第7章 絶望の再演 ⑤
「・・・・ってなことがあってさ」
放課後、ファミレスで合流した相模さんと国崎君に、先ほどの新篠先輩との一件と、先日あった桜野さんがいじめられていた件を合わせて説明する。
すると二人は揃って顔を見合わせ、同時に苦い顔をした。
「新篠先輩って、軽音部の三年生だよな? 桜野も厄介な奴に目付けられたんだな」
「うん・・・・あの先輩あんまり良い話聞かないし・・・・やっぱり噂通りの人って感じだよね。秋月くん、大丈夫? 暴力振るわれたんでしょ?」
「いや、ただ突き飛ばされただけだよ。大丈夫。心配してくれてありがとう」
「本当? なら良いけど・・・・にしても、古東さんたちが桜野さんにいじめかー。それも勘違いしてってのが本当、酷い話だね」
「だな。フラれた嫌がらせに根も葉もない噂流して、自分の彼女にいじめをさせるなんて・・・・胸糞悪い話ったりゃありゃしねえぜ」
「うん。そうだよね。だから、俺は・・・・桜野さんのいじめを何とかやめさせたいと思っている」
そう言うと、二人はどこか呆れたような笑みで俺の顔を見つめた。
「秋月くんって本当、お人好しだよねー。他人の問題にまで首突っ込んでさー」
「まぁ、それが委員長の良いところだろ。いいぜ、俺は協力するぞ!!」
「まったく、国崎くんは馬鹿だねー。こういうときは協力の代価を貰うんだよーっと、メニューメニュー・・・・うーん、どのパフェおごってもらおうかな」
「相模、お前、今日の相談分としてさっきメシ食べたばかりだろ・・・・どんだけ食うんだお前・・・・」
「いいよいいよ。無理言ってるのは俺だしね。あと一個くらいはおごらせてよ」
「そうか? 秋月がそう言うなら・・・・俺は何食おうかなー」
二人とも、どうやら俺に付き合ってくれる様子だ。
心強い友人を持てたことに、心がじんわりと温かくなってくる。
「それで、問題はどう桜野の奴をいじめから解放するかだが・・・・何か手は考えてあるんだろーな? リーダー」
注文を済ませた二人はさっそくと、こちらに真剣な顔を見せてきた。
俺はそれに頷き、今後の作戦を彼らに伝えることにする。
「うん。とりあえずは俺たち3人と桜野さんとでグループを作ろうと思うんだ。ほら、常に彼女の周りに人がいたら、古東さんたちも攻撃の手を緩めるしかないんじゃないかなと思って」
「うーむ? 確かに表面上の目立ったいじめは減ると思うと思うが・・・・根本的解決にはならないんじゃないか?」
「それは私も同意かなー。古東さんって私たち二年生の中でも最大派閥の女子グループのボスだし。桜野さんの周りに2,3人、人がいたとしても、いじめの抑制にはあんまならなそう」
「最大派閥・・・・古東さんって、そんな大勢の人に囲まれてるんだ?」
「秋月くんはあんまりクラスメイトと関わらないからねー。桜野さん助けるんだったら、もっとクラスの状況見た方が良いよ? 今の私たちのクラスの女子ってのは、古東さんに睨まれたら終わり、みたいな風潮あるんだからね」
「終わりって・・・・だったらお前は大丈夫なのかよ、相模」
「私は色んな派閥で蝙蝠やってる女だからね。まぁ、自分が助かるための処世術は心得ているのですよ」
「お待たせしましたー、ゴールデンパフェでございますー」
「わーやったー!」
届いたパフェに目を輝かせながら、相模さんはスプーンを使って上部分のクリームを頬張る。
「んー、美味しー!! ・・・・オホン。ってなことで、桜野さんを助けるには私たちアホ三人組じゃ力不足、ということだよ。例えるのならひのきの棒持ってヒグマに挑むようなものなのです、これは」
「なるほどな。何か武器が必要、ということか」
「武器・・・・あるにはあるんだけど・・・・・」
そう言って、俺はスマホを取り出し、古東さんたちが桜野さんを囲んでいじめている写真を二人に見せる。
「おぉ!? 良いもの持ってるじゃないか!! これであいつら脅せば良いだろ!! 先生に見せるとかネットに上げるとか言ってさ!!」
「うん・・・・実はもうそれはやってるんだけど・・・・古東さんたちに効いてる様子は無かったんだ。翌日も彼女はいじめを続けていたしね・・・・」
「だったらもう、ネットに上げるなり先生に見せるなりしてみたら良いんじゃない?? ・・・・いや、あの先生はあんまし頼りになりそうにはない、ね・・・・でもでも、その写真使って何かしらの行動に移してみるべきだよ」
「・・・・・・でもそうしたら、古東さんたちは間違いなく退学だよ。もうこの学校にいることができなくなってしまうんじゃないかな」
「「は?」」
俺のその発言に、二人とも同時に困惑の声を零し、心底呆れたような顔を見せてきた。
「いや、いやいやいやいや、お人好しにもほどがあるだろ秋月!!!!」
「そうだよ!! 相手は一人に対して寄ってたかっていじめを行う酷い奴らなんだよ!! そんな奴、退学させても別に困らないじゃない!!」
「うん・・・・だけど俺は、みんなが幸せになる道を探したいんだ。古東さんと桜野さんが理解し合う・・・・・なんてものまでは望めないかもしれないけど、互いに共存していける道を模索していきたい」
俺のその発言に、相模さんは目を細め、静かに口を開く。
「・・・・秋月くん。偉そうなこと言うかもしれないけど、ここは取捨選択、した方が良いと思う。そりゃ、特撮のヒーローとか少年漫画の主人公とかなら、眼に見えるすべての人を救える力があると思うよ? だけど私たちは現実にいる人間。助けられる人間なんてものは自分と、あとは自分以外の大切なもう一人くらいのものだと思うの。だから・・・・」
「うん、確かに相模さんの言う通り、普通だったら古東さんたちを切り捨てるのが最善なんだと思う。でも、俺は、みんなが手を取り合える道があるのなら探していきたいんだ」
「そう・・・・そっか・・・・・」
そうしてふぅっと重たいため息を吐くと、相模さんはにこりと微笑みを浮かべる。
「分かった。それが君の選択だというのなら、私は止めない。でも、何が起こったとしても、それは自分の責任だからね?」
「勿論。二人に迷惑はかけないよ」
「ったく、何でその写真で脅されても古東が桜野にいじめを続けるのか分かったぜ。そりゃ、こんなお人好しだからなー、舐められて当然、か。でもまぁ、俺は嫌いじゃないよ、秋月のそういうところ」
「ありがとう、国崎くん」
「へっ、ならさっそくどうやってあいつらの蟠りを解くことができるか、作戦会議するとしようぜ!」
「うん。自分なりに考えてみたけど、やっぱり鍵は新篠先輩だと思っていてー----」
ー-------カラン。
扉についていた呼び鈴が鳴り、店内にひとりの女子生徒が入ってくる。
その女子生徒は俺たちの姿を確認すると、こちらに駆け寄ってきた。
「・・・・・ごめん。遅れて」
「あっ、桜野さん! 大丈夫だった? あの後・・・・・」
「・・・・・・・うん。大丈夫、大丈夫だった」
「そっか、良かった。今ね、二人と一緒に、桜野さんのいやがらせを止めさせようと、作戦会議してるんー----」
「もう、いいよ」
「え?」
「もう、私に力を貸そうとしなくて、良いから・・・・」
「桜野、さん?」
彼女の顔は俯いているため、どのような表情をしているかは分からない。
だけど、その声はどこか・・・・震えているような気配が感じられた。
「・・・・・じゃあ、そういうことだから」
「桜野さんっ!?」
そう言って彼女は逃げ出すように店内から出ていった。
あとに残された俺たちはポカンと、口を開けて呆然とするしかなかった。
『ー----だからテメェは失敗したんだ、クソ野郎が』
「・・・・え?」
声がした方向へと視線を向ける。
そこには、夜の街と共に窓ガラスにする反射自分の姿が映っている。
だが、瞬き程の一瞬の時、何故か、自分の顔がハロウィンのカボチャになっているような不可思議な姿を幻視してしまっていた。
「秋月?」
「あぁ、いや、何でもない・・・・・」
かぶりを振って、先ほどの幻聴と幻視を振り払う。
あのカボチャを瞳に捉えた先ほどの一瞬、俺の心の中に怒りと憎悪、すべての者に対する怨恨の感情が沸き上がっていた。
目の前の人間の男と女を殺せと、クラスメイトたちの全員の首をそぎ落とせと、何者かが自分に訴えていた。
まるで自分が自分じゃなくなったかのようなその衝動に、俺は心の底から怖気立つものを感じてしまっていた。
《フェリシア視点》
冒険者として身を立てる以前、私は王国辺境に設立されている孤児院で暮らしてきた。
孤児院には、聖霊教会で修道士をやっていたシスターが二人働いており、彼女たちは孤児である私たちの母親みたいなものだった。
「ー---良いですか、フェリシアさん。貴方の身体には特別な血が流れているのですよ」
「特別な、血?」
12歳の誕生日の時。
大きなホールケーキの向こう側に座る年老いたシスターがそう、私に話してきた。
それは私の出自についてだった。
魔物に殺された私の父は商家を営んでいたが、元々は勘当されて出奔した王国六大貴族、『グレイシア』家の分家の出であったこと。
グレイシア家は約5000年前に魔王を倒したとされる英傑の一角、その末裔であること。
元来、祝福魔法と治癒魔法に優れた血筋で、過去に何名もの席次を持つ執行者を輩出していること。
故に、シスターはこれから私に魔法を教えると、その誕生日の日に言ってきた。
彼女のその瞳は爛々と輝き、英傑の末裔の私に、多大な期待の念を抱いている様子だった。
私も、母親代わりの彼女の期待に応えることは、まんざらでもなかった。
この身が魔法の才に恵まれているのなら、誰かを救う冒険譚の勇者みたいな存在になろう。
そう、思っていた。
しかしー-----。
「・・・・・もう、良いです。貴方の力の程は知れました」
「え・・・・?」
10日目の、魔道の訓練を終えたその日。
シスターは私の力を前にして、落胆の顔を隠そうともしなかった。
「やはり、分家の血筋、それも出奔して貴族でもない外様と混ざってしまった結果でしょうかね。フェリシアさん、残念ながら貴方に魔道の才能はありません」
「で、でも、ほら、治癒魔法と、ホーリーライトは使えるように・・・・」
「そんな低級な魔法、王都にある魔道学院の子であるならとっくの昔に習得済みです。それに、これだけ教えてきて習得できたのがたったの二つの魔法だけとは・・・・火属性、水属性、風属性の基本的な魔法さえも覚える兆しが見えない。フェリシアさん、貴方は攻撃魔法を覚えない、欠陥品の魔導士です」
「欠陥・・・・品・・・・・」
その日からシスターは私に話しかけることが極端に減り、他の魔道の才がある孤児の世話を見ることが多くなった。
別に、シスターに可愛がられることが減ったからといって、悲しい気持ちになどならなかったが・・・・自分が欠陥品と呼ばれたことが、自分の心の中に延々と反響していた。
自分は無能なのだと、この世界に生きる価値がないのだと、そう言われた気がしてー---。
だからその日の夕方、幼馴染である彼が、無謀にも冒険者になると言ったとき、私も一緒に冒険者になることを決めたのだ。
「アレックス、君はあえて危険な道を行くって言うんだね。・・・・・分かった。だったら・・・・私もその道に付き合ってあげる」
「え?」
「私は君よりお姉さんだからね。君のその夢が叶えられるように側で見守っててあげるよ」
それは彼のために言った言葉じゃない。
自分が欠陥品ではないと、自分の魔法で誰かを救うことができるのだと、この世界に証明したくて・・・・彼の夢に便乗しただけの言葉だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
顔を上げる。
するとそこには相も変わらず、首のないアレックスと腹部に穴が開いたジーウェルの姿が。
「・・・・・・・あなたたちは、私を恨んでいるのかもしれない。けれど」
死者の言葉は、分からない。
だけど、生きていた頃の彼らの言葉ならわかる。
『良いか、フェリシア。前へ進むんだ』
そうだ。
どうして忘れていたんだろう。
アレックスは、ジーウェルは、あの時言っていた。
この迷宮に訪れる前夜、焚き木を囲みながら食事をしているあの時、確かに彼らは言っていた。
『・・・・なぁ、フェリシア』
『何でしょうか、アレックス?』
串焼きにした魚を頬張りながら、アレックスはいつもと同じ飄々とした態度で口を開く。
『もし俺たちが死んでも、悔やんで立ち止まるなんてことすんなよ。ちゃんと、前に進むんだぞ』
『死ぬって・・・・縁起でもないことを言わないでください』
『いやいや、今から向かうのは魔王軍の残党が残るラストダンジョンだぞ?? 死ぬのだとしたら前衛の俺が真っ先にやられるだろうが。次に、攻撃魔法が主軸の中衛のジーウェルといったところか。まぁこのジジイは歳が歳だし、老化でぽっくりいっちまう可能性もあるかもしれないけどな』
『全くもって失礼なガキじゃのう。まぁしかし、確かに最後に生き残るとしたらフェリシア、お主なのは間違いないじゃろう。後衛が最も生存率が高いのは当たり前じゃ』
『・・・・・二人が死んだら、私は冒険者などできはしません。私は、攻撃魔法が使えない、欠陥品ですし・・・・』
『まだ言ってるのかよ、そんなこと。良いか、他人のレッテルに左右されて自分を決めるんじゃない。お前はお前だ。回復魔法だって使えない人間からした立派なもんだ。だからお前は自分を信じて、まっすぐと突き進め』
『無理・・・・無理ですよ。私が今冒険者になれてるのも、二人がいるからで・・・・』
『欠陥品とお前を呼んだシスターのことなんてさっさと忘れろ。過ぎ去ったものを振り返るな。お前なら何でもできる。何たってお前は、いずれ魔王軍の残党すべてを討滅するこのアレックス様の仲間なんだぞ?? 胸を張れって』
『その通りじゃ。自分の限界を決めつけるのは愚か者のすること。お主が自分自身を信じて前へ進むと決めたのなら、きっと新たな力も得られようー----』
過去の回想を終え、目の前の二人の死体に視線を向ける。
幻惑魔法を解く方法は二つあるとされる。
ひとつは幻惑魔法を使った使用者を殺すこと。
もうひとつは・・・・・相手の能力を完全に理解することと言われている。
ただ、この方法は『理解する』という言葉が曖昧すぎて、解除方法としてあまり広く認識されてはいない。
だが、今は藁にも縋る思いだ。
幻惑魔法は能力が多岐に渡るため、確かなことは言えないが・・・・・今現在この身に降りかかっている魔法の能力は、対象者のトラウマを視認させる、といったものに相違ないだろう。
延々と悪夢を見せる能力。
この能力の根幹は、やはり、自身のトラウマ・・・・恐怖の対象の具現化、だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は目の前の二人に向き直り、対峙する。
「フェリシア、お前のせいで、お前のせいで・・・・・」
「死ね!! お前も死んで、ワシたちに詫びをしろ!!!!!!」
怨嗟の声を、正面切って受け止める。
普通、死者の声は聞こえないものだ。
だから彼らが本当に私を恨んでいるのかどうかは、誰も知らない。
死者は帰ってこない。
ならば、私にできることはひとつだけ。
生きていた頃の彼らの言葉を、意志を、この身で勝手ながらに継いでいくことだけだ。
死者を置いて、前へ進む。
それが生前の彼らの望みだから。
私は、その望みに従い、生きる。
「・・・・・・・・・この声は彼らのものじゃない。この声は私自身から発せられているものです。私自身が産み出した彼らの幻影。もう、そんなものに立ち止っている暇は、ない!!!!!」
二つの死体を思いっきり殴り、蹴り飛ばす。
するとその瞬間、辺りは光に包まれー---悪夢は終わりを告げた。
《アッシェ視点》
「ミュミュー・・・・・・」
金髪の女は壁に背を付けてこちらを怯えた様相で見つめている。
私はとりあえず、敵意がないことを示すために彼女の足を鎖でつないでいる足かせを、【ストーンバレッド】で破壊してあげた。
「キャッ!!!!!ー----って、あれ?」
私が足枷を外したことに、眼をパチクリとさせて驚愕の表情を浮かべる金髪女。
「え・・・・・もしかして、私を助けた・・・・んですか?」
「ミュ」
「ええと・・・・ありがとう、ございます?」
どうやらこちらに敵意がないことを察してくれたようだ。
人間とはいえ、私より古いジャック様の配下だった者だ。
人間に対する敵愾心は勿論あるが、主への忠誠のためにも、丁重に扱う意志の方に比重が傾いた。
「ミュ! ミュミュミューミュ! ミュ!」
「ええっと・・・・あの?」
身振り手振りでジャック様がどこにいるのか聞いてみたが、伝わらない。
まぁ、仕方ないか。
デス・スパイダーはお母さまを除けば、人語を介する存在はひとりもいない。
人語を理解する脳はあるが、発する手段を私たちは持ち合わせていないのだ。
「ミュ・・・・・」
今度は地面に足で、ジャック様の絵を描いてみることにする。
線がグチャグチャな下手糞な絵だ。
あの方の愛くるしい姿とは全然程遠い。
「丸井い身体・・・三日月型の目に・・・・顔・・・・・あっ、もしかして・・・・・ジャック様のお友達、ですか?」
「ミュッ!!!!!」
それだと手を上げて、彼女に応える。
すると金髪女は笑みを浮かべて丁寧に頭を下げてきた。
「どうりで、ジャック様と同じで人間に友好的な魔物だと思いました。私はフェリシア・グレイシアと申すものです。以後、お見知りおきを」
「ミュー!」
「ええと、はい、よろしくお願いしますね」
「ミュー・・・・」
「それで、あの、ジャック様は今どこに? 確か、第三階層で別れた切りでー---」
「ひぇぇぇ~~~~!!!!! 勘弁してくださいですよぉう~~~~!!!!!!!」
突如、私が通ってきた穴からピンク色の肌をした女が、翼をはためかせながら飛び込んでくる。
「サキュバス!?!?」
金髪の女、フェリシアは咄嗟に身構えるが、翼の女はこちらのことなど眼中にないかのようにこの部屋の頭上をグルグルと回っていた。
「いやー!!!!! ここ行き止まりじゃないですかぁ!!!!! 最悪すぎですよぉう!!!!!」
「ミュ・・・・?」
女の発言に違和感を覚える。
何たって頭上は吹き抜けになっており、翼の生えたあの女ならすぐに上へ飛び立っていけるはずだ。
なのにあの女は行き止まりと言って、頭上をウロウロ飛び回るばかり。
全くもってその光景は、不可思議なものだった。
「・・・・・ったく、お前には実験に付き合ってもらいたかったんだけどな。そのために幻惑魔法を解いてやったというのに・・・・起きた瞬間に幻惑魔法使って即逃げるなんて、本当に面倒なことを・・・・・」
「ひぃぃぃぃぃぃっっ!! 絶対に嘘ですぅぅぅぅぅ!! 絶対他のサキュバスと同じように幻惑魔法で自我失わせた後に、ゴブリンの慰み者にさせる気ですぅぅぅぅぅ!!!!! 私にいっぱいインプを産ませるつもりなんでしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「違うけど? 今回は自我がある状態でゴブリンとサキュバスを交配させたらどのくらいのレベルの個体が生まれるか実験してみたかっただけだけど?」
「同じじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 自我ある分尚たち悪いですぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「・・・・・・・・・・はぁ。本当、面倒くさいなぁ。僕はムレアと違って動き回るのはそんなに好きじゃない・・・・・おや?」
上空を飛ぶ、先ほど見かけた階層支配者らしきインキュバスと目が合う。
すると彼は益々疲れたような表情を見せた。
「何か自力で幻惑魔法破ってるのいるし・・・・第二階層の薄汚い蜘蛛もいるし・・・・はぁ。めんどくさー」
そう呟いたインキュバスは空中に一本の氷の刃を浮かべる。
その姿に、背後にいたフェリシアが驚愕の声を上げた。
「嘘、でしょう・・・・!? 【アイシクル・ランス】を、一度にあんな数を・・・・・!?」
「・・・・・・ミュ?」
あんな数、とはどういうことだろうか。
どう見てもあのインキュバスは魔法をひとつしか唱えていない。
私は怯えるフェリシアと、怖がる空中のサキュバスに頭をかしげる。
「人間はまた幻惑魔法をかけなおすとして・・・・・デス・スパイダー、お前はいらないな。興味をそそられない」
「危ない!!!!」
氷の刃がこちら目掛けて飛んでくる。
だがそれもたったの一本。
私は即座に【ストーン・バレッド】を発動させ、目の前に迫りくる氷の刃に放って相殺させた。
「ー------------ー---------は?」
その行為に、何故か目を見開き、信じられないものをみたかのような顔をするインキュバス。
「そんな・・・・そんなはずはない。確かに第三階層支配者タナトスは幻惑、魅了完全無効のスキルを持っているが、こんなのただのデス・スパイダーじゃないか。そんな奴があんな高等な耐性を持っているわけがない!」
続けてもう一度、【アイシクル・ランス】を放ってくるが、私は先ほどと同じように【ストーン・バレッド】で相殺させる。
「・・・・何だ、お前・・・・まさか、本当にー----」
そう言った後、舌打ちをし、インキュバスは背後の穴に引き返していった。
階層支配者らしからぬその言動に、私は思わず頭を捻る。
「白いデス・スパイダーさん、貴方は、もしかしてー-----」
「助かったですぅ!!!! 本当に助かりましたですぅ!!!!」
上空を飛んでいたサキュバスがこちらに降り立ち、両手を広げ、駆け寄ってくる。
「ひっ! サ、サキュバス!!」
「ミュミュミューッ!!!!!!」
しかし私とフェリシアは警戒心を露わにし、サキュバスへ攻撃の姿勢を取った。
「ちょ!! 私に敵意ありませんですです!! デス・スパイダーは私と同じ魔物、仲間!! 人間、餌だけどいなきゃ私たち生きられない!! 仲間!! OK!?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「何ですかその怪しむような眼は~~~!!!!! 同じあいつらと敵対する同士、仲良くしまー----うん? これって・・・・・」
私が書いた地面の絵を注視して、翼の女は首を傾ける。
「あれ、これって・・・・・ジャックさん?」
そして、彼女は私の主人の名前を、口にした。




