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第6章 養殖場の森 ⑥


「・・・・・あはっ! あははははははははははははははははははははっっ!! ちょ、ちょっと、笑わせないでくれるぅ?? 今あんた、このあたしに『第五階層支配者の席をよこせ』とか言ったの? キリッとした決め顔で?? 待って、お腹痛いっ、ぷふっ、ははははっ!!!!」


 そう言って、自身の腹部を抑えるようにしてケタケタと大きな笑い声を上げると、ドロセラと同じ様相をした赤紫色の肌の少女はクルリと空中で一回転した。


 見た感じ、幼女と言っても差し支えないくらいの幼い少女だ。


 ドロセラはあどけなさの残る中高生くらいの見た目をしていたが、彼女は完全なロリ。


 推定年齢10~12歳くらいの、手を出したら完全に児ポに引っ掛かるであろう身なりをしていた。


 (・・・・サキュバス・インキュバス、か。こいつらは今まで出会ってきた魔物の中でも最も人間に近い姿形をしているな)


 今まで出会った階層支配者たち、タナトスやゴブリン・ロード、ケルベロスは見た目からして完全な化け物共だった。


 だが、第五階層支配者、ムレア・・・・彼女の出で立ちは彼らとは違い、肌の色と背中から生えている大きな翼を除けば、かなり人間に近い姿だといえる。


 先ほど出会ったドロセラと老婆もマントのような衣服を着用していたしー---ウトリクラリアは上半身裸だったがー---あのアホを例外とすれば、サキュバスとインキュバスは生活スタイルもとても人間に近い生物なのかもしれない。


 (そんな、人間に近い生き物を、俺は今から・・・・・殺す)


 アンデッドの身に転生してからというもの、すでに人間と俺は別種の存在なのだという感覚が胸の内には常にあった。


 今現在、目の前に倒さなければならない敵がいるとして、それが人間だったとしても、俺は容赦なく殺意を向けることができるだろう。


 【スラッシュ】を使って人間の首を跳ねることも、その辺にいる蟻を踏み潰すことと同義で容易に行うことはできる。


 だから、少女の姿をしている第五階層支配者ムレアも、俺は躊躇せずに攻撃を仕掛けられるはずだ。


 だがしかしー----今、ムレアと対峙して、それは間違いであると分かった。


 俺の心の中には、微かに残った人間だった頃の残滓が残っていたのだ。


 そしてその残滓は、目の前の少女にこの青い火球をもう一度向けることに、拒否感を覚えてしまっている。

 

 人に似た形をした存在、それも幼い少女を手にかけることに、俺は言いようもない気持ち悪さを感じてしまっていた。


「ハッ! とっくの昔に死んだってのに、まだ前世の常識や感情を持ってきやがって!! 馬鹿か俺は!!」


 眼前に浮かべた火球の照準が乱れていることに、俺は苛立ちを込めて舌打ちをする。


 秋月 透というひとりの人間が、一匹のアンデッド『ジャック・オー・ランタン』にその一線を踏み越えたら最後、完全に今までの俺とは違う何かに変わってしまうのだと、静かに警告を告げていた。


 けれども・・・・そんなものは無視だ。


 この世界の摂理は弱肉強食。


 無駄な情けをかければ死に、殺せば生きる。


 せっかく二度目の生、それも力を手に入れて転生したってのに、いつまでビビってんだチキン野郎。


 だからてめぇは前世であの子を死なせた挙句に、狭い部屋の中でみじめに引きこもるハメになったんだろうが!


 またあんな目に遭いたくなければ殺せ!! 目の前の敵を!! 立ちふさがる全ての敵を!! 安寧を脅かす全ての者をこの世から殺し尽くせ!!


「ー----ー--【エンファイア】!!!!!」


 少女の顔面目掛けて、最速の火球を飛ばす。


 空中で笑い転げている隙だらけの第五階層支配者ムレアは、その剛速球を回避することもできずに、火球によって顔面をそのまま貫かれた。


 ダランと力なく地上へ落ちていく、燃え盛る火炎に包まれた首のないムレアの身体。


 そのあっけない結末に、俺は思わずポカンとした表情を浮かべてしまう。


「は? おいおい、んだよ、身構えてた割にはとんだ終わり方ー---」


「【チャーム・ファンタズム】」


「ッ!? ジャックさん!!!! まだです!!!!!」


「へ? おわっ!?」


 俺を抱えていたドロセラが、急いでその場を離れ、上空へと上昇する。


 何事かと思い、さっきまで俺たちが居た場所を見下ろすと、そこには透明化を解いて突如空中に現れるムレアの姿があった。


 ムレアは紫色の靄を纏った不気味な右腕を俺たちが居た場所目掛けて空振りすると、チッと舌打ちをして、こちらを見上げてくる。


「案外勘の鋭いサキュバスねぇあんた。まだそこまで動ける夢魔族がいただなんてムレアちゃん、驚いちゃった」


「・・・・・サキュバス、インキュバスは互いに騙しあうような戦い方をする・・・・それがセオリーですからね。貴方のような性悪が簡単にやられるだなんて端っから思ってないですです」


「はぁ?? まったく、そのカボチャ頭含めてあんたも大概に無礼な奴ね。でも、いいわ。あんたたちにはこの第五階層支配者ムレア様に舐めた口を聞いたこと、絶対に後悔させてあげるから。何度も何度も何度も痛み付けてから、自ら死にたいって口にするまで、遊んであげる♪ きゃはははははははははははっ!!!!」


 そう口にすると、ムレアは甲高い笑い声を上げながら、こちらに向かって上昇する。


「【アイシクル・ランス】」


 そして、自身の周りに鋭利な氷の槍を6本浮かべると、それを俺たち目掛けて射出した。


「来ます!! しっかり捕まっててください!!」


 ドロセラは真下から迫ってくる氷の刃とムレアから逃げるために、翼をはためかせ全速力で森林地帯の上を滑空する。


 だが、どんなにスピードを出したところで、氷の刃はこちらの速度に追い付くかのような速さで追尾してきた。


 そのため、氷の刃【アイシクルランス】は徐々に距離を詰めながら段々と背後に迫ってくる。


「ドロセラ!! お前の透明化魔法であいつの魔法から逃げることはできねーのか!!」


「無理ですよぉう!! あの魔法で透明化できるのは自分だけなんですです!! ジャックさんまで透明にすることはできませんです~!!」


「チッ!! やっぱそう都合よくにはいかねーか!!」


 透明化魔法、強力な代わりにやはりそれなりの制約があるということか。


 俺はドロセラの腕の中から背後に視線を向けて、青い火球を眼前に浮かべる。


 そして【エンファイア】を、最もこちらに迫ってきている一本の氷の刃へ目掛けて放った。


「【エンファイア】!!ー----って、は?」


 氷の刃に火の球が当たった瞬間、その刃は霧散するように空中に解けていった。


 砕けるのではなく消えるといったその光景に、訳がわからず、思わず目をパチクリさせてしまう。


「残念外れ~! 無駄なSP消費ご苦労様でした~っ!」


 その光景を見たムレアはクスクスと口に手を当て笑うと、さらに氷の刃を10本自身の周囲に浮かべ、俺たち目掛けて放ってきた。


「はい、追加の【アイシクル・ランス】だよ~っ! さてさて、お馬鹿なアンデッドちゃんにはどれが本物か分かるかな~??」


「は、はぁっ!?!?」


 合計15本になった氷柱の雨が、俺たちを串刺しにしようと追ってくる。


 恐らく、ムレアにはあの量の魔法、【アイシクル・ランス】を一気に放てるだけのSPは無いのだろう。


 だから、どれが本物か分からないようにいくつか幻惑魔法で作った偽物を混じらわせている。


 だけど、それが分かったところでその内のどれかは本物なのだから、目に見える全ての【アイシクル・ランス】を警戒さざる負えない。


 なるほど・・・・力任せの単純な攻撃しかしなかったケルベロスと違って、こいつは搦め手を得意とした戦法を好むのか。

 

 中々に厄介極まりない相手だ。


 あの氷の刃全てを【エンファイア】で撃ち落としたところで、また幻惑魔法と共に【アイシクル・ランス】が追加されるだけのことだろうしな。


 それに、いちいち幻惑魔法を気にして魔法を使っていたら、最終的にこちらのSPが空になってしまう。


 ただでさえ先刻のインプたちに大量のSPを放出してしまったのだから、極力、SP消費は押さえたいところだ。


 感覚的には、あと【エンファイア】は10回くらいは撃てそうだが・・・・・果たしてその10回であのロリ階層支配者を殺せるのかどうか。


 くそっ! この状況、思ったよりも最悪じゃねーか!


「・・・・落ち着け、冷静になれ。まず分かったことといえば、あいつがインプたちとは違い、幻惑魔法の射程範囲がとんでもなく広いということだ」


 インプの射程範囲はせいぜいが5~6メートルといったものだろう。


 けれど奴は、こうして俺たちとの距離を詰めて飛んでいるといえども、その飛距離はゆうに20メートルは超えている。


 それなのに俺たちに対して幻惑魔法を使えるということは・・・・・やはり階層支配者なだけあってインプたちとは格が違う、ということなのだろうか。


 まぁ、見た目が幼女といえども一応第五階層支配者なのだから、そのくらいの力を持っていて当たり前、か。


「次は・・・・ステータスの確認だ。【アナライズ】」


 魔法を発動した瞬間、眼前に、いつものステータスウィンドウが表示される。



  【ステータス】 


  名前 ムレア

  Level 56

  種族 サキュバス

  年齢 423歳

  クラス ハイ・ソーサラー


  HP 320

  SP 556

  攻撃力 18

  防御力 10

  俊敏性 1452

  魔法攻撃力 2262

  魔法防御力 3156


  成長性  A+


 【習得魔法スキル】


 ○氷結属性中位魔法 アイシクル・ランス

 ○魅了幻惑複合超位魔法 チャーム・ファンタズム

 ○魅了属性中位魔法  スピシーズ・チャーム

 ○幻惑魔法上位魔法 ドッペルゲンガー

 ○幻惑魔法中位魔法 トランス・ペアレント

 ○幻惑属性中位魔法 フィールド・ダズル


 【習得戦技スキル】


 ○なし


 【耐性】


 ○幻惑魔法無効化

 ○魅了魔法無効化

 ○氷結属性魔法軽減


 【加護】


 ○氷神の加護(氷結属性魔法の常時無詠唱化)

 ○魅神の加護 (魅力属性魔法の常時無詠唱化)

 ○夢魔の祝福(幻惑魔法の常時完全無詠唱化) 


 


「やはり、インプ同様サキュバスも、ステータスだけみれば造作もない数値、か」

 

 あれならデュラハン・ゴブリンナイトとガルムで囲めば、一瞬で叩き殺せるレベルだ。


 魔法のステータス値を除けば、純粋な戦闘能力でいえばヴァイスやヤオにも劣る性能だろう。


 だが、こいつを強者としているのは純粋なステータス値ではなく、奴の使う幻惑魔法の数々だ。


 自分とそっくりの幻影を作れることといい、こちらに気づかれずに透明になれる能力といい・・・・。


 今現在俺たちを追い詰めようとしているこの氷の刃と幻の刃の数々もそうだ。


 奴は幻惑魔法を上手く活用して俺たちの隙をついてこようとする。


 見た目はただの幼女にしか見えないが、これは・・・・認めざる負えないな。


 あのサキュバスが、かなりの強敵であることを。


 魔法というものの扱いがあんなに上手い存在は、この世界に来てから一度も見たことがない。


「ひ、ひぇぇ~~~!! ジャックさん~!! もう限界ですよぉ~~!!!!」


 ドロセラは顔を青ざめ、ゼエゼエと息を切らしながら飛ぶ速度を落としていく。


 体力の限界が来たのだろうか。


 ゆらゆらと、まるで死にかけの蚊のように、ドロセラは覇気がなくなったかのように羽ばたいていた。


 そんな、スピードが無くなったドロセラを格好の的と捉えたのか、氷の刃が嬉々として次々にこちらに迫ってくる。


「【エンファイア】!! クソッ! またかっ! 【エンファイア】!!」


 俺は、ドロセラの背中を刺そうと差し迫ってきた二本の氷の刃目掛けて火球を放つ。


 だが二本とも幻惑魔法だったのか、火球が当たった瞬間即座に空気に溶けるように霧散していった。


「きゃはははははははははははっ!! ほらほら!! 早くしないとまたきちゃうよ~!!」


 追撃するように、氷の刃が雨のように背中に迫ってくる。


 その光景を捉えた俺は舌打ちをし、ドロセラの顎をガツンと頭突きした。


「グフォウッ!? な、何するんですかっ!!!!!」


「ドロセラ!! 下の森に迎え!!」


「へ? は? い、いや、何言ってるんですか? 下にはインプたちが大量に・・・・それも森に火を・・・・」


「良いから早くしろ!!」


「ひぅっ!? わ、分かりましたよぉう!!」


 最後の力を振り絞って、ドロセラは下降し、眼下の森林へと降りてゆく。


「あはっ! バカじゃないの? 逃げられるわけないでしょ!!!!!」


 後方から迫ってくる氷柱の雨とムレア。


 前方に待ち構える、森の上に浮かぶインプたちの黒い群れ。


 どうみても一寸先は地獄。


 逃げられる余地など、どこにもありはしない。


 だが・・・・。


「-----結局、この手を使うしかなかった、か」


「? ジャックさん?」


 この絶望的な状況。


 活路があるとすれば、それはー---ドロセラを殺し、奴の身体を乗っ取って透明化魔法を使って逃げること、くらいだ。


 そして透明になった直後にインプの群れを搔い潜り、森の中を通って退路を見つける。


 現状考えられる手はこれしかない。


 そもそもの話、今、奴と戦うには全く持って万全な状況では無いのだ。


 SPもないし、地上でしかアンデッドは使役できないし。


 そう、だからこそ今は、立て直す必要がある。


 隠れ家に住むサキュバスとインキュバスのために、なんて正義ぶって今ここで奴と無理に戦う必要性は全くない。


 何よりも優先すべきは自身の命。


 何たって俺は・・・・勝てない時の逃げる保険として、そのためにドロセラをこの場に連れて来たのだからな。


 (にしても、ムレアと直接対決するための飛行手段が必要だとか言ったら婆さん、疑いもせずにドロセラを俺に貸してくれたのは本当にラッキーだったな)


 逃げる手段があって本当に助かったぜ。


 無事に敗走できる方法が無い状況で、わざわざ階層支配者と対面するなんて、そんな馬鹿なことをしたくはなかったからな。


 ダサイと言われようが何と言われようが、生きる限り常に逃げる手を考える。


 これが小心者の秋月 透という人間の性なのだ。


 さて、当初の目論見通り、この女を殺してさっさとここからおさらばするとしようかね。


 俺は、ドロセラの首元に視線を向ける。


「悪いな、ドロセラ。【スラッー------」


「・・・・・ジャックさん。私、貴方を信じることにしたです。だって、ジャックさんは魔族を導く調律者、新たな魔王様なんですよね? 幼い頃、ウトリがよく言ってました。魔王様は魔族にとってのヒーロー、忌み嫌われて地下に押し込められた私たちを解放してくれる正義の味方なんだって。だから、私はー----」


 恐怖に懸命に抗いながら、それでも希望を持とうとして、必死にドロセラは笑みを浮かべる。


 俺を見る濡れた瞳。


 その姿が、いつかの俺が死なせてしまった少女と被り、何故か俺は、彼女の首を跳ねることができなくなっていた。


 そうすることが正解だと分かっているのに、俺の中にいる人間だったころの残滓が、彼女を殺すことを頑なに止めていた。


「ー-------クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!」


 【エンファイア】を唱え、小さな火球をインプの群れに落とす。


 数匹インプが焼け焦げになって死ぬ姿が見られるが、黒い群れは微動だにしない。


 背後からは氷柱の雨がもう数メートル先の距離に迫っていた。


 四方八方、どこにも逃げ場は無い。


 串刺しになりたくなければ、前へ進むしかー---ない。


 そして俺とドロセラは、その火球が落ちていく方向へ、二人して死の海へとダイブしたのだった。







「何をするかと思えば・・・・ただの自滅だなんて。つまらないことをするわねぇ・・・・」



 気絶したドロセラを数匹のインプが抱えて飛び、同じく気絶したジャック・オー・ランタンを一匹のインプが抱えて、ムレアの前に掲げる。


 意識のない二人を嗜虐の笑みで交互に見つめた後、ムレアは右手を眼前に上げて、掌全体に紫色の靄を纏わせた。


「穴倉にこいつらを連れていきなさい。宣言通り、こいつらは何度も何度も何度も痛み付けてから自ら死にたいって口にするまで遊んであげることにしたわ。フフフ。果たしてアンデッドがどんな悪夢を見るのか・・・・とても楽しみだわぁ」


 そう言って、ムレアはジャックの頬を右手で振れる。


「【チャーム・ファンタズム】」


 その瞬間、ジャックは苦悶の表情を浮かべ、絶望に満ちた悲鳴を上げたのだった。

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