第10章 黒狼と夢魔の王 ①
「・・・・・お疲れ様でした、ジャック様」
ムレアの死に際を見届けた後、地面に降り立つと、そこにはアッシェの姿があった。
アッシェはどこか興奮した様子で俺の元に近寄り、腰から生やした蜘蛛の足をワサワサと動かしながら地面に膝を付けると、深く頭を下げてくる。
そして顔を上げると、目を細め、真っ白な頬をほんのりと紅くさせながら口を開いた。
「・・・・お一人で第五階層支配者を討伐するとは・・・・流石です。最早、この第五階層はジャック様の手に落ちたと見て良い状況でしょう。圧倒的強者。超りすぺくと」
「そ、そうだな。後の対処はゾンビどもの手から逃れたインプと、どこかで捕まっている夢魔族の残党だけだからな」
「お次はどうなさるのですか? 服従を強いるために、ジャック様の御力を夢魔族たちに示すのでしょうか??」
「あぁ。一応はそのつもりだ。・・・・だけど、まぁ、今のこの第五階層の現状を見せてやれば、奴らの戦意を削ぐことは簡単そうだけどな」
目の前に広がる、第五階層を闊歩する、亡者の群れたち。
ムレアという餌が無くなったゾンビたちは次なる食事を求めて、かつての第五階層支配者の骸から離れて行き、深い森の中へと消えて行くのであった。
俺はその後ろ姿を見つめたまま、フッと、短く息を吐く。
「こいつらの力を理解させて、あとは前に言っていた通りにムレアとシアナよりも良い階層支配者様を演じてやれば、隠遁生活で疲弊している夢魔族たちはコロリとこちら側に付くことだろうさ。何も問題はねえ」
そのためには、早々に奴らを見つけて交渉に応じた方が得策だな。
また幻惑魔法で第五階層の何処かに潜伏されたりでもしたら面倒で仕方がないし、反旗を翻すためにこちらの隙を虎視眈々と狙われても困る。
後の憂いを無くして完全にこの階層を手中に収めるためにも、行動は早めに起こした方が良いだろう。
「よし、じゃあまずは、あのババアと一緒に居た夢魔族の残党どもを探索しに・・・・」
「ゼェゼェ・・・・お、重すぎですよ、人間っ! もうちょっとダイエットしろですです!!」
「し、失礼なこと言わないでくださいっ! これでも私は平均的な女性の体重よりも軽い方です! ・・・・うぅ、気持ち悪い・・・・おえっ」
アッシェに声をかけようとした瞬間、突如背後から女の声が聞こえてきた。
何事かと思い振り向くと、そこにはドロセラとフェリシアの姿が。
二人は何故かげっそりとした表情を浮かべており、フラフラと足取りが覚束ない様子に見える。
そんな彼女たちの様相が不可思議で頭を傾げていると、こちらの姿を発見したのか、フェリシアが胸の辺りで小さく手を振ってきた。
「あっ、ジャック様っ! 腕の方は問題は無かったでしょうか?」
「ん? あぁ、腕か。大丈夫だ。見ての通り、何も問題は無かったぜ?」
「なら、良かったです。何分、死体の修復は初めて行ったものでしたので・・・・」
「ククク、てめぇの治癒魔法はマジで完璧だったぜ。まさか斬った腕を元通りに修復・・・それも、丸焦げになった部分を回復させるとはな。恐れ入った」
俺がシアナの身体を乗っ取って、穴倉から外へと飛び立とうとしたその時。
フェリシアは俺が両断したシアナの腕を持ってきて、そいつをシアナの死体に接合し、完璧に修復してみせた。
俺はまだ、治癒魔法というものがどういった仕組みの魔法なのかを理解してはいないが・・・・欠損した部位を完璧に元に戻せるこの女の力は、この世界でもかなり強力なものと判断して良い部類だろう。
今までは非力なだけのただの女だと思っていたが・・・・どうやらこいつは想像していたよりも高レベルの力を持っていたようだ。
(治癒魔法、か。面白れぇ力だなオイ。もし、こいつの魔法スキルを奪うことができれば・・・・乗っ取った死体を何度も修復して使うことが可能にもなるかもしれない、ということか。ククク、笑いが止まらないぜ)
元々、フェリシアの利用価値は俺の中では高い方ではあったが、あの治癒魔法だけでもその価値が大きく跳ね上がったと見て良いな。
殺してスキルを奪うも良し、懐柔して手駒にしても良し。
これからこいつをどう扱うかは、慎重に考えていきたいところだな。
「それで、ジャック様。第五階層支配者の片割れ、ムレアの討伐は成功したのでしょうか??」
「ま、まだこの辺にいるとかないですよねぇ!?」
俺たちの元にやってくると、フェリシアとドロセラはそう口にして、キョロキョロとどこか怯えた様子で辺りを見回し始める。
そんな彼女たちに対して、俺は先ほどから気になっていた疑問を口にすることにした。
「あぁ、奴なら問題なく倒したがー---というかお前ら、さっきから気になってたんだが、何でそんなに顔青ざめさせて具合が悪そうな感じなんだ? そこにある穴倉から地上に出てきただけだろ?」
「は、はい。仰る通りなのですが・・・・」
「この人間の女を抱えて飛んだら、重すぎて上手く飛べなかったんですです」
「で、ですから!! 私は平均的な女性の体重よりも軽いですよ!! 人を太っているみたいに言わないでください!!」
「いつも食べすぎてるから、空中でゲロなんて吐くんです。肥満な人間ですです」
「酔ったんですっ!! ドロセラ様の飛行がフラフラしすぎて酔ったんですっ!!」
珍しく激昂するフェリシアのその様子に、思わず俺は目をパチクリしてしまう。
そんなこちらの様子に気付いたのか、フェリシアは顔を赤くさせながら、コホンと小さく咳払いをする。
「と、とにかく、私のことは気にしないでください。酔いなど、すぐに治癒できますから。ー---光の精霊よ、その身に宿る混沌を晴らしたまえ。【レジストキュア】」
そうして魔法の詠唱を唱え終わると、フェリシアはすっきりした表情を見せた。
「ふぅ。これでバッチリですっ!」
見たところ、状態異常を治す魔法か何かを使ったのか。
乗り物酔いを醒ます、そんなことまでできるとは中々便利なものだな。治癒魔法というのは。
「っと、そうだ、ジャックさん。ムレアの死体ってちゃんと確認しましたか?? あの女は結構小賢しいですからね、油断はしない方が良いですです」
その言葉に、突如アッシェはムッとした顔で俺の横に立つ。
そしてその後、何故かドロセラに対して鋭い視線を向けるのだった。
「・・・・・ジャック様は問題なく倒したと、さっきそう言った。まさか、その御言葉を信じないとでも言う気??」
「い、いえいえいえいえいえいえー--っ!! け、決してジャックさんを侮っているとかそういう訳ではないですっ!! ないですが、あの女は幻惑魔法の達人ですですっ!! 万が一ということもあるのではないかと・・・・そう思ってですね、私はぁっ!!」
「・・・・・・ジャック様に万が一なんてことは、ない。私の主人を愚弄する気なら、容赦しない」
「ステイ、待てアッシェ、ステイ。ほら、石の苦無しまってしまって」
「・・・・・・・はい」
そう一言口にすると、スッと、アッシェは再び俺の背後に戻って行った。
その様子に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
(本当、この子は忠犬みたいだな)
俺を敬愛してくれるのは非常に嬉しいことではあるのだが・・・・いつか俺の知らない間にその忠義心がどこかで暴走しそうで俺は怖いですよ、アッシェちゃん。
「ほら、ドロセラ。そこの藪の中に奴の死体があるから、不安があるのならちゃんと死んだのかお前の目で確認してこい」
「は、はいですぅ・・・・では、失礼して・・・・」
俺のその言葉に返答した後、ドロセラは珍しく真剣な表情を浮かべると、喰いちぎられ骨と皮だけになったムレアの亡骸まで近づき、その死体を静かに見下ろした。
そして、聞こえないほど小さな声で何かを呟くと、こちらを振り返り、俺に笑みを向けてきた。
「・・・・間違いなく、死んでますね」
「だろ?」
「所々何かに喰い千切られて、最早原型は留めてありませんが・・・・これは間違いなくあのムレアです。ありがとうです、ジャックさん。この女に私たちは長年、苦しめられてきましたから。長年の呪縛から解き放たれた気分ですです」
「そうかよ。だったらその恩に報いるために、ひとつ、今から俺に協力してくんねえかな??」
「きょ、協力、ですか?? い、いったい私に何をやらせようと・・・・ハッ! ま、まさか、この私の可愛さに一目惚れを!? それで私を手籠めにしたいと!? だ、駄目ですですジャックさん!! いくら私が可愛いからってそれはっ!! カボチャとサキュバスは決して結ばれない関係なんでーーー」
その言葉の途中、突如、ドロセラの顔の横を鋭利な石片が猛スピードで飛んでいくのが視界に映った。
その石片が飛んできた方向、背後に視線を向けると、そこには案の定髪を逆立てさせた赤い目の白い悪魔がいた。
「・・・・・・・・殺すぞ、バカ女」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!?!?!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいですぅッッッー--ーー!!!!!!!!!!」
うん、どうやらアッシェとドロセラの相性は凄く悪いみたいだな!
これから何か大事な話をするときは、極力この二人を会わせないようにしたほうが得策なのかもしれない!
だって、まったくもって話しが進まないから!!
フェリシアとアッシェがいると、途中で話がとん挫する可能性があるため、俺は少し距離の開いた藪の中で、ドロセラにこれから自分の行うことの全てを話した。
第五階層支配者として君臨するための全ての策をドロセラに話し終えると、彼女は顎に手を当てふむふむと頷く素振りを見せる。
「なるほど? ジャックさんは今から第五階層支配者として名乗りを上げると?? それで、インプに捕まった他の夢魔族のみんなと交渉をしたいと」
「あぁ。概ねはそういうことだ。だから、連中と俺との橋渡し役をお前に頼みたい」
「なるほど、です。大体は分かりましたです。夢魔族のみんなも、ムレアとシアナを倒せる力を持っていて、尚且つ伝承の調律者であるジャックさんが階層支配者になることに、異存はないと思いますです。ですが・・・」
「ん? 何だ? 何か懸念があるのなら言ってみろ?」
「はい・・・・あの、私がジャックさんと最初に出会った時に引き会わせた、ウトリクラリアって奴、覚えてますですか??」
「あぁ・・・・あのムキムキオールバック野郎だな。あいつがどうした?」
「あの男は多分、ジャックさんが階層支配者になることを反対してくると思いますです。アレは自分が第五階層支配者になることにとんでもなく執着している奴ですから」
「なるほど・・・・。あのインキュバスが俺に反旗を翻してくる可能性がある、か。まぁ、そうなったらそうなったで俺は容赦なく奴を殺すだけなんだが・・・ククク、どうした? そんな険しい顔をして。奴を殺すのには反対か??」
「・・・・・・・私が条件を付ける立場にないことは十分に理解しているです。けれど・・・・無理を承知で言わせてもらいますと、あいつだけはどうか殺さないで欲しいんです。あいつは私にとって、大切な・・・・弟のみたいな存在ですから・・・・・」
「弟みたいな存在、か。フッ、良いだろう。ただ協力を取り付けるよりも、ヴァイスとヤオのように、命を担保にした協力関係の方がよっぽど相手を御しやすいからな。てめぇの願いは快く受け入れてやる」
「・・・・・人質を介した契約関係、ですか。ジャックさんは思ったよりも悪い人なのですね」
「ククク、テメーも普段バカみてぇにおちゃらけている割には、結構まともに会話できる脳はあるみたいじゃねーか。協力を頼んだ奴がただのバカではないみたいで、少し安心したぜ」
「ひとつ・・・・聞いても良いですか? ジャックさん」
「あ? 何だ?」
「ジャックさんは、この第五階層を・・・・いや、この迷宮を、どういう世界に造り上げるつもりなのですか??」
どういう、世界に、か。
そんなことは、過去の地獄を再び体験したあの時から、とうに決まっている。
あの、大切な人を死なせてしまった瞬間から。
狭い部屋の中で、悪意に怯えて過ごすしかなかった、あの地獄の日々を体験した瞬間から。
俺の決意は、最初から決まっている。
「俺は・・・・理不尽がない世界をこの迷宮に創る。俺の庇護下にいる者たちが誰もが笑って過ごせる世界を、俺は創り上げる。そのためには、俺の創るルール・・・・法律を遵守しない奴や、敵対者には痛い目を見てもらうかもしれねえがな。暴力を持って平和を成す。それが俺の行う治世だ」
その言葉を聞いた直後、ドロセラは両膝を付き、頭を下げた。
そしてその後、静かに顔を上げた彼女のその瞳には、こちらに対する真っすぐな想いが見て取れた。
「・・・・・本音を言うとですと、ジャックさんに疑いがないという訳ではありませんです。私たちはまだ、互いを何も知りませんですから」
「そうだな。それは、その通りだ」
「だけど・・・・さっきの『理不尽がない世界を創る』というその言葉には、ジャックさんの強い想いが宿っていることは明確に感じられました。私も、弱者が虐げられる理不尽な世界よりは、優しい世界が好きです。ですから・・・・・」
そう言って、ドロセラは深く、頭を下げた。
「その理想の世界を創り上げるためなら、私も微力ならお手伝い致しますです。ジャック様」
こうして、俺は第五階層を支配するための最初のカード、ドロセラという協力者を得たのだった。
投稿が遅れてすいません!
次は早めにUPできるように頑張ります!!
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!!
三日月猫




