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第6章 養殖場の森 ③


 ハンドベルを鳴らしていた夢魔族(インプ)は、俺の放った【エンファイア】によって焼け焦げになりながら、屋根から転がり落ちていった。


 そしてコロコロと回転しながら落下した後、インプは地面へと落ちると、断末魔を上げた直後にその身体は炭化して粉々に砕け散っていった。


 遠目にインプのその死に様を確認した俺は、フゥと、短く息を吐く。


「さて・・・・何かムカつくからという適当な理由で殺してしまったが・・・・・」


 果たして、この状況は吉といえるのか凶といえるのか。


 現状、この目の前に広がる人間牧場がいったいどういう目的で作られているのかは定かではない。


 安易に推測するのなら、奴らの餌となる人間・・・・つまりは人間が牛や豚を育てるように、食料としての肉を得るために育てているという線が妥当だろうか。

 

 そういった施設を急襲した場合、果たしてインプたちがどういった反応を見せるかは予想できるものではない。


 この場にインプのお仲間がすぐに現れるのかもどうかも、今後どんな状況へ変わっていくのかは全くもって想像するのは難しいものだ。


 「クソッ、安易に殺したのはミスだったか??」


舌打ちをし、デュラハン・ゴブリンナイトの肩に乗り、牧場全体を見渡してみる。


 (・・・・・それにしても、ここにいる人間たちはどいつもこいつも、まともな精神状態ではなさそうな様子だな)


 牧場に散らばっている人間たちの瞳は皆一様に、虚ろだ。


 それと、彼らは本能だけで動いているように見える。


 その辺の牧草を食べ、その辺で性交渉をし、その辺でトイレをする。


 その姿は文明を築いた人間の姿では断じてなく、ただ三大欲求にだけ従い生きているだけの野生動物の姿でしかない。


「幻想魔法によって操られている、と見るのが自然か・・・・? けれど、さっきのハンドベル振ってた奴を殺しても魔法が解除されてまともに戻る人間はどこにもいないようだし・・・・・謎が深まるばかりだな」


 うーんと、頭を斜めに傾けながら唸り声を上げる。


 するとその時、背後から声がかけられた。


「そ、その牧場の人間は、第五階層支配者のムレアとシアナが最上級幻惑魔法を使って操っているんですです。だ、だから、世話係のインプを殺しても特に変化はないといいますか・・・・」


「ッ!? 誰だ!?」


 急いで後ろを振り返る。


 すると、5メートル先に、見知らぬ赤紫色の肌の少女がちょこんと体育座りをしている姿があった。


 その姿に、常に辺りを警戒していたアンデッドたちは一斉に虚を突かれ、皆一様に俺をかばいながら慌てて臨戦態勢を取り始める。


「ご、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのです・・・・」


「・・・・・オイ、てめぇは何者だ? いつから俺の背後に座っていた?」


「わ、私はサキュバスのドロセラという者です・・・・ア、アンデッドさんの後ろにいつからいたかと言いますと、第五階層に辿り着いた時、からですかねぇ・・・・・」


「大階段から・・・・?」


「ですです」


「いいや、それはあり得ねえな。あの時、俺は周囲を隈なく警戒していたが、お前の姿はどこにも見当たらなかった。それに、俺の配下であるこいつらがお前の姿を見逃すはずがない。特にガルムは鼻が利くからな」


「・・・・・透明化魔法を使っていました」


「透明化魔法? なんだそれは?」


「こういう魔法です」


 少女は片腕を広げると、その手先を徐々に透明に変えていった。


 そして瞬きほどの数秒が経過すると、彼女の腕は関節から先が一切消えてなくなっていた。


 俺はその光景に息をのみながら、警戒心をむき出しにする。


「・・・・なるほど。魅了、幻惑魔法以外にもそんなスキルを持っている個体がいたか」


「厳密にいえばこの魔法は幻惑魔法の応用なのです。空中というフィールドの色と自分の身体を一体化させている、といいますか・・・・透明というよりは自分の色を変えているだけなのです」


「ふむ。要するにカメレオンのように擬態していた、ということなのだろうが・・・・その能力についてはひとつ疑問が残るな。何故、ガルムの鼻にお前の匂いは感じられなかったんだ? 当然、体臭まで消せる代物ではないのだろう?」


「はい。その通りです。色を変えるだけですから当然、体臭は残ります。何故、匂いが感じられなかったかと言いますと・・・・多分、これのおかげですです」


 そう口にし、ピンク髪の少女は懐から水玉模様の毒々しい木の実を取り出すと、それを掌に乗せて俺に見せてきた。


「こいつは・・・・?」


「食べると少しの間、気配を薄くする効果を持った木の実です。といっても、完全に気配を無くすわけではないので・・・・恐らくはですが、そのフェンリルのようなアンデッドさんは、ある程度の距離にいないと存在の匂いを感知できないのだと思います。普通の幻惑魔法と違って射程距離長いですから、この透明化魔法というのは」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 射程距離が長い幻惑魔法、か。


 それも透明になれるなんて、色々と活用方法がある、厄介極まりない魔法だ。


 ルーナから聞いた情報以外でも、幻惑魔法というのは知らない能力が数多くあるようだな。


 益々警戒度が跳ね上がるぜ、この階層の魔物には。


「それで? ご丁寧にペラペラと俺に種明かしをしてお前はいったい何がしたいんだ? 今、あっけにとられている俺たちを殺すために他の仲間が透明化魔法を使って迫っている、とか、そういった類の策略か何かを企んでやがるのか?」


 炎の球を眼前に浮かべ、照準をドロセラという少女に合わせる。


 すると彼女は自身の小柄な体格より倍ほど大きい蝙蝠のような翼をはためかせ、慌てた様相で両手を前へと突き出し、ブルブルと首を横に振った。


「ち、ちちちちちち違いますぅぅぅ!!!!! わ、私は貴方をある人物に引き合わせたかっただけといいますかっ!!!! けっして害意はありませんよぉう!!!!」


「そんな言葉に俺が騙されるとでも?」


「き、聞いてくださいよぉう!!! アンデッドさんたちにも多分、悪い話じゃないと思いますからっ!!!!」


「悪いが、時間稼ぎならー---」


「アンデッドさん、さきほどのあのインプに対して明らかに嫌悪感丸出しにしてましたよねっ!? その行動から鑑みるに、貴方はインプを倒しにこの第五階層に来た、そういうことですよねっ!?」


「・・・・・・・・・・」


「だ、だったら私と、もうひとりの仲間と手が組めるはずですです!!!! 私ともうひとりのインキュバスの彼は、今の第五階層支配者に敵対している唯一の夢魔族ですからっ!!!!!」


「敵対・・・・それは、本当の話しなのか??」


「ですです!!!!!」


「ですですうるせー奴だな・・・・タラちゃんか、オメーは・・・・」


「? タラちゃん?」


「なんでもねーよ。それよりも・・・・」


 第四階層の時のように、ヴァイスとヤオ、ルーナと手を組んだ時のように、この第五階層でも手を組めるような魔物がいるのなら、攻略も楽になるというもの。


 ならば、罠である可能性を考慮したとしても、話を聞きに行くだけの価値はある、か。


「・・・・わかった。連れていけ。その会わせたいとかいう奴のところへな」


「本当ですか!!!!」


 俺のその言葉に、ドロセラはニコリと、満面の笑みを浮かべた。










《反転・フェリシア視点》


 いったい、あれからどのくらいの時が経ったのだろうか。


 この闇の世界に囚われてから、もう、何十年も経っている気がする。


 幾度も幾度も地獄の光景を見せられ、幾度も幾度もこの闇の中に戻ってくる。


 この魔法は、相手の人間が最も見たくない景色をまるでリアルかのように見せてくる、最低最悪の代物だ。


 どんな人間にだってある、過去のトラウマの記憶、絶望の光景。


 それをこの幻影魔法は、最悪な形で映し出してくる。


 延々と、まるで終わらない劇場を見ているかのように。


 傷が残る人間の心を、容赦なく折ろうとしてくるのだ。

 

「あ・・・・・」


 気が付くと、視界に映るのはこの光景。


 赤い夕陽が、村の周囲に聳え立つ渓谷を朱色に染め上げている、過去の景色の姿。


「ねぇ、フェリシア。どうしてこの世界から魔物って消えないんだろうね」


 牧場の柵に腰掛ける私。


 その隣に座る幼い頃のアレックスが、ふと、そんなことを聞いてきた。


 視線を隣へと向けると、彼は沈痛な表情を浮かべながら山々を見つめていた。


「・・・・・・人間を襲わずに、ずっと迷宮で暮らしてくれていたらいいのにな・・・・・そうだったら、僕も、こんな憎しみを抱くことなんてなかったのに・・・・・」


 私はそんな彼に縋りつくようにして頭を下げる。


 これは、過去の記憶を元にしただけのただの幻想の光景にすぎない。


 けれど、それが幻だとわかっていても、私は涙を流し、彼に対して謝罪の言葉を繰り返さざる負えなかった。


「・・・・・アレックス。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・」


「何をそんなに謝っているんだい? フェリシア」


「私のせいで、貴方は、貴方はー-----!!!!!!!」


「・・・・・フェリシア、僕、決めたよ。将来、絶対に冒険者になる。冒険者になって、迷宮の魔物たちを全て倒すんだ。そうしないと、多分、僕はいつまでもあの光景を忘れることができないから。未だ眠ると夢に見るんだ。魔物たちに嬲り殺される父と、犯される母の姿を・・・・・」


「駄目っ!! 冒険者になんてなっちゃ、絶対駄目!!!!」


「どうして?」


「だって、冒険者になったら、貴方はー----」


「そうだね。僕は・・・・・僕は冒険者になったら、君に殺されてしまうのだからね」


「・・・・・・・え?」


 顔を上げる。


 すると、そこにあるのはー----首のないアレックスの亡骸だった。


「君が修道女としてちゃんとサポートができていれば・・・・僕がハイゴブリンにダメージを与えられる瞬間に君が治癒魔法を使っていれば・・・・僕は、こうならずに済んだのにね」


「あ、あぁぁあぁ・・・・・あぁぁぁ・・・・」


「そうじゃな。お主が逃げ出さなければ、まだワシらにも回復の可能性があったというのに。倒れ伏すワシらを見て逃げ出すなど、なんとも薄情な女じゃ」


 今度は目の前に、腹部にぽっかりと穴が開いたかつての仲間、年配のローブの魔法使い、ジーウェルが現れる。


 隣に首のないアレックスに、眼前に腹部の穴からはらわたをぶら下げるジーウェル。


 自分が力がないばかりに見殺しにしてしまったかつての仲間に囲まれ、私は二人に憎悪の目を向けられていた。


 「何でお前だけが生きているんだ、フェリシア」


 「そうじゃ。何故、ワシらだけこんなに痛い目に合わなければならないのじゃ」


 「死ねよ、フェリシア」


 「くたばれ、自己保身のクソ女」


 「・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ただ、ひたすら、私は彼らに謝り続けることしかできない。


 そんな私に降ってくるのは、どこからか聞こえてくる女の嘲笑の声。


「きゃははははははははははははははっっっっっっ!!!!!!」


 その声が聞こえた瞬間、再び私は暗闇の中に落とされる。


 悪夢を見せられ、闇の中にポツンと立ち尽くし、そしてまた悪夢を見せられる。


 延々とこれを、私は繰り返されている。


 終わりの見えない、地獄の世界。


 私は永遠のような長い時間の中、ひたすら死んだ仲間の幻想に対して、謝り続けることしかできなかった。





《ジャック視点》


 「ついてきてください。もうすぐです」


  頭上を飛ぶ、パタパタと羽ばたく翼姿の少女を追って、俺たちは草木をかき分けて前へと進む。


  片目を隠したピンク髪の少女、ドロセラについていき早10数分くらいが経過した。


  この階層は基本、牧場地帯以外はすべて鬱蒼とした森林に囲まれており、視界は非常に悪い。


  なので、空を飛びながら先導するドロセラを見失わずに森の中を突き進むのは、かなり大変だった(主に俺を運ぶデュラハン・ゴブリンナイトが、だが)。


  俺も自分で動かせる手足・・・・手頃な人間の身体があれば、愛しのデュラハン・ゴブリンナイトちゃんに苦労をかけないのだがな・・・・牧場から一体かっさらってくるべきだったかね、ミスったわ。


 「つきました。あそこですです」


 上空を飛ぶドロセラが指を前方に指し示す。


 彼女が指し示す方角へ視線を追うと、そこには年数がそれなりに経っていそうな巨大な大木が一本、他の木々たちを押し退けてそびえたっていた。


 その大木の前へ降り立つと、ドロセラは木の幹をコンコンと叩き、声を張り上げる。


「ウトリー!! 出てきてくださいー!!」


 しかし、彼女に返答する声は聞こえず、辺りにはしんとした静寂だけが広がっていた。


「お、おかしいなぁ。いつもだったらこの辺りにいるんですけど・・・・・」


「てめぇ、まさか、俺を罠に・・・・」


「ち、違いますよぉ!! 本当に私にはもうひとり仲間がー---」


「とうっ!!!!!」


 ドシャーンと、轟音と共に、突如目の前に砂塵が舞う。


 突然起きたその現象に啞然としていると、土煙の中から一体の人影が現れた。


「フフッ、私を呼んだかな? ドロセラ嬢」


「またドハデな登場の仕方を・・・・・呼んだのならすぐ来てくださいよ」


「ヒーローは遅れて登場するもの・・・・だろう?」


「ヒーローって・・・・あなた魔物ですよね・・・・」


 はぁと、ため息を吐きながら、ドロセラは額に手を当てる。


 そんな彼女の前から、のそりと、筋骨隆々ガタイの良い長身の男が姿を現した。


 青紫色の肌に、灰色のオールバックの髪。


 そして、背中に巨大な蝙蝠の翼と蛇のような尻尾が生えている。


 彼のその様相はドロセラと同じく、見るからに魔物そのものの姿だった。

 

「おや?」


 男は俺を視界に捉えると、朗らかな笑みを浮かべ、口を開く。


「彼は?」


「アンデッドですです」


「それは見ればわかる。何故、ドロセラはこのアンデッドを私の元へ?」


「この方、第四階層の魔物みたいでぇー。透明化して監視していたら、第五階層に来た直後に第三牧場の見張り番を殺してたんですよー。だから、インプに敵意あるのなら私たちと手を組めるかなぁー、と、そう思ってここに連れてきましたです」


「タラちゃん・・・・」


「はい?」


 ついにタラちゃんで反応したよ、このロリサキュバス・・・・。


 まぁ、そんなくだらないことは置いておいて。


「お前が、このタラオ・・・・ドロセラの仲間っつー奴か??」


 ずいっと、デュラハン・ゴブリンナイトを連れて長身の男の前へ立つ。


 すると彼は不敵な笑みを浮かべた。


「ほほう、中々良い雰囲気を持つアンデッドだ。この私の前で恐れをなさないとはな」


 男は腕を組み仁王立ちし、こちらを威風堂々と睥睨する。


「私は、先代階層支配者の血を引く、ウトリクラリアと申すもの。貴公の名は何と言う?」


「俺はジャック。そんで、単刀直入に聞くがお前、第五階層支配者と争っているんだって??」


「いかにも。奴らは第二階層のゴブリン共と手を組み、不当な方法で玉座に着いた偽りの支配者なのだ。ゆえに、正当なる血族のこの私が、誅をくださねばならない」


「へぇ・・・・・? ってことはお前、この第五階層支配者の座を狙っているのか??」


「その通りだ。この私がー---」

 

「だったらてめぇは俺の敵になるかもなぁ?? 俺も安寧の地を得るためには、勢力を拡大しなければならない立場なんでよぉ」


 俺が敵意を見せた瞬間、背後にいたガルムたちが一斉に吠え始めた。


 その鳴き声にドロセラはビクリと肩を震わせ、顔を青ざめはじめる。


 しかし、ウトリクラリアはー---微動だにせず、仁王立ちしたままだった。


「ほう? てめぇも中々やるな? この敵意の中、顔色ひとつ変えないとは思ったよりも胆力がある奴ー----」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・・」


 ばたり。


 何故かウトリクラリアは腕を組んだまま、ゆっくりと地面へと倒れ伏していった。


「へ?」


 訝しみながら、倒れたウトリクラリアの顔を覗き込む。


 すると彼は真顔のまま、泡を吹いて気絶していたのだった。

 

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