、ガルムちゃん、僕は君らが恋しいです。
「・・・・・・終わりましたか? ジャック様」
夢魔族たちを引き連れて地上へと戻ると、そこにはアッシェとフェリシアの姿があった。
俺が夢魔族たちに対して行うことにフェリシアは間違いなく反感を抱くことは分かっていたから、無駄なトラブルを避けるためにも、地上にアッシェと共に残していたんだが・・・・。
そもそもそんな配慮は無駄だったかね。
ゾンビが跋扈する第五階層の世界をただ静かに沈痛な面持ちで見つめるフェリシアの横顔を見て、どちらにしても奴は俺に対して良い感情は抱かないということを、この場で俺は理解した。
「そ、それで、これからどうするですか? ジャック様」
丘の上に立つフェリシアの後ろ姿を眺めていると、重そうにウトリクラリアを背負うドロセラが背後からそう声を掛けてくる。
俺はそんな彼女に軽く頷くと、背後を振り向き、恐怖と不安で染まった夢魔族たちへと視線を向けた。
「これからの話をする前に、まず、質問がある」
「な、何でしょうか??」
「あの草原地帯ー---ムレアとシアナの野郎が人間を牛や豚みてぇに畜産していた牧場があっただろう? あそこに小屋みてぇなもんがあったんだが・・・・・夢魔族ってのは建物を建築することができるのか??」
「い、いえ・・・・あの建造物は、ムレアとシアナが魅了の魔法で支配した人間に作らせたものだと思います。我々は普段、暗い洞窟のようなところで衣食住をする魔物なので、建物を造る知識は無いのですよ」
「なるほど? 魅了魔法、か。アレはそういうこともできるのか」
今の俺だったら、使ったことのない魔法でも何となくその効果を理解することはできるんだが・・・・。
魅了魔法、ええと・・・・この、【スピシーズ・チャーム】って奴か?
こいつにそんな面白い用途があるのまでは把握できなかったな。
魔法を瞬時に理解できるこの力も、万能ではないというわけか。
「いや、そもそもこの瞬時に魔法の効果を理解できる力も、今まで無かったものだからな」
【リビングデッドコントロール】で支配した魔物の身体を完璧に使いこなせるようになったことと言い、人型の者を殺すことに忌避感を覚えなくなったことと言い、やはり、以前の自分とは大きくその性質が異なってきているといえるな。
これも、あの悪夢を乗り越えて、アッシェを眷属にして、レベル上限の解放を達成できたから得られた力なのかねぇ。
《報告 魔物の心を理解したことにより、パッシブスキル【魔道の叡智】の効果が解放されております。その影響で、現在、習得した魔法スキルの効果を即座に理解することが可能になっております》
「ほう? パッシブスキルの力だったわけか」
魔物の心を理解したっつーのは、恐らくあの悪夢の中で同級生たちを殺したことから起因するものなのだろう。
人間性を捨てたから得られた力、か。
まぁ、悪くねえ気分だ。
これならどんな魔物だろうと、適格に状況に見合った魔法スキルを放てるような気がする。
「あ、あの・・・・?」
困惑する夢魔族たちの顔を見て、一旦思考を切り替える。
そして、俺は30人程の夢魔族たちの顔をざっと見渡すと、咳払いをし、口を開いた。
「てめぇらの住居は、ムレアとシアナが使っていたあのバカでかい方の穴倉を使うと良い。あとは、食事でも労働力でも、足りないものがあったら俺に言え。アンデッドの力で何でも叶えてやる」
「は、はい。ありがとうございます・・・・」
「ククク、まずは親交を深めるために一緒にメシでも食うとするか?? この階層は第四階層と違って豊だからなぁ。獣、は・・・・ゾンビによって食い尽くされてるかもしれないから、木の実や野草の類だな。俺はアンデッドだから食事を摂ることは不要だが、何、同じ卓でメシを食うことくらいはできー---」
「あ、あの!! 恐れながら申し上げますが、私たち夢魔族はそのような食事は摂りません!!」
「・・・・へ?」
「私どもが食べるのは、人の夢に現れる欲望です。ですから、人間がいないことには食事を摂ることは・・・・・」
なん、だと?
いや、バカか俺は?
ムレアとシアナ、奴らが何故、人間を豚や牛のように飼っていたか。
それは、奴らが人を餌とする種族に他ならないからだ。
最初、あの人間牧場を発見した時にはそのことには気が付いていたというのに。
何故、そんな大事なことが頭からすっぽりと抜け落ちてしまってたんだ、俺は!!!!
「ま、まずい・・・・!!!!」
夢魔族を支配下に置くということは、必然、奴らの食事も用意しておかなければならないということ。
それなのに、俺は、この階層に大量のゾンビを放ってしまっていた。
あの牧場で飼われていた人間たちは、皆、今頃ゾンビに成り代わってしまっていることだろう。
これは・・・・かなりやばい状況といえるな。
支配下に加えた当初に食料問題が起きれば、一瞬で奴らの信頼を失うことは想像に難くない。
下手すれば、反目されることもあるだろう。
・・・・いや、今は悔いていても仕方ないか。
少しでも人間が生き残っていることに賭けて、迅速に行動に移らなければ。
俺はすぐさまゾンビどもを消滅させるために、詠唱を唱え始めた。
「【アンデッドパレード】解除!!!!!」
そう唱えた瞬間、第五階層を徘徊していた全てのゾンビたちとの繋がりが断たれ、奴らが砂になって消えていく光景が胸の奥に感じられた。
俺はそのことに、安堵のため息を吐く。
だが、魔法を解いただけで落ち着いてもいられない。
人間という貴重な物資を、俺は自らの手で潰してしまっているからだ。
「くそっ!! ここは俺だけの力じゃ無理だ。ダメ元で・・・・おーい、デュラハン・ゴブリンナイトー----!!!! ガルムー--!!!! いるかーーー!!!!!」
フェリシアを押しのけ、丘の上に立つと、俺はそう叫び声を上げる。
すると、崖下の森の中を、木々を押し倒しながら猛スピードでこちらに駆けつけてくる複数の影が見つけられた。
たった数日会っていないというだけなのに、もうすでに懐かしく感じてしまうその影たちは、跳躍し、俺が立つ丘の上に降り立つと、すぐさま膝を地面に付けて頭を垂れ、俺に向けて忠誠の意志を伝えてくる。
・・・・・まぁ、二体ほど頭の無い奴がいるんだけどね、うん。
いや、そんなことよりも、だ。
「久しぶりの再会でいきなり申し訳ないが、お前らに命令を出す。この階層にもし生き残った人間がいたなら、今すぐそいつを捕縛して連れて来い」
その言葉に、ガルムたちは遠吠えを上げ、デュラハン・ゴブリンナイトたちは静かに胸に手を当てる。
「いいな、決して殺すなよ? 行け!!!!」
五体のガルムと二体のデュラハン・ゴブリンナイトは、こちらに了解の意志を伝えると、再び森の中へと飛び降りていった。
これで、何人か生き残った人間を連れてくることができれば良いんだが・・・・。
はぁ・・・・しかし、まさかこんな大きなミスを侵してしまうことになろうとはなぁ。
こんなことになるなら地下牢にいた時に、【アンデッパレード】を解除しておくべきだったかね。
カボチャ頭に転生してから今まで生きてきて、ムレアに敗北を喫した時に次いでの最大のミスだ。
(ふぅ。これから二つの階層を運営していくに辺り、逐一何かあったらルーナ辺りに相談しておいた方が良いのかもしれないなぁ)
どんな組織でも、そのトップがミスを連続してたら信用に傷が付くのは必至だろう。
社長のワンマン経営だけじゃ会社の運営が成り立たないのは当然として、中間管理職や末端の社員の力も組織には必要不可欠だ。
これからは軽率に自分だけの考えで動くのではなく、ルーナやドロセラといった各階層の協力者に力添えしてもらうのも手かもしれないな。
「はぁ。『俺の支配下に入ればお前ら夢魔族の暮らしは保証してやるキリッ』とか言っておいてこの仕打ちだからなぁ」
奴らもさぞ、俺に対しての信用が揺らいだことで・・・・・。
がっくりと肩を落としながら背後を振り向く。
するとそこには、アッシェとドロセラを除いた夢魔族たちが、腰を抜かして肩を震わせている光景が広がっていた。
「な、何だったの? い、今のアンデッドは?」
「あの、首のないゴブリンからは王級モンスターの気配を感じたぞ・・・・?」
「ただでさえ獰猛なフェンリルが、アンデッドに・・・・!? あれも、あの御方の力なのか!?」
「んーと? あれ?」
失望の顔をしていると思った夢魔族たちは、何故か俺に対して畏敬の目を向けていたのだった。
隣にいたフェリシアでさえ、まるで俺と最初に出会った時のように、恐怖によってその緑色の瞳を涙で滲ませている始末であった。
「お、おい、フェリシア・・・・?」
フェリシアはジッと見つめている俺の様子に気付くと、尻もちを付きながら隣にいる俺の顔を見上げながら、わなわなと唇を震わせて口を開いた。
「ジャ、ジャック様、い、今のアンデッドは、いったい・・・・? 特に、首のないあの個体は、階層支配者に劣るとも勝らない力を持っていた様子でしたが・・・・?」
「ん? って、そ、そっか。そういえばフェリシアはあいつらを見るのは初めてだったか。簡単に言えば、お前に預けていたスカルゴブリンと同じようなもんだよ。奴らは俺の信頼できる配下ってわけさ」
そう言って、俺はフェリシアに向けてニヤリと笑みを浮かべた。
すると、彼女も幾分か落ち着きを取り戻したのだった。




