第8章 覚醒 ①
《アッシェ視点》
「ミュミュミュー・・・・?」
「はい? なんて?」
「ミュミュミュー!!!!!」
「全くもって何言ってるか意味分からないですけど・・・・・それよりもそれって、ジャックさんの絵、ですか?」
私が先ほどフェリシアに描いて見せたジャック様の似顔絵を見て、サキュバスは首をかしげる。
私はそんなサキュバスの様子に警戒心を保ちつつ、彼女の顔をジッと見つめた。
そして警戒心を保ちつつ、ジャック様が今どこにいるのか、質問してみる。
「ミュ、ミュミュミューミュ!!!!!」
「だから何言ってるか分からないですよぉう・・・・・人語を話してください・・・・」
こちらの言葉が理解できず、眉を顰めるサキュバス。
そんな彼女の様子を見かねてか、フェリシアは恐る恐るといった様子で一歩前へ歩み出た。
「・・・・・もしかして、貴方は、ジャック様のお友達の魔物さん・・・・なのでしょうか?」
「お友達・・・・・? む? その言い方から察するに、もしかしてそこのデス・スパイダーと人間は・・・・ジャックさんのお仲間さんなのです??」
「え、ええ、はい。私はジャック様と、第三階層で行動を共にしておりました。このデス・スパイダーも多分、彼と行動を共にしていた仲間なのだと思います」
「おぉ! そっちの人間さんは話が通じるみたいですね~!! 私も、ジャックさんとはつい前まで一緒に行動を共にしていたんですよ~。でも、最終的には一緒にここに捕まっちゃったんですです」
「ミュッ!?!? ミュミュミューッ!!!!」
「ここにジャック様がいるのですかっ!?」
「多分、いるとは思いますけど・・・・私が目覚めた部屋にはいませんでしたから、今現在、正確にどこにいるかは分からないのです・・・・」
「そう、ですか・・・・・」
「ミュミューミュ!!! ミュミュミュ!!!!!」
「ん? 何ですか? まったく、これだから蜘蛛族は・・・・・古い種なだけあってか、言語が意味分けわからないのですよ~。ちゃんと共通の言語を喋れるように進化してほしいですです」
「ミュ!! ミュミューッ!!!!」
「へ? って、う、う゛わぁー--っっっっ!?!? ごめんなさいです!!!! 失言でした!!!! だから飛びかからないでくださいぃぃぃぃ!!!!!」
サキュバスのピンク色の頭を、毒液を出さずに噛みつく。
するとサキュバスは慌てふためくように周囲を右往左往飛び回った。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 溶かされ・・・・あれ? 溶けてない? 私、溶けてないです??」
「ミュミュミュミューッ!!!!」
「あの・・・・お取込み中すいませんが・・・・とりあえず、早くここから出た方が良いのではないでしょうか?? さっきのインキュバスもいつまたここに戻ってくるかも分かりませんし・・・・・」
「そ、その通りですです!!!! や、やい、蜘蛛族! こんなことをしている場合じゃないので、早く私の頭から降りてきてくださいです!!!!」
「ミュ・・・・」
私はしぶしぶといった声を出しながら、地面に降り立つ。
そして跳躍し、今度は人間の女・・・・フェリシアの肩の上に飛び乗った。
「ひうっ!? ど、どうして今度は私の肩の上にっ!?!?」
「ミュミューッ!!!!」
「え? 前足を上げて、いったいどういう・・・・あぁ、進め、ということですね。分かりました。ですが・・・・・」
フェリシアは、周囲をキョロキョロと見渡した後、インキュバスが戻っていった穴ー---もとい、私がこの部屋に来る時に通ってきた道へと視線を向ける。
「向かうべき道はあの入り口、たったひとつのようです。ですが、あそこは先ほどのインキュバスが戻っていった道。ここから逃げるには・・・・どのみちあの魔物との戦闘は避けられないのでしょうね」
「ミュー・・・・」
上を見上げる。
天井は、吹き抜けになっており、紫色の空がはっきりと見えていた。
今までの経緯を振り返ってみて気付いたが、この空は恐らく、私だけにしか見えていないのだろう。
幻惑魔法の耐性。
あのインキュバスは私を見て、そう言っていた。
自分自身、そういった耐性を持っていることは産まれてこの方知らなかったのだが・・・・あの吹き抜けの空を周りの者たちが見えていない以上、私にそういった力があるのだと、信じるほかない。
「? どうしました? ミュー様」
「ミュミューミュ・・・・ミュ?」
「あっ、ミュー様というのは貴方のお名前です。デス・スパイダーと、種族名を呼ぶのも変かな、と思いまして」
「種族名を呼ぶことが変、です? 名前に拘るなんて人間はおかしな生き物ですねぇ」
「そうでしょうか? いざ同種の魔物が出てきたとき、ごっちゃになっちゃたりしませんかね??」
「言われてみれば・・・・・あっ、私の名前はドロセラですです。呼びたきゃ好きに呼ぶと良いですよ」
「了解しました、ドロセラ様。よろしくお願いします」
「私を様付けとは殊勝な心掛けです。崇め奉ると良いです」
腰に手を当て、えっへんと胸を張るドロセラに、フェリシアはあはははと乾いた笑みを浮かべる。
「と、とにかく、今から私たち三人は脱出を目指して協力し合いましょう。それと、ジャック様がいたら一緒に助け出しませんか? あのお方の御力があれば大きな戦力になるはずですから」
「了解です。人間と蜘蛛族と組むのは癪ですが、その方向で協力するのには異存がないです」
「ミュ」
私が頷くのを見て、フェリシアはこくりと頷き返してくる。
「全会一致ですね。では、もし敵に出くわした時のフォーメーションを考えましょう。ちなみに私は回復魔法は使えますが攻撃魔法は一切使えません。ドロセラ様は?」
「私は幻惑魔法が得意です。けど、攻撃魔法は・・・・【アイシクルランス】一回くらいなら・・・・放てる、かなぁ。もともとSPのステータス値が殆ど無いのですよ、私は」
「な、なるほど・・・・そうなると・・・・・」
視線が私に集まる。
「先ほどのインキュバスとの攻防を見るに、攻撃はミュー様便りになりそうですね」
「ですです。白い蜘蛛族、お前に私たちの命はかかっているですよ」
「・・・・・・・・・ミュー・・・・・」
私だってそんなにSP無いし、攻撃に優れているわけではないのだが・・・・・一切の攻撃手段を持たないこの二人と組むのなら、それは仕方のないこと、か。
私はため息を吐きながらも、渋々と頷く。
その反応を見たフェリシアとドロセラは、意を決したように、インキュバスが戻っていった穴へと歩みを進めた。
だが・・・・その途中。
ふいに足を止めたフェリシアは、背後に視線を向ける。
そして「みなさん、ごめんなさい。またあとで助けに来ます」と、囚われている人間たちに言葉をかけて、歩みを再開させたのだった。
「ここは、さっき通ったときにはいっぱいインプがいたのですが・・・・今はいないです?」
入ってきた道を引き返すと、この洞穴に降り立った時の最初の部屋に辿り着いた。
そこは、先ほどまで大量のインプたちが雑魚寝していた空間だったのだが・・・・戻ってみると、その場所にはインプが一匹もいなかった。
全員、どこか外に飛び立っていったのだろうか?
私たちはこれを好機と見て、インプたちの居住区へと歩みを進めた。
「ミュミュー・・・・・」
「うっ・・・・」
辺りにはインプたちが使っていたとされるベッド代わりの布切れが散乱しており、果実の芯や魚の骨など、ゴミが多く放置されている。
正直、鼻が曲がるくらいのすえた匂いが辺りには充満していた。
案の定、人間であるフェリシアは私と同様、苦虫を嚙み潰したように顔を歪めていたがー---ドロセラは何故か平気そうな顔をしていた。
種族の特性だろうか。
インプとサキュバスは近縁種とも言われるし、もしかしたら嗅覚にはあまり優れていないのかもしれない。
そんなこんなと居住区を通り過ぎた私たちは、無事に、先ほど通ってきた道の向かいにある横穴の前へと辿り着いた。
「ミュー・・・・」
「ドロセラ様、こちらの道の奥は、どうなっているのでしょうか??」
「この奥は、途中から二通りの道に別れているです。右に行けば、そこはシアナが『実験場』と呼んでいた部屋に辿り着きますです。そこには様々な種族の人間や魔物の雌が檻に閉じ込められていて、シアナによってゴブリンと無理やり交配させられていました。・・・・シアナは、ゴブリンと別の種族を掛け合わせて、新しい種族の魔物を生み出すと言っていましたね・・・・」
「・・・・・シアナというのは、あのインキュバスのことですね。なるほど・・・・話を聞く限りだと、かなり危険な存在のようですね」
「ですです。双子の姉のムレアと違って交戦的ではないですが、反対に奴はかなり知恵が回ります。とても厄介な階層支配者の片割れなのですよ」
「え、あのインキュバスはこの第五階層の階層支配者なのですか!?」
「? そうですよ?」
「な、なるほど・・・・私が見たタナトスと比べて、あまり強そうな気配がなかったので、ちょっとびっくりしました・・・・」
「夢魔族は、基本、からめ手が得意な種族ですからね。その身に宿る純粋な力は、他種族と比べるとかなり劣るものなのです。ですから相対したときのプレッシャーはそんなにないのですよ。でも、まぁ、魔法の力は他の魔物を圧倒するくらいの力を、あの階層支配者の双子は持っているんですけどね・・・・」
「・・・・理解いたしました。それで・・・・ドロセラ様が囚われていた部屋とは別の、もう片方の部屋へと続く道が、私たちの向かうべき通路、なのでしょうか?」
「そうですです。左はどこに繋がってるのか分からない・・・・ですから、出入り口、もしくはジャックさんが囚われている場所の可能性が大です」
「ミュミュミュ・・・・・!!」
「わかりました。では、左の道を行きます。皆さま、気を引き締めて向かいましょう。ー---【ホーリーライト】」
フェリシアは人差し指を空に掲げ、そこに光り輝く球体を発現させた。
向かう道が薄暗かったので、周囲を明るく照らす魔法を使ったのだろう。
肩に乗る私には少々眩しすぎたがー---視界が暗闇に覆われているよりはよっぽど良い。
物陰に敵がいないかを確認しながら、私たちは慎重に道を進んでいった。
「ここは・・・・・・」
道を進むと、そこに見えてきたのは、大きな檻が中央に鎮座する広い部屋だった。
壁からは大量の鎖が垂れ下がっており、床には血が凝固したような黒い染みが点々と斑点を描いている。
そこは他の部屋に比べてとても物々しく、不気味な部屋だった。
「あれは・・・・ジャック様!?」
フェリシアが、中央に置かれている檻の中を指で指し示す。
その指し示す方向に視線を向けると、そこにはー---丸い身体を横たえて転がっている、ずっと探し求めていた私の主人、ジャック様の姿があったのだった。




