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第7章 絶望の再演 ③


 桜野さんが珍しく朝に登校してきた、その日の放課後。


 俺は誰もいなくなった教室で日誌を書き終え、それをいつものように職員室に提出してきた。


 クラス委員という仕事は中々ハードなもので、自クラスの課題の回収や翌日の授業で使う備品等の移動を、一日の終わりにすべてひとりで完遂しなければならない。


 なので、課せられた全部の仕事を終えて帰る頃には、毎回俺の体は筋肉痛でバッキバッキになってしまっているのがいつもの日常であった。


「いたたた・・・・文科系の俺には結構キツイところがあるよなぁ、ったく」


 ぐぐっと伸びをしながら、窓から差し込む夕陽によって真っ赤に染まった廊下をまっすぐと進んでいく。


 今日の学校での仕事は全て終わった。


 あとは鞄を取って、すぐさま塾へと直行するだけだ。


 筋肉痛で痛む体を無理やり動かしながら、次のやるべきこと・・・・塾で行われる授業へと考えをシフトする。


 しかし、その時。


 ふいに、耳をつんざくような甲高い怒鳴り声が俺の耳の中に轟いてきた。


「ざっけんじゃないわよこのビッチがッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 突如静寂を切り裂いて鳴り響いたその声に、思わずビクリと肩を震わせてしまう。


「な、何だ!?」


 俺は顔を上げ、急いで声がした方向へと視線を向けた。


 するとそこは、女子トイレだった。


 トイレの前に眼鏡をかけた背の小さい女子・・・・同じクラスの藤崎さんが、誰も通さないように入り口の真ん中に立ち、腕を組んで仁王立ちしている。


 その状況を目で捉えた瞬間、俺はそこでー---トイレの中で何が行われているのかを即座に理解した。


「藤崎さん、何しているの!?」

 

 慌てて彼女へ駆け寄り、そう声をかける。


 すると彼女は嫌悪感を顔で示しながら、苛立ち気味に舌打ちをしてきた。


「何してるのって、掃除よ掃除。分かったならさっさとどこかに行ったら?」


「掃除って・・・・こんな、誰もいなくなった放課後にまで? さっきトイレの方から声が聞こえてきたけど、中で何か揉め事が起きているんじゃないのかな?」


 そう口にし、俺はトイレの入り口へと視線を向ける。


 すると、こちらのその反応に、彼女は明らかに動揺した様子を見せてきた。


「・・・・あのさぁ、秋月、ここ女子トイレなんだけど? まさか覗く気? キッショ、マジで有り得ないんだけど」


「ここが女子トイレなのは勿論分かっているよ。でも、さっきの怒鳴り声は普通じゃなかった。中でいったい何があったのか教えてもらえないかな?」


「あんたには関係ないことでしょ!! 引っ込んでなよ!!」


「そうもいかないよ」


「あっ! ちょっと!!!!!!」


 俺は彼女を無理やり押しのけて、女子トイレの中へと足を踏み入れる。


 人気もない放課後。


 こんな時間にトイレを封鎖しているということは、中で誰にも見られたくない行為を行っているのだということ。


 俺の予想が正しければ、そこにはー---。


「・・・・・・・秋月?」


「桜、野、さん・・・・?」


 トイレの中に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは・・・・頭から水をかけられたのか、全身ビショビショに濡れて、床に膝を付ける桜野さんの姿。


 そして、彼女の前にはバキバキに壊されたギターが、無残な姿で転がっていた。


 俺はその光景を捉えた瞬間、心の奥底から止めどない怒りの感情が込み上げてきた。


 だが・・・・この場で感情的になってただ自身の怒りを振りまいたところで、この目の前の問題は何も解決はしないだろう。


 俺は怒りを無理やり胸の奥に押し込み、まずは冷静になるべく深呼吸をした。


 そして数秒ほど息を深く吐き出し、怒りを鎮めたその後、桜野さんを取り囲むようにして立っている女子生徒たちへと静かに視線を向ける。


「君たちは・・・・なんで、こんなことをしているの?」


 俺のその発言に、女子生徒たちのリーダー格であろう生徒ー---クラスメイトの古東さんがハンと鼻を鳴らし、口角を釣り上げる。


「何? 文句あんの?」


「あるに決まっているよ。こんな、桜野さんに水をかけて、尚且つ彼女の大事なものまで壊して」


「あれ? あんた、怒ってるの? ふーん? もしかしてこいつのこと好きだったとか?」


「何それウケるー!! こんなヤリマン女好きだったとか、爆笑ものなんですけどー!!!!」


「良かったねー、桜野さん、あんたみたいな性悪女でも好きになってくれる人いてー」


「あのさ・・・どうしてこんなことをしたのか、真面目に答えてくれないかな?」


 そう言って、騒ぎ立てる古東さんの取り巻き連中を思いっきり睨み付ける。


 だが彼女たちは俺のその様子に「こわいこわいー」と、嘲笑うかのような声を上げるだけだった。


 まぁ・・・・仕方ないか。


 俺は上背も低いし、喧嘩なんて一度もやってきたことがないどうみてもひ弱な温室育ちだ。


 彼女たちを威圧できるような貫禄など、到底持ち合わせてはいないだろう。


 (だが、だからといってこんな酷い行いを、許せるわけがないー---)


 俺は一歩前へと足を踏み出し、ポケットからスマホを取り出す。


 そして彼女たちが桜野さんを囲んでいじめている姿を、即座に写真に収めた。


「ぱしゃり。・・・・っと、こんなものかな」


「は? テメー、何勝手に写真撮って・・・・」


「今の時代、SNSにこんな写真が流出したら・・・・どうなるかは分かっているよね?」


 俺のその言葉の意味を理解したのか、古東さんは下唇を噛み、怒りの形相でこちらを睨んでくる。


 だが、他の連中は状況が理解できていないのか、ヘラヘラと変わらずに笑みを浮かべていた。


「桜野の惨めな姿がネットに流出したからって、何かあるの?」


「そいつだけでしょ? 困るのはさー」


「あれ、分からないかな? この写真一枚で君たちの進路は多大なダメージを受けると思うんだけど・・・」


「は?」


「いじめが行われている写真なんてもの、ネットに上げたら間違いなく炎上は避けられない。その結果、君たちの個人情報は露見し、最終的には大学受験にも響くことになってしまうかもね。どう考えても、世間はいじめを行う側が悪いと認識する。君たちが世論の敵になるのは確実だ」


「受験に響く・・・・? その写真一枚で?」


「なら、こいつの手からスマホ奪っちゃおうよ? 男だって言っても、あたしたち5人いれば余裕っしょ? こいつチビだし」


「そっか。君たちがそういう行動に出るのだったら、俺は今すぐにこの写真をSNSに上げるよ。今の会話の時間の間に、あと1タップするだけでUPできるところまで進めておいたからね」


「はぁ!?」


「ふざけんじゃねえよガリベン野郎がよ!!!!!」


 物凄い形相で、彼女たちは俺を睨みつけてくる。


 俺は内心その姿にビビりながらも、あくまで平静を装い、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「この写真をUPされたくなかったら、二度と桜野さんに対してこういうことをしないこと。分かった?」


「・・・・・・・・いこ」


 俺のその言葉に同意こそはしなかったが、古東さんたちは不満げな顔をしながらトイレから退出していった。


 俺は彼女たちが完全に廊下の奥に消えるのを確認した後、ふぅっと、額の汗をぬぐいながら大きくため息を吐く。


「ふぅ、ビビった~~・・・・、桜野さん大丈夫? 立てる?」


「ありがと」


 差し出した俺の手につかまると、彼女は肩を震わせながらゆっくりと立ち上がる。


 そして涙にぬれた瞳を手でこすると、俺に向かってぎこちない笑みを浮かべてきた。


「・・・・・あは、何かみっともないところ見せちゃったね」


「いやいや、俺の方がみっともないよ。男なのに凄んでもまったくあの子たちビビッてなかったし」


「ううん。秋月のおかげだよ。助かっちゃった」


「なら良いけど・・・・どうして古東さんたちが桜野さんにこんなことを? 言い方悪いかもしれないけど、桜野さんってクラスメイトとそんなに深く関わって来なかったよね? 彼女たちから敵意向けられるほどの何かを君がしたとはどうにも思えないんだけど」


 俺のその質問に、桜野さんは苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。


「・・・・・・あの子の彼氏、私が所属している軽音部の先輩なんだけど・・・・・何故か昨日、告白してきたんだよね。私に」


「え? 古東さんと付き合っているのに・・・・桜野さんに?」


「そう。あたりまえだけど、好きでもない人、それも彼女いる人の告白なんか受ける気なかったから・・・・私、告白断ったの。そしたら何故か私がその先輩を誘惑して寝取った? みたいな噂流れちゃって・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・なるほど」


 だから古東さんはあんなに桜野さんに敵意を向けていた、というわけか。


 簡単に考えるならば、フラれたその先輩が腹いせにそんな噂を流したと見られるが・・・・。


 まぁー---今は誰が噂を流した犯人かなんて、考えることでもないか。


「・・・・とりあえず、こんなところにいたら風邪ひくよ。俺のブレザー貸すから、一緒に帰ろう」


「ありがとう。でも、ギターは・・・・・」


「あっ、そうか・・・・・じゃあ、壊れたギターは俺が回収しておくね。桜野さんは先に帰ってて。早く帰ってお風呂にでも入った方が良いよ」


「うん・・・・そう、だね。じゃあ、お願いする、ね?」


 そう言って、いつもと違った弱々しい様子で、彼女は帰って行った。


 あとに残されたのは壊されたギターの破片たち。


 俺はふぅと息を吐きながら、彼女のかつての相棒を拾い上げていった。








 

《アッシェ視点》



 「ミュゥ・・・・・・」


 インプの群れを追って辿り着いたのは、地面に垂直に穴が開いている洞穴だった。


 中を覗いてみると、そこは最下層が見えないくらい暗い。


 だけど、ここに来る時に通った大階段やお母さま・・・・タナトスが空けた穴に比べれば、そこまでの深さは無いように感じられる。


 何となくの勘なのだが、この穴はそこまでの広さは無いと明確に理解できていた。


 (けど、だからといって油断なんてできはしない・・・・ここは敵の本拠地。そして私は第三階層の魔物。見つかった瞬間に攻撃を仕掛けられるのは必然・・・・)

 

 キョロキョロと辺りを見回した後、手頃な木を見つけ、私はそれによじ登る。


 そして樹木の枝にお尻から吐き出した糸をくくりつけると、崖下にある穴を見つめた。


「・・・・・・・・ミュッ」


 ゴクリと唾を飲み込む。


 そうして私は覚悟を決めると、そのまま枝から飛び降りて眼下の穴へと飛び降りた。


 目指すは迅速に下層へ辿り着き、ジャック様をお助けすることだ。


 果たして、このインプの巣穴にジャック様がいるのかは定かではないのだが・・・・それでも、彼が窮地に陥ったとされるのなら、私は行動せざる負えない。


 ジャック様の身を守るためと考えると、自然に体が動いてしまうのだ。


(・・・・・・・・・・・・・・・)


 暗闇の中を落下しながら、ふと、疑問に思う。


 どうしてこんなに、私は彼を助けたいと思うのか。


 どうしてこんなに、私は彼に惹かれているのか。


 本来、魔物は他種族と殺しあうように生きている。


 異種族の魔物は嫌悪すべき存在として目に映るのが、魔物の性だ。


 それなのに私は、ジャック様が愛おしくてたまらない。


 彼は、仲間であるデス・スパイダーの兄弟でもないというのに。


 ・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・。


 そうだね。


 答えなんて、分かり切っているか。


 私は、彼が好きなんだ。


 私は、彼という存在に生きていてほしいのだ。


 生きて、最弱のアンデッドがどこまで這い上がっていくのかを、この目で見届けさせて欲しい。


 そうすれば、産まれてから灰と呼ばれ蔑まれてきた貧弱な私も、生きることに希望が見いだせるかもしれないから。


 (この世にある絶対的なルール、強者がすべてを決めるという理不尽な世界・・・・そういった概念にすらもあのお方は、不敵な笑みを浮かべながら挑んでいくのだろう・・・・誰が見ても勝てないと分かっている相手でもけっして逃げたりしないその勇猛さ。とても・・・・かっこいい。りすぺくと)


 絶対的な強者であるお母さま、タナトスに恐怖の色を一切見せずに堂々と立ち向かった彼の姿。


 それをこの目で捉えた、あの瞬間。


 私の心は、あの時、完全に彼に奪われてしまっていたんだ。


 弱い存在でも強い存在に怖がる必要なんてない、弱者にも生きる意味がある・・・・そう、彼が私に伝えてくれてるような気がして・・・・・私は死ぬこと以外の意味を見出すことが叶った。


 だから、大恩ある彼にこの身を捧げて助けるのは当たり前。


 だって彼に死なれたら、私の生の希望も探すことが叶わなくなるのだから。


「・・・・・・・・ミュッ」


 シュルシュルと糸が伸びていき、暗闇の中を数分間落ちていくと、ふいにインプたちの声が聞こえてきた。


「グギャ? ゲギャギャ」


「ググッガギヤ、グッカ」


 私たちデス・スパイダーは、人族の言葉と同族の言葉は理解できるのだが、彼らインプの言葉はどうにも理解し難い。


 魔物は基本的に上位種の者ほど人族の言葉を喋ることが可能になるものだが、彼らインプはより原始的な・・・・古代の魔物のような言葉を話している気がする。


 どちらかというと・・・・そう、ゴブリンたちに近い言語だろうか。


 何故異種族なのにゴブリンと似た言葉を話せるのかは分からないが・・・・今は見つからずに行動することが先決だろう。


 私は静かに糸を揺らし、近くにあった壁に足を着地させる。

 

 そしてお尻の糸を切断させると、物音が立たないように足を這わせ、ゆっくりと下へと向かっていった。


「・・・・・・・ミュ?」


 暗闇に慣れてきたのか、ぼんやりと最下層が視界に入ってくる。


 目を凝らしてみると、大木2つ分くらいの距離に、地面が見えていた。


 そこにはインプたちが座り込み、森林で採れたであろう小動物の肉を頬張り、ゲラゲラと笑い声をあげていた。


 麻布の上に座っているところを見るに、ここがインプたちの塒、ということなのだろうか。


 ここが寝食をする場所、だとしたら期待外れも良いところだ。


 そんなところに、捕えてきた獲物・・・・ジャック様がいるわけがない。


 私は大きくため息を吐き、落胆の色を顔に浮かべる。


 しかし、その時。


 上から一匹の魔物が、降ってきた。


「・・・・・・今日の穴倉の看守、いないんだけど・・・・・もしかしてサボリ?」


 翼をはためかせながら最下層に降り立つと、その魔物は気怠そうな顔をしてインプたちを見渡す。


 彼のその姿に、インプたちは先ほどの笑みはどこへやら、皆、緊張した面持ちで立ち上がった。


 そして一斉に頭を下げ、謝罪の意を示す。


「・・・・・・ふわぁ・・・・ムレアだったらこういうとき、見せしめに一匹殺して統率力を高めるんだろうけど・・・・僕は無駄に力を使うのが嫌いだからね。見逃してあげる」


「グァ・・・・」


 その発言に、インプたちは安堵の表情を浮かべ、皆、ふぅっと息を吐いた。


 そんなインプたちの姿をつまらなそうに見つめると、翼の生えた背の小さな少年は欠伸をしながら、他のフロアに続いているであろう横穴に歩いて入っていった。


 そしてその後、仲間全員から白い目で見られた一匹のインプが慌てて立ち上がり、さきほどの少年とは反対側の横穴に走って向かっていった。


「・・・・・・・・・ミュミュミュ・・・・・」


 予想するに、今さっき現れた青紫色の肌をした少年は・・・・インプたちを統率していたことから見ても、この第五階層支配者の双子の片割れ、シアナ、と見て間違いないだろう。


 階層支配者はジャック様の敵だ。


 この場で奴を追いかけ、私の毒の牙で暗殺・・・・・ができたら、ジャック様の助けになることは間違いがないが・・・・。


 けれど、今優先すべきはジャック様の救出すること。


 下手な戦いを挑んでも、彼を助けられずに死んだのでは意味がない。


 「・・・・・・ミュ」


 私は先ほどのインプが消えていった穴に視線を向ける。


 あの階層支配者は、部下のインプに「看守」を任せると言っていた。


 ということは・・・・あちらに、何者かが囚われているということ、だ。


 つまり、ジャック様がいる可能性も必然的に上がるというもの。


 私は静かに足を壁に這わせながら、インプの背中を追って、横穴の中へと歩いていった。


 

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