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第10章 黒狼と夢魔の王 ②



「くそっ!! 何でこんなことになったんだッ!!」


「長老様は大丈夫なのか!? ムレアの奴に連行されてだいぶ長いが・・・・」


「そんなことより今の私たちの心配をしなさいよ!! あの双子に捕まった者たちの悲惨な結末、分かっているの!?」


 薄暗い牢の中で、夢魔族たちは必死な形相で悲鳴を上げている。


 そんな焦燥する彼らに対して、壁に背を付けて腕を組む一人のインキュバスは静かに口を開いた。


「・・・・・貴様ら、少しは落ち着くといい。そうやって叫んでいても体力を無駄に消耗するだけだろう?」


「ウトリクラリアッ!! 元はと言えばこうなったのは全部お前とドロセラのせいだろうがッ!!」


「そうよ!! 貴方たちがあんなアンデッドなんて連れてくるからっ!! だからムレアに私たちの隠れ家がバレてしまったんじゃないっっ!!!!」


 仲間のその言葉にフンと鼻を鳴らすと、ウトリクラリアは軽く肩をすくめる。


「あのまま木の中で隠遁生活を送っていても、いずれ奴らには特定されていただろうさ。何たってインプどもは日を増すごとに増えていくばかりなのだからな。故に奴らの監視網に引っかかるのは時間の問題だった。此度の件は、それがただ早まっただけのことにすぎない」


「時間の問題だった? ふざけたことを言いやがって!! 俺たちはな、ただ静かに暮らしていたかっただけなんだよ!! お前のように双子と事を構える気は一切なかったんだ!! なのに、てめぇ、ムレアに攻撃をしかけやがって!!!!」


「ムレアとシアナに対して恭順の意志を見せていれば、奴らも私たちを見逃してくれたかもしれないじゃない!! 私たちがこうなったのは全部貴方のせいよ!!」


 自身に向かって飛んでくるその糾弾の声に、ウトリクラリアは大きくため息を吐いた。


 そしてその後、彼は鋭い眼光を自分を取り囲む夢魔族の仲間たちへと向ける。


「敵意を見せなければ見逃してくれるだと? その程度のことであの双子が矛を収めるとでも思っているのか?? まったく、牙を抜かれた弱者どもが。よもや貴様らは、先代階層支配者が襲撃されたあの事件を忘れたとでも言いたいー------む?」


 途中で話を中断し、ウトリクラリアは鉄格子の向こう側に視線を向ける。


 その様子に訝しみながらも、囚われている他の夢魔族たちは彼と同じように格子の向こうへと目線を向けた。


「あ? いったいお前は何を見てー----って、何だ? アレは?」


 グチャグチャグチャ・・・・。


 いつの間にか、牢の見張り番をしていたインプの姿が消えていた。


 薄暗い地下牢のフロアには、ただ、何かが何かを咀嚼している音だけが響いている。


 その状況に理解が追い付かず、夢魔族たちはただただ困惑の声を上げるしかなかった。


「ね、ねぇ、見て、アレ・・・・」


 その時だった。


 一匹のサキュバスが顔を引き攣らせながら、ある場所に指を指し示す。


 そこは、上層へと続く階段がある入り口前。


 その場所には、複数の人影が見受けられた。


 人影たちはしゃがみ込み、同じような様子で必死に何かを貪っている。


 その不可思議な光景に、夢魔族たちは訳が分からず皆一様に首を傾げるのだった。


「お、おい、アレはインプ、なのか? にしては大きさがデカくないか??」


「私たちと同じようなサイズに見えるわよね。翼がないから人間に見えなくもないけど・・・・でもこんなところに人間なんているわけないし・・・・・」


「と、とにかく、声を掛けてみようぜ!! もしかしたら助けてくれるかもしれないし!! お、おーい!! そこのお前たちー!!」


 一人のインキュバスが、その人影に向かって大きく呼び声を放つ。


 その声に反応した影たちは皆一斉に動きを止めると、同時に牢の中にいる夢魔族たちに顔を向けていった。


「・・・・・・は?」


「何、アレ・・・・?」


 その顔を捉えた瞬間。


 夢魔族たちは全員、身体をカタカタと震わせ、ヒィッとか細い声を漏らしだす。


 何故なら、その影たちの顔は皆ー----瞳が白く濁り、頬が裂けた、死人の顔をしていたからだ。














「ここが、夢魔族が捕らえられていると思われる『南の穴倉』ですです。ここは本来は、先代階層支配者が倉庫として使っていた場所なのですよ」


「ふーん? 俺たちが捕まってたあっちの洞穴と違って、こっちが狭いのはそういった理由があるからか。って、ー-----ん?」



「あぁぁぁうあああああああああああああッッッ!!!!!」

「うおぁぁおあおあおあおおあぁあぁぁッッッ!!!!!」


「来るな!! 来るなよぉッ!!」


「お前!! もっと奥に行けよ!!」


「魔神様、魔神様、どうか私たちをお助けくださいっ・・・・・・!!!!!」



 ドロセラの案内で『南の穴倉』とやらの最下層に辿り着くと、そこには大量のゾンビたちの姿があった。


 ゾンビたちは鉄格子の間に手を伸ばし、牢の中にいる夢魔族どもを喰らおうと足掻いている。


 見る限り、鉄格子を壊すパワーも牢の鍵を探す知能もないゾンビたちは、ひたすら鉄格子の前でウロウロすることしかできていない様子だった。


 ゾンビは集団に対しては効果的な戦力にはなるが、やはり、知能とステータスが低いのが唯一の弱点といえるな。


 まぁ・・・・・今回に関しては夢魔族の残党を全員殺されても困るので、逆に良かったともいえる展開か。


「てめぇら、退いてろ」


 俺はゾンビにそう一声を掛けて、牢の前に道を作らせる。


 そうしてゾンビが避けて出来上がった道を、俺とドロセラは真っすぐと進んで行った。


「うぅぅ・・・・こ、このアンデッドたち、急に私に襲い掛かってきたりしないですよねぇ!?」


「こいつらは俺の命令には完璧に従う。だから、安心して俺についてこい」


「は、はひぃぃぃ・・・・・」


 怯えるドロセラを引き連れ、牢の前に立つ。


 そこには、30人程の夢魔族たちが収容されていた。


 夢魔族たちはゾンビに恐怖してか、皆、一様に壁際に集まってガタガタと肩を震わせている様子だった。


 俺はそんな彼らに笑みを向け、両手を広げ、口を開く。


「よう、夢魔族ども。俺の名前はジャック。今のところ第四階層支配者? をやってるモンだ」


「だ、第四階層支配者? な、何を言っているんだお前は? あそこは魔犬ケルベロスが支配している領域だぞ・・・・??」


「それに貴方、その恰好はなんなのよ?? 見たところインキュバスのように見えるけど・・・・どうしてジャック・オー・ランタンなんかを頭に被ってるの??」


「あいつ、あのアンデッドどもを一声で退けたように見えたぞ?? 何なんだいったい!?」


「ムレアとシアナの仲間だろ!? そうなんだろお前!!」


「あ? ゴチャゴチャとうるせぇなオイ。まずはてめぇら、俺の話をー----」


 ザワザワと、俺の声を無視し、騒ぎ始める夢魔族たち。


 そんな彼らに向かって、ドロセラは慌てた様子で口を開く。


「み、みんな!! 少し落ち着いてジャック様のお話を聞くと良いですです!! この方はムレアとシアナを倒す程の力を持っていてー----」


「ドロセラ!? 貴方無事だったの!?」


「丁度良い!! 早くここから出してくれドロセラ!! あっちに鍵があるから!!」


「アンデッドたちが静かになった今がチャンスだ!! 早くしろドロセラ!!」


 ドロセラの登場により、ギャーギャーと、益々騒がしくなっていく夢魔族たち。


 俺はその光景に静かにため息を吐くと、鉄格子へと視線を向ける。


 そして【スラッシュ】を発動させ、鉄格子を切断し、人ひとり分が出られるくらいの穴を作り上げた。


 そして再び牢の中にいる夢魔族たちひとりひとりへと、暗い眼孔を向けていく。


「おら、お望み通り穴を開けてやったぞ。出たきゃ出ろ」


「おぉ!! どこのインキュバスかは分からないが助かったぞ!! では、お言葉に甘えて・・・・」


 そう言うと、青年のような見た目をした若いインキュバスは身体を屈ませ、格子が切断された穴を通っていく。


 そして、無事に外へと出てきたそのインキュバスは、安堵しきっていた表情を浮かべながら俺へと頭を下げ、感謝の意を示してきた。


「本当にありがとう、君!! この牢に入れられてから、もう、自分たちはここで終わりだと思ってたんだ!! 夢魔族の誇りにかけて、この恩は絶対に忘れなー----」


「ゾンビども、こいつ喰っていいぞー」


「お゛おぉおああぁぁああああああ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!!」

「うぐるあぁぁあああああああ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁあッッッッッ!!!!!!!!!」

「ぎあぐあああぁぁぁぁぁ゛あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!!」


 餌を目の前に置かれ、待てをされていた犬のように。


 ゾンビたちは俺の許可の声を聴いた瞬間、インキュバスの身体に飛びかかり、群がっていく。


 その、生きたまま腹を裂かれ、四肢を捥ぎ取られていく仲間の様を、牢の中にいる夢魔族たちは唖然とした表情で見つめていた。


 先ほどまでの喧騒が嘘のように、どうやら奴らは皆、目の前の惨状に声を発することができなくなっていたようだ。


 俺はようやく辺りに静寂が戻ったことに口笛を吹いた後、穴から出ようとして固まっていた、一匹のサキュバスへと視線を向け、笑みを浮かべる。


「ん? お前も外に出たいか? それとも、牢に戻って大人しく俺の話を聞く? 好きな方を選んで良いぞー」


 こちらのその言葉に、サキュバスは涙で瞳を滲ませながら、静かに牢の中へと後退していくのだった。








「んで、まぁ、話っつーのは簡単なことだ。俺はこれからこの第五階層の新しい支配者になる。そんで、お前らにはこの俺の下に付いて欲しいっつーわけだ」


 その言葉に、夢魔族たちは困惑気な顔を見せる。


 そして、恐る恐るといった様子で一匹の中年のインキュバスが挙手をしながら口を開いた。


「あ、あの、貴方様がこの第五階層の支配者になるというのは分かりましたが・・・・今の階層支配者であるムレアとシアナをどうにかしないことには難しいのではないでしょうか・・・・・?」


「ん? あぁ、その点については問題はない。もうすでに、あの双子なら俺が殺したからな」


 その一言で、夢魔族たちは目を見開き、信じられないものを見るような眼で俺を見つめる。


 そして、口をポカンと開けさせたまま、夢魔族たちはドロセラの方へと視線を向けた。


「ほ、本当ですです!! この目で死体も確かめましたですです!!」


 ブンブンと何度も頷き、ドロセラは夢魔族たちに肯定の意を示す。


 その必死なドロセラの様子が伝わったのか、夢魔族たちはようやく、俺がムレアとシアナを下した事実を受け入れることができたようだ。


 ・・・・・・けれど、まぁ、まだ一部は若干半信半疑そうな様子を持ってはいる様子ではあるが、な。


「ま、まさか、あの双子を討伐できる者がいるとは・・・・・この方はもしかして、階層支配者と同じレベルの力を持った魔物なのか・・・・・?」


「そ、そういえば、最初に第四階層支配者と言っていたような・・・・も、もしかして、双子だけではなく、ケルベロスをも倒したということっ!?」


「そんなバカな話、とてもじゃないが信じられないぞ!! きっとドロセラは魅了魔法で操られているんだ!! このカボチャ野郎はムレアとシアナの手下に決まっている!!」


「・・・・・そんな回りくどいことをして、あの双子にいったい何のメリットがあるのよ? それに、このカボチャ頭はアンデッドを操っていたのよ?? いくら魔道に優れているといっても、ムレアとシアナにそんな芸当ができるわけはないわ」


 ザワザワと困惑の声を上げ始める夢魔族たち。


 そんな彼らに向かって俺はコホンと咳払いすると、その瞬間、彼らはピタリと口を閉じ始めた。


 どうやら、先ほどの見せしめの影響が大きく出ているようだな。


 先程の行動を見れば、もうすでに奴らの心の中に恐怖の楔が打てたことが確認できる。


 後は飴と鞭の要領で手早く奴らの心を砕き、いち早く夢魔族どもをこちらの手中に落とすとしよう。

 

「ククク。まぁ、安心しろや。ムレアとシアナみたいに俺はてめぇらを蔑ろにすることはしねぇ。不当にお前たちを害すことはしねぇし、自由に暮らせる権利も保証してやる。しかし、な。さっきのように、俺の命令に背くことがあれば、即座にそいつにはゾンビの餌になってもらうぜ??」


 俺のその言葉に、夢魔族たちはゴクリと唾を飲み込む。


 奴らは元々、ムレアとシアナの圧制に疲弊しきっている。


 疑心はあっても反意、攻撃の行動に移らないのは、上から力で押さえつけられることに慣れてしまっているからだろう。


 だから、『普通に暮らせる権利』という甘い餌を用意してやれば、簡単にコロリとそちらに傾くのは想像に難くない。


「さて、どうする夢魔族どもよ。お前らに残された道は俺の下で生きるか、俺に挑んで死ぬか、だ。何、俺に忠誠を誓う者には悪いようにはしねえよ。俺の配下である限り、平穏無事な生活って奴を約束してやー---」


「「「我ら一同、貴方様に忠誠を誓いますッッッ!!!!!!」」」


 ザッと、片膝を付いて、俺に頭を下げ始める夢魔族たち。


 どうやら、事は予想以上に思惑通りに進んだようだな。


 黒狼族を掌握した時よりもあっさりと、夢魔族たちをこちら側に引き込むことには成功したようだ。


 ・・・・まぁ、中には俺の力に疑心を持つ者も少なくはないだろうが、その点に関してはおいおいこちらの実力を見せてやる機会を作ってやれば問題はないだろう。


 恙なく計画のひとつが進んだことに、俺はふぅっと小さく安堵の息を吐く。


 だがー-----夢魔族たちが全員俺に対して頭を下げている中、その群衆の奥に、腕を組んで立っている一人のインキュバスがいることに俺はその時気が付いた。



「・・・・・・フッ。まさか、ドロセラが連れてきたあの時のアンデッド殿がこの第五階層に君臨することになろうとはな・・・・不可思議な話だ」


「あぁ? っと、お前は確か・・・・ウトリクラリア? だったっけか??」


「如何にも。私は先代階層支配者レニフォルミスの息子、正当なるこの第五階層支配者の血を引く者である。悪いがアンデッド殿、貴殿がこの第五階層支配者となることを私は認められない」


 その発言に、焦燥した様子でドロセラは声を上げた。


「な、何を言ってるですかウトリ!!!! あんた、この方の実力が分かっていないのですか!?!?」


「理解しているとも、ドロセラ嬢。この者はムレアとシアナを討滅したのであろう?? 他の軟弱な夢魔族たちには分からないのだろうが・・・・彼から放たれているそのオーラを見れば誰だって理解できる。このアンデッドは、超常の存在であるということはな」


「だ、だったら何で・・・・」


「誇りだよ。私は、『第五階層支配者』という称号を今まで求め続けてきた。だから、自分を裏切らないためにも、私はここで引くことなどできはしない。頭を下げることなどできはしない。先代階層支配者の息子としてな!!!!」


「ウトリ!?!?」


 牢の穴をくぐり抜けて、ウトリクラリアは俺の前に立つと、腕を組みながら仁王立ちをする。


 長身の身体からこちらを見下ろしてくるその眼差しには、強者に対しての畏敬の念が込められていた。


 (プライドを守るために、死を覚悟してこちらに挑んでくる、か)


 普段ならそういう無謀な奴は愚か者だとバカにするところだが・・・・先ほどのゾンビに喰われていく仲間の姿を見た後に、それでも俺へ挑んで来ようとするその気概だけは賞賛に値するものだろう。


 恐怖の楔を容易に乗り越えてくる、強靭な精神力を持った持ち主。


 悪夢を耐え抜いたフェリシアに続いて、どうやらこいつも中々に気骨のある野郎のようだな、オイ。



「ククク、面白れぇ。俺に挑んでくるか、デカブツ」


「・・・・・・・・・・・・・」


「ジャ、ジャック様!! 私との約束は守ってくれますですよね!?」


「あぁ、勿論だドロセラ。何、こいつとは軽く遊んでやるだけー----」


 バタリ。


 その時、何故かウトリクラリアは腕を組んだまま、そのまま後ろに倒れていったのだった。


「・・・・・は?」


 その光景に、訳が分からず目をパチクリとしてしまう。


「お、おーい??」


 近づいて、奴のその顔を覗いてみると・・・・・何故かウトリクラリアは白目をむいて、泡を吹いて痙攣しているのであった。


 意味が分からず、呆然としてしまう俺。


 そして、戦闘にならなかったことにふぅっと安堵の息を吐くドロセラの姿が、視界の端に映る。


「あ、あの者、手を加えずに、ウトリクラリアを倒したぞ!?」


「や、やはりムレアとシアナを倒すだけあるな・・・・・攻撃の瞬間を捉えることすらできなかった!!」


 その光景に、ざわめき立つ夢魔族たち。


 いやー、俺、何もしてないんだけど・・・・・。


 ま、まぁ、良いか。夢魔族たちに俺の力を示せたみたいだし、ね、うん。


 結果オーライ結果オーライ!!


 第五階層も夢魔族もこれで完全に俺の手中に落ちただろうし、計画はスムーズに進んでるし。


 だから、先ほどの一件は無かったことにして、次に進むとしよう!


「次は・・・・・第四階層と連絡を取るとするか。確か、このスキル、だったよな」


 俺はシアナから奪ったスキル、【コンタクト】を使用する。


 そして経過報告をするために、黒髪狂犬、ルーナへと念話を飛ばしたのだった。

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