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第9章 亡者の軍勢、楽園の終わり ③






「なん・・・・だ、お前は・・・・?」


 瞬く間の一瞬の内に起こったその出来事に、シアナは瞳を見開き呆然とする。


 だが、それも無理はない。


 目の前で行われたその異様な光景には、私も意味が分からずただただポカンとするしかなかったからだ。


「ジャ、ジャックさん・・・・? いったい何をしてるですか・・・・?」


 ジャックさんは、戦技スキルによる不意打ちでオーガを倒した。


 そこまでは理解できる。


 だが、その後の・・・・首のないオーガの身体と自身の顔をくっつけたジャックさんの謎の行動に関しては、理解の範疇の外側にある光景だった。


 死体の肉を喰べるわけでもなく、死体を自分の盾にするわけでもなく。


 オーガの顔と自分の頭を挿げ替えるだけというその行為は・・・・乗り移ったとでもいうべきその行動は、はっきり言って、不気味以外の何物でもなかった。


「ふむ・・・・確信はあったが・・・・やはり当たっていたか・・・・・」


 そんなこちらの動揺する様子など気にもしないで、ジャックさんはオーガの腕を操り、手に持っている鉄斧をブンブンと振り回している。


 そして何が面白いのか、彼は「ククク」と嬉しそうに笑い声を零していた。


「・・・・・ゴクッ」


 ジャックさんのその様子にもう一体のオーガはゴクリと唾を飲み込むと、彼に向かって鉄斧を構え、シアナを庇うようにして背後へ数歩後退する。


 このオーガも先ほど起こった出来事には幾分か気圧されていたのか、若干の及び腰だった。


 得体のしれない何かに畏怖している様子で、身体を小さくカタカタと震わせているのが見て取れる。


「ジャック様。あのオーガの背中に隠れているのが第五階層支配者の片割れ、シアナです」


 入り口に立っていた白い髪の少女が、そう、ジャックさんの背中に声をかけた。


 すると彼は前方へと顔を向け、オーガの背後にいるシアナへと視線を向けていった。


「へぇ?? てめぇがシアナか。なるほど、確かにあのクソガキ、ムレアの野郎に似た顔立ちをしていやがるな」


 その声に、シアナは不快気に顔を歪ませる。


「お前・・・・いったい何なんだ? 何故、低級アンデッドが一撃でオーガを倒せる?? いや、それよりも、その身体・・・・お前には、死体を操る力があるとでも言うのか??」


「おいおいおい、敵に能力の効果を問われて「はいそうです」、なんて答えるわけねーだろうが。んなバカ、この世界のどこ探してもいな・・・・いや、いたわ。そこの牢の中にいるタラオはペラペラと自分の能力喋ってたわ。まったく、夢魔族っつーのは全員あんな感じのアホなのか??」


「ア、アホじゃないですです!! 私はジャックさんが味方になると思ってですね~!!!!」


「いやいや、初対面の相手に自分の持ってるスキルの効果話すとかバカでしかないだろ」


 私は彼が、予知夢で予言されていた双子の階層支配者を滅ぼすアンデッドだと分かっていたからこそ、情報を開示したまでのこと。


 それをバカ呼ばわりされるとは心外・・・・・いや、予知夢のことまでは話してないから、彼にはいきなり自分の能力を明かしたアホにしか見えてないのは当然か・・・・。


 とにかく、ジャックさんにバカ認識されていて悲しいです、私は。


 バカはウトリのような筋肉馬鹿にこそ相応しい言葉ですよぉ・・・・うううぅ・・・・。


「さて・・・・・シアナ。一応聞いておくが、お前・・・・大人しく俺の軍門に降る気はねーよな??」


「は? この僕がお前の下に?? まったく、冗談は休み休み言ってくれよ。低級アンデッド如きに僕が降るわけがないだろう?? 虫唾が走ることを言うんじゃない」


「言ったな? 前言撤回はさせねーぞ??」


「はぁ。弱いものほどよく吠えるというか・・・・不意打ちでオーガ倒せたからといって調子に乗るなよ? アンデー---」



 その時だった。


 ジャックさんの姿が、一瞬の内で視界から掻き消えた。


 「え? え?」


 何が起こったのか分からなかったのか、隣に立っていたフェリシアは困惑の声を上げる。


 それは、私も同様だ。


 ジャックさんの姿が消えたと思ったら、気付いた時には彼は・・・・・あのオーガの首を、真っ二つに刎ねていたからだ。





 






 【チャーム・ファンタズム】の悪夢から目覚めてずっと、俺は、以前の自分とは違う不思議な感覚が胸の内にあった。


 最初はこの変化が何なのかは分からなかった。


 だが、虜囚たちを全員ゾンビに変えたその時、自分という存在が前とは明確に異なる存在になったのだということを理解した。


 俺は、他者の命に関して、まったく重さを感じなくなっていたのだ。


 それは、自分が完全に死者の立場、『アンデッド』だということを理解したということに他ならないだろう。


 幻惑魔法の中でかつての同級生たちを殺し、魔物である自分を受け入れた影響。


 その結果が、俺の中にあった人間性の欠落。


 そのおかげなのかは断定はできないが・・・・今まで【リビングデッドコントロール】を使っても上手く動かせなかった魔物の身体が、今の俺なら完璧に使いこなせる予感があった。


 以前は人間の心が残って完全に魔物の死体を掌握できなかったが、今の俺なら・・・・。


 魔物という存在を、隅から隅まで理解できると、そう、確信できていた。







「ハッハッー!!!! まずはてめぇを守っているこのデカブツを殺ってやったぜ!! そして、すかさず・・・・【アンデッドドール】」


 俺は丸太のような巨大な腕を動かし、眼下に倒れるオーガに向けて掌をかざし、魔法を唱える。


 するとその瞬間、首を斬られたオーガはむくりと立ち上がると、奴は、かつての主人だったシアナへと斧を構えた。


《報告 【アンデッドドール】の効果により、デュラハン・オーガが支配下に加わりました》


 目の前で異形の怪物へと変貌したオーガに息を飲むシアナ。


 そして奴は額に汗を浮かべながら、一歩後退する。


 だが、最早そこに逃げ場などはない。


 シアナのすぐ後ろにはドロセラとフェリシアが捕らえられている牢があるだけで、逃げ道はというとアッシェが立っている俺たちが通ってきた道しか見る限りには存在しない。


 この部屋にあるのは本が並べられた棚と、あとは他と同様にエルフやサキュバスが捕まっている監獄が周囲に立ち並んでいるくらいのもの。


 天井も鍾乳石が垂れていることから、分厚い石質の壁に塞がれていると見て間違いなさそうだが・・・・さっきのインプたちの塒の前例もあるからな。


 この部屋のどこかが幻惑魔法によって変化させられている可能性は十分にあると言えるだろう。


(・・・・まっ、逃走しないよう警戒は怠らないようにして・・・・あとは冷静に奴の幻惑魔法を処理して、あのガキを仕留めるだけだな)


 俺は鉄斧の斧頭部分を肩に乗せ、シアナを見下ろしてニヤリと微笑む。


 するとシアナは俺の表情に合わせるように笑い声を上げ、引き攣った笑みを浮かべた。


「フ、フフフ、いやはや、君の能力には驚かされるばかりだよ。さっきの死体を操る能力と良い、今の死体を即座にアンデッドに変える能力と良い、どうやら君は脆弱なアンデッドとは言えども、その中でも稀にみる特異な存在のようだね。うん、認めてあげるよ。君は僕が実験するのに相応しい、レアな素材であることを」


 そう言ってシアナはパチパチとバカにするように拍手を鳴らし始めた。


 俺は奴のその様子に大きく舌打ちを鳴らす。


「あ? 随分と上から目線だなオイ。実験対象だと? 何を言ってやがるんだテメーは?」


「君こそ、オーガを下しただけで僕を追い詰めたとでも思っているのか?? というか、忘れてないかな?? 君は一度、ムレアに敗北しているんだ。そして僕は、彼女と同一のステータス値を持つ双子の階層支配者。幻惑魔法に耐性がない君が、僕に勝てる道理などあるわけがないだろう!!!!!」


 シアナはそう叫ぶと、両手を広げる。


 そしてすぐに魔法を詠唱すると、奴の背後には10数本から連なる氷の刃が宙に浮いて現れた。

 

「ははははははは!!!! 後悔してももう遅いぞ!!!! 僕の幻惑魔法で、お前を再び悪夢の中に落としてやる!!!!!!」


「・・・・・・・・・・・・・」


 俺の頭上目掛けて降ってくる、氷柱の雨。


 アッシェと違って幻惑魔法の耐性がない俺には、この氷柱のどれが本物で、どれが偽物なのかは分からない。

 

 背後にいるアッシェに助力を求めれば、この魔法の攻略など簡単に済むのだろうが・・・・。


 だが、別段、その必要もないだろう。


 俺は、全力で地面を蹴り上げる。


 そして、氷柱の雨の中へと勢いよく飛び込んだ。






《アッシェ視点》



 シアナとジャック様が戦闘を始めるのと同時に、私は静かに瞼を閉じた。


「・・・・・・・・・・・・・」


 そして私は、この部屋に来る前まで会話していたジャック様との出来事を思い出す。


 あれは、ちょうど通路が二つに分かれた地点に辿り着いた時だった。




『アッシェ。もし、お前が戦ったとかいうオーガとやらがシアナの部屋にいたのなら・・・・そいつに目掛けて俺をブン投げろ』


『は・・・・?』


『あと、お前はこの戦いには参加するな。良いな? 頼んだぞ』


 そう言ってジャック様は静かに歩みを進めて行った。


 私はその背中に慌てて声をかける。


『お、お言葉ですがジャック様・・・・シアナは強力な幻惑魔法を使ってくる魔物。ですから、むやみやたらに敵の間合いに入るのは危険だと思う・・・・・思います』


『・・・・・・・・・・』


『それと、最後のご命令にも納得できません。私が居た方が幻惑魔法の対処がしやすくなると思いますので、戦闘には私もご一緒させて頂きます』


『何、ここはひとつ素直に俺の命令を聞いてみろって。大丈夫だ。絶対にやられはしねーよ』


『で、でも・・・・』


『幻惑魔法っつーのは、事前に仕掛けるタイプ・・・つまり、場所を変化させるものさえ除けば、大体は対象を視認できてこそ初めて成り立つ魔法だ。【チャーム・ファンタズム】も魔法をコピーする幻惑魔法も、お前のような俊敏性があれば、そもそも当たることもないし発動すること自体も無意味と化す。違うか?』


『それはそう、ですが・・・・・』


『不満げだな。何か懸念があるなら言ってみろ』


『ジャック様が言っていた透明化魔法・・・・その魔法と共に【チャーム・ファンタズム】を発動されたら、その時は一巻の終わりじゃないでしょうか?? 透明になられたら対処のしようがないと思います』


『確かに、あの魔法は脅威だな。だが、あれにはひとつ致命的な欠点がある』


『欠点、ですか?』


『あぁ。それは、一度透明化を解かないとスキルを発動できないという弱点があることだ。何たってムレアの奴は【チャーム・ファンタズム】を使う時、わざわざ透明化を解除していたからな。この弱みさえ理解していれば、あの魔法はまったく怖くはないと見える。魔法を解く、その瞬間さえ知覚できさえすれば・・・・俺のある魔法の力を使えば、対処しきることは可能だ』


『ジャック様は・・・・その攻撃を確実に対処できる算段があると・・・?』


 そう聞くと、彼は不敵に笑みを浮かべた。


『俺は今まで、不思議に思ってたんだ。【リビングデッドコントロール】でケルベロスのあの俊敏性を奪ったってのに、何故、俺のこのカボチャの身体にはその速さが宿ってないんだ、とな。この謎はどんなに考察してみても長らく正解を導き出すことができていなかったんだが・・・・最近になってようやっと、俺はひとつの答えを導き出すことに成功した』


『その答えとは何だったのですか?』


『俺のこの手足がない丸い身体じゃ、そもそもスピードを出すことは困難なんじゃね? という、ごく自然で当然な答えだ』





「・・・・・・・・・・・」


 私は過去の回想を終え、静かに瞼を開ける。


 すると目の前に広がっていたのはー---氷の刃の雨を、圧倒的な速さで躱しきるジャック様のお姿だった。







「・・・・・・・・」


 あの時の・・・・ハイゴブリンの攻撃を軽やかに躱していたアッシェの姿を思い出す。


 あいつは全ての攻撃を最小限の動きで避けきっていたが、当然、俺にはそんな高度なことができる技術はない。


 反復横跳びのようにサイドステップを踏んで攻撃をいなすか、屈んで避けるか、ジャンプして回避するかのいずれかだけだ。


 このオーガの以前の身体の持ち主も、攻撃をすることは得意な様子だったが、どうやら回避することに関しては苦手な様子であった。


 この身体のスペック上、限界を越えた動きは叶わない。


 だから、アッシェに比べれば若干動きは鈍いだろうが・・・・それでも俺には、自分自身の身体に宿る『ケルベロス』の俊敏性が残っている。


 カボチャ頭のままだと効果を発揮できなかったその俊敏性も、案の定、このオーガの身体を乗っ取った瞬間、力を発揮してくれていた。


 目の前に降ってくる氷の刃がスローモーションのように見えることから、その事実がはっきりと見て取れる。


「これを回避するのは・・・・別に問題はなさそうだな」


 そうして俺は自分の持てる限りの力を使い、氷の刃を凌ぎきった。


 横に飛び、跳躍し、バックステップし、屈み、躱しきれなかった時は斧で切り裂く。


 そうして無事に氷の雨を防ぎ切った俺は、ふぅっと大きく息を吐いた。


 そして、前方へと視線を向ける。


「終わりか? おいおい、この程度だったら充分な睡眠を取ってSP全回復した俺本体でも何とか対処できー----」


 砂塵が舞って白くなった視界の中。


 目の前に視線を向けると、そこにシアナの姿はなかった。


「ジャック様!!!!!」


 背後のアッシェが叫び声を上げる。


 その心配気な声に、俺は後ろを振り向かずに、冷静に返答する。


「あぁ、分かっているよ」


 焦る必要はない。


 これも、想定済みのこと。


 俺は、静かに魔法を詠唱した。


「ー----【シャドウ・エンファイア】」


 その瞬間、俺の足元から円形の黒い影が広がり、周囲を囲むようにして半径1メートル程の闇が眼下に広がった。


 これは、ケルベロスから奪ったスキルで、インプの群れと戦った時に不発で終わった魔法だ。


 その効果は、防御魔法、敵の攻撃を牽制するためのカウンターに近いもの。


 数分の間、魔法の効果は続き、効果が持続してる限りこの影は常時俺を守り続ける。


 そして、発動者の周囲に近づく者が居た場合ー---影は黒い炎を顕現させ、敵対者を焼き付くす。


 謂わば、トラップ型の護りの魔法。


 この影にまんまと奴が足を踏み入れれば、その時は奴の身は・・・・。


「【チャーム・ファンター-------うぎぃああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?!?!?!?」


 透明化魔法を解いて突如背後に現れたシアナは、俺の【シャドウ・エンファイア】に見事に引っ掛かり、その腕を黒い炎によって焼き尽くされていた。


 俺は背後を振り返り、その様子に嗤い声を上げながら手をたたく。


「クハハッ!! おいおい、双子っつーのは、こうも似る者なのか?? ムレアとまったく同じ戦法を使ってきやがるとは笑わせてくれるぜ!! いやはや、こうもあっさりと俺の策に引っ掛ってくれるとは思わなかった!!」


「う、腕が!! 僕の腕が!! ア、【アイシクル・ハンド】!!」


 シアナは魔法を唱え、黒い炎に包まれる腕に氷を纏うが・・・・それでも炎の勢いは止まらない。


 右腕を飲み込んだ漆黒の炎は、関節まで到達し、一気に肩まで駆け上る。


「な、何でだ!! 何で炎の勢いが止まらない!?!? こんな魔法、僕は知らない!!!! な、何なんだこれはぁぁぁぁ!! 何なんだお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」


「ハッ! 中々に心地よい断末魔を聞かせてくれるじゃねえか! このままお前のその死にざまを見ていても楽しそうだが・・・・せっかくの階層支配者の肉体だ。活用しない手はねえよな?? ー---【スラッシュ】」


 そうして俺はシアナの肩を、戦技スキルによって切断する。


 燃え盛る漆黒の炎の進撃は止まり、シアナは何とか一命を取り留める。


「ゼェゼェ・・・・な、何を? 何故僕を助けた・・・・?」


「さっき俺をレア素材呼ばわりしていたことから察するに、お前は素材集めが好きなのだろう?? 何、それと同じだよ。俺もお前という素材が欲しいんだ」


「・・・・・は? そ、それは、僕を配下にしたい、ということか??」


「なわけねーだろ。テメーは最初に俺の誘いを断った。その時点でお前をこちら側に引き込む気は失せたさ」


「ま、待て! 僕は他の魔物とは比較にならない程、頭が良い!! ゴブリンどもと手を組み、インプという魔物を造ってみせたのもこの僕だ!! きっと、君の力になれるはず!! だからー---」


「他者の命を使うことが趣味なお前と俺は同じ穴の貉の外道だ。きっと俺もお前も、天国や地獄があるとするならば真っ先に地獄に落ちるだろうよ。まっ、先にそっちに行って楽しんでてくれや。あの世で会うことがあったらまた殺し合いを楽しむとしようぜ。じゃあな」


「待っー------」


「【スラッシュ】」



 その瞬間、第五階層支配者の片割れの頭は、静かに地面へと落ちていった。

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