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第9章 亡者の軍勢、楽園の終わり ⑤





「・・・・・・・・・・・嘘、でしょ・・・・?」


 空中を飛びながら、ムレアは絶句した表情を見せる。


 先程の会話と今のその様子を察するに、どうやらこいつは肉親に対しての情は幾分かあるようだ。


 その怯える顔を見れば、今の俺の身体であるシアナー---奴の弟に対して親愛の情があったことが明確に伺える。


「ククク、残虐な階層支配者といえども家族は大事、と言ったところか?? 案外可愛いところがあるじゃねーか」


 そう口にして、俺は持ち上げていた自身の頭を首にくっ付け、元の位置へと戻した。


 するとそんなこちらの行動に対して、ムレアは甲高い悲鳴のような声で叫び始める。


「うるさいうるさいうるさいッッッ!!!! あんた、シアナにいったい何をしたって言うのッ!?」


「おいおい、さっき首がないことを見せてみただろうが。てめぇの弟はな、殺して、俺の身体にしてやったんだよ」


「殺しー---!?」


「いやー、お前の弟のこの身体は便利で実に良いぞ? 翼があって空も飛べるし、俊敏性もそこそこはあると見える。耐久性があまりなさそうなのだけが難点だが・・・・その点を踏まえても、さっきのオーガよりは性能は高そうだな。これから集める予定の俺のスペアボディシリーズの一体にぜひ、入れておきたい肉体のひとつだ」


「何を・・・・何を言っているのあんたは!? スペアボディ? 意味が・・・・意味が分からないわよっ!!」


「やれやれ、頭の悪い奴だな。つまりはお前の弟は、俺の身体の下に生えるだけの肉塊になったんだよ。分かったのならピーピー騒いでないでさっさと俺にかかってこいやクソガキ。てめぇはそれでも階層支配者か?? あ??」


「ふ、ふざけんなよアンデッド風情がァッ!! ポッと出のあんた如きがッ!!!! 階層支配者でも何でもないただのカボチャ如きがッ!!!!! あたしたち二人の夢を壊すなんて・・・・・許されると思ってるのぉッ!?!?」


 そう叫び、ムレアは無数の【アイシクル・ランス】を背後に召喚し、それを俺目掛けて射出してきた。


 迫りくる氷の雨を眺めながら、俺はその光景に思わずハァと大きくため息を吐いてしまう。


「まったく、その攻撃パターンは流石に見飽きたぞ?? バカのひとつ覚えみたいに同じ攻撃ばかりしてきやがって・・・。まぁ、良いか。この機会に俺も、新たに得た幻惑魔法とやらを試してみるとしよう。ええと・・・・・【エンファイア】、と、魔法をコピーするスキルって・・・・こいつか?? 【ドッペルゲンガー】」


 詠唱を唱えたその瞬間、俺の周囲に大量の青い火球が現れた。


 発現者の俺でさえも、その全てが本物の火球に見えるほど、どれもが精巧な姿に見える。


 使用してみてその効果を理解したが、どうやらこの【ドッペルゲンガー】というスキルは魔法だけでなく、ありとあらゆるものをコピーして偽物の幻影を造り出すことができるようだ。


 最初にムレアと対峙した時、奴が自分そっくりな偽物を用意しデコイとして使っていたが・・・・あれはこの【ドッペルゲンガー】を使用して生み出したものとみて良さそうだな。


 コピーするというだけの単純な魔法だが、考えようによっては色々と悪さができそうに思える。


 戦闘中だと中々使いどころが限られそうな難しいスキルではあるが・・・・上手く相手をだますことができれば、一気に戦況を有利に働かすことができそうな魔法といえるだろう。


「さて・・・・魔法の考察は一先ず置いておくとして・・・・まずは幻のぶつけ合いを始めてみるとしようか」


 俺は掌を上空へ向け、こちらを刺し殺そうと迫ってくる【アイシクルランス】に照準を定め、大量の火球を放っていった。


 そうして射出されていった青い人魂の群れは、氷の槍に向かって飛んでいき、寸分たがわずに宙で相殺し合っていった。


 幻同士はお互いに打当ると、その瞬間に消失していき、霧散していく。


 だが本物の魔法と幻惑魔法が衝突すると、当たり前だが本物の方がそのまま無くならずに現存する。


 なので、運悪く幻惑魔法に当たった本物の氷の刃は幻を貫くと、そのまま俺の方へと降ってきたのだった。


「・・・・・・・チッ!! なんであんたもあたしと同じ魔法が使えるのよぉ!!!!!」


 しかしそれは俺が放った【エンファイア】も同様のようで、幻の中を通過していった火球がムレアの方へと落ちていくのが遠方に見える。


 だが、互いに空を飛べるため、遠距離から飛んでくる魔法を回避することは造作もないことだ。


 俺とムレアは宙を旋回し、お互いに迫りくる氷と炎の魔法を難なく回避した。


 回避し終えた後、俺は先程の攻防を振り返り、クククと、ムレアに向かって笑い声を飛ばす。


「なるほど、なるほど。やはり幻惑魔法は互いにぶつかると消失し合うのか。使ってみた感じ低コストのSPで発動できるようだし、相手への牽制にはうってつけの魔法だな」


「な、何であんたが【ドッペルゲンガー】を使えるのよっ!? その魔法は夢魔族の中でもあたしとシアナしか使えない特別な魔法のはずなのにっっ!!!!!!!」


「何、てめぇの弟からスキルを奪ってやったまでのことだよ。オラ、今の攻撃で終いか?? 俺が憎ければとっとと次の攻撃を仕掛けて来やがれ」


「・・・・・・・・【トランス・ペアレント】」


 そう小さく呟いた瞬間、ムレアの身体が透明になって空中に溶けて消えていった。


 はいはい、お次は透明化魔法+【チャーム・ファンタズム】のコンボときましたか。


 やれやれ・・・・その攻撃は前も見たし、シアナとの戦闘で対処法は実践済みだ。


 もうネタは分かっているので、【シャドウ・エンファイア】がある俺にとっては、防ぐことは造作もない魔法ではある。


「しかし、まぁ、な・・・・」


 せっかくの階層支配者と闘える機会だ。


 【シャドウ・エンファイア】で呆気なく殺しては戦闘経験が得られないし、何より奴には一度煮え湯を飲まされている。

 

 その分の痛みを与えてやらねえことには、どうにも腹の虫がおさまらねぇよなぁ。


 「クククッ、ここはとりあえず、幻惑の騙し合いをしてみるとしようかね」


 そうして俺は小さく詠唱を呟く。


 「・・・・・【ドッペルゲンガー】、【トランスペアレント】」


 幻惑魔法で生み出した偽物の自分を自身と重なるようにして生み出し、即座に本体である俺は透明化を使って姿を晦ます。


 これは、ムレア自身が前回俺と戦っていた時に使用していた幻惑魔法のコンボ。


 自分が使っていたこの戦法に果たして奴がどう対処するのか・・・・見ものだな。


 そのままデコイに【チャーム・ファンタズム】を使って攻撃をミスるようなら、その時は奴のその無防備な背中に俺の【スラッシュ】をお見舞いしてやるとしよう。


 もしこの罠を見抜き、上手くこの罠を切り抜けられる方法を持っているのなら・・・・その時は奴の戦法を吸収して、俺の糧としてやろう。


 どっちに転んでも俺には害は一切無いのが、美味しいところだ。


 (ククク・・・・さて、ムレアはいったいどういう行動を取るのかねぇ)


 第五階層支配者の実力がどんなものか、見物といくとするか。








《ムレア視点》



「【チャーム・ファンタズム】」


 

 透明化魔法を解いて、あたしは右手に【チャーム・ファンタズム】を発動させる。


 そして、無防備に空を飛んでいるカボチャ頭の背中に向けて、掌をー----。


「なんて、ね」


 あたしはすぐさま背後を振り向く。


 そして案の定、幻惑魔法を解いて宙に現れたカボチャ頭の姿を捉えると、あたしは歓喜の嗤い声を上げた。


「あはっ!!!! あはははははははははははははははははははははははっ!!!!! あたしと騙し合いをしようなんてねぇ!!!! 1000年早いのよこのバカかがっ!!!!!!!」


 有難いことにわざわざ至近距離に現れてくれたカボチャ頭の身体に向けて、あたしはそのまま掌を振り降ろす。


 その掌はカボチャ頭のー---ううん、シアナの胸に触れた。


 そして【チャーム・ファンタズム】が発動し、あたしの勝利は確実のものとなった。


「あはははははっ!!!! 調子に乗るからこうなるのよアンデッド!!!!! ふふふっ、せっかく悪夢から目覚めたというのにまた同じ魔法によって地獄に叩き落されるなんて、まったくもって惨めなものねぇ!!!! あんたにはシアナが受けた分の痛みをしっかりとー-----あれ?」


 掌が触れた瞬間、カボチャ頭の身体が霧となって消えていくのが視界に写った。


 これは、幻体が現実のものと触れ、消失したときの現象。


 つまり、目の前のこいつは・・・・・。


「に、偽物・・・・っ!?」


 有り得ない。


 だって【ドッペルゲンガー】はその性質上、氷や炎といった簡単な造りのものは大量にコピーできるけど、人のような複雑な成り立ちをしているものは一体までしか生み出すことができないはず。


 これは、そういった制約がある魔法のはずだ。

 

 それなのに、あのカボチャ頭は自身とそっくりな【ドッペルゲンガー】を二体も生み出したというの?


 あたしたち天才ができなかったことを、しかも夢魔族でも何でもないあの下等なアンデッド種が!?


 有り得ない有り得ない有り得ない!!!!


 この迷宮において、幻惑魔法であたしたち双子に敵う者はいないはずだ!!


 何たってあたしは夢魔族の王、歴代でも魔道に特化したとされるこの第五階層の支配者なのよ?


 なのに、あたしが幻で騙されるなんてわけがー---。


「その驚いた顔を見るに・・・・まさか知らなかったのか? お前?」


 頭上から聞こえてきたその声に、あたしは眉間に皺を寄せながら空を見上げる。


 するとそこにいたのは・・・・・横向きに寝そべって片手で頭を支えながら飛ぶ、カボチャ頭の姿だった。


 その人をバカにしたような態度に、あたしの胸中にますます怒りの感情が込み上げる。


「はぁ? 知らなかったぁ? 何を?」


「ククク、どうやら本当に知らねえみたいだな。だとすると・・・・もしかして魔法スキルっつーのは、発動者が変わると効果も変わる、ってことなのかねぇ?」


「だからっ!! あたしが何を知らなかったって言うのよっっっ!!!!」


 あたしのその叫び声に、カボチャ頭のアンデッドは呆れた顔で深くため息を吐く。


「・・・・・はぁ。透明化魔法はな、先に産み出した幻体であれば、そいつも透明にできるんだよ。どうやらテメーは知らなかったみてぇだけどな」


「は? 何言ってんの? バカ? 透明化魔法は自分自身しか透明にできない魔法のはずよ。幻体を透明に変えるだなんてそんな無茶な話がー---」


「いやいやいや、さっき俺幻体を透明にさせてお前を襲わせてたよな?? 見てなかったのか??」


「・・・・・・・・ッ!!!!!」


 確かに、確かにそうだった。


 あのカボチャの幻は、透明化魔法を解いてその場に現れていた。


 つまり、その結果から鑑みるに、奴は幻であれば何でも透明にできるということ。


 これは・・・・これはいったいどういうことなのだろうか。


 あのカボチャ頭が使う幻惑魔法と、あたしが使う幻惑魔法の効果、その制約が大きく異なっている。


 昔読んだ書物に、幻惑魔法は才能によってその効果や能力が変わるとは書いてあったが、まさか、天才であるあたしとあのアンデッドにそんな差があるっていうの??


 あの火の粉を吐くしか能のない最弱のアンデッド、ジャック・オー・ランタンと、この夢魔族の天才児たるこのあたしに、差が?


 そんなバカな話、あるわけがー---。



「ま、まさか、あんた、透明化魔法発動中に攻撃魔法を放つこともできる、とか言わないでしょうね・・・・?」


「フッフッフッ、その通りだ・・・・と、言いたいところだが、流石にそれは無理だな。さっきのは、透明化した後、幻体を出すために一旦下の森に隠れてから解除して、また魔法を発動してだなー---っと、余計なこと口走ってしまったぜ。これじゃドロセラの奴を悪くは言えないな」


 はぁと、カボチャ頭は大きくため息を吐く。


 そして、佇まいを正して上からあたしを見下ろすと、その暗い眼空がこちらを冷たく射貫いて来た。


「で? お前は次に俺にどう挑んでくる? まだ隠している力があるのなら俺に見せてみろ」


「・・・・・ッ!!!!」


「・・・・・・ふむ。その様子から察するに、どうやらもう打つ手はもうないと見えるな。これ以上戦ってももうお前から得られるものはなさそうだな」


「は、はぁ!? あたしの攻撃を躱せたからって、いい気になってんじゃないわよアンデッド!! あたしは第五階層支配者様なのよ!? あんた如きに遅れを取るわけがー--」


「さて、十分に実験は楽しみ終えたからな。お遊びはもう終わりにしておくとするか。さっさとお前にはー----死んでもらうことにしよう」


 そしてカボチャ頭は手を私へと差し向け、一言、言葉を発する。


「殺せ」


 その瞬間、第五階層全体から憎悪を孕んだ叫び声が、周囲に轟いた。














 「何じゃ、何なのじゃこれはぁっ!?!?」


 「ゴンド!! いいからもっと早く上へ登って!! このままじゃあの化け物に喰べられちゃう!!」


 エルフとドワーフの少女は、垂直に伸びた巨大な大木を必死の形相で上っていた。


 その木の下にいるのは、腐肉をまき散らす、悍ましい姿をした亡者の群れたち。


 亡者たちは生者である二人を喰らおうとし、カリカリと大木の表面を引っ掻いて登ろうとしていた。


 だが、あまり知能がないのかー---アンデッドたちは途中まで登ってはそのまま落下する、ということを繰り返していた。


 けれども、その様子に二人が安堵することもなく。


 自分たちを喰らおうと死に物狂いで木に登って来ようとする亡者に対して、彼女たちは完全に恐慌状態に陥ってしまっていた。


 「ゼェゼェ、つ、捕まれ、パンジー!!」


 「あ、ありがと!」


 大木の上部にある枝へと辿り着いたドワーフの少女は、座り込み、即座に手を崖下へと伸ばした。


 そして、エルフの女の手を掴むと、自身よりも一回り大きい彼女の身体をぐいっと上へと引き上げる。


 そうして何とか枝の上に乗ることができたエルフは、ゼエゼエと息を切らしながら、同じく隣で息を切らせているドワーフへと視線を向ける。


「あ、ありがと。助かったわ」


「はぁはぁ・・・・気にするでない。ここでお主を見殺しにでもしたら化けて出そうじゃからな」


「減らず口を・・・・素直に感謝の言葉くらい受け取っておきなさいよ」


「感謝の言葉じゃと? 気色の悪いことを言うな。お主らしくもない」


「はぁ・・・・・こんな状況でもあんたは変わらず、ね」


 そう会話を交わし、一息ついた二人は荒くなった息を整えると、枝の上から眼下に広がる亡者の群れへと視線を向けた。


「・・・・・何だと思う? あれ・・・・」


「分からん。瞬く間の一瞬の内に第五階層全体に現れおったからな。ひとつ分かることと言えば・・・・・五階層支配者とインプ共の仲間ではないという点じゃな」


 そう言ってドワーフの少女は遠方に指を指し示す。


 パンジーと呼ばれたエルフの少女は、その指が指す方向へ静かに視線を向ける。


 するとそこには、まだ生きているであろうインプの肉を喰らう亡者たちの姿があった。


 インプは悲痛に顔を歪めながら、人間の姿をしたアンデッドに四肢を捥がれ、腸を裂かれ、その身を思うが儘に喰われている。


 彼らが人間に対して行った非道を鑑みれば自業自得ともいえるのだろうが・・・・同じ生きた者があの亡者たちによって喰われていく様は、二人にとっては思わず同情をしてしまう程惨いものだった。


「・・・・・この地獄を生み出した者がいるとするならば・・・・きっと悪魔に違いないわね」


「そう、じゃな。悪魔・・・・いや、もしかしたら、それ以上の存在なのかもしれぬのう」


「・・・・・・・・・・・・」


「のう、パンジー。ワシらはひとつ、勘違いをしていたのかもしれないな」


「勘違い?」


「我々にとっての本当の敵は魔物でもインプでもなく、あの死者たちだということじゃ。あれらは生きとし生ける者の全ての仇敵・・・・そう思わずにはいられぬほど、ワシはあの化け物どもが恐ろしくてたまらない。奴らの生みの親がいるのならば、それは人にも魔物にも分類されない、ただの血に飢えた怪物じゃろうて」


「そう、ね・・・・それは間違いないわね。生者を亡者へと変貌させるアンデッドの軍勢・・・・こいつらが外界の人の世界に現れたその時の光景を考えると・・・・恐ろしくてしょうがないもの」


 自分たちを喰らおうと必死に木によじ登って来ようとするその亡者たちの姿に、二人は身震いする。


 そしてその後、二人は同時に周囲を見渡すが・・・・四方八方、どこにも逃げ道などは見当たらない。


 木々の下、辺り全体に見えるのは、腐肉をまき散らしながら動き回る亡者の姿だけ。


 その光景を視界に収めた後、これからどうしようかと、二人が顔を見合わせたー---その時だった。



「あぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!」


「うぉあおあぁぁぁあああぁぁぁああああ!!!!!!!!!!」



 突如、アンデッドたちが甲高い雄たけびを上げ始める。


 そしてその後、何故かアンデッドたちは踵を返し、ゾロゾロと列を成しながら森の奥底へと消えていくのであった。


「な・・・・・なんだったの、いったい・・・・?」


「う、うむ・・・・さっきまでワシらを喰らおうと必死な様子だったのに・・・・・急に去って行きおったな・・・・?」


 一瞬にして消えていったアンデッドの大群に、二人はポカンと口を開けて呆然とする。


 そしてその後、上空から聞こえてきたけたたましい咆哮の声にエルフの少女が空を見上げると、そこにはー---大群を成してひとつの方向に空を飛んでいく、亡者たちの姿があったのだった。








「はぁはぁ・・・・おかしい・・・・こんなの絶対におかしいわ!!!!!」


 何で? ねぇ、何で? 何であたしがこんな目に遭わないといけないの?

 

 あたしは、ただ、外に出たかっただけ。


 外に出て、太陽光を浴びて、天井の無い空を自由に飛び周りたかっただけ。


 確かに、その目的のために多くの者を傷付けてきたのは認める。


 だけど・・・・だけどこの世界は強き者が生き、弱き者が死ぬ、弱肉強食の世界なのよ。


 目的のために、生きるために、他者の命を喰らうことは生きる者として当たり前の行為でしょう??


 人間たちだって、当たり前のように動物の肉や魚介類を食べて生きているじゃない。


 いったいそれとあたしの何が違うと言うの??


 いったい、あたしが何で、こんな目に遭わないといけないの??


 ねぇ、教えて・・・・教えてよ、お祖母ちゃん。


 外の世界には自由があるんでしょう?? 魔王が生きていた時代では魔物たちは普通に外で暮らしていたのでしょう??


 昔お祖母ちゃんがあたしに読んでくれていたあの絵本の世界に、あたしは行きたかっただけなの。


 お日様の下で誰もが笑って過ごせる、あの光り輝く世界にー---。


 あたしはただ純粋に、憧れていたのよ、外の世界に。


 ・・・・・ねぇ、お祖母ちゃん。

 

 あたしって、間違っていたのかな??


 お祖母ちゃんの言う通り、この暗い世界でひっそりと生きていた方が良かったのかな。



「うぉああああ゛ああああ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」


「おおおうおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛あああああぁぁ゛ぁぁぁぁッッッッッッッッッ!!!!!」



 背後から迫りくる、亡者の群れたち。


 それらの全てはあたしの配下だったインプや、捕えてゴブリンたちの慰み者にしていたサキュバスたちといった、過去あたしに関係していた者たちだ。


 その者たちが死者の大群となって、あたしを後ろから追いかけまわして飛んで来る。


 あたしがこの第五階層で成してきたもの全てが・・・・あたしが喰らってきた弱者たちが一斉に、逆にあたしを喰らおうと、憎悪を晴らそうと、迫ってくる。


 ここ数百年で培ってきたことすべてが自分自身の首を絞めてくるとは、何とも滑稽な話だ。


 まったく、ようやく夢まで一歩のところまでたどり着けたというのに、ちゃぶ台返しも良いところね。


 まさかたった一体のアンデッドによって、全てが台無しにされちゃうとは思いもしなかった。


 思いもよらない理不尽な事故に遭ったようで、泣けてくるわ。


「ハ、ハハハハハ・・・・・あたしってバカね。今さらになって、気付くなんて」


 あたしは乾いた笑い声を零した後、背後の亡者の群れの奥にいるカボチャ頭に、視線を向ける。


 あいつは不気味な笑みを浮かべながら、逃げ惑うあたしを楽しそうに観察していたのだった。


「アレは・・・・あのカボチャ頭は、喧嘩を売っちゃいけない類の魔物だった。お祖母ちゃんは『悪性』の魔物は根源的な恐怖を与える存在だと言っていたけれど、その意味をようやく理解したわ。あの時、お祖母ちゃんはあたしを心配して忠告してくれてたんだ。今になってそれに気付くなんて本当、仕方がないわね。全てが遅かった」


 この状況に陥って、悟る。


 あのアンデッドに敵対行動を取る者は、愚者であると。


 『悪性』の魔物、いや、亡者の王であるあのカボチャ頭は、人も魔も関係なく、生きとし生ける者を喰らう存在だ。


 全てを総じて死に変える存在。


 そんな、死の権化のような存在に、あたしは敵意を向けてしまった。


 悪夢を見せ、眠れる竜の尾を踏んでしまった。


 きっと、最初に出くわした時に即座に恭順の意を示していれば、慎重に対話を重ねていれば、こうはならなかったのだろう。


 あたしは相手がどんな存在かも測れずに、自ら『死』に飛び込んでしまった、というわけだ。


 とんだ、笑い者、大馬鹿者だ。


 多分、先代第五階層支配者を下していい気になっていたんだと思う。


 だから、この世には絶対に逆らってはいけない者がいるのだということを、すっかり忘れてしまっていた。


 この世にはどんなに足掻いても努力しても届かない、絶対に敵わない者がいることを、失念してしまっていた。


「・・・・・・迷宮の主であるベヒーモスやタナトス、聖霊教会の執行者、あとは最上級冒険者、フレイモンド級・・・・恐らくあのアンデッドも、そっち側の怪物、ということね。あたしの大事な弟、シアナを死なせてしまったのはあたしがあのアンデッドに喧嘩を売ってしまったから、か・・・・ハハハ、本当、バカだなーあたしって。情けないお姉ちゃんで、ごめんね、シアナ・・・・」


 何かもが遅すぎるが、今になってようやく、あたしは自分がしでかしてしまったミスに大きく後悔をしていた。


 あのアンデッドに牙を向けてしまった自身の愚かしさを、唇を噛んで血が滲み出る程、激しく後悔していたのだった。


「ぐうる゛ぁぁあぁあああああああ!!!!!!!!」


「や、やめ、やめて!! 来ないで!!!! い・・・・・いやぁぁあああああああっっっ!!!!!!!!!!!!」


 体力が底を尽き、飛ぶスピードが遅くなった瞬間、その隙を見計らったように一匹のアンデッドがあたしに詰め寄り、羽に噛みついてくる。


 ビリビリと、翼の皮と骨が肉ごと噛み千切られ、飛べなくなったあたしはそのまま地上へと落下していった。


 空を見上げると、そこにあるの天空を覆い隠すように飛ぶ死者の大群。


 あたしはそれらに向けて【ドッペルゲンガー】を織り交ぜた【アイシクルランス】を放つが、奴らの脳にあるのはあたしの肉をかっ喰らう、ただそれしかない。


 だから、幻惑魔法の牽制など、アンデッドたちは見向きもしなかった。


 いや・・・・幻惑魔法ではなく、ただの攻撃魔法を放っても、奴らは止まらないだろう。


 腕を引きちぎられようとも、腹を貫かれようとも、あの亡者たちが止まることは無い。


 奴らの脳内にあるのは、あたしを喰らう、ただそれだけだ。


 あたしは舌打ちをして、背後を振り返り、落下地点を確認する。


 しかしそこにもー---アンデッドの群れはいた。


 見渡せば、第五階層の森の至る所に、死者の姿がある。


 森林の木々の合間、草原の人間牧場がある地帯、神殿がある切り立った山の麓。


 どこを見ても、あたしを見つめる、白く濁った眼球がある。


 もう・・・・逃げ場なんて、どこにも無かった。


「た、たす・・・・助けて・・・・・」


 力なく、地面へと落ちていく。


 こちらへと腕を伸ばし、亡者たちは誰よりも先にとあたしの肉を喰らおうと前へ出る。


「いやだ・・・・死にたくない・・・・こんな死に方、したくない・・・・・」


 再び上空へと視線を向ける。


 そして、アンデッドによって埋め尽くされた紫色の空へと、あたしは手を伸ばした。


 産まれた時から、あの紫色の空は嫌いだった。


 一度で良いから、青い空に光の球が浮かぶ、本物の空が見たかった。


 でも、今は、あの薄汚い紫色の偽物の空でも良いから・・・・その姿を、瞳に捉えておきたかった。


 最期は悍ましい死人の顔ではなく、綺麗なものを見て死にたかったから。


 あたしに憎悪を向けるあの白い眼球を見ながら死ぬのは、怖かったから。


 今まで神なんて信じて来なかったけれど、この時だけはー---あたしは神様に縋ってしまっていた。


 どうかこの地獄から助けて欲しい、と。


「あばよ。忌まわしい記憶を甦させたりしてくれて、中々楽しかったぜ? 第五階層支配者さんよ」


 亡者の大群の中で飛ぶ、弟の身体を乗っ取ったカボチャ頭のアンデッド。


 その姿を確認した後、あたしはあたしが蔑ろにしてきた全ての者に、その身をひき千切られ、咀嚼され、喰べられていった。

いいね、ブクマ、評価、本当にありがとうございます!!


色々と鬱々としていた第五階層編ですが、ここで終了です。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!


次からは第三階層編となる予定ですので、また読んでくださると嬉しいです!!

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