第9章 亡者の軍勢、楽園の終わり ①
《ゾンビがインプたちを襲撃した事態から、時は遡る》
「はいー、みんな一列に並んでー! あっ、そこ! 急に駆けたら危ないわよー!」
「あぁぁうぅあぁ・・・・・」
「うぉあぁぁぁぁ・・・・・」
「あぁぁぁぐあっぁぁぁ・・・・・」
周囲を鉄製の檻が取り囲む地下牢獄。
そして目の前に広がるのは、十数体から連なる、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビの群れたち。
この亡者たちは、先ほどまでここで収容されていたサキュバスたちの成れの果てだ。
俺は30分程をかけて牢獄をひとつひとつ周り、【アンデッドパレード】を使用して、全てのサキュバスをゾンビへと変貌させた後、奴らを牢から解き放った。
アナウンスちゃんの話によると、ゾンビはめちゃくちゃ知能が低いらしい。
なので、まずは連中がどの程度知能があるのか、それを知っておこうと思った。
まぁようするに、奴らがこちらの命令をちゃんと聞くことができるのか、それを実験しようと思ったってわけだ。
「はい、おすわりー!」
「あうぁうぁああああ・・・・・・」
「じゃ、じゃあ、整列ー! 前ならいー!」
「うぁああああ・・・・・・」
「あの・・・・みんな、一列に並んで? ね?」
「おうあぁぁうあぁ・・・・・・・」
「こらーっ!! 走り回るなー!! 廊下は走っちゃいけません!!」
「・・・・廊下? ここは地下牢獄ですよ? ジャック様」
「いや、何・・・・その・・・・雰囲気から入ろうとしたのよ、雰囲気作りから」
俺はコホンと咳払いし、ウロウロとフロア内を徘徊するゾンビたちへと視線を向け、再び声を張り上げる。
「おらてめぇら! 一列! さっさと一列になりやがれーッ!!」
俺のその声にようやく反応したのか、ユラユラと不規則な動きをしながら何とか一列になろうと徘徊するゾンビたち。
だが、上手く連携が取れないようで、お互いの足を踏んで転んでしまったり、その反動で腕や足が捥げてしまったりと、ゾンビ同士はまったく意思疎通ができていない様子だった。
「うーん・・・・やっぱ、アナウンスちゃんの言う通り、あんまし知能は高くなさそうだなぁ」
この様子を見るに、単純な命令しか聞かないというのは本当みたいだ。
【アナライズ】で確認したゾンビのステータス値も平均値が300というかなりの低さ。
知能も低く、ステータスも雑魚。
はっきり言ってしまえば、【アンデッドドール】で作成できるアンデッドよりもこいつらゾンビはかなり質が劣る。
正直、今の様子だけを見ると、このゾンビどもに、知能もあって幻惑魔法も使いこなすあのインプたちを倒せる力があるとはまったく思えなかった。
だが・・・・こいつらには他のアンデッドにはない、特別な能力がある。
「・・・・・感染させる能力、か・・・・・」
それは、他者に噛みつき、その体液を敵に送ることで相手をゾンビ化させる力だ。
このアンデッドの強みは各個体の強さではなく、敵を味方に変える、その繁殖力といえるだろう。
一度嚙まれればその時点で終わり・・・・言うなればこいつらは、全員即死魔法級の力を備えた怪物なのは間違いない。
無事に敵をー---あの大量のインプどもをゾンビとして変えることができたのなら、それは相手の兵力を一気にこちら側に併合させるということ。
上手くゾンビがパンデミックを起こせば、戦況は間違いなく、こちらが有利になる。
「だけど・・・・諸刃の剣でもあるよな、このスキルは」
強力だが、それと引き換えにこの能力にはマイナスポイントがある。
それは、感染という力は味方にも無差別に危害を加える可能性があるということだ。
そのため、その扱いはかなり慎重に気を配っていかなければならない。
俺は、隣に立つ白髪の少女へと視線を向ける。
「・・・・・アッシェ、ひとつ忠告しておくがこいつらにはー---」
「ジャック様の命令をちゃんと遂行しないなんて・・・・なんて低能な魔物。先輩の私がキツく教えてあげなきゃ」
「え? は? ちょ、お前!?」
突如ゾンビの元に向かおうとしたアッシェを、俺は彼女の前に躍り出ることで慌てて阻止する。
「? どうしましたか? ジャック様」
「ゼェゼェ・・・・ま、待て、アッシェ。こいつらには近づくな」
「・・・・? いったいどうして止め・・・・ハッ! ま、まさか、ジャック様は、人型であれば腐った死体にも恋情を抱くとっ!? そういうことですかっ!?」
「・・・・・・はい?」
「そ、そうですよね・・・・。ジャック様は元々アンデッド。やはり、同族の雌の方が・・・・というか腐った妊婦を? さ、流石は私の主人。どんな者でも見境なく喰らう王者の気風をお持ちで・・・」
「待て待て待てい!!!! 何か俺がすげー特殊性癖の持ち主みたいになっているが違う!! 断じてそうではない!!!!」
「? なら、いったいどういう・・・・?」
「こいつらは、俺が今まで作ってきたアンデッドとは少し違ってな。名前をゾンビといって・・・・他者を感染させて仲間を増やす力を持っている。だからお前が安易にこいつらに近づくと、簡単にアンデッドと化してしまう可能性があるんだ」
「・・・・・・・・・なるほど。だから、私に近づくなと」
「そういうことだ。一応事前に、お前に対して攻撃はするなと奴らには指示はしてあるが・・・・能力がウィルスなため万が一ということもある。だから、こいつらの近くには絶対に近寄るんじゃねえ。良いな?」
「・・・・はい。わかりました。ジャック様が私を思ってかけてくださるその言葉・・・・絶対に守ります」
「おう。まぁ、とりあえず、お前は俺の傍にいろや。せっかく眷属になったばかりのお前を自分の力で失ったら目も当てられないからな」
「ッ!! はい!!」
そしてフンスフンスを鼻息を荒くして腰の蜘蛛の足をわさわさとさせると、アッシェは俺の背後にぴたりと立ち、背後霊のように佇んだ。
スタンド? スター○ラチナ ザ ワールド?
「・・・・何かすげー居心地悪いが・・・・まぁ良いか。じゃ、ゾンビたちを先兵として先に上へ送り出すぞ。俺たちはその後ろをついていって上階へと向かう形を取る」
「はい。私はジャック様から絶対に離れません。なので、ご安心ください。えっへん」
「何で自信満々気に言うんだ・・・・・・っと、そうだそうだ。上階へ向かう前にお前、そこの牢獄の中に落ちているサキュバスたちの衣服拾って身に着けとけ。こ汚いが、そのまま素っ裸でいるよりはマシだろ」
「? 何故ですか?」
「何故って・・・・寒いし、まず、お前は女の子なんだから、ずっと裸でいるのも恥ずかしいもんだろ?」
「? 裸でいるのって別に普通じゃないですか??」
「普通・・・・? いや普通なのは露出癖のある奴だけであってだな・・・・って、あぁ、そうか。デス・スパイダー時代は服なんて着なかったもんな。そりゃ元々蜘蛛だったわけだし、服って文化知らなくて当たり前か」
「はい。デス・スパイダーは裸で暮らす一族です。ですが・・・・確かに、人間や夢魔族は皆、身体に布を纏って生きてますよね。私も人型になった以上、その文化を見習わねばならないのでしょうか??」
「そう、だな・・・・俺としてはできれば見習って生きて欲しい。非常に目のやり場に困るから」
「? 目のやり場・・・・? よく分かりませんが、分かりました。一度、服を取りに行くためにお傍を離脱したいと思います」
「うむ。行って来い」
てってって、と、近場の牢獄に転がっている衣服を取りに、アッシェは檻の中へと入って行った。
ううむ、あの子、元々蜘蛛だったからしょうがないけど、色々とズレてるし何か無防備だなぁ。
ちゃんと俺が人間の文化を教えてあげなきゃ、ナンパされて簡単にチャラ男にお持ち帰りとかされそう。
人の身に近い姿だから、これから先、人間の街とかに潜入させることもあるかもしれないし。
そんな時に危ない目に遭わせないためにも、これからは常識というものをちゃんと学ばせんといかんな、これは。
「ジャック様、着てみました」
「アッシェ、それ反対。逆に着てる」
そうしてアッシェになんとか服を着せ終えた俺は、ゾンビたちに指示を出すべく、わらわらと未だに不揃いな列を作ろうとしている連中の前へと立った。
「よし。じゃあ、今からお前らには指示を出す。よく聞いておけ」
「うあぁぁぁうあああ・・・・・・」
「上階にいる連中・・・・主にインプどもをゾンビに変えて来い。階層支配者はこの俺が直々に仕留めるから手を出すな。以上。良いな?」
「ぐるぁああうぁいあぁ・・・・・・」
「あと、先に指示しておいた通り、間違ってもフェリシアとドロセラは襲うなよ?? じゃあ・・・・行け!!!!」
「あぁぁぁうぁぁぁぁああああ・・・・・っ!!!!!」
「うぐああっぁるぁぁぁあ・・・・・・・っ!!!!!」
「きえぁぁぁうあぁるあああ・・・・・・っ!!!!!」
そして、俺のその命令を聞いた後、ゾンビたちはゆっくりと階段を上っていく。
そんな奴らの背後を、ある一定の距離を保ちながら、俺たちはついていった。
「にしても・・・・おっそいなこいつら~」
ノロノロと動くゾンビたちは動きがとても緩慢だった。
これで本当にインプどもを殺せるのかはやはり疑問だが・・・・現状一気に奴らを殺すすべもないため、アナウンスちゃんにお勧めされた通り、今は信じてこのスキルを利用するしかないな。
俺たちはゾンビたちの背中を見つめながら、暗い階段をひたすら上っていく。
するとその途中、突如後ろからアッシェに声をかけられた。
「・・・・ジャック様は・・・・あの人間の女とサキュバスの雌を生かして、どうするつもりなんですか??」
「人間の女とサキュバスの雌? ・・・・あぁ、もしかして、フェリシアとドロセラのことか?」
「そうです。前からお聞きしたかったのですが、あの二人はジャック様に忠誠を誓った正式な配下ではないのですよね?? あの者たちからはどうも、私やルーナのようにジャック様に忠誠を誓ってる気配があまり感じられませんでしたので・・・・」
「うん、お前の言う通り、奴らは別に配下ではないな」
「ならば、ゾンビの敵対対象から外したのは何のためですか?? 果たしてあの人間とサキュバスを生かす価値などあるのでしょうか??」
「生かす価値はある。特に、フェリシアの奴はな。現状、俺が外の人間と関係を築けているのはこの世界で唯一あいつだけだ。だから、奴と友好関係を深めて外の情報、引いては人間社会の成り立ちを聞くのが最優先したい事項のひとつだといえるだろう。その点で言えば、フェリシアはこの迷宮の魔物じゃ代替えが効かない、貴重な人材といえるな」
それに便利そうなスキル・・・・【ホーリーライト】とか持っているしな、あいつは。
俺のスキルを増やすための贄としても、充分に価値はある。
「なるほど。じゃあ・・・ドロセラは?」
「あいつは・・・・・うーん、正直フェリシアほどの価値はないんだが・・・・俺を信じると言って共にムレアと戦ってくれたからな。その分の情けはかけてやるつもりだ。けれど、一応、透明化魔法っていう有能なスキルを持った個体ではあるんだよ。あいつは」
「なるほど。スキルを奪うために生かしている、と??」
「いや・・・・正直、そのスキルはムレアも持ってるから・・・・結局のところあいつから奪えば済む話なんだよなぁ・・・・うん、やっぱあいつにあんまし価値はねえな。タラオ口調でウザいし」
「そうですか。ではやはり、処分すると?」
「いや、ここで殺しはしない。奴を生かすことには後々に繋がるメリットがあるからな」
「メリット?」
「あぁ。俺がこの後ムレアとシアナを殺し、第五階層を支配したその時。ここを俺が離れた時の防衛策のために夢魔族は何匹か手元に置いておかなきゃならなくなる。なんたってこの第五階層を一番よく知っているのは連中だからな。防衛をさせるのなら、この場にいる奴らに任せた方が手っ取り早い。まっ、そういった理由で、あいつはその内の一匹にしておきたいんだ。あと、ドロセラのあの保身第一の性格はいざとなったら御しやすそうで楽そうだから、といった点もあるな」
「・・・・・・・・・」
「どうした? 突然黙りこくって。言いたいことあるなら言ってみろ」
「では・・・・恐れながらお聞きしますが・・・先ほどのサキュバスのゾンビ化は、悪手だったのではないでしょうか?? あの件で何匹かは必ず、ジャック様に反感を抱く者が出てくると思います」
「あぁ、そうだな。だけどそれも想定内だ。俺は第四階層で施行したのと同じように、元々この第五階層でも恐怖による服従を奴らに強いるつもりなんだよ。反感を持って俺に挑んでくる奴がいるのならむしろ僥倖。何人かを虐殺して俺の力量を見せつけて、逆に臣従以外の道はないということを連中には教えてやる。けれど・・・・まぁ、今回はそんなことしなくてももしかしたら上手くいくかもしれんがな。ムレアとシアナよりマシな階層支配者を演じれば、奴らも納得して俺についてきてくれる可能性が高いと思うぞ」
ムレアとシアナはこの第五階層で、同族の夢魔族に嫌悪されるほどの最悪な統治を強いてきた。
サキュバスをゴブリンの慰みとし、インプの製造機とするなど・・・・奴らの行いは間違いなく、同族からは計り知れない憎悪を抱かれていることだろう。
そんな状況で、俺がムレアとシアナを倒し、夢魔族に普通の生活が送れるようなまともな統治をする。
すると、俺は前階層支配者よりはマシな統治者として衆目の目に映るようになり、今までの最悪な状況を鑑みればアンデッドのジャックの方がまだ良い、と考える連中が増えることは想像に難くない。
特に、不当な統治に疲れた者ほど、反旗を翻す気も薄れるというものだしな。
正直、ちゃんと階層を統治していたケルベロスの第四階層を奪うよりも、このボロボロな状態の第五階層を掌握する方が難易度は低そうだ。
「・・・・・ジャック様は、後々のことをちゃんと考えてるんだ・・・・頭が良いんですね」
突如足音が止まったアッシェを不思議に思い、背後を振り返ると、彼女はキラキラと目を輝かせて俺を見つめていた。
その目線に思わずむず痒さを感じてしまう。
「尊敬します。すごく」
「いや、俺は頭が良いとは言わねーよ。ただ、打算的に物事を考える癖が付いてしまってるだけだ。頭が良いってのは、きっと・・・・ルーナみたいな奴のことを指す」
そう言って、歩みを再開させる。
すると後ろから、アッシェの控えめな足音も聞こえてきた。
「ルーナ? ですか?」
「あぁ。アッシェにだから言っておくが・・・・俺はこの迷宮で出会ったどんな魔物よりも、奴が恐ろしい。他の連中ー---フェンリルや夢魔族は御すことは容易いが、あの女だけは絶対に無理だ。奴の思考を読み切れる自信はないし、いつ、どんな状況で裏切って、背後から刺してくるのかもわからねぇ」
「・・・・・そんなに心配することでもないと思いますが・・・・。あの子は私と同じくらい、ジャック様に忠誠を誓って、尊敬・・・・いや崇拝? していると思いますよ?」
「確かに、表向きはそんな感じだが・・・・いつ豹変してその親愛が憎しみに変わるかが分からないんだ。だって、あいつ、人の話聞かないじゃん?? 思い込み激しそうじゃん?? だからクッソ怖いんだよ・・・・メンヘラ化しそうで」
「ミュー・・・・大丈夫だと思うんだけどなぁ」
そんなアッシェの言葉を聞きながら、俺はそのまま階段を上っていく。
すると、ついに、通路の果てが見えてきた。
「あぅああうぁ・・・・・・」
「おうあぁおうあ・・・・・」
「うるあぁぁうあぁ・・・・・」
先行して進んでいたゾンビたちが、カリカリと扉を引っ搔いている。
奴ら、どうやらドアノブを回して押すっていう簡単な動作すらできないようだ・・・・。
俺はその様子にはぁっとため息を吐き、そのままゾンビたちに命令をする。
「俺が開けるから、横にどいてろ」
「あうあああ・・・・・」
「ー---【レイス】」
低級疾風属性魔法 レイス。
そのスキルを詠唱した瞬間、俺の頭のヘタから飛ばされた半月型の風の刃が一直線に飛び、通路の奥にある鉄製の扉をいとも容易く吹き飛ばしていった。
初めて使用したスキルだが、低級魔法なだけあって威力も低いし、小さな標的を破壊するにはうってつけの魔法のようだ。
何匹か横に逸れるのが間に合わなかったゾンビが風の刃に斬られてダメージを負っているが・・・・・まぁ、どうやらゾンビは身体が千切れても動き続けるみたいだし、腕や足の一本無くなっても別段構わないだろう。
それに、上手く感染を広げることができれば、奴らは勝手に増えていくはずだしな。
何匹か使い物にならなくなったって、まだ数はたくさんいるのだから、どうってことはない。
「ほら、行くぞ、進め進め」
開け放たれた扉からぞろぞろと、ゾンビたちが這い出ていく。
俺たちも奴らの最後尾に続き、扉の外へと出ていった。
「ここは・・・・・・」
そこは先程までいた地下牢獄をそのまま大きくさせたような雰囲気の、円形型の部屋だった。
円形状に広がった部屋の壁のすべてに人間が並べられ、皆一様に両腕を頭上に上げる形で鎖に繋がれている。
多種多様な種族の人間がそこにはおり、耳の尖ったエルフのような様相の者から、背の低いドワーフのような者、そしてルーナのような獣人型の者も、そこには拘束されていた。
彼らは皆一様に顔を歪めて眠っており、苦しんでいる様子が見られた。
この様子から察するに・・・・ムレアの【チャーム・ファンタズム】を受けて、悪夢を見させられていると見て良さそうだな。
それも、ここにいる全員が・・・・適当に数えた限り80人くらいはいるんじゃねーか??
そんな数の人間を幻惑魔法で催眠させ、管理していると。
いったいどういう理由でこんだけの人間を眠らせて収容しているかはわからねーが・・・・よくもまぁこんだけの数を集めたもんだな。
この迷宮に人間なんて滅多にいないから・・・・多分、大多数を外から拾ってきたんだろうなぁ。
俺は大量の人々が繋がれているその光景を見渡し、息を飲んで驚愕の声を上げる。
だが・・・・アッシェはそこまで驚いた様子は見せてはいなかった。
「・・・・なるほど。あの地下牢獄はここに繋がっていたんだ。それでこの扉は・・・・」
アッシェは俺が【レイス】で破壊した扉の破片をひょいと拾うと、それをしげしげと見つめ始める。
「・・・・・そっか。レンガの壁に偽装させて造った隠し階段。あえてこの隠し通路は幻惑魔法で隠さなかったんだ。だから耐性がある私でも気付けなかったと」
「アッシェ、この部屋には来たことがあるのか??」
「はい。ジャック様を探している最中、ここでフェリシアとドロセラと出会いました」
「そうか・・・・だったらあの二人もこの部屋に囚われていると見て良いのかね??」
「フェリシアは最初、この部屋に捕まっていた様子だったので、いる可能性は高いです。ですが・・・・ドロセラはここにはいないと思われます。このフロアに囚われているのは全員、人間だけのようですから」
なるほど・・・・種族によって捕えている部屋が違うということか。
けど、それならさっきの地下牢獄の方にドロセラがいなかったのは不思議だな。
あそこにはサキュバスしかいなかったし、法則性で言えば、あいつがあの場所に捕まっててもおかしくはないと思うのだが・・・・。
「あうぁああああ・・・・グチャグチャグチャ・・・・・・」
「ん?」
ふと、泥をすするような不快な音が俺の耳に入ってくる。
何事かと思い、音がする方向へと視線を向けてみると、そこにはー---囚われている人間たちをゾンビたちが捕食している姿があった。
付近にいたゾンビは、エルフの女の腹からピンク色の大腸を引きずり出し、それをクチャクチャと音を立てて咀嚼している。
他の連中も皆、美味しそうに人間の腕や足、頬の肉を、思い思いに喰べていっていた。
「わぁ、すごい! 見て見てアッシェちゃん! とても美味しそうに食べているわあの子たち!」
「そうですね」
「ほらほら、満面の笑みで、まるでお腹を空かせた子供が無邪気にステーキ肉にかぶりつくような勢いで臓物を頬張ってるわ! わー、インスタ映えるぅー! とっても癒され・・・・・オロロロロロロロロロ」
「ジャック様ッ!?」
「いや、やっぱ無理・・・・体内に炎しか浮いてない中身すっからかんのアンデッドだけど、自主規制の虹色のゲロ吐いてしまうくらいにはこれ、グロいですわオロロロロロロロロロロロロロ」
まぁ・・・・正直なことを言えば、もう身も心も完全にアンデッドだから、ああいうスプラッタシーン見ても前ほど動揺はしないんだけどね。
あっ、蟷螂が蝶食べてるーくらいの軽い感覚で見てられる。
だけども、元人間ゆえ、元同族の人間がゾンビに喰われてるシーンは心情的にはちょっとキツイところがね、うん。
血がドバドバ出てるその光景は、思わずタマヒュンしてしまう感覚があるくらいには、不愉快だ。
・・・・いや、タマはもうないのだけれど。
「あー、良かったー、俺今アンデッドで良かったー。ゾンビに喰われて死ぬとか本当マジ勘弁して欲しいもん。もうすでに死んでて良かったー。・・・・てか、初めてカボチャ頭になったことを感謝したなおい」
「あっ・・・・見てくださいジャック様。ゾンビの数が次々と増えていきますよ」
「ん? おぉ、本当だ」
アッシェが指さすその方向には、ゾンビに齧られた虜囚たちがゾンビとなって動いている姿があった。
だが、鎖に両手を繋がれているためか、彼らは思うように動けない様子だった。
ガシャガシャと鉄製の手枷の音を鳴らし、白く濁った眼球で周囲をギョロギョロと伺っている。
「しゃあねぇ・・・・あいつを群れに追加するためにも、あの手枷を外してやるとするか。アッシェ、ちょっと離れてろ」
「はい」
「はぁ・・・・もしかして、ここにいる全員の枷外さなきゃならねぇのか?? めちゃくちゃ面倒くせえし、いちいち魔法スキル使ってたらSPの消費が半端なさそー----」
「う゛ぁあぁああああああああああッッッッ!!!!!!!」
「おわっ!?」
ゾンビになった虜囚の枷を外してやろうと、奴に近付いた瞬間。
虜囚ゾンビは突如、力任せに腕を引っ張ると、手首を引き千切り、自身の両手を切断することで無理やり枷を外していた。
辺りには奴が巻き散らした血と肉塊、あとはボトッと落ちた手首が地面に散乱し、近くにいた俺もろとも周囲は真っ赤に染まっていた。
「いやいやいや・・・・なんつー力任せな枷の外し方だよ・・・・」
俺は頭上にべっとりとついた肉片を犬のようにブルブルと身体を震わせることで払い落し、げんなりした顔のままアッシェの元へと戻った。
「・・・・・ジャック様の手助けは必要ないみたいですね」
「あぁ・・・・ったく、酷い目にあった。主人に自分の血と肉ぶっかけるってどういう脳みそしてんだよ、あのゾンビっつーアンデッドは」
「見る限り、やはり知能は相当低そうですね。生物を喰らうことしか、脳がない生き物に見えます」
「あぁ・・・・生きた人間には飢えたピラニアのように噛みついていくが、その人間が感染し、ゾンビになった途端、餌とはみなさなくなる・・・・・。ただただ感染させることだけが目的の、生きる屍だな、ありゃ。デュラハン・ゴブリンナイトたちの方がまだよっぽど生きた魔物って感じがするぜ」
そう言って、俺は、ゾンビたちを遠くからジッと見つめる。
ゾンビたちは、数分という短い時間でその場にいた虜囚たちを全員自身の仲間へと変貌させると、新たな餌を求めて、そのままゆっくりとした動作で違うフロアへと続く横穴へ向かっていった。
恐らく、次の感染させる標的を探しに行くのだろう。
俺たちは再び群れの最後部の背後につくと、ゾンビたちと共に暗い道を通って行った。




