第9章 亡者の軍勢、楽園の終わり ②
「グギャギャギャ・・・・ (おい・・・・何なんだアレは・・・・)」
「あぁぁぁうあああ・・・・・・・」
「うぉあぁあああ゛ああぁ・・・・・・・」
「おうあぁぁああああ・・・・・・・」
「グ、ググガガググギャ! (お、おい、こっちに来るぞ!! )
「ウギャグギャギャ・・・・(は、早く逃げー----)」
「ギガグギャグギャギャ (ま。待ってくれ!! こ、腰が抜けて、羽が上手く動かせない!)
「グルグガヌガ! ギャグギャグア・・・・ギャッ!?!? (何をやっている!! 早くしないと奴らが・・・・・うわぁ!?!?)」
戸惑うインプに群がり、まるでおもちゃを取り合う子供のように両腕を引っ張り合いながら、ゾンビたちはその肉体を思う存分喰らっていく。
「グギャ・・・・グギャァァァァァッッ!!!! (やめ・・・やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!)」
顔、腕、足、腹、羽。
その全ての肉を歯で引きちぎり、剥ぎ取り、咀嚼して、飲み込む。
人間たちやサキュバスに比べて小さなそのインプの身体は、ゾンビたちに捕食され、瞬く間に骨と皮だけの姿へと変貌していった。
その光景を、かつての仲間だった者が突如現れたアンデッドに喰われていく悍ましい状況を、インプたちはただただ身体を震わせ、見つめることしかできない。
彼らは皆、恐怖によって力が抜け、身体を思うように動かせなかったのだ。
その恐怖は、どんな者にでも宿る根源的なもの。
自分が食べられるかもしれないという、食物連鎖の中に生きる生物が必ず持つ恐怖心。
今まで自分たちがこの第五階層の食物連鎖の頂点に立っていたため、彼らはその感情を久しく忘れていた。
インプたちの群れの長である第五階層支配者、ムレアは、時折仲間を殺すことはあったが・・・・それは誰かがヘマをした時なだけであって、その殺意が彼らに向く時は、正当な理由があった時なだけだ。
それに、ムレアはインプを魔法で殺すだけであって、仲間を喰らうなんてことをしない。
魔法によって自分が殺される-----氷の刃によって貫かれ、息絶えるという恐怖は、確かに怖いものだ。
だが・・・・・「殺される」、という恐怖と、「食べられる」、という恐怖はまったくもって別物だということを、この時、彼らは知ってしまった。
そして、こんなにも、緊張で身体を動かせなくなるほどの恐怖があるのだということを、彼らは初めて知りー---ゾンビに襲われ這いつくばりながら逃げ惑う最中、このアンデッドを発生させた『何か』を、心の底から恐ろしく思った。
「ギャハハハハハハハハッ!!!! 良いじゃねえか!! もっと喰え喰え!! インプどもをゾンビに変えていきやがれーッ!!!!!」
俺は目の前で行われるゾンビたちの進撃に、嗤い声を飛ばす。
いやー、最初にこいつらちゃんとインプを倒せるのか? とか思ってたが・・・・。
最初の不安が嘘だったかのように、ゾンビたちはインプどもを上手く捕食できている様子だった。
本当、余計な心配だったようだ。
あいつらを舐めてしまったことにはちゃんと謝罪しなきゃならねえな。
「・・・・・ゾンビたちには、敵対対象を恐慌状態に陥らせるパッシブスキルがあるのかな・・・・」
背後に立っていたアッシェが、そう、ボソッと呟いていたのが耳に入ってきた。
俺は彼女に顔を向け、頭を傾げる。
「敵対対象を恐慌状態に陥らせる・・・・パッシブスキル?? 何ぞそれ??」
「あっ、はい。あのインプたちの様子を見るに、完全に恐慌状態に陥っているようでしたので・・・・ゾンビたちがそういったパッシブスキルを持っているのかなと、推察してました」
「うーむ? てか、すまん、まず恐慌状態って何だ??」
「恐慌状態は、相手をパニックにさせ、思考力を奪う状態異常のことです」
「なるほど・・・・確かにインプどもは見る限り、ただただ怯えるだけで幻惑魔法や攻撃魔法はおろか、羽を使って逃げる、なんてこともしてないもんな。これが思考力を奪うってなことなのかね」
まぁ、羽を使って逃げたところで意味は無いがな。
ここは天井も塞がってるし。
現状、唯一逃げ道になるのは、俺たちが通ってきた牢獄へと続く通路と、反対側にある横穴だけだ。
今はあっちの道だけを注意して見ていれば良いだろう。
インプがあの横穴に逃走することもそうだが、もしかしたら新たな敵もあそこから現れることもあるかもしれない。
今戦況はこちらが優勢とみえるが、油断はせずに、常に周囲に警戒を向けて行こう。
「それにしても、アッシェは物知りなんだな。いや、この世界のことをまったく分からない俺が無知なだけか?? とにかく、そういった俺の知らない情報を教えてくれて助かったぜ」
「いえ・・・・・同じような光景を見たことがあったから、知っていただけのことです」
「同じような光景??」
「・・・・・私のお母さま・・・・タナトスも、ゾンビたちと似たようなパッシブスキルを持っていました。彼女も、敵対対象を恐慌状態に陥れる術を持っていましたから」
「へぇ? そうだったのか。まぁ確かに、あの巨大な蜘蛛の姿には怖気づくものがあったなぁ。今思い出すだけでも身震いするぜ」
そう言って身体をブルリと震わせていると、その姿をアッシェが無言で見つめていたことに気が付く。
まぁ、そうか・・・・かつての自分も蜘蛛だったから、その身体を気味悪がられたらショックなのは当たり前だよな・・・・。
「その・・・・すまん、アッシェ。俺、もう少し言葉を選んだほうが良かっー---」
「ジャック様はあの時、恐慌状態には陥ってはいませんでした」
「・・・・へ?」
「私が貴方様と初めて出会った時。ジャック様は第三階層支配者、タナトスをものともしていなかった。何故、あのお母さまのスキルが効かなかったのかは分かりませんが・・・・多分、それは、ジャック様の格が死神タナトスにも劣らなかったのだと、そういうことなんだと思います」
「ええと・・・・それは、褒められてるのかな? ありがとう?」
そう礼を言うと、何故かアッシェは俺の前で膝を付き、頭を下げてくる。
えぇ・・・・急に何ぃ・・・・。
その謎の行動にひとり動揺していると、アッシェは顔を上げ、潤ませた瞳をこちらに見せてきた。
「・・・・ジャック様は偉大なる御方。こうしてお話することができるようになってから、そのことをたくさん再確認できました。超かっこいいです。りすぺくと」
「え? あ、はい・・・・どうも??」
「これからもこのアッシェ、貴方様にどこまでもついていきたいと思います。いつでも何なりと、私にご命令ください」
「う、うん、そっか。じゃあ、とりあえず楽にしてくれるかな? その、目の前で膝を付かれると落ち着かないから・・・・あと興奮して出てしまった蜘蛛足引っ込めて引っ込めて」
「はいっ!!」
うーん、とても元気が良い返事。
スッと立ち上がって蜘蛛足を引っ込め、すぐさま俺の背後に戻っていくその様には、こちらに対する厚い忠誠心が感じられる。
だけど・・・・その爛々とした目で背後から俺見てくるのやめてくれるかなぁ。
ルーナが俺を見てくる時の狂気じみた雰囲気に似てて、ちょっと俺は苦手です、アッシェちゃん。
「グ、グギャギャギャーッ!!!!!!」
その時だった。
一匹のインプが、ゾンビから逃げるようにして、フラフラと空中に飛び上がった。
奴が向かう先は、鍾乳石が連なる、分厚い石質の天井。
どう見てもそこに逃げ場などはないのだが・・・・インプは懸命に翼をはためかせると、何故かその天井へと向かって一心不乱に上昇していった。
「・・・・・・逃がさない」
「へ? って、アッシェ!?」
アッシェはそう口にした後、深く屈み、宙へと高く跳躍する。
そして、空を飛ぶインプと同じ高さまで跳躍すると、彼女は指先をインプへと突き付け、魔法を詠唱した。
「ー---【ストーン・バレッド】」
苦無のような形をした鋭利な石片が線を描くように飛び、インプの蝙蝠の翼を瞬時に打ち抜く。
翼に大きな穴が開いたインプは飛ぶことができなくなったのか、そのままヒュウウウウと音を立てて落下していった。
そして彼が落ちるそこは、ゾンビの群れが待ち受ける世界。
その地獄の光景に絶叫しながら、インプは亡者の手の中へと落ちると、体中をむしゃむしゃと食べられていった。
敵ながら何ともご愁傷様な最期だ。
可哀そうだから(心の中で)手を合わせておくとしよう。チーン。
「ふぅぅ・・・・」
そしてその後、アッシェは俺の横に静かに降り立つと、大きく息を吐く。
そんな彼女に、俺は頭に?マークを浮かべながら、視線を向ける。
「おい、どうしてわざわざインプを倒したんだ? どうせ上は天井なんだし、逃げ場なんて・・・・」
「この上に広がっているのは天井ではありません。この上は吹き抜けになっています」
「へ?」
「幻惑魔法です。実際は地上まで続く煙突型の穴が広がっており、奥の果ては空まで見通せるような形状になっています」
「なるほど、な・・・・」
悪夢を見せてくる【チャーム・ファンタズム】や、透明化魔法、それと魔法の偽物をコピーする能力。
あれらの力のインパクトが強かったせいですっかり忘れていたが・・・・大階段を偽造していたインプや大樹を幻で隠していた夢魔族、奴らの方がルーナから事前に聞いていた本来の幻惑魔法の使い方なんだよな。
それらをすっかり失念していて、場所自体にも幻惑魔法がかけられていることをすっかり忘れていた。
「・・・・そうか。アッシェは幻惑魔法の耐性があるんだもんな。くそっ、すっかり騙されてしまってたな」
自身の失敗に軽く舌打ちをする。
「だけど、アッシェの咄嗟の判断でインプを逃がさなくて良かった」
一匹でも逃がしたらこちらの手札のひとつである【アンデッドパレード】の効果を、ムレアとシアナに知られるだろうからな。
大きな群れを作らせる前にゾンビを抑え込む対処法とか思いつかれてたら、面倒なことになってたのは間違いない。
「またお前に助けられたな、ありがとよ、アッシェ」
「いえ。むしろ早々に伝えられずに申し訳ありませんでした」
「無理もねえよ。だって、お前には俺が見えないものが普通に見えてるんだろうからな。互いの視界の齟齬になんてすぐに気付けるわけがない。言葉を介さないと分からないものだ」
「・・・・ジャック様が惑わされないように、次からは私が貴方様の目になります。常に安全な道を私が探して先行しますので、背後をついてきてください」
「お、おう・・・・何かすげー過保護な親みてぇだが・・・まぁ、怪しそうな通路を通る時は頼むわ」
そうして、数分後、ゾンビは全てのインプを喰べ終えると、今度は反対側にある横穴へと歩みを進めていく。
だがー---翼の生えた個体、サキュバスとインプのゾンビたちは、頭上を見上げると、そのまま翼をはためかせて天井の向こう側へと姿を消していった。
恐らく、奴らは地上に行き、他の生きた獲物を捕食しに行ったのだろう。
同じ餌を同じ場所で集中して襲うのではなく、他の場所に別れて分散して探す、その方が効率的であることが、その程度のことが理解できる知能はあるということか。
いや・・・・単に生きた肉を喰うことしか脳にないから、本能に従って地上に行ったという線もなくはないな。
とにかく、羽が痛んでないサキュバスやインプのゾンビは飛べるから、ウィルスを撒くには有能な個体といえる。
地面を歩くだけの人間ゾンビより、どうみても機動力が段違いに違うからな。
「・・・・・ジャック様。この先の横穴は道が二手に別れております。片方はジャック様が囚われていた部屋、そしてもうひとつが・・・・恐らく、階層支配者シアナがいる部屋と思われます」
「そうか」
俺はユラユラと不規則に歩くゾンビたちの背中を見つめ、笑みを浮かべる。
「さて、じゃあそろそろ本格的に・・・・・この第五階層を捕りに行くとするかね」
そう口にした後、俺とアッシェは歩みを進め、ゾンビたちと共に暗い横穴を進んでいった。
夢魔族は元々、好戦的な性格が多い他の魔物と比べて、比較的争いを避ける傾向が強い温和な種族でした。
むやみやたらな戦いなど好まないし、他の魔物と違って生きる糧に血肉を求めたりはしない。
食べるのは、人の夢に現れる欲望や感情といったものだけ。
むしろ昔は、魔法を使って人間が喜ぶような夢をあえて見せてあげて、その夢に現れた喜びの感情を私たちが食べる、なんていうこともしていたみたいです。
人間たちも、楽しい夢を見させてくれる夢魔族をそこまで敵視するようなことはなかったみたいで。
過去、魔王様が降誕する以前、1000年以上も夢魔族と人族は手を取り合い、共存して生きていたみたいです。
故に、過去を振り返ってみても、魔物と人が唯一共生関係で仲睦まじく生き続けることができたのは、魔物の中でも夢魔族だけだったと、そう、こっそり村の書庫で見たご先祖様が綴った自伝には、書かれていましたです。
「巫女姫ドロセラよ・・・・私に万が一あったその時は、我が息子を頼むぞ」
「レニフォルミス様・・・・?」
書庫で本を見ていた状況から視界が暗転し、今度はもっと古い過去の情景が脳裏に映し出される。
これは、双子の天才児ムレアとシアナが階層支配者のサキュバス、レニフォルミス様を襲撃する前日の夜の日のことだ。
この日、私は巫女姫の血統だけが得られる能力、「予知夢」で見たことを伝えに、レニフォルミス様のいる階層支配者の間へ謁見しに来ていた。
「予知夢」で見たことは、血に濡れて倒れるレニフォルミス様の姿と、大きな身体でわんわんと泣くウトリクラリアの姿だけの断片的な未来の光景だった。
どうしてそのような状況に陥るのかはこの時の私じゃ理解できなかったが・・・・その予知夢の内容を彼女に伝えると、どうやらレニフォルミス様はそれから起こることを予期していたみたいだった。
私の予知夢の内容を聞き終えた後、彼女は静かに頷くと、何かを悟った顔をこちらに見せてくる。
「ドロセラ。恐らく私はあの者らに負けることになるだろう。まぁ、それも運命か。それほどまでにあの二人の魔道の才は、想像を絶するところがあるからな」
「・・・・・・・・・・」
「しかし本来、我ら夢魔族にあのような好戦的な性格の者が産まれることはないのだが・・・・これも5000年間、迷宮に閉じ込められ続けてきた弊害だろうか。我々も変わろうとしていることなのかもしれぬ」
「・・・・・・レニフォルミス様。私は、どうすれば良いです?」
「お前は何としてでも生き延びよ。今まで通り、王家を隠れ蓑とし・・・・いや、今度はウトリクラリアを盾としろ。お前こそがこの第五階層の正当なる支配者の子孫であることを、魔王様の眷属であった初代階層支配者、『ネペンテス』様の血を引くことを誰にも悟らせるな。そして、その血に宿る「予知夢」のことも誰にも明かすなよ。良いな?」
「・・・・・ウトリにも、秘密にしろと?」
「あぁ。あやつが階層支配者の位に就く時にはこの真実を教えてやっても良いが・・・・息子は自分自身が『ネペンテス』様の血を引くことを、夢魔族の王家だということを誇りに思っているからな。今の精神的に成熟しきっていないあやつにこの真実を伝えるのは・・・・まだ堪えるだろう。秘密にしておいてやれ」
「それじゃあ、族長・・・・ディオネア婆様にも、このことを秘密にするです?? というか、あの長生き婆様ならこのことを知っているのではないですか??」
「いや、知らないだろう。我が一族はこのことを5000年間、王家と巫女姫の家の者以外に誰にも伝えていないみたいだからな。ディオネア殿も、「予知夢」の力は初代の代で失われたものと、そう思っているはずだ。だが・・・・あの老婆が持つ【ハイアナライズ】の力を使われれば、暴かれる可能性がある。故に、奴にはあまり近付くな。そして、魔法を使わせぬように常に注意を払っておけ」
「分かりました・・・・」
「ふむ? 何か納得がいっていない様子だな? この会話が最後になるやもしれぬ。聞きたいことがあるなら言ってみろ」
「あの、じゃあ・・・・前からお聞きしたかったのですが、どうしてそこまでして私の血筋のことを秘密にする必要があるですか??」
「『予知夢』の力は争いの火種を呼ぶ。魔王が亡くなって以来、魔物は統一性を失い、お互いがお互いを殺し合おうとし始めた。そんな不要な争いを減らすためにも、『予知夢』の力は無いものとして扱った方が良いと、初代はそう決めたそうだ。何たって未来が断片的に見えるその力は、誰もが欲するところだろうからな。自身の血統を秘匿することにした初代階層支配者ネペンテス様の気持ちは私にもよく分かる」
「そう、ですね・・・・私にも、争いを避けたいという気持ちは、分かりますです」
「うむ。ドロセラ・・・・再度言うが、息子を頼むぞ。盾にしろとは言ったが、一応私もひとりの母親だ。息子の平穏こそが、この世界で一番の私の望み。ここは一旦仮初の階層支配者としての使命を忘れ、切に願うとする。どうかー---あのバカを頼みます、第五階層支配者の血を引く者、ドロセラ様」
「はい。わかりましたです。あとのことは、全部、私に任せてくださいです」
それからムレアとシアナに襲撃された階層支配者の住処は、あいつら双子の巣となり、「穴倉」と呼ばれることになった。
そして私たち非好戦的な夢魔族は、双子の支配から何とか逃れて、森の中で隠れ潜んで暮らすようになっていった。
ウトリは・・・・母親が双子に敗北し、捕らえられてから、毎日泣いていた。
でかい図体のくせに、あいつは人一倍泣き虫で臆病なバカだった。
なのに、ムレアとシアナをいつか倒すんだと、いつも息巻いていた。
周りの仲間には、実力が見合わずに大言壮語を吐くだけのただの子供にしか見えなかったのかもしれない。
だけど、あいつは周りからどんな目で見られようとも、諦めなかった。
毎日、毎日、毎日、身体を鍛えるための修練をウトリは怠らない。
腕立て伏せ、スクワット、腹筋、マラソン。
基本、夢魔族は幻惑魔法で戦うことこそがセオリーで、物理攻撃を使うことは殆どしない。
私たちは生まれつき物理攻撃力のステータスはとんでもなく低いし、どんなにレベルアップしてもその値が上がることは殆どない。
だから、攻撃力は無いにも等しい。
故に、筋肉などいくら鍛えても意味などない。
ただ、見た目だけが厳つくなるだけだ。
それなのにあいつは、私たちが絶対に使わないであろう筋肉を鍛え始めた。
意味が、分からなかった。
こいつはバカなんだと、そう思った。
しかしー----。
「む? 何故私が筋肉を鍛えるか、疑問なのか??」
「はい。だって意味ないじゃないですか。私たちは魔法で戦う種族なのですよ?? 筋肉鍛えてどうするですか」
「ハッハッハッ!! 何を言っているのだねドロセラ嬢!! 幻惑魔法と氷結属性魔法を使って戦う夢魔族、そんなものはどこにでもいる!! だがー---物理攻撃力にも優れたパーフェクトな夢魔族は、歴代のどの文献を見てもどこにもいない!! すなわち、筋肉を持つ夢魔族こそが最強というわけだ!! 理解したかな!!」
「・・・・・・は? いや、意味ないですよね? だって私たちのステータス上、どんなに筋肉を鍛えても物理攻撃力は上がらなー---」
「さあて、次はどう筋肉をいじめるとするか!! いつかこの拳でムレアとシアナをぶん殴れるように、俺はなるぞ!! フハハハハハハハハ!!!!」
こいつは、バカではなく、大バカ者なんだなと、再認識した。
でも・・・・流石はレニフォルミス様の息子なんだなぁとも思った。
だって、みんなが暗く絶望してる中、こいつだけは泣いても泣いても、その後は必ず笑顔で前を向いていたから。
だから、感化されちゃったんだと思いますです。
私もこいつのバカみたいな無謀な夢、再び第五階層を取り戻すという夢に、いつしか自分も賛同しちゃってたからー---。
目を開ける。
そこは、檻の中。
私は一緒に捕まった人間の女、フェリシアと共に牢へと入れられていた。
フェリシアは先に起きていたようで、私と目が合うと、申し訳なさそうに軽く頭を下げてきた。
「すいません・・・・私がもっとしっかり前衛の貴方をサポートできていれば良かったのですが・・・・」
「別に、謝る必要ないです。そもそも私は貴方を置いて逃げようとしたですから。むしろここは怒って当然の場面ですです。このやろーって」
「ですが・・・・」
「相手は階層支配者ですです。私と貴方じゃ最初から勝ち目なんてありませんよ」
そうフェリシアに軽口を叩いた後、私は前方へと視線を向ける。
「おや、お目覚めかい?」
鉄格子の向こう側。
そこには、椅子に座りながら気だるげに何かの書類を見ている、シアナの姿があった。
そして、彼の横にはボディーガードのように二体のオーガが腕を組んで立っている。
私はその光景に、はぁと、深いため息を吐いた。
「あんたが実験に使いたいのは私じゃなかったです?? 何故、この人間の女までこの檻にいるですか??」
「いや、よくよく考えたらその女、【チャーム・ファンタズム】を自力で解いたわけだろ?? 中々に興味深いな、と思ってさ」
「興味が出た、と、そういうことですか」
「そういうこと。まっ、今一番興味があるのは君なんだけどね」
そう言って、彼はこちらを向くと、眼を細め、無邪気な少年のような笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間、奴は信じられないことを口にした。
「君ー----『予知夢』のパッシブスキル、持っているんだろ?」
「ッ!?」
思わず目を見開いて、驚いてしまう。
するとこちらのその様子に、シアナはゲラゲラと笑い声を上げる。
「僕も今さっき気付いて驚いたよ!! まさか、その女が幻惑魔法の耐性あるのか調べるついでに、何となしに君に【ハイアナライズ】かけてみたらー---なんと、失われたはずの初代階層支配者のスキルをお前が持ってるんだもん!! マジで意味わからなかった!!」
「・・・・・・・・・・・」
「君、レニフォルミスの隠し子か何かかい?? いやー、まさか王家の血があのバカ王子以外の他にもいたとは思わなかったよ!! しかも伝説の能力まで持ってさ!! 本当、訳が分からなくて笑えるよ」
「・・・・・私を、どうするつもりですか」
「どうするって・・・・決まってるでしょ。まず、君にインプを孕ませて、そのインプが『予知夢』を遺伝するかどうかを実験する。もし遺伝しなかったとしても、繰り返し別の種族と交配させてみる。まぁ、その成果はさておき、君自体の利用価値は高いからね。【チャーム・ファンタズム】で心を壊した後に、抜け殻になった君をただ『予知夢』を使わせるだけの人形にするのは決定的かな。フフフ、どうだい? 心躍る未来だろう??」
「・・・・・・・・・・・・・・私は知ってるです、この後のお前たち双子の未来を」
「は? 何なんだ、いきなり??」
「私はお前たちに住処を奪われた後、ウトリと一緒にずっとこの階層を取り戻す手段を考えていました。ですが、そんな手段、何百年も考えてみても、何も思い至らなかった」
「はぁ、眠。その話、聞く価値があるかい? だって当然だろう? 僕たち双子に勝てる魔物など、この階層には居はしないからね。他の階層支配者だとしても、きっと、指折りに数えるくらいにしかいないんじゃない?」
「そうですね。貴方の言う通り、この階層にはいなかったです。この階層には」
「? 迂遠な言い方だね。何が言いたい??」
「この階層はもう取り戻せない、そう諦めかけていたある時。私はある夢を見ました。その夢は、大量のアンデッドを引きつれたカボチャ頭のアンデッドが、この階層へとやってくる夢」
「・・・・・?」
「そして、場面は暗転し・・・・亡者がこの第五階層を闊歩している光景、その後また場面が暗転した後、無残な姿となって倒れている双子の死体が、私の目に入りました。私はその時、確信しましたです。あのカボチャのアンデッドこそが、お前たちを倒す鍵になると。だから数百年間毎日毎日、大階段の前へ行き、私は彼を待ち続けました。来る日も来る日も同じ場所を見に行きました。そしてついに先日、やっと彼はこの階層に現れましたです。だから・・・・」
そして私は、鉄格子越しにシアナへ指を突き付け、宣言する。
あの予知夢を見て以来、ずっと言ってやりたかった一言を。
「だから・・・・これでお前たちは終わりですです!! ざまぁみろです!!!!!」
「はぁ? カボチャのアンデッドって・・・・ムレアが捕まえたあいつか?? 何だ、予知夢といっても大したことはなさそうだな。あんな低級アンデッドに殺されるわけがないだろ? この僕が」
その時だった。
彼の隣にいたオーガ二匹が同時に、入り口の横穴へと、視線を向ける。
するとそこには、ふたつの影の姿があった。
「ええと・・・・・ジャック様、何て言うんでしたっけ・・・・・」
「こうだ。ゴニョゴニョゴニョ・・・・・って言って俺を投げるんだ」
「わ、分かりました。で、では、失礼してー-----ア、アンパ○マンーッ!! あ、新しい顔よー---っっっ!!!!!!!」
突如入り口から現れた見知らぬ真っ白な女が、丸い何かをオーガ目掛けて投げてくる。
その何かとは・・・・低級アンデッドのジャック・オー・ランタン、私が予知夢で見たカボチャ頭の救世主だった。
「オラーッッッッ!!!! 先手必勝ーッッッ!!!! 新しい顔じゃボケナスーッッッ!!!! くらえ!! 【スラッシュ】&【リビングデッドドール】!!!!!!!」
物凄いスピードで飛んできたジャックさんは、オーガの首を即座に戦技スキルで斬り落とすと、そのままお尻から木の根っこなようなものを生えさせた。
そして、その根っこは・・・・瞬く間にオーガの首へと延びると、そのままジャックさんとオーガの身体をー---接合させていったのだった。




