第1章 新たなる魔王の誕生 ④
「おいおい、またしても多数対一の状況かよ」
何とか不意打ちで1匹を倒せたものの、残りの数は12匹。
緑色で上半身素っ裸の厳つい顔をした・・・・ゴブリンみたいな連中は、仲間を殺した俺に鋭い視線を向ける。
そして、怒りの形相を露わにして、一斉に叫び声を上げた。
「ギィィヤァァッァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!」
「チッ、うるせえなぁ。・・・・っと、そうだ、良い機会だし使ってみっか。【アナライズ】」
俺は咆哮する一体のゴブリンの姿を視界に捉えながら、覚えたての【アナライズ】を使用する。
案の定、先ほど小石に使用した時と同じく、ステータスウィンドウが目の前に現れた。
【ステータス】
名前 なし
Level 68
種族 ハイゴブリン
年齢 162歳
クラス ウォーリアー
HP 1256
SP 348
攻撃力 986
防御力 562
俊敏性 256
魔法攻撃力 322
魔法防御力 284
成長性 B
【習得魔法スキル】
○なし
【習得戦技スキル】
○スラッシュ
【耐性】
○斬撃耐性
○疾風耐性
【加護】
○なし
「・・・・・・・・・・強すぎね?」
確か俺、レベルアップした時に聞いたステータス、平均が10か20くらいだったぞ?
レベル68って・・・・明らかにレベル2の俺が叶う相手じゃない。
(おいふざけんなよ!! 誰だ俺をこんなダンジョンに転生させた奴!!!!)
普通もっとレベル1〜4くらいのよぉ、低レベルモンスターが出てくるところから攻略させるだろ!!
いきなり1000越えのステータス持ちの奴を、12匹も相手にしなきゃならねーなんて、無理ゲーにも程がある!!!!
そう内心で愚痴っていると、ハイゴブリンの1匹が、石斧を振りかざしながらこちらに突進してきた。
俺は慌てながらも、その斬撃を横に跳ねる事で軽々と避けて見せる。
しかしーーーーーーー。
「おわぁ!?!?」
石斧が叩きつけられた地面から、とんでもない爆風と砂塵が巻き起こった。
その風圧に耐えきれず、コロコロと地面を転がって行ってしまう。
そんな俺を逃すまいと、こちらに突進し、次々と斧を振り下ろしてくるゴブリンたち。
俺はそれらの攻撃を間一髪で避けながら、ゴブリンの猛攻を防ぎ切る。
(こいつらの斧、まともに食らったら不味そうだな)
恐らく、一撃でも受けたら、そこでゲームオーバーだろう。
するりと目の前を通っていく斧に、明確な死の予感があった。
(く、くっそ〜!! このまま避けてても埒が開かねえ!! とりあえず、距離置いて何か手段を考えるっきゃないか!)
俺は、ゴブリンたちから距離を取ろうと、洞窟の最奥へと足を向ける。
しかしそこでひとつの過ちを犯してしまったことに、俺は気付いてしまった。
(あ、やっべぇ、こっち側に来たら逃げ道ないじゃん)
壁に背を付けて座っている、怯えた顔の少女と目が合う。
まんまと、逃げ道がない場所へと追い込まれてしまった。
「あ〜糞、どうすっかな、この状況・・・・」
ハイゴブリンたちが、サディスティックな笑みを浮かべながら、俺たちの方にゆっくりと近づいてきていた。
その顔には勝利を確信した、勝者の余裕が見て取れる。
むざむざと誘い込まれ、嬲られようとしているこの状況に、俺は無性に腹が立ってきた。
(この状況・・・・高校時代の、あの虐められていた当時の・・・・クソみたいな光景を思い出すな)
放課後の教室。
裸にひん剥いた俺を囲んで、嘲笑っている同級生たちのあの姿。
今のこの状況に感化され、思い出したくもない過去の記憶が蘇ってくる。
《報告 付近にあるハイゴブリンの死体に【アンデッドドール】のスキルを使用することを推奨致します》
俺の怒りに呼応するかのように、脳内に鳴り響いてきたアナウンスの声。
俺はその声に従い、先ほど【エンファイア】で燃やしたハイゴブリンの焼死体に視線を向ける。
【アンデッドドール】がどのような能力のスキルであるかは定かではない。
だが、こちらに向かってきてるハイゴブリンたちに対して・・・・俺が持つ対抗手段は、このスキルに賭けること以外に思い浮かばなかった。
俺は急いでハイゴブリンの元に駆け寄り、魔法を発動させる。
「スキル【アンデッドドール】!!!!!!!!」
その魔法を唱えた瞬間、俺の中から大量の生命エネルギー・・・・SPが消費される。
そして、それと同時に、死んでいたはずのゴブリンの身体がむくりと起き上がった。
《報告 【アンデッドドール】の効果により、スカルゴブリンが支配下に加わりました》
「キィシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」
甲高い金切声を上げ、焼け焦げた頬の肉をボトボトと落としながら、ハイゴブリンだったアンデッドは眼前の敵に憤怒の顔を見せる。
仲間だった者が異形の姿で蘇ったその光景に、ハイゴブリンたちは動揺し、怯えた表情を見せた。
「やれ!!!!!」
俺のその指示に、スカルゴブリンと称されたその魔物は石斧を構えながら突進し始める。
ハイゴブリンたちは慌てて斧を構え始めるが、スカルゴブリンの駆けるスピードの方が何倍も早かった。
「グァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」
瞬時に群れの前にたどり着いたスカルゴブリンは、一閃、石斧を3匹のハイゴブリンたちの顔面に放つ。
するとその瞬間、頭が切断され、まるで糸が切れるかのようにハイゴブリンたちの身体は力無く倒れ伏していった。
その光景に、スカルゴブリンは舌なめずりし、恍惚とした表情を浮かべていた。
《報告 支配下にあるスカルゴブリンの二分の一の経験値を獲得いたしました》
《報告 レベルが3に上がりました》
《基礎ステータス値がアップしました》
《HP25→30》
《SP35→40》
《攻撃力7→8》
《防御力10→12》
《俊敏性17→20》
《魔法攻撃力22→25》
《魔法防御力25→26》
《50スキルポイントを獲得しました》
《レベルアップにより習得可能な新たなスキルが解放されました》
《習得可能なスキルは以下の通りです》
《死霊系魔法 【リビングデッドコントロール】 消費スキルポイント70》
《合計所持スキルポイント 100》
「なるほど、な」
この【アンデッドドール】とかいう魔法、どうやら死体をアンデッドとして蘇らせて使役するスキルのようだな。
それで、使役したアンデッドが得た経験値は俺にも入ってくる仕組み、と・・・・なるほどなるほど・・・・。
俺は目をキランと輝かせながら、ハイゴブリンたちを見る。
「・・・・こいつらをスカルゴブリンに殺させまくったら、経験値取り放題じゃね?」
俺は邪悪な笑みを浮かべながら、スカルゴブリンに指示を出す。
「やれ。完膚なきまでに蹂躙してこい」
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」
殺戮に対する喜びの声をあげ、腐肉を垂らしながら、スカルゴブリンはハイゴブリンの群れへと再び襲いかかった。
その圧倒的な力を振るうアンデッドを前に、ハイゴブリンたちは恐慌する。
「ギ、ギギギィアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!」
そして1匹が恐怖の声をあげ逃走すると、それに続いて瞬く間に群れ全体が洞窟の奥へと逃げていった。
だが、1匹も逃すまいと、スカルゴブリンは容赦なく元同胞たちの背中を追いかけて行く。
「殺したらちゃんと戻って来いよー」
俺のその発言にコクリと頷くと、スカルゴブリンは闇の中に消えて行った。
後には、怯えた顔をして座り込む白いローブを着た少女と、カボチャ頭の俺だけが残される。
何というか、気まずい空気が辺りには漂っていた。
「あ、あの・・・・」
「ひ、ひぃっ!!!!」
少女に顔を向けると、彼女はより一層怯えた表情を見せた。
その瞳にはこちらに対する明確な恐怖の色が見て取れる。
「あーっと、そんなビビらなくて良い。俺はあんたに危害を加える気は一切ねえよ」
「ま、魔物が人語を・・・・・も、もしかして、貴方がこの迷宮の主人とされる・・・・魔王軍の残党なのですか?」
「魔王軍の残党??」
「貴方の見た目はただの低級な魔物、ジャック・オー・ランタンですが・・・・その身に宿る力は、尋常ではありません。詠唱破棄で魔法を行使したこといい、不可思議な力を持つ炎の魔法といい・・・・・あ、後は、死者をアンデッドとして使役する能力とか・・・・」
何やらブツブツと呟いて俯いた後、金髪の少女は再びこちらに目を向ける。
「あ、貴方の本当の正体は、魔王軍の幹部とされる、“ベヒーモス”という名の魔物なのではないでしょうか?」
「ベ、ベヒーモス??」
生憎、俺はそんな名前じゃない。
生前名乗っていた名は、秋月 透という、どこにでもいる普遍的な日本人の名前だった。
その・・・・ベヒーモス? といった名前には当然、聞き覚えがないので首をーーーー首がないため、頭を傾げる。
「俺はんな名前じゃねーよ。トオルってもんだ」
「ト、トオル・・・・??」
「いや、一回死んだ身だし本名で名乗るのは何か変な感じだな・・・・・しばし待て。今、名前を考える」
「は、はぁ・・・・」
困惑げな表情をする少女を他所に、俺は目を閉じ、考え込む。
(この女、さっき俺のことをジャックオーランタンって言ってたよな?)
ジャックオーランタンといえば、確か、アイルランドやスコットランドの伝承に残る妖怪的な存在だった気がする。
中二病だった頃、よくそういった存在を調べていたから、未だに妖怪や幽霊といったオカルト知識が俺の脳には残っていた。
(確かジャックオーランタンの伝承って・・・・生前、堕落した生活を送っていたある男の魂が、死後の世界への立ち入りを拒否され、この世を彷徨うカボチャの亡霊となったという内容だったけな)
堕落した男の魂・・・・まさに、ニートだった俺のことだな。
もしその伝承通りに、俺の魂も死後の世界に拒否され、この身体になったのだとしたら・・・・・。
俺は、ニヤリと笑みを浮かべる。
(天国にも地獄にも行けないんじゃ、しょうがねぇ。この世界で好き勝手やらせてもらうとするか)
むしろ、第二の人生を歩めることに感謝したいくらいだ。
引きこもって碌な人生を歩めなかった分、この異世界では思う存分生きてやろう。
「あ、あの・・・・・?」
1人考え込む俺に、少女は訝しげな表情を浮かべる。
(あぁ、そうだったな、新しい名前か・・・・・)
俺は数秒思案したのち、最も安直な名前を口にした。
「俺は、ジャックだ。よろしくな嬢ちゃん」