第8章 覚醒 ④
「? どうしたの? ジャック様。・・・・・突然ガクガク震え出して・・・・寒いの?」
「足・・・・毛、毛むくじゃらの足ィッ!!!!!」
突如巨大な蜘蛛の足を生やした白蜘蛛ちゃんことアッシェに恐怖した俺は、彼女から離れて、レンガ造りの壁に背中を付けてガタガタと怯える。
すると、そんな俺の様子を心配そうに見つめた彼女は、こちらの方へと近づいて来てしまった。
「大丈夫・・・ですか? 寒いなら私が温めてあげます。この身体になってから、私、体温が高くなったんです。だからー---」
「待て、白蜘蛛ちゃん、いやアッシェ、ステイ。俺は別に寒くて震えてるわけじゃないんだ」
「・・・・? じゃあどうして震えてるの?」
「こう、何て言えば良いのかな・・・・。 生理的現象? というか・・・・うーん、色々と助けて貰ってきたお前にこれを直接言うのは結構憚れるなぁ。何とかオブラートに包んだ言い方は他にないだろうか・・・・」
「・・・・どんなことでも、言って。私、ジャック様とこうしてお話できるの嬉しいんです。今までは意思疎通も中々できなかったから・・・・だから、ジャック様とはどんなことでも共有しておきたいの」
「アッシェ・・・・・」
「さぁ、どうぞ。どんなことでも、私、受け入れてみせますから」
そう言って、両手を広げて股を開き仁王立ちをする白髪貞子。
そうか・・・・そうだな。
彼女は俺の初めての眷属であり、初めての信頼できる仲間だ。
これからは俺という人間を、彼女には余すことなく知って貰おう。
「うん・・・・じゃあ言うけど」
「はい」
「俺・・・・虫が超絶苦手なんだよね。だから、その、アッシェの腰から生えている足が、その・・・・なんていうか・・・・とても怖いです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
無表情のアッシェと見つめ合う。
彼女は感情が乏しいのか、髪の毛の奥に見えるその顔はあまり動かない。
そのため、今アッシェが何を考えているのかは・・・・全くもって分からなかった。
「・・・・・・・・・・それは・・・・・本当ですか?」
突如、沈黙を破って彼女はぽそりとそう呟く。
俺はその言葉にコクリと頷くことで肯定の意を示した。
「・・・・・・・・・・・・・・・本当・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アッシェは無言でその場に数秒立つと、腰から生えている蜘蛛の足を再び体内へと収納する。
そして、俺に背中を向けると、反対側の壁の隅に行き、体育座りをしてあからさまに落ち込みだした。
「ミュー・・・・・・」
「あ、あの、アッシェ??」
「ミュー・・・・・・」
「わ、悪い、お前の見た目を貶したってわけじゃないんだ。これは、単に俺が虫嫌いなのがいけないっていうか・・・・うん、とにかくお前は悪くない。俺が悪い。だから元気出してくれ」
「・・・・・・だから、ルーナに抱きしめられた時は照れてたんだ」
「へ? ルーナ??」
突然予期しないその話の流れに、俺は思わず呆けた声を出してしまう。
アッシェは肩ごしに振り返ってそんな俺に視線を向けると、ぷくっと、頬を膨らませながら口を開いた。
「・・・・・ジャック様は人間型の雌が好きなんですよね?」
「はい? 人間型の雌??」
「交尾相手は人間に近しい姿の方が好みか、という話です」
「おいおい何か突然すげーこと言い出したなおい! いや、魔物なら交尾とかいう単語は割と普通なものなのか!?」
「・・・・それで、どうなんですか?」
「どう、と言われても・・・・元人間である身としてはやっぱ、人間の女の子の方が好きではあるよ。アンデッドだから性欲があるのか、または生殖行為ができる身なのかは分からんけどな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そう俺が言うと、アッシェは数秒思考した後、突然スッと立ち上がる。
そして俺の前に立つと、白髪貞子さんは再び両手を広げて股を開き仁王立ちをした。
すしざ◯まい?
「いや、だからそのポーズさっきから何なんだよ・・・・流行ってんのか?」
「ジャック様・・・・私は、どうですか」
「・・・・・・・へ? どうって、何が?」
「・・・・私は、ルーナより、可愛い人型になれましたか?」
なるほどなー。この子、ルーナに対抗意識があったわけかー。
年頃(?)の女の子だものね。やっぱり、自分がどれくらいイケてるかは気になるものかー。
よし、ここは父親の気持ちになって優しく答えるとしよう。
交尾だとか何だとか言われた理由を考えることはやめて、純粋な気持ちで答えることにしよう。
俺は蜘蛛足少女に遠回しに告られてなんかいないし、狂犬自己中犬耳女になんかダイレクトに求愛されてなんかいない。
そう、俺はまだ、この異世界生活のメインヒロインとは出逢ってはいないのだ。
だからあえてここでのフラグはスルーするよ、あえてね。
「そうだなぁ。ルーナはダウナー系の美女って感じだから、ちょっとアッシェとは方向性が違うかな」
「方向性?」
「ルーナは綺麗系で、アッシェは可愛い系、って感じだと思うよ。背が小さいし、眼がまん丸として大きいし、髪もっさもっさだし、何かグロい足が生えるし」
「・・・・!! 私は、可愛い!! ルーナよりも、可愛い・・・・!!」
ふんすふんすと鼻息を荒くし始めるアッシェ。
そ、そうね。うん。嬉しいんだね。
嬉しいのは分かるけど、蜘蛛の足出してわさわさするのやめようねー。
多分、犬が尻尾降るのと同じ原理なんだろうけどめちゃくちゃ怖いからやめようねー。
「・・・・っと、何か目覚めてからずっと、すげーどうでもいい話を続けてしまってたが・・・・・ここはいったいどこなんだ? というか何で第四階層で別れたはずのお前がここにいるんだ??」
「話すと長くなるけ・・・・なりますが」
そうして俺は、アッシェが第五階層にやってきてから今に至るまでの経緯を聞いた。
森の中で凍ったスカルゴブリンを見つけたこと。
途中、俺を知るフェリシアやドロセラと行動を共にしたこと。
そして、俺を檻から救出し、第五階層支配者の片割れであるシアナから逃げて、この地下水路に流れてきたこと。
その全てを聞き終えた俺は、改めてアッシェにお礼を言うことにした。
「・・・・・ありがとな、アッシェ。お前がいなかったら俺は檻からも出れてなかっただろうし、幻惑魔法からも解放されていなかったと思う」
「? そうでしょうか? ジャック様は自力でお目覚めになられたと思いますが・・・・」
「お前の血が俺の口か目の穴に入ったからだよ。お前は幻惑魔法に対する耐性があるんだろ? その力を分けて貰ったから、俺はあの地獄の中で再び自分を取り戻すことができたんだ。本当にありがとうな」
「・・・・・勿体ないお言葉です。貴方様の御力になれたのならこのアッシェ、これほど光栄なことはない、です」
そう言ってアッシェは俺に深く頭を下げてくる。
正直、何でこの子がここまで俺に忠誠を誓ってくれているのかは分からないが・・・・ルーナの時と違って俺は、何故だか純粋に彼女を信じられる気がした。
それは、今まで何度も窮地を救ってくれたおかげなのか、彼女から発せられる俺への想いのおかげなのかは分からない。
分からないが・・・・ひとつだけ明確に理解できたことがある。
それは、あの過去のせいで人間不信に陥ってしまっていた俺が、他人をもう一度信じようという気にさせてくれたのは、間違いなく彼女のおかげだということだ。
白いデス・スパイダー、いや、白いアラクネのアッシェ。
彼女なら、俺を裏切るということはないと、心から信じられる。
彼女がいるのなら、もう俺は、この見知らぬ異世界でも独りではないと思うことができる。
その安心感が、とても心地良かった。
「・・・・では、これからどうしましょうか、ジャック様」
「そう、だな。とりあえず、俺をこんな目に遭わせたムレアの奴には地獄を見せてやりたいし、お前を傷付けたシアナとオーガには意趣返しをしておきたい。アッシェ、ここの水路から地上に戻る道は分かっているのか??」
「・・・・・・申し訳ありませんが、この場所の経路はまったく分かっておりません・・・・・ただただ水に流されて水路に来てしまっただけなので・・・・」
「まぁ、そりゃそうだよな。じゃあ・・・・この道をひたすらと歩いていくしかない、か」
背後は深い水が真っすぐと奥まで続いている果て亡き水路。
そして前方には、狭い通路がこれまたまっすぐと、暗闇の果てに続いていた。
俺たちは現在、その通路と水路の境目である地点に立っている。
この中間点の足場は水路に飛び出るように設計されており、水路の方は割と広いため、幾分かゆとりがある。
だが、反対の通路の奥へと続く道は何故かとても狭かった。
俺の身体はカボチャだし、アッシェは見た目的に150センチくらいの低身長だ。
大の大人だったらこの通路は身をかがめないと通れそうになさそうだが・・・・まぁ、俺たちのサイズであれば余裕に通ることは可能な道だろう。
薄暗く視界が不明瞭なのだけが難点だが、それは俺の炎で何とか凌げるし、まず、通ることに関しては問題ないと見て良いな。
俺はふぅと息を吐き、隣に立つアッシェを見つめる。
「そんじゃ、ま、行ってみるか」
「そうですね」
俺とアッシェはお互いの顔を見つめて頷くと、その道の先へと歩みを進めた。
30分くらいは、歩いただろうか。
狭い道は徐々に広くなっていき、今では高さ5メートル、横幅5メートルの大きな通路へと変貌していた。
エンファイアを発動させて松明代わりにして闇の中を歩いているが、辺りに光源は何も見当たらない。
当然、生物の気配も何も感じられず、ピチョンピチョンという水音だけが周囲には響いている。
「・・・・ジャック様」
「ん? どうしたアッシェ」
「・・・・・ジャック様は、第五階層も支配されるおつもり、なのですよね?」
「あぁ、そのつもりだ。俺はな、アッシェ。何者にも脅かされない安寧の地を作りたいんだ」
「何者にも脅かされない安寧の地・・・・・」
「誰にも傷付けられることもなく、俺たちだけが平和で暮らせる世界。だから、俺の住居である第四階層に敵意を向ける者がいるのなら、第五階層は必ず落とす。恭順の意を見せる奴には俺の世界で生きる権利を与えてやるが、敵対するのならば全員皆殺しだ」
「・・・・・ジャック様の創る世界・・・・・それは、私のような生まれつき弱い身体で誕生してしまった者も、笑顔で笑っていられる世界なのでしょうか・・・・?」
「勿論だ。障害がある者も、地位が低い者も、総じて不自由がない世界を創ってみせる。そして、不条理や理不尽な悪意に苦しむ人がいない・・・・そう、桜野さんのような自ら死を選ぶような人間が生まれない、そんな優しい世界を俺は創るんだ」
「・・・・・・オウノ、さん?」
「いや、なんでもねーよ。とにかく、俺はそういった世界を創りたい。手始めは第四階層から・・・・そして次はこの第五階層だ。アッシェ、お前は俺のその夢に・・・・協力してくれるか?」
「勿論です。アッシェは貴方様の一の眷属。ジャック様のその夢のためになるのなら、何なりと命令をお申し付けください」
「ありがとよ、頼もしいぜ」
「はい。私も、ジャック様のお気持ちが知れて嬉し・・・・ん? あれは・・・・・。待って、ジャック様」
突如、アッシェは俺を庇うように前へと出ると、奥に広がる闇を睨みだす。
「どうした?」
「何か・・・・声が聞こえます。ー---少し、確かめてみますね。【ストーン・バレッド】」
そう言って彼女は掌の上に鋭利な石片を浮かべると、それを闇の中へ、忍者の苦無のように放り投げた。
だが・・・・障害物に当たった気配は感じられない。
カランと音が鳴り、その様子から石の苦無が地面に落ちたことだけが分かった。
「アッシェ、敵がいたのか?」
「いえ・・・・ですが、微かに何かの声が聞こえます。注意して、前へ進みましょう」
「了解した」
いつでも敵が現れても良いように常に周囲に気を配りながら、二人でゆっくりと道の先へと進んでいく。
すると、奥に扉が見えてきた。
この道の最終地点だろうか。
俺とアッシェは互いに頷き合い、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いていく。
すると、扉の隙間、そこに広がっていたのは・・・・・・。
「・・・・・なるほど、な。ここは奴らの製造工場だったわけか」
周囲全てが牢獄に包まれた部屋。
その牢獄の中にいるのは、鎖で足を繋がれた、妊婦のサキュバスたち。
中には悲痛な叫び声を上げるサキュバスがいた。
この声を、アッシェが聞いたのだろう。
俺にはこの部屋に来るまでまったく聞こえなかったが・・・・なるほど、大した聴力を持っているようだな、アラクネという種族は。
ただのカボチャ頭の俺よりもしかしてスペック高いんじゃね? この子?
「痛い、痛い痛い痛い・・・・助けて、誰か助けてっ!!!!!!!」
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
その時だった。
陣痛に悲鳴を上げていたサキュバスの檻に、怒りの咆哮を上げながら一匹のハイゴブリンが近づいて行った。
そしてハイゴブリンは檻を開け監獄の中に入ると、サキュバスの腹を乱暴に蹴り上げる。
「やめて!! やめてくださっー------ぐふっ!!!!」
その瞬間、サキュバスは声を上げなくなり、だらりと頭を下げ意識を失った。
そして彼女の下半身からはー----小さなインプの子供が複数体、転がっていたのだった。
「おぇー、中々胸糞悪いことしてくれてんじゃねぇか」
正直、目の前で行われる行為に対して、何も思うことは無い。
肉食獣が草食獣を喰らうように、強い魔物が弱い魔物を痛ぶったところで、それは弱肉強食、自然の摂理だ。
俺のもっとも嫌う理不尽な暴力を突き付けられているのは非常に同情の余地あるところだが・・・・この場にいるサキュバス共は第五階層の魔物だし、わざわざ助けてやるメリットはない。
何故なら俺が守るべきものは、全てのか弱き命じゃないからだ。
俺が守るのは、俺の周りにいる大事なものだけ。
そこを履き違えたら、また生前と同じ過ちを繰り返してしまう。
俺はもう失敗しない。
俺は命を選別して、自分だけの理想の世界を創る。
だから、目の前で無辜な命が死のうがどうでもいい。
自分に関係がないなら、利益が得られないなら、その命に価値はない。
けれど・・・・・。
「殺して、やる・・・・絶対に、殺して・・・・やる・・・・」
「死ね、ゴブリン・・・・地獄に落ちろ・・・・」
うめき声を上げながら、サキュバスたちは怨嗟の声を絞り出すようにして口にする。
ここにいるサキュバスたちは皆、絶望に目を染めながらも、深い憎悪の炎を内に秘めていた。
その姿にあることを思い付いた俺は、ニヤリと笑みを浮かべる。
(あいつらをアンデッドにしてその憎しみをゴブリンやインプ、ムレアとシアナにぶつけてやったら・・・面白いことになりそうだな)
生前に深い憎悪を持ったアンデッドの作成。
その効果がいったいどれほどのものなのか分からないが・・・・俺は試してみたくなった。
憎悪を晴らし、復讐を遂げる。
力で傷付けられた者が、力によってその怒りを顕現させる。
あれは、あの幻想の中で行った殺戮は、たまならなく素晴らしい光景だった。
だから、また、見てみたくなった。
あのサキュバスたちを使って。
憎しみが爆発する、その瞬間を。
「よし。行くぞ、アッシェ」
「はい」
俺とアッシェは牢獄が並んだ部屋へと二人同時に飛び込む。
その部屋には12体ほどのハイゴブリンがいた。
皆、侵入してきた俺たちに瞠目した後、一斉に戦闘態勢を取り始める。
「さて、アッシェ。アラクネになったお前の腕がどのくらいのものか、ここで見させてもらうぞ」
「お任せください。ジャック様の手を煩わせないように、このアッシェ、敵を即座に排除してみせます。なので、ジャック様は後ろで休んでいてください」
「言うじゃねえか! そこまで挑発されたら、俺も負けてられないな。さぁ、病み上がりの一戦だ。腕鳴らしにやってやるよ。ー-----来い」
「キシャアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!」
そしてハイゴブリンたちは咆哮を上げると、俺たちに向かって襲い掛かってきたのだった。




