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第7章 絶望の再演  ⑥



 翌日、学校に登校すると----そこには、信じられない光景が広がっていた。


「何・・・・だよ、これは」


 黒板一面に張られている写真の数々。


 それは、桜野さんがあられもない姿で新篠先輩に犯されている写真だった。


 眼をそむけたくなるようなその写真は何枚も張られており、その上に、『他人の彼氏を寝取るクソ女』と、大きな文字で中傷の言葉が書かれている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まず、目の前に広がるその光景に、理解が追い付かなかった。


 過去に、桜野さんは新篠先輩と付き合っていたのというのだろうか?


 それで、新篠先輩は桜野さんに復縁を迫って断られ、リベンジポルノ的なことをした、と?


 いや、復縁を断られただけで何故、このような非道な行いができるんだ?


 何故、こんな・・・・度を越えたことが・・・・・。


 普通、良心が痛むだろ? だって、こんなこと、普通できるわけがないじゃないか・・・・・。


「・・・・・・・・・」


 いや・・・・理由なんて、ひとつに決まっているか。


 これは、桜野さんに対する明確な悪意と敵意、もしくは憎悪から端を発していることと見て間違いない。


 俺は今まで生きてきて、ここまで強烈な悪意というものを目のあたりにしたことが一度も無かった。


 それ故に、目の前のこの写真に理解が追い付かず、時が止まったかのようにその場に立ち尽くしてしまっていた。


 そんな俺を無視するように周りの時は進んでいき、クラスメイトたちはどこか面白そうに騒ぎ立て始める。


「これ、新篠先輩だよね? あれ、でも確か先輩って古東さんと付き合ってたような・・・・??」


「もしかしてそういうこと?? 誰ともつるまないぼっちなのに、他人の彼氏取るとかやることえげつないねー桜野さん」


「クソ女って、本当その通りね! こんな性悪が同じクラスメイトだったなんて信じられないわ!!」


「なぁ、これ、桜野はハメ撮りが好きなヤリマンってことだろ?? 俺も頼んだらヤらせてくれねーかな」


 クラスメイトたちは各々、好き勝手に桜野さんへの悪口を吐いている。


 普段であればクラス委員長として、この場を鎮めさせるのが俺の役割だ。


 だが、今、俺は・・・・そんないつも通りの行動ができるほど、冷静な状態ではいられなかった。


(これは、十中八九、新篠先輩による仕業に違いない。こんなこと、絶対に許しておけるか!!)


 とにかくまずは新篠先輩に問い詰めてやらなければ。


 必要であれば、暴力だって辞さない。


 人なんて、今まで殴ったこともないけれど・・・・多分、喧嘩慣れしているあの男に俺が叶う道理などないだろうけど・・・・。


 それでも、非合理的なことだと分かっていても、自然と動く足は止められなかった。


 肩を怒らせながら、黒板に群がる群衆を搔き分け前へ進む。


 すると、がらんとした教室の後方に、ひとりの女生徒が立っていた。


 その女生徒は、俺と眼が合うと、にこりと笑みを浮かべる。


「だから言ったよね。取捨選択して、って」


「相模、さん・・・・・?」


 そこにあったのは、いつも人好きのしそうな笑みを浮かべる彼女ではなく、今まで見たことがない邪悪な笑みをする相模さんの姿だった。


 彼女はどこか可笑しそうにクックッと含み笑いを零すと、入り口の方へ指を指し示す。


 その指が指す方向に視線を向けると、そこにはー----。


「なに、これ・・・・」


 その声に、黒板に立っていた生徒たちは一斉に振り返る。


 そして、ある者は彼女に対して侮蔑の瞳を、そしてある者は彼女に好奇の視線を送った。


「桜野さん、最低!! 古東さんに謝りなよ!!」


「ほら!! 古東さん、もうこんなに泣きはらしてるんだよ!! 土下座しろよ土下座!!!!」


「誰にでもヤらせてくれんだろ?? なら金払うから俺と寝てくんねーかな??」


「バカ、こんな女、どうせガバガバだろ。寝る価値もねーって」


「ヤリーマン! ヤリーマン!」


「・・・・・・・・・・・」


 罵詈雑言の嵐に、体を震わせ俯く桜野さん。 


 俺はそんな彼女を見てられず、桜野さんの前に立って、彼女を庇うように両手を広げて仁王立ちをした。


「みんな、いい加減にしろよ!! 寄ってたかって一人に!!」


「は? 空気読めよ秋月。どう見ても悪いのはその女に決まってるだろ」


「何で、そんなことを断定して言えるんだ!? どう見てもその黒板の写真は、誰かが桜野さんを傷つけるために張ったものだろ!! 何で確証も取れないのに彼女が悪いと決めつけられる!?」


「じゃあ、逆に聞くけどさ。あんた、古東さんがこんなに泣いてるの見て何も思わないの?? この子は最愛の彼氏をそのクソ女に取られたんだよ?? どう見ても悪いのはその女じゃん。違う?」


「あぁ、はっきりと違うと言えるよ。桜野さんはそんな人じゃない。何故ならそれは、俺が彼女がどういう人間なのかをこのクラスの誰よりも知っているからだ。桜野さんは悪くない」


「何、じゃああんたは古東さんのせいだと言いたいわけー---」


「この件に関しては古東さんと桜野さんだけの問題ではないんじゃないかな。もう一人いるよね。責任追及されるべき人間が。そう、その写真に写っている、新篠先輩が・・・・」


「ふざけないで!!!!!! 彼はそんな人じゃない!!!!!!!」


 泣きはらした赤い顔を上げ、古東さんは睨みつけるようにして怒号を飛ばす。


 その様子に感化されたからか、クラスメイトの大半が俺と桜野さんに敵意の感情を向けているのが、肌を通して伝わってきた。


「もしかして桜野の奴、秋月とも寝たんじゃねーのか!?」


「だからあのクソ女を庇ってる、と。なるほどね」


「真面目で誠実な人だと思ってたのに・・・・桜野さんを庇うためにすべてを古東さんの彼氏のせいにするなんて酷すぎるよ」


「善人面しといてこれとはね。気持ち悪」


 クラスメイト全員から悪意の感情を向けられる。


 昨日まで仲良く話していた国崎くんすら、その雰囲気に気圧され、俺たちを助けようとはしてくれない。


 俺と桜野さんは今、この教室という狭い世界で、絶対的な悪と見なされてしまっていた。


「・・・・行こう、桜野さん」


 桜野さんの手を掴んで、教室の外に出る。


 この場に残っても、延々と周囲から罵詈雑言を浴びせられるだけだ。


 もうすぐ授業が始まるが、そんなものはどうでも良い。


 今はこの場からいち早く、彼女を遠ざけたいという想いが強かった。





 屋上へと続く最上階の階段。


 この学校で最も人通りの少ないそこで、俺たち二人は無言で座り込む。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ここに来てから30分程度は経つが、桜野さんは腕に顔を埋め、一向に頭を上げようとはしなかった。


 まぁ・・・・あんなことがあったんだ。無理もない、か。


 俺もあの写真に関しては分からないことが多くあったが、消沈する彼女に、無理に言葉をかけることはしなかった。


「・・・・・・・・ごめん、秋月」


 ぽつりと、突如、沈黙を破って彼女はそう呟く。


 そして顔を上げると、桜野さんは青白い顔を俺に向けてきた。


「私なんか庇ってさ。秋月、本当ごめん」


「いや、謝る必要なんてないよ。君が悪くないのは事実なんだしさ」


「・・・・・・本当、底なしのお人好しだよね。秋月はさ・・・・」


「そんなことはないよ。メリット、デメリットはちゃんと精査して動いているんだ。損得勘定で動く人間なんだよ、俺は」


「そう、だったね。先生になりたいって、前言ってたもんね。確か、私の問題に手を貸してくれるのは生徒間のトラブルを解決するための経験積みたいから、なんだっけ」


「そうそう。だから、別に俺を気に掛ける必要はないんだって。ただの首突っ込みたがりなだけだからさ」


「・・・・・・・・・・・・・写真のこと、聞かないの?」


「無理には聞かない。でも、今、君が俺に話したい、というのなら聞くよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 彼女は大きく息を吐くと、こちらにまっすぐと視線を向けてきた。


「・・・・・・前に、私、親に虐待されていた、って言ったよね」


「うん。言ってたね」


「私はね、中学に上がるまでは片親でね。母親と一緒に二人で暮らしてたの。でも、中一の夏に、母親が再婚してね。その再婚相手の父親ってのが・・・・・私に性的な虐待をする最低な奴だったんだ」


「・・・・・・・・・・・」


「でも、二年したら親が離婚してね。中三になって、虐待されてた日々からは解放されたんだ。でも・・・この高校に進学したら、あの男の息子が、いたの」


「あの男の息子?」


「・・・・・・私を虐待していた男にはね、連れ子がいたの。そいつはかつて私の義理の兄だった奴。名前を・・・・新篠 道男って言うの」


「・・・・・じゃあ、新篠先輩は・・・・・」


「うん。元、私の義理の兄だった人。あの男はね、父親と同じで最低のクズだった。あいつはどこから手に入れたのか、私が昔、義父に虐待されていた写真を持っていてね。それを元に、身体をよこせって・・・・ゆすってきたの。言うこと聞かなければネットにこれを流す、って」


「・・・・・・・・・・・」


「それで、高校入学から今に至るまで、あいつの奴隷にされてたんだ。どう? つまらない話でしょ?」


「・・・・誰かにそれ、相談したことは?」


「ないよ。もうね、昔から力で押さえつけられるのに慣れちゃったからかな。反抗する気もなくなってた。・・・・・あははは、こういうダメな人間なんだ、私って。結局、さっきの教室でも言いように言われ放題だったし。負け犬根性染みついてるんだね」


「そんなことはないよ。君は、ダメな人間なんかじゃない」


「・・・・・・・私ね、秋月。今までこうしてやってこられたのはあんたのおかげだと思ってるんだ」


「桜野、さん・・・・?」


 彼女は立ち上がると、俺の前に移動し、こちらを上から見下ろした。


「いつもいつも放課後まで練習してたのは、あんたに会いたかったから。秋月だけだったからさ、こんな私にいつも優しく接してくれたのは。だから、好きな音楽を頑張って続けられたんだ」


 彼女の瞳は、どこかこことは違う場所を見ているような気がした。


 俺を通して、過去の情景を見ているかのような、そんな気配が彼女の視線からは感じられた。


「去年、私を追って軽音部にあいつが入部してきても、恐れずに好きなギターを続けられたのはあんたのおかげ。この前、あいつに付き合おうとかふざけた誘いをされても勇気をもって断れたのも・・・・・全部全部、あんたのおかげ」


「・・・・・・桜野、さん。君は、今、何を考えてー---」


 彼女のその顔は、一見すれば、想い人に愛を告げるような甘い表情だ。


 頬は紅潮し、瞳は潤み、口角は優し気な笑みを携えている。


 だが、彼女の瞳の奥底はー---絶望によって黒く染まっていた。

 

 それは、何かを完全に諦めた人間の目だった。


 もう何もかもがどうでもいい・・・・そんな感情が秘められた絶望の瞳。


「ずっと、好きだったよ。秋月」


 そっと、唇にキスをされる。


 だが、それはけっして甘いものなどではなく。


 冷たく、どこか死の匂いが漂った、苦いものだった。


「・・・・・・・ばいばい」


 そう呟いた直後。


 彼女は階段を猛スピードで駆け上がり、屋上へと向かっていった。


「桜野さん!?」


 俺は、即座に立ち上がり、彼女の後を追う。


 早く止めなければ、まずいと思った。


 これは、直観ー---いや、確信だ。


 彼女は間違いなく、今から・・・・・。


「くそっ!!!!」


 俺は高鳴る心臓の鼓動を抑えながら、数段を飛ばして、一気に階段を昇り詰める。


 そして最上階へとたどり着き、勢いよく扉を開けて屋上へと踊り出た。


「駄目だ!!! やめるんだ桜野さん!!!!」


 屋上に着くと、彼女はもうすでに金網の上に登っていた。


 桜野さんは金網の上から俺の顔を一瞥すると、すとんと、金網の向こう側に降り立つ。


 そしてこちらを振り返ると、困ったように眉を曲げて、笑みを浮かべた。


「秋月、最後まで迷惑かけてごめんね。あんたはちゃんと夢、叶えてね」


「や、やめるんだ、桜野さん!! 死んじゃ駄目だ!!!!」


「私ね、もう疲れたんだ。誰かから悪意を向けられるのも、良いように他人に利用されるのも。・・・・もう、誰かに酷いことされるのはたくさん。だから・・・・」


「頼むから、こっち側に戻ってきてくれ!! 今度こそ俺は必ず君を守る!! 約束する!! それに、生きてればきっとー---」


「・・・・『生きてれば、何とかなる』? 何とかならないよ、もう。こんな世界、生きていても意味なんて何もない」


 今にも飛び降りそうな彼女のその様子に、俺は慌てて、急いで金網に手をかける。


 そして、向こう側に行こうと金網の隙間に足をかけた・・・・その時。


 彼女は金網越しに俺の指に触れ、何故か手を重ねてきた。

 

「秋月、あんたならきっと良い先生になれるよ。私が保証する。だから・・・・いつか必ず先生になってね。約束だよ」


「桜野さん!! 待っー----」


 その瞬間、指が離れる。


 そしてゆっくりと、目の前の少女は崖下へと転落していった。


「は・・・・?」


 数秒後、ドシャリと、重たいものが地面に落ちた音が下から聞こえてくる。


 遅れて、下の階層から生徒たちのキャーという悲鳴の声が辺りに響き渡った。


「うそ・・・・だろ?」


 俺は、さっきまで彼女と触れていた掌へと視線を向ける。


 自分の掌は、際限なくガタガタと震えていた。


「死ん・・だ? 桜野さんが、死んだ? ・・・・・オェッ」


 胃酸が食道を上り、口の中に熱を帯びた苦みが広がる。


 そして次の瞬間。


 突如、足に力が入らなくなり、俺は倒れるようにして地面に膝をつけてしまった。


「何で・・・・こんなこと、に」


 涙がポタポタと流れ落ち、コンクリートに染みを作る。


 俺という人間は失敗ばかりだ。


 何故、彼女の抱える悩みにいち早く気付き、もっと早くから桜野さんの力にならなかったのか。


 何故、彼女を害する存在を排除できず、今日この日を迎えてしまったのか。


 何故、みすみす目の前で彼女を死なせてしまったのか。


 何故、俺はこんなにも無力なのか。


 何故ー----俺は彼女に、好きだと伝えられなかったのか。


 後悔の感情だけが俺の胸中に渦巻き、黒い闇を作り出す。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 俺は、教師が屋上にやってくるまで、その場から自分で立ち上がることはできなかった。



・・・・・・・。


・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 その後、俺に待っていたのは苛烈ないじめの日々だった。


「お前が桜野さんを追い詰めたんだよ!! クソ委員長!!」


「そ、そうよ!! 私たちは悪くないわ!! そもそも秋月くん、桜野さんと古東さんの問題に深く首突っ込んでたんでしょ?? だから問題がエスカレートして、あんな性行為の写真の晒上げなんて過激なことが起きたんじゃない!!」


「全部全部お前のせいだ秋月!! 俺たちは何も悪くねえ!!」


 桜野さんが亡くなった後、クラスで起こったのはこの件で誰が一番責任があるかという罪の擦り付け合いだった。


 その矢面に立たされたのは、俺。


 クラス委員という立場でありながらいじめ問題を担任教師に報告せず、独断で解決しようと動いたこと。


 そのくせ、桜野さんへのいじめを解決できなかったことはおろか、そのいじめを加速させ、桜野さんを自殺に追いやってしまったという馬鹿さ加減。


 それも、飛び降りる間際まで一緒にいたというのに、止められなかったという無能さも相まって、俺は現在このクラスにおいて最もヘイトを集めてしまっていた人間だった。


「ほら!! 服脱げよ秋月!!」


「あはははは!! きっもー!! こいつ放課後の教室で全裸になってるよ!!」


「オラッ!! てめぇのせいで桜野は死んだんだ!! 俺たちがあいつの代わりに鉄槌をくらわせてやる!!」


「なぁ? こいつのアレに輪ゴム当てゲームしね? ダイレクトに当てられた奴は50点で、玉の方に当てた奴は30点、ってことで」


「サイテー! でも、ウケる。やろやろー」


 俺という悪を制裁するためなら、クラスメイトたちはどんな非道な行いも辞さない。


 放課後は毎回、裸にされ殴る蹴るの暴行を加えられるのは当たり前、酷いときはライターで皮膚を焼かれ、油性ペンで体中に中傷の数々を書かれたりもした。


 きっと彼らは彼らで、桜野さんが飛び降りたことに、罪悪感があったのだと思う。


 だからこそ、自分は悪くないと、安心感を得るために俺を過度にいじめていたんだ。


 勿論、こんな地獄のような日々は辛かった。


 でも俺はジッと耐え、何とか学校には通った。


 何故なら、桜野さんと教師になるという約束をしていたからだ。


 その約束を守るために、俺は、高校を卒業する必要があった。


 だからこそどんなに辛かろうと、いじめには屈するつもりはなかった。


 負けないと、心に誓っていた。


 だがー----。


「秋月くんさー、こんな毎日なのに、よく学校来れるよねー」


 ある日の放課後。


 今日の分のいじめを耐え抜いた俺は、脱がされた服を着て、帰り支度を備えていた。


 そんな時、教室にひとり残っていた女生徒・・・・相模 供花に声を掛けられる。


 相模さんはポニーテールを揺らしながらこちらへと近づくと、にこりと笑みを浮かべて、俺の机の上に腰かけた。


「相模、さん・・・・何か用かな」


「久しぶり! いやー、思ったよりも元気そうじゃん?」


「元気、そう? そう見える?」


「うん。正直私は一週間で学校来なくなると思ってた。それなのにこうして一か月も学校に通ってるってのは・・・・すごいと思う。どうして秋月くんは辛い思いしてまで学校に通ってるの??」


「俺は・・・・桜野さんが亡くなったのはみんなが言う通り、自分にも責任があるものだと思ってるんだ。だから、このいじめもしょうがないものだとして受け入れているんだよ」


「へー? でもさぁ、それってちょっとおかしいんだよね。普通、ちゃんと自分が悪いと受け入れてたら、もっと絶望した顔すると思うんだよ。それなのに、秋月くんの眼にはまだ光が見える。なんで?」


「それは・・・・俺は彼女と約束したから。教師になる、って・・・・・」


「だから学校には来るんだ?? へぇ・・・・」


 そう言ったあと、相模さんは目を細め、不気味な笑みを浮かべる。


「今だから言うけど、あの黒板の写真張ったの、私なんだよね」


「・・・・・・は?」


「私ね、昔、一時的に桜野さんと同じ児童養護施設にいたことがあるの。私もね、桜野さんと似てて、母親に虐待されてたことあるんだー。ほら、見て見て、この根性焼きの後」


 そう口にして、桜野さんは腕をまくり、煙草によって付けられた火傷の跡を見せてくる。


 その丸い火傷の跡は、腕中に満遍なく付けられていた。


「この傷のせいでプールには出れなかったし、夏でも長袖で大変なんだよ。もう、嫌になるよね」


「・・・・・・・・・・・・」


「っと、話が逸れたね。中3くらいの時かな? 私、桜野さんと少しだけ施設で一緒に暮らしたことがあって。桜野さんはねー、父親から性的虐待を2年もされてたにも関わらず、前向きな性格をしている人だった。もー、正直、初対面からムカついたね! 私よりエグいことされてるにも関わらず何でそんなに前を向けるんだー、って。ギターみたいな夢中になれるものとか、将来の夢とか持てったりしてさ。非常に妬ましくて非常に気に入らなかった」


「・・・・・・・・・・・・」


「私はね、水泳選手になりたかった。でもこんな身体だから諦めたの。それなのに、あの女はやりたいこともできて、好きな男も手に入れて・・・・秋月くんと桜野さんが放課後、毎日仲良く喋っているあの光景を帰り際に見かける度に、不愉快で仕方がなかった」


「・・・・・・・・・・・・」


「正直ねー、私、秋月くんも大嫌い。何が『みんなが幸せになる方法があるなら探していきたい』、よ。そんなものあるわけないでしょ。現実が見えてないくせに、力も何もない無能が粋がってんじゃねえよ」


「・・・・・・・・・・・・」


「あれ? 怒らないの? 情けなー」


「・・・・・相模さん、君が本当に、あの写真を黒板に張ったのか?」


「ん? そうだよ? あの女と君の仲をどうしても引き裂きたくてね。新篠先輩とは結構頻繁にやり取りとかしてたから・・・・・一発ヤらせてあげるって取引を元に、写真貰っちゃったんだ。まー、にしても死んじゃうとは思わなかったね。ご愁傷様ーチーン」


「お前ー----!!!!!!!!!!!!!」


 相模さんの胸倉を掴んで床に押し倒す。


 こいつは、新篠先輩と同じく、桜野さんを追い詰めた仇のひとりだ。


 もう、女だからとか言って容赦などできなかった。


 彼女を殺した仇に、怒りを押さえつけることができるはずがない。


 拳を振り上げ、こいつの顔面に向かって強烈な一撃をー----。


「な、何をやっているんだ!! 秋月!!」


 突如引き戸が引かれ、教室に担任教師が現れる。


 教師は相模さんに覆いかぶさる俺を背中から取り押さえると、そのまま地面に俺を押さえつけた。


「お前!! 相模に何やってんだ!!」


 普段、放課後になったら教室にはまったく寄り付かないくせに・・・・たまに教室前を通りかかっても俺がいじめられている現場すらあからさまにスルーするくせに・・・・何で、この担任は今日、ここにいるんだ?


 混乱する俺を他所に、相模さんは教師の後ろに隠れ、突如、泣き始める。


「ぐすっ、先生ぇ、秋月くんが突然私に襲い掛かってきたんですぅ・・・・おっぱいとか揉んできてぇ、私にヤらせろ、ってぇ」


「は!? そんなことやってなー----」


「秋月、貴様ぁ!! 優等生だと思ったらそんな外道なことを!! 職員室に来い!!」


 訳もわからず担任に連行される最中。


 背後を振り返ると、そこには・・・・勝ち誇ったように笑みを浮かべている相模さんの姿があった。


 


 ・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 あれから俺は、内申書に大きく傷がつき、志望校であった教育大への推薦も取り消しになったと、担任教師に通達された。


 そしてそれから俺は、夢を失い、無気力なままに学校へ通った。


 毎日、学校で行われるのは延々と行われる暴力の数々。


 日に日にエスカレートしていくその行為は、俺の腕や足を折り、ついには殴られすぎて視力が低下することにも陥った。


 そんな地獄の日々に完全に心を壊された俺は、自然と部屋に引きこもるようになる。


「・・・・・・・ここは・・・・・敵がいない・・・天国だ・・・・・」


 外の世界と断絶された自身の部屋は居心地が良かった。


 ゲームや漫画、小説に没入していれば現実のことを忘れられたし、眠っていればこの世界から一時的に消えることを許される。


 逆に、このひきこもり生活は何もしていないときが一番辛かった。


 何もしていないと、過去の情景が脳裏にフラッシュバックされ、窒息するのではないかと思うほど動悸が荒くなる。


 そういう時はベッドに倒れ、胸を押さえてジッとするしかない。


 そして、そんな時に聞こえてくるのが、下の階から聞こえてくる両親の喧嘩の声だった。


『お前の教育が悪かったから透は引きこもるようになったんだ!!!!』


『何よ!! 私だけが悪いというの!? そもそも怠け癖がついたのはあの子のー---』


 母と父は、本当はすごく仲が良かった。


 それなのに、今では二人は顔を合わせる度に口論をしている。


 その原因は、勿論俺だ。


 俺という存在のせいで、仲の良かった家族を険悪な雰囲気にさせてしまったのだ。


 本当に、申し訳ないことをしてしまった。


 俺をここまで育てるのにお金もかかっただろうに・・・・結局、自分はひきこもりになってしまったし。


 本当にごめんなさい、父さん、母さん。




 ・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 俺は、産まれてこなければ良かったんじゃないか。


 1年引きこもって、そういう結論に、いきついた。


 死んで、楽になりたかった。


 死んで、桜野さんに逢いたかった。


 顔を合わせて、彼女にちゃんと謝りたかった。


 でも・・・・無理だった。


 何度も首を括ろうとしたが、失敗した。


 俺は彼女と違って、死ぬことに躊躇してしまう臆病者だった。



 ・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 3年が経った。


 時は俺を置いてどんどん進んでいく。


 ふいに、何となくスマホのSNSアプリを開いて見ると、そこにはかつての同級生たちが大学生活を楽しそうにエンジョイしてる様子が映し出されていた。


 俺をいじめていた奴らも、桜野さんを貶していた奴らも、皆、幸せそうに青春を謳歌している。


 まるで俺や桜野さんを置いて忘れたかのように、世間の時は進んでいっていた。


「ハ、ハハハハ・・・・・笑えるな。何で、お前らは・・・・笑顔でいられるんだ?」


 スマホをタップして、さらに同級生たちの日常の写真を流し見ていく。


 その中に、相模さんの写真があった。

 

 付き合って2周年。


 そう書かれた写真には、かつての担任教師の腕に抱き着く相模さんの姿があった。


 彼女は他の生徒同様、当時のことを忘れたかのように、満面の笑顔で写真に写っている。


 その写真を見た途端、俺は、怒りの感情が膨れ上がった。


 憎しみが、心の中に渦巻いた。


「桜野さんの幸せを妬み、彼女に酷いことをしたくせに、・・・・自分は幸せになるというのか!!!」


 ふざけるな。


 だって、おかしいだろ、そんなの!!!!


 人を不幸にした人間が幸せになるなんて、そんなの、理不尽だろ!!!!!!


「この世界は・・・・不条理だ」


 悪人が得をすることもあれば、善人が損をすることもある。


 この世界には法律はあれど、その法律で完全に悪が裁かれることはない。


 だってそうだろ?


 人を不幸にしたってのに、ヘラヘラ笑って生きている人間がいるんだぜ? この世界にはよぉ。


 もし、俺に世界を創り変えられる力があったのならー---この世から悪人が得をする理不尽を消してやるのに。


 王様になって国を一から作られるのなら、圧制だろうと何だろうと、俺の理想通りの世界を創ってやるというのに。


 まぁ、そんな力、俺にはないんだけどな。


 どうせ死ぬまでこのくらい部屋の中で、一生を過ごすのだろうよ。


 それがこの俺の末路、人生だ。


【報告 デス・スパイダー レベル27 の眷属化の条件が満たされました。固有パッシブスキル『眷顧隷属』を使用して眷属化を行いますか?】


 「・・・・・・・・・は?」


 突如脳内に鳴り響いてきた、人工音声のような女性の声。


 その声に目を瞬かせていると、目の前に、光り輝く白い蜘蛛の糸が垂れ下がっているのに俺は気が付いた。



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