幕間 暗躍
「・・・・・どうやら想像以上の力を持っているようだね、彼は。討伐ランクでいうと、S級・・・・いや、SS級に分類されてもおかしくはない、か。これは次世代の若者たちに任せるのは少々荷が重い相手かもしれないな」
フードを被ったおさげ髪の少女は、空に群れを成して飛ぶアンデッドの軍勢を眺めながら、大きく息を吐く。
そして、前方に立つ老人に視線を向けると、にこやかに微笑んだ。
「久しぶり、ディオネア。まさかまだ君が生きているとは思わなかったよ」
「・・・・・・誰じゃ、お主は」
魔王の遺産、宝具が眠る神殿。
その神殿が、見下ろせる崖の上。
そこで夢魔族の長老ディオネアは、突如眼前に現れ、自分を拘束していたインプを瞬時に討滅していった少女に警戒を露わにする。
そんな老婆の様子に少女は不思議そうに首を傾げると、フードに手をかけ、自身の顔を白日の下に晒した。
「なっ・・・・・!?」
その顔に、ディオネアは息を飲んで瞠目する。
何故なら少女のその出で立ちはー---ディオネアが敬愛して止まない、かつての主人、先代魔王と瓜二つの容姿をしていたからだ。
「あ、貴方様は・・・・シャーロット様ッ!?!?」
「フフフフ・・・・」
「いや・・・・違う。シャーロット様は5000年前の人魔大戦の時に確実に亡くなられておる。そもそも彼の御方の毛髪は金。けっしてお主のような紫色の髪はしていなかったぞ」
「ふーん、まぁ、そりゃ分かるか。私が造る人形ってどうしても本体と同じ紫色の髪色になっちゃうんだよね。色々便利なスキルなんだけど、毛髪の色が変えられないのが【ドールメイク】のダメな点かな」
そう言って少女はポリポリと頬を搔く。
そんなおさげ髪の少女の様子に、ディオネアは目を細めた。
「人形・・・・そうか。お主は聖霊教会第七秘席、人形使いのローシェ・ルージュか。シャーロット様に似た人形をこの迷宮に寄越すとは・・・・何とも悪趣味な真似をしてくれる」
「君たち古株の旧魔王軍の魔物になら、この戦法は実に効果的だっただろう?? 現に君は、すっかり私に対しての敵意が薄れてしまっているわけだしね」
「・・・・・腹立たしいが、確かに否定はできぬのう。・・・・・・して、教会の執行者がわざわざこの第五階層に何のようじゃ?? 監視者であるお主は、てっきりベヒーモス様のいる第七階層に常に隠れ潜んでいると思っておったが」
「ちょっとイレギュラーが発生してね。君も驚いたんじゃないのかな? あの調律者の力には」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「見なよ。あの、人も魔物も等しく全てを亡者に変えてしまう超常の力を。あんなものが外の世界に放たれでもしたら・・・・きっと、人の世界は地獄と化してしまうのだろうね。5000年前と違って今の人間は平和ボケした低ステータスの奴ばかりだし」
そう言うと少女は背後を振り向き、両手を広げ、遠方の空を仰ぎ見る。
ディオネアも同じように遠くの空に視線を向けると、そこには大量のアンデッドが一体のサキュバスを追い回している姿があった。
その姿を瞳に捉えた老婆は、悲し気に目を伏せた後、薄く目を開き、絞り出すような小さな声量で口を開く。
「・・・・・お主は執行者としてあのアンデッドを討伐する気なのか?」
「いいや、私にその気は無いよ。だって、私の目的はベヒーモスだけだからね。流石にアレと一戦交えるほどの魔力は、年老いた私の本体には残っていないさ」
「お主が何故、5000年間もベヒーモス様を監視しているのか。その理由は大方察しがつくが・・・・」
「フフフ。うん、君が思っている通りだよ」
「・・・・敵討ち、か。まったくもって凄まじき執念じゃな」
「私は今までそのためだけに生きてきたからね。悪魔の王、ベヒーモスを討伐するためだけに・・・・・。でも、あの怪物を殺すには精霊教会と私の力だけだと今一つ、決め手が足りなかった。だからー----」
「あの者・・・・ジャック殿を利用する腹積もりな訳だな」
老婆のその言葉に、少女は小さく頷くことで肯定を示す。
「彼は『善』であった先代魔王とは異なり、『悪』の魔王・・・・確実にこの世を地獄に変える存在となる・・・・多分、聖霊教会が創立して以来の、最も強大な人類の敵となるだろうね。だけど、まぁ、私には関係ないかな。私はさっさとベヒーモスが死ぬ様を見て、未練なくこの世を去りたいだけだから」
「む? 精霊の狂信者であったお主らしくもない。何か焦っている様子だな」
「・・・・・悲しいことに、私の本体はもう、長くはないんだ」
そう口にし、少女は老婆に向けて手を翳す。
彼女のその顔は、悲痛に歪んでいた。
「だから、素早く、計画の実行に移らせてもらうよ。ディオネア」
「・・・・・ワシを殺す、か」
「君は彼にとって確実に邪魔な存在になる。先代魔王の眷属である君は特に、ね」
「・・・・・・・・・そうか」
「先に向こうで待ってて欲しい。・・・・ごめんね。ネア」
そして、少女は魔法を詠唱する。
「【アクア・ブラスト】」
少女の手から細かく放たれた無数の水の弾丸が、老婆の身体をハチの巣のように貫く。
その後、老婆は紫色の血を吐くと、その場に静かに倒れていった。
「・・・・・・・・・・」
老婆のその死体を一瞥した後、少女は崖の先へと立つ。
そして静かに神殿を見下ろすと、崖から降り、彼女は峡谷の底へと落ちていくのであった。
「・・・・・・これが『色欲の宝玉』と『相打ちの宝槍』、か」
神殿から出てきた紫色の髪の少女は、両手に持った紅い水晶玉と紫色の鉄棒へと交互に視線を向けていく。
そして、数秒間、満足いくまでその玉と武具を眺めると、彼女はコクンと納得した表情で頷いた。
「うん。【フェイク】が使われている様子もないね。これは間違いなく魔王の遺産だ」
そう口にすると、少女は魔法を唱え始める。
「【スモルライズ】」
その瞬間、少女の持っていた水晶と棒がみるみるうちに縮んでいき、全長5センチほどの小さな大きさへと変貌していった。
その小さくなった宝玉と宝具を少女は無造作にローブのポケットに放り込むと、彼女はふぅと重いため息を零す。
そして前を向き、どこか覚悟のこもった瞳で虚空を見つめた。
「さて・・・・後は第四階層の『暴食の宝玉』も回収しておこうかな。せっかくケルベロスのアンデッド化を阻止しておいたんだから、彼が帰還する前に早々に行動してしまおう。ー----【テレポート】」
そう呟いた直後、少女の姿は瞬く間にその場から消えていった。
「神殿? そこから貴方はこの玉を手に入れたと言うの? コウルス」
ルーナは東の村出身の黒狼族、コウルスから黄色い水晶玉を受け取ると、それをまじまじと眺める。
そんな彼女に対して、コウルスは、おどおどとした態度で応じた。
「は、はい。東の村の奥に深い峡谷があるんですが、その谷の奥底にある神殿からこの玉を取ったんです。んで、今まで、住処近くの地の底にこいつを埋めて隠していました」
「・・・・・・・そう」
「あ、あの、この謎の魔道具は俺を生かして頂いたジャック様への貢ぎ物でして・・・・あの御方が帰ってきたらルーナ様が直々にこいつを渡してはくれませんかね・・・・・?? も、勿論俺からということは忘れずに!!」
「分かりました。貴方のことはちゃんとジャック様にお伝えしておきましょう。これからもジャック様への忠節に励みなさい」
「は、はいっ!!!! あの御方の御力になれるよう、精進します!!!!!」
そう言って、コウルスは玉座の間から去って行った。
ルーナはその背中を見送ると、小さく笑みを浮かべる。
「ヴァイスやヤオと違い、コウルスは真にジャック様を信奉している様子ですね。絶大な力に魅入られた、とでも言うのかしら・・・・私と似た匂いを感じます」
そう口にして、ルーナは誰も座っていない大岩の玉座に視線を向ける。
そして悩まし気に眉を八の字にし、熱っぽい吐息を吐いた。
「・・・・・ジャック様、まだ帰って来ないのですか・・・・ルーナは、貴方様に逢いたくて逢いたくて、毎日、寝床で泣いております・・・・・」
その寂し気な声は誰にも届くことはなく。
ただただ虚しくその場に消えていくのであった。




