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第5章 掌握 ④



「ー----と、いうことがあったんだよ」


 先ほど起こった事の顛末を、遅れてバルコニーへやってきたルーナへと話す。


 謎の女が現れ消えるまでの状況を話し終えると、彼女はホッと安堵の吐息を吐き、眉間に指を当てて苦悶の表情を浮かべた。


「・・・・良かったです。ジャック様の身に何もなくて・・・・」


「まぁ、そうだな。ケルベロスを倒した後だったから正直油断していたよ。護衛のアンデッドを一匹でも側に付けておくべきだった」


「ほんっー---とうに、次からは気を付けてくださいね? 貴方様はもう、この第四階層の支配者なのですから・・・・」


「あぁ、そうするぜ。んで、あの女、教会がどうたらこうたら言っていたんだが・・・・ルーナはそれがどういう意味なのか分かるか??」


 そう問いを投げると彼女は俺へと背を向けて、静かに口を開く。


「教会・・・・・それは間違いなく『聖霊教会』のことでしょうね」


 そしてルーナは、ケルベロスの死体を包んでいる紫色の結晶をコツコツとノックするように叩く。


「この結晶は、とても硬いですね。単純な物理攻撃では破壊するのは難しそうです」


「そうか・・・・ケルベロスをアンデッドにしたかったんだが・・・・まったく、意味不明なことをしてくれるな、あのフードの女」


 俺はため息を吐きつつ、彼女の後ろ姿を見つめながら、疑問の声を上げた。


「ええと、話を戻すが、聖な霊教会? それはいったい何なんだ?」


「別名、霊長の守護者と呼ばれている存在です。人族(ヒューム)森妖精族(エルフ)鉱山族(ドワーフ)獣人族(ガウルフ)龍神族(リザードマン)の繫栄が魔物の手によって揺らいだその時、彼らは精霊の名の元に執行者として、人類に仇なす魔の者を滅せんと動き出します。まぁ、言うなれば『教会』という名前は、人間を餌とする私たち魔物にとって仇敵といえる者たちのことですね。冒険者に加えて、古来から私たちと争っている存在のひとつです」


「ふむ・・・・魔物の仇敵か。ならなんで俺を攻撃してこなかったんだろう・・・・」


 あのフードの女は俺が転生者であることを知っていた・・・・ならば安直に考えて、俺が元人間であるから攻撃の意思を持たなかった、と見るのが妥当なところなのだろうか。


 それとあいつ、確かスカルゴブリンとフェリシアは第五階層にいるだとか言っていたよな?・・・・あの言葉は信頼に足る情報なのか否か・・・・それとも俺を嵌めるための罠なのか・・・・。


 うーむ・・・・俺のファンだとか分けのわからんことを言っていたし、全くもって意味不明な存在だな、あのおさげ髪の(目元がフードで隠れていたから分からなかったが多分)可愛い子ちゃん。


 敵なのか味方なのかがまるで分からん。


「ぐぬぬぬ・・・・思考がかき乱れる・・・・」


 唸り声を上げながら困惑気に頭をかしげていると、ルーナはこちらに向き直り、目を細めて真剣な表情を浮かべた。


「聖霊教会第七秘席『人形使い』のローシェ・ルージュ・・・・人類に仇なす可能性がある危険因子をマークし、何百年に渡って監視し続けると言われている教会の中でもかなり異質で有名な執行者・・・・それが『人形使い』です。しかし、その名前からみて、ベヒーモスを監視していたという発言は真実といえるでしょう。事実、この迷宮には幾度も監視のための使い魔が教会から放たれているという話を兄上から聞いたことがありますからね。本人が迷宮に潜んでいても不思議はないです」


「なるほど、な。しかし階層支配者の次は『教会』か・・・・はぁ、新たな勢力が出てきやがったなぁ・・・・いつになったら俺は何者にも脅かされない安寧の地を手に入れられるんだろうか・・・・」


 ケルベロスを倒したとしても上の階層には問答無用で攻撃を仕掛けてくる蜘蛛共とタナトスの野郎がいやがるし、下の階層には第四階層の魔物に対して好戦的な夢魔族(インプ)とやらがいるみたいだし・・・・。


 んで、どこかには俺を殺しやがった魔物・・・・ベヒーモスがいる訳だろ?? 安心安全の引きこもり部屋を作るには前途多難すぎるだろ、オイ・・・・。


 俺はハァと、大きくため息を吐く。


「問題は山積みだが・・・・とりあえずまずは、黒狼族(フェンリル)の不安を拭ってやるためにも、第五階層に行くとするか。あの女の言っていたスカルゴブリンとフェリシアがいる可能性も捨てきれないしな」


「スカルゴブリン・・・・? フェリシア・・・・・?」


 知らない名前に首を傾げるルーナに、俺は笑みを浮かべる。


「ルーナ、俺はアンデッド共を数体連れて第五階層に行くことにするよ。俺がいない間、ヴァイスとお前に第四階層を預けても良いか?」


「申し訳ありません、ジャック様。私は第五階層に行くのは反対です。教会の人間が言っていたジャック様の探し人が第五階層にいるという発言は、罠の可能性が高いと思われます。人間という生物は性質として元来魔物を忌み嫌うものです。ですから人間の言うことをすんなりと信じてはなりません」


「人間の言うことって・・・・お前だって半分は人間の血が入っている訳だろ?? 俺はお前の発言もいちいち疑ってかからなきゃならんのか??」


「それは・・・・・」


 まぁ実際、俺は常に疑いながら危険視しているんだけどね、この女を。


 ヴァイスもヤオも最初から信頼なんかしてないが、あいつらは基本、思考を読むことは容易いから危険視はしていない。


 ヴァイスは第四階層の平和的思考を崩さなければ、ヤオは愛する者に危害が及ばなければ、こちらに害を成すことはまずないだろう。


 それに他者を大事にするあいつらは、いざとなったとき人質だとか身近な奴を見せしめに殺すだとかで、御すことは簡単だ。


 だが、このルーナって女は・・・・何が弱点なのかが全く読めないのに加えて、思考の回転が早いことから、どこか危険な匂いを俺は当初から感じ取っていた。


 それは、こうして会話を重ねるごとに明確に確信へ変わってきたことだ。


 こいつはどういったタイミングで俺を裏切ってくるかがまるで分からない。


 こっそり【アナライズ】で見たルーナのステータスはその辺のフェンリルにも劣る弱いものだったが、俺は、今まで出会ってきたどんな存在よりもこの女が危険な存在に見えていた。


「・・・・・ジャック様は、人間という生物をどう捉えているのですか??」


 どこか不安そうな顔でルーナは俺にそう問いを投げてくる。


 いつもと違ったその弱々しい気配に、俺は戸惑いの表情を浮かべながら数回瞬きを行った。

 

 (人間・・・・もしかして、こいつを攻略する鍵はこれか?)


 ルーナの弱点を探るためにも、この返答は重要なものになるかもしれない。


 俺は平静を装いつつ、疑惑の念をおくびにも出さず、ルーナの好みそうな言葉を考え、口を開いた。


「別に人間なんざ何とも思っちゃいねえよ。ただ、まぁ、魔物に比べてたら幾分かは親近感はあるかな」


「親近感・・・・?」


「俺はアンデッドになる前、人間だったんだ。しかしまぁ、もう今では俺と人間は別の存在だという明確な意識はあるがな。けれど、やはり生前が同種だったためかな。他の魔物に比べて人間が絶対的な敵、という感覚はしねえ」


「・・・・・生前の記憶、そんなことが・・・・」


「だから俺もお前と同じ魔物としては半端モンって訳だ。いや、産まれたばかりの俺より魔物社会で生きている年数が長いお前の方がちゃんと魔物として生きてるかね。俺には未だに魔物の世界はよく分からねえしよ」


「・・・・・半端もの・・・・紛い物・・・・・同じ・・・・・」


 顔を俯かせ、突如何やらブツブツと呟きだすルーナ。


 俺はその様子にビビりながらも、固唾を呑んで彼女の姿を注視する。


 (ど、どうだ??)


 こいつに俺への信頼感を持たせようと自分なりにパーフェクトコミュニュケーションを目指してみたのだが、どうだ? この返答は!? なかなか良いんじゃないか!?


 伊達にア○ドルマスターを長年やってきてねえぞ、俺は!!!!


「・・・・・・・ジャック様」


 顔を上げると、ルーナのその顔は無表情だった。


 俺はその様子に若干の怯えの色を顔に出してしまう。


 しかし次の瞬間ー----。


「私たちは運命共同体ッッッッ!!!! この世界で唯一の同種ッッッッ!!!! そう、仰りたいんですねッッッッ!!!!!!」


「は? え? ぬおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」


 俺を抱きかかえると、何故か彼女は興奮した様子で俺を強く自身の胸に押し当ててきた。


 そしてその熱い包容に、その巨大な双山に、俺の口は塞がれ、終ぞ呼吸がままならなくなる。


 予想だにしていないルーナの謎の行動に、俺の頭は混乱を極めた。


「ジャック様、貴方が安寧の地を求めている理由、理解致しました!!!! この迷宮を・・・・いえ、この世界を私たち二人が住みやすいものにするために、二人の理想郷を作る、そういった目的のためだったのですね!!!!!」


「ぷはっ!! は、はぁ!? 意味が分からん!! 何言ってんだてめー---むぐぐっ!!!!」


「ウフフフフ、照れなくても良いのですよ。私たちはこの世界で唯一の紛い物のツガイ・・・・出会うべくして出会った、魔物でも人間でもない新たな種族を産み出す創始者の雄と雌・・・・・貴方には初対面時から惹かれるものが多かったのですが、まさか、境遇も同じだったとは驚きです」


「ッッッッ!!!! む、胸がっ!!!! 死ぬ!!!! アンデッドなのに窒息で死ぬ!!!!!」


「異種姦好きの変態だの何だのと今まで父を馬鹿にしてきましたが、もうあの人のことは悪くは言えませんね・・・・・だって、私と結ばれるのはアンデッドである貴方様なのですから・・・・」


 何とか胸の谷間から顔を背けることに成功すると、そこにはー---狂気にみちた二つの目があった。


 その蘭々と光る瞳孔の開いたドス黒い目は、藍色の髪の中からジッと俺を見下ろしている。


 その瞳を確認した瞬間、俺の背筋に怖気が走った。


 (なにこいつ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!)


 ようやく理解した。


 こいつには弱点だとか、そういった普通の概念を探そうとすること自体が、無意味であると。


 こいつを上手い具合で表現する言葉を見つけるならば、それは『狂信者』だ。


 こいつは、人の話を一切聞こうとはしない。


 ただ、己の見つけた答えを真実であると思い込み、盲信する頭のイカれた『狂信者』。


 俺はようやくにして、この女の性質を理解した。


「ミュミュミュミューッッッ!!!!!!」


「あら??」


 ルーナのその眼光に恐怖していたその時、身体に糸が巻き付かれて、俺は胸の中から一変、空中へと飛んでいた。


「う、うわぁ!?」


 シュルシュルと巻かれた糸はピンと張り、俺の身体はルーナから3メートルほどの頭上の上空で停止する。


 何事かと思いブランブランと宙に浮きながら上空を見上てみげると、そこにはケルベロスの結晶の上から糸を吐いている白蜘蛛ちゃんの姿があった。


 白蜘蛛ちゃんはゆったりとした動作で俺を地面へと降ろすと、ルーナに向かってシャアアアと威嚇の声を上げる。


「フフフフ。毒の牙しか能のないデス・スパイダー如きが、階層支配者の血を引く私に対してその態度・・・・見上げた度胸ですね」


「フーッ!! シャーッ!!!! ミャアアアアアアアアアアアア!!!!!」


「あ゛ぁ゛? その方に手を出したら容赦しない、だと? 汚らわしい蜘蛛が、いっちょ前にジャック様に恋情抱いてんじゃねえよ!! この美しいあたしこそが、あの御方とつり合いが取れる唯一の雌だ。あたしたちの逢瀬の邪魔をすんじゃねえ!!!!!」


「ミャアアア!!!!! ミッミーフシャアアーーーーーーッ!!!!」


 睨み合う白い蜘蛛と黒い獣。


 その一触即発の空気に、俺はダラダラと滝のような汗を流す。


「あ、あの、け、喧嘩はほどほどに、ね?」


「ミャア゛!?」


「はい??」


 同時に二人に睨まれた俺は逃げるようにしてバルコニーから出て、転がるようにして階段を駆け下りていった。


「ひ、ひぇぇー--!!! なんだこの突然やってきたモテ期!!!! 全然嬉しくねえぇ!!!!」


 というかルーナ、白蜘蛛ちゃんの言葉分かるのね・・・・。


 あと、何故か時たま現れるあの乱暴な性格の部分、別に隠そうとはしていないのね・・・・。


 おじちゃん、君が恐ろしくてたまらんよ・・・・好意寄せられるならもっと普通の可愛い獣娘が良かったよ・・・・。


 俺の異世界転生生活のメインヒロインが、あんな人の話を聞かないイカれた犬耳少女と毛むくじゃらな白い蜘蛛だとか、断じて認めねえぞ、こんちくしょぉぉぉ!!!!


 嘆きの声を上げながら階段を駆け降り、1階に辿り着いた俺は、獣臭い玉座に座って頭の茎を萎れさせながらうなだれる。


「おや? ケルベロス様・・・・いえ、ケルベロスのアンデッド化は終えたのですか? ジャック様」


「ヴァイス・・・・お前、実は女の子だったりしない?? そんで急に獣娘化して、眼帯の超絶可愛いツインテ犬耳少女に変化したりしない??」


「は、はい・・・? な、何を仰っているのですか?」


 困惑気な声を上げるヴァイスに対して俺は、疲れたため息を吐いた。









「ここが、第五階層へと続く『大階段』か・・・・」


 翌日。


 俺は、2体のデュラハン・ゴブリンナイトと5体のガルムと共に、東の村の最奥に位置する小高い丘の上に立っていた。


 その丘の中心にあるのは、半径50メートルほどの巨大な大穴が空いている。


 人の叫び声のような地鳴りが響くその大穴には、らせん状に連なった巨大な階段が闇の奥底まで延々と続いていた。


 この第四階層へは落下して落ちてきたため、俺はこの迷宮がどういう風に下へ行く仕組になっているかが分かっていなかった。


 そのため、このような大きな穴と階段が各階層をごとに存在し、連なっていると、先日ルーナから聞いた時にはかなり驚いてしまったものだ。


「ひゃ~!! 本当にこんな穴があるなんて驚きだなぁ~」


 他の階層にもこんな大穴があるのなら覗いてみたいな。


 何となく、少年心がくすぐられる光景だ、これは。


「ジャック様、本当に、行かれるのですか??」


 テンション高めに穴底を見下ろす俺に、背後に立つルーナが心配そうにこちらを見つめてくる。


「本当は、私もお供したいのですが・・・・まだ、この第四階層は統治者が変わって間もない状況。黒狼族(フェンリル)たちの手綱を引くためにも、前階層支配者の妹で、ある程度発言力のある私はこの階層に残らなければならない・・・・。実に、歯がゆい思いです」


「気にすんな。そもそも俺がお前とヴァイスにこの階層を任せると言ったんだ。っと、それよりも、あのケルベロスを覆っていた結晶の正体、分かったかルーナ?」


「はい、どういったものかはなんとなくは・・・・ですが、まだ明確な正体はつかめ切れていないので、もう少し調査の時間を頂戴したく思います」


「分かった。第五階層の攻略が済んだら、また聞くよ」


「了解致しました」


「よし。んじゃ、みんな、俺が戻るまでこの階層の統治は任せたぞ」


「はっ!! お任せを!!」


「お気を付けて、ジャック様!!」


 ヴァイスとヤオは俺へ向けて仰向けになり、腹を見せてくる。


「ジャック様のお側にいられず、本当に申し訳ありません」


 ルーナも不本意そうな顔をしながらも、頭を下げてきた。


 俺は二人に対してうむと頷き、足元へと視線を向ける。


「白蜘蛛ちゃん。しばしの別れだな」


「ミ、ミュゥゥ・・・・」


 頭をなでようとして・・・・やはり虫に対する嫌悪感が拭えないので、寸前で手----否、頭の茎を引き、代わりに精一杯の笑みを白蜘蛛ちゃんへ向ける。


「お前には何度も助けられたよ。でも、またお前に助力を求めたら、第四階層支配者としての威厳が廃れるだろうからな。だから、今度また危機に瀕することがあったのなら、ひとりで解決するよう努力してみる。俺もお前みたいに強くなってみせるさ」


「ミュゥゥゥゥ」


「じゃあな!」


 俺はアンデッドを引き連れて暗い闇の底と足を踏み入れる。


 いったい、第五階層には何が待ち受けているのか。


 不安は勿論あるが、それよりも、新たな魔物から力を奪える機会に出会えることに俺の胸は強く高鳴っていた。







「行っちゃいましたね」


 そのまんまるとした背中を見つめていたが、ついには完全に闇の中へ消えて、ジャック様のお姿は見えなくなってしまっていた。


 一抹の不安と寂しさが、胸中に漂う。


「貴方、名前なんて言いましたっけ?? ええと、アッシェ? でしたか?」


「・・・・・・・・・・・」


 白い蜘蛛は無言で穴の底を見つめる。


「貴方も、寂しいんじゃないですか? ここにいる魔物の中では、貴方がジャック様と最も古くから関係を築いていたみたいですし・・・・」


「・・・・・ミュ」


「はい?」


「ミュウウウウウー----------ッッッッ!!!!!!!!」


「ちょ、ちょっと!?」


 突如、階段を転げり落ちるようにして降りていく白いデス・スパイダー。


 私はその姿をただ啞然として見つめることしかできなかった。

 

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