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第6章 養殖場の森 ②


 視界に広がるのは、木々生い茂る森林の風景。


 俺は、その地下迷宮とは思えぬ光景に瞠目して驚きながらも、デュラハン・ゴブリンナイトから降りて、ゆっくりと第五階層へと足を踏み入れた。


「第五階層 『禁断の楽園』、か」


 そう口にしながら顔を上げ、空を見上げてみる。


 すると、そこには一面紫色の空が広がっており、その空の中で巨大な入道雲が悠々と浮かんでいた。


 勿論ここは地下迷宮なので、太陽なんてものはどこにも見当たらず。


 いったいどういう原理でこの階層の視界が開けてるのかは全くもって分からないが・・・・・きっと、魔法か何かによるものなのだろう。


 とりあえず今はそう結論付けておくとして・・・・・次に俺は、周囲一帯をキョロキョロと見まわしてみる。


「ふむ・・・・見渡す限りの、木、木、木、木・・・・・」


 四方八方、どこへ視線を向けても、そこにあるのは視界の端から端まで立ち並ぶ広葉樹林の姿だけだった。


 背の高いデュラハン・ゴブリンナイトの肩の上に登って第五階層のフロア全体を見渡してみるが・・・・最奥にあるのは切り立った山々とその麓を囲む森の姿だけ。


 その光景から鑑みるに、どうやらこの階層は果ての果てまで森林地帯のみが延々と続いているだけのようだった。


「ふむ・・・・」


 デュラハン・ゴブリンナイトから降りて、鬱蒼とした木々の間を注意深く見ていく。


「・・・・第五階層は夢魔族(インプ)たちが支配する階層だと、ルーナとヴァイスからは事前に聞いていたのだが・・・・さっき階段で出くわしたブサイク顔の蝙蝠ヤローの姿は、この大階段周辺にはどこにも見受けられないな」


 夢魔族(インプ)が隠れていないか周囲を警戒してみるが、木々の合間には枝を渡るリスや樹液を舐める昆虫のような小動物の姿だけを確認できるだけで、この場には俺とアンデッド以外に動く大きな生物の気配は感じられなかった。


 その様子に、俺はホッと息を吐く。


「ったく、さっきまで真っ暗闇の長い階段地獄の中にいたってのに、今度は長閑な森の中、か・・・・緩急ありすぎだろ」


 第三階層も第四階層もその中身はどちらも変わらず、ただ過酷な洞窟の光景がずっと広がっているだけだった。


 それなのにこの第五階層は、どんな生物も身体を休めることができるだろう空間・・・・・心地よい温かなそよ風が吹く、春の空気が漂う森林地帯ときた。


 ラストダンジョンに突如現れる、長閑な森林の姿。


 その姿はまるで、RPGゲームのダンジョンの中に配置されている休憩ポイントのようだ。


 けれど、ここはゲームの世界じゃない、現実だ。


 そんな、ダンジョンを攻略する人間を休憩させるような慈悲を、この世界の魔物たちが与えるわけがないだろう。


 何かしらの意図があって、この階層には穏やかな森がある。


 今は、そういう見方が正しいな。

 

「まさかこれも、幻惑魔法の中だとか言わないよな・・・・?」


 気付かない内にまた幻惑魔法をかけられ、森の中にいるように見せられている、か??


 いや、それはあり得ないか。


 何たって、幻惑魔法というものは基本的には元々あったフィールドに干渉し、そこにある一部だけを改変させる魔法だとルーナは言っていたからな。


 その言葉を信じるならば、いくら幻惑魔法といえども、フィールド全ては変えられないと思われる。


 それならば、目の前の森という風景だけは、本物と見て判断しても良いかもしれない。


 俺は再びデュラハン・ゴブリンナイトに自分を抱えさせると、アンデッドたちと共に行く手を遮る深い森の中へと足を踏み入れていった。


「とりあえずは・・・・フェリシアちゃんとスカルゴブリン探しを優先して動いてみるか」


 あとは夢魔族(インプ)を見つけて殺して、戦力補強、かな。


 俺は大半のアンデッドたちを、第四階層の警護、及び裏切り者がいないかの監視のために第四階層へと置いてきてしまった。


 だから、この第五階層でアンデッドの調達をしなきゃ、夢魔族(インプ)の親玉を倒すのも難しいかもしれない。


 「とは言っても、夢魔族(インプ)って、単純なステータスだけを見ると弱すぎるからなぁ・・・・スカル・インプがそうだったように、アンデッドにしても全く戦力にはならんかもしれん・・・・」


 第四階層に残してきた三体のデュラハン・ゴブリンナイトも連れてくれば良かったかな、と、激しく後悔。


 けれど、今更悔やんでいても仕方ない。


 現状、現存する戦力を上手く使って戦っていくしかないのだから・・・・・あとは、夢魔族(インプ)以外の魔物の新たに得られる戦力に期待することにしよう。


 俺は大きくため息を吐きながら、デュラハン・ゴブリンナイト二体とガルム五体、そしてスカル・インプと共に、森の中を進んで行った

 







「さっきのは、ジャック・オー・ランタンかいの??」


 アンデッドの集団が森の奥へと進んでいき、小さくなっていくのを見届けてから、木々の枝の上に立つ小さな人影はそう口にする。


 その小さな人影に対して、隣の樹木の枝に座る長身の女性は、どこか緊張した様子で口を開いた。


「・・・・・・・・ゴンド、あのアンデッドは何だと思う?」


「さて、のう。大階段の方向から来たということは、大方、第四階層から来た魔物だとは思うのじゃが・・・・・あそこは血に飢えたフェンリルたちが蔓延る地獄の階層じゃ。最弱のアンデッド、ジャック・オー・ランタンがフェンリルたちを無視してこの第五階層まで来れるとはどうにも思えぬのう・・・・些か不可思議な点じゃて」


「馬鹿! ジャック・オー・ランタンはどうでも良いのよ! 問題はあの首のないゴブリンと、アンデッド化したフェンリルの群れでしょうが! あいつらが放っている気配・・・・感じた? 私はあのアンデッドたちからは、階層支配者の王級モンスターが放つものと変わらない、圧倒的なプレッシャーを感じたわ」


「むぅ・・・・わしにはその気配とやらは分からなかったが・・・・長年生きている森妖精族(エルフ)のお主のことじゃ。その言を信じよう。ともすれば、あのアンデッドの群れは他の階層支配者と縁の魔物たちなのかの??」

 

「それはないわね。言い伝えによれば、魔王軍の残党にアンデッド種の魔物はいなかったはず。・・・・・全く、イレギュラーよ、あれは。かなり想定外。500年も冒険者をやってきて、あんな化け物みたいな強さを持ったアンデッド初めて見たわよ。非常に不気味な存在だわ」


 はぁ、と、ため息を吐きながら、長身の女性は長い耳をピクピクと動かす。


「・・・・・とりあえず、行きましょう。そろそろこの周辺は奴らがやってくる時間帯だわ」


「うむ。そうじゃな。しかし、奴ら・・・・インプたちはワシらが牧場から逃げ出して生き延びていることには気付いておるのかの??」


「さて、ね。でもまぁ、気付いてはいるんじゃない?? あの悪趣味なサキュバスとインキュバスのことだもの。どうせ逃げまどいながら生きる私たちをどこかで見ながら笑っているんでしょ」


「本当に邪悪な魔物じゃて・・・・じゃが、いつの日か必ず、ワシはあの憎き階層支配者を殺し、仲間たちをあの牧場から開放してやるんじゃ!」


「へぇー? 武具の精製しかできない鉱山族(ドワーフ)の、それもまだ100歳にもなっていないクソガキが中々強気なことを言うじゃない?」


「ハッ! 鉱山族(ドワーフ)はお主らのようにバカみたいに寿命は長くないんじゃ!! 年齢の感覚を一緒にするでない!!」


「おいこら、年寄り扱いするとは完全にあたしを怒らせ・・・・・ん?」


「どうかしたかの??」


「・・・・・・・・・・・・・」


 耳の長い長身の女は、アンデッドが通って行った後の草むらをジッと見つめる。


 だが、何か納得のいくところがあったのか、フゥと息を吐き、彼女は首を横に振った。


「・・・・・・いいえ、なんでもないわ。多分、気のせいね」


「そうかの?? 大丈夫かお主、耄碌してきたのではないか??」


「あんた、ねぇ!! 殴られなきゃ気が済まないわけ??」


「ヒャヒャヒャ!! 鬼さんこーちら!!!!」


 そう口にして、背の低い少女は木々の合間を飛んで、枝から枝へと渡っていく。


 そんな彼女にフッと笑みを浮かべると、長身の長い耳の女は、同じようにして枝から枝へと飛んで少女の後を追っていった。







「ん? なんだここ?」


 数十分の間、森の中を進んでいると、急に視界が開けた場所に辿り着いた。


 そこは、ただっ広い草原が広がる、牧場のような場所だった。


「なんで、急に一本も木が生えていない場所に辿り着いたんだ・・・・?」


 その光景に訝しみながら、長い草原をかき分けて前へと進んでいく。


 数歩ほど歩みを進めるとその草原の中央に、木製の簡素な造りの建築物がポツンと建っているのを発見した。


 そして、その横長の家屋の周りには周囲一帯の土地を囲むようにして円形状の柵がズラッと植え込まれており、どこか他者を寄せ付けない荘厳な気配が辺りには漂っていた。


「・・・・・・・・」


 森林地帯に突如現れたその家は、見るからに怪しい様相だ。


 俺は、ゴクリと唾を飲み込み、アンデッドたちと共に周囲を警戒しながら、その建造物へと近づいていった。


「なんだここ・・・・夢魔族(インプ)たちの住処か??」


 今まで見てきた各階層に住む魔物、主にデス・スパイダーやフェンリルたちは、建物を造るという行為をする以前の、洞穴暮らしの原始的な生活を営む魔物だった。


 だが、夢魔族(インプ)は彼らとは違い、生活水準、文明においては遥か先を進んでいる魔物なのだと、俺は今、確信を持って理解した。


「なるほど、な」


 近づいていくごとに分かる。


 この家は、簡素な出来ながらも、人間が作る家屋と何ら代わりのない、建築技能をもった者が作ったものなのだということが。


「見る限り、インプって魔物はそこまで頭は良さそうではなかったんだが・・・・認識を改めなければならないな」


「ゲギャギャガギャギャギャグギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャーッ!!!!!!!!!!」


「!! 夢魔族(インプ)か!?」


 家屋を囲む柵へあと数十メートル程で辿り着きそうだった時、突如、頭上を一匹の夢魔族(インプ)が鳴き声を上げながら飛び去っていった。


 こちらに気付かなかったのは、俺たちは長い草原の影にすっぽりと隠れていたからだろうか。


 その夢魔族(インプ)は家屋の屋根へと乗ると、手に持っていたハンドベルのようなものをチリンチリンと、狂ったように振って、鳴らし始める。


 すると、その音が鳴ったのと同時に家屋の扉が勢い良く開かれ、中から大勢の人々が飛び出してきた。


 「なッ!?」


 その目の前の光景に、その人間たちの様子に、俺は思わず困惑の声をこぼしてしまう。


 何故なら彼らは男女関係なく、皆一様に裸だったからだ。


 そして人々はどこか虚ろな目をしており、皆、不気味な笑みを浮かべていた。


「あぅあぁ・・・・」


「おぁあぁぁぁぁ・・・・・」


「へ、へへへへへぇ・・・・・」


 柵が張られた牧場の中で、人間たちはうろうろと歩き回り始める。


 そして広大な牧場の中で多種多様な肌の色をした人々は、草をむしって食べたり、ボーッと空を眺めだしたり・・・・中には男女同士でセックスなどを行い始める者もいた。


 俺はその異様な光景に思わず、絶句してしまう。


「なん・・・・だ、これは・・・・・」


 まるで、牧場で飼われている牛や馬が、人間になったかのような光景だ。


 この風景を例える言葉があるとしたら、それは『人間牧場』という他にないだろう。


 思わず幻惑魔法にかけられているんじゃないかと疑いそうになる景色だが・・・・何故だかこれは現実であるのだと、俺は明確に理解できていた。


 そしてそれと同時に、夢魔族(インプ)という魔物がどういう種族なのかも、理解できていた。


「奴らは・・・・・人間を家畜にして生活を送っている、のか」


 元人間をだからといって、別段この光景に嫌悪感というものはない。


 それは俺の心がもう完全にアンデッドに変わっているからなのかもしれないが・・・・・嫌悪感はなくとも、当然、元同族が家畜になっているその光景には驚きはある。


「人間の養殖、か・・・・。確かに人間を喰らう生き物にとってそれは、合理性にかなったものであるのかもしれないな」


 俺だったら、高ステータスを持つ人間が生まれるまで、高ステータスの人間同士の繫殖を繰り返させたりするかな・・・・・なんといっても【アンデッドドール】や【リビングデッドコントロール】で能力を奪える個体を楽々と産み出すことができたら、それはかなり利便性がありそうだからな。


 とはいっても、それを実行するかどうかは悩むところではあるが。


 当然だが、人間は牛や豚とは違い、知性のある生物だ。


 故に、突然俺を凌駕する個体が産まれて、その境遇を恨み復讐されて殺される・・・・なんてこともありえなくはない。


 やはり、知能のある生物の養殖はリスキーな側面が強いことは明らかだな。


「グギャガギィヤギヤッッッッッ!!!!! ケタケタケタ!!!!!!!」


「ふむ・・・・とりあえず、あのさっきからハンドベル鳴らしている夢魔族(インプ)、何かウザいし、殺すか」


 俺は【エンファイア】を唱え、眼前に火球を浮かべる。


 そしてそれを家屋の屋根の上でヘラヘラと笑う夢魔族(インプ)へと容赦なく放った。

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