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第5章 掌握 ③


 スカルゴブリンが瀕死状態に陥ったことを告げてきた先程のアナウンスの声に対して、俺は苦い顔を浮かべる。


 そんなこちらの様子に対して、ルーナは伺うように俺を注視すると、心配そうに首を傾げてきた。


「何か懸念があるのなら、ご相談ください、ジャック様」


 俺はその言葉にフッと小さく笑みをこぼす。


「いいや、大した問題でもねえよ。別の場所に派遣していたアンデッドが一体、戦闘不能に陥った。ただそれだけのことさ」


「別の場所に・・・・? それは、あの首のないゴブリンと同等の個体なのでしょうか? でしたら、あのレベルのアンデッドを撃破できるのは階層支配者くらいのものかと思われますが・・・・」


「あれとは別の種のアンデッドだ。ステータスでいえば、デュラハン・ゴブリンナイトには大分劣る雑兵の類のものでな。この階層にいるその辺のフェンリルでも、数体いれば余裕で倒せるレベルだろう」


「さようでございますか・・・・」


 顎に手を当て、何やら思案するルーナ。


 そんな彼女を無視して、俺は城内1階フロアの最奥にある玉座に視線を向ける。


「それよりも、あの玉座・・・・座ってみても良いか?」


「当然でございます。貴方様はもうすでに、この第四階層の支配者なのですから」


 ケルベロスの座っていた巨大な玉座。


 その、平たい岩に毛皮が敷かれただけの簡素な出来の玉座に、俺はピョンと飛び乗り、座ってみた。


「座り心地はいかがでございますか?」


「うーむ・・・・ゴワゴワしてて・・・・正直、あんまし良くはない」


 ただの小さなカボチャの身なので、その不釣り合いなほど大きな玉座は、中央に座るだけでかなりゆとりがある。


 はっきり言って、巨大な毛皮の上に佇む小さなカボチャのその姿は、だれがどう見ても違和感しかない光景だった。


「その玉座に使われている毛皮は、この第4階層で獲られた『ウール・ホーン』と呼ばれる魔物から剥ぎ取ったものでございます。前階層支配者のケルベロスは大層気に入っていたようなのですが・・・・ジャック様にはお気に召すものではございませんでしたかね?」


「気に入るも何も、気分は最悪でしかねえな。この玉座を好んで使っていたっていうケルベロスの気が知れないぜ。こんな粗悪な椅子・・・・いや最早椅子と呼べる代物でもねえか? 背もたれも座席部分も中身はただの岩で作られてるようだし・・・・・こんな原始的な椅子は初めて座ったぞ」


 毛皮の下が直で岩なだけあって、数分座っているだけでもケツが痛くなってくるな、これ。


 加えて、敷かれている毛皮もどこか犬のような獣臭さが漂っているし、ずっと座っていると気分としては豚小屋か鳥小屋にでも押し込められているような感覚に陥ってくる。


 よくあの犬畜生はこんな玉座を気に入って・・・・いや、あいつ自身が獣のようなものなのだからこんな馬鹿げた椅子でもしっくりくるものがあるのか。


 元人間の俺にとっては耐えられるものじゃねえな、こいつは。


 (どこかに木材の原料になるしっかりとした木々があるのなら、木製のちゃんとした玉座を作りたいところだが・・・・)


 そんなもの、太陽光が一切届かないこの地下迷宮で生えているわけがないし、そもそも椅子を作れるだけの技術も手も足も俺にはないので、現時点ではただの夢物語でしかない。


 はぁ・・・・なら今はこの最悪な椅子で我慢するしかない、か・・・・トホホ。

 

「ジャック様、失礼致します」


 ゴツゴツとした座り心地最悪な玉座に絶望していると、左目に真っ直ぐ切り傷が入った隻眼の黒狼族(フェンリル)・・・・ヴァイスが城内へと入ってきた。

 

 ヴァイスはそのまままっすぐと進むと、玉座に座る俺の前で立ち止まり、頭を垂れる。


 そして顔を上げると、静かに口を開いた。


「村民たちの集落への誘導、完了致しました」


「村へ帰す前に、ちゃんとあいつらに南の村の惨状を確認させたか?」


「抜かりなく。ですが、南の村を見せずとも、ジャック様の御力を見たその時から、黒狼族(フェンリル)たちは総じて全員戦意喪失していた様子でしたがね」


「力は余分に誇示させたほうが良い。何故なら恐怖という楔は相手に敵意を持たせる効果も併せ持つ諸刃の剣だからだ。故に生半可な恐怖では、ただ相手に反逆心だけを芽生えさせることになる。それは俺自身が身をもって『奴ら』に味わされていたのでな・・・・やられた側の行動は簡単に予想できるもんだ」


 未だに瞼を閉じるだけで思い出すことができる、あの地獄のような日々の光景。


 俺のせいで死なせてしまった、少女の姿。


 同級生たちに殺人犯と罵られ殴る蹴るの暴行を加えられる、在りし日の俺の姿。


 あの子が校舎から飛び降りた翌日、俺は、恐怖という楔を『奴ら』によって植え付けられた。


 こうして人間でなくなった今でも、俺はあの頃と変わらず『奴ら』が怖くて仕方がない。


 本来であれば殺したいほど憎いはずなのに、アンデッドになった今でも、奴らの前に立てば俺は何もできずに蹲って怯えることしかできないだろう。


 憎悪を抱いた人間の感情さえも殺すことができる、それほど恐怖という楔は、強力な代物なのだ。


「『奴ら』・・・・?」


 俺の先ほどの発言に、ルーナは訝しげに小首をかしげていた。


 俺はフッと笑い、彼女に対して頭を振る。


「いいや、何でもない。それよりもヴァイス、村落へ連行する最中、今後のことに対して不平不満を言っている奴はいなかったのか?」


「はい。私が確認できた中ではそのような者はおりませんでした。ですが・・・・・」


「どうした? 何か歯切れが悪い物言いだが・・・・口にはしていないだけで敵意を俺に向けている奴でもいたのか?」


「あ、いえ、ジャック様が新たに第四階層支配者になられることに対して不満を口にする者は誰もいない様子でした。ですが、別の問題で不安を口にする者がおりまして・・・・」


「別の問題?」


夢魔族(インプ)たちのこと、ね」


 ルーナはため息交じりにそう口にすると、腕を組み、不機嫌そうな顔で舌打ちを放った。


夢魔族(インプ)?」


「ハッ!!」


 俺のその疑問の声に、ルーナは慌ててたたずまいを正しながら咳払いをすると、いつもの柔和な笑顔をその顔に浮かべる。


 そして、何事もなかったように俺へと言葉を返してきた。


「ここ、第四階層の真下にある第五階層には、夢魔族(インプ)という魔物が巣くっているのですが、彼の魔物は古来から私たち第四階層の魔物とは犬猿の仲なのです」


 続けてヴァイスも口を開く。


「昔から第五階層へと続く大階段付近の東の村は度々、夢魔族(インプ)たちから攻撃されるようなこともありましてね。今まではケルベロス様の威名で小競り合いだけで済んでいたのですが・・・・」


 ヴァイスは一呼吸挟むと、言いにくそうな様子で再び話を再開させる。


「その、ジャック様のことを悪く言うつもりはないのですが、魔物社会においては『ジャック・オー・ランタン』という名前は侮られやすい種族の名なのですよ。ですから、新たな階層支配者が『ジャック・オー・ランタン』になったと聞きつければ、夢魔族(インプ)たちがどういった暴挙に出るか分からないと恐れる者がおりまして・・・・」


「なるほどな。話に聞く限り、どうやら『ジャック・オー・ランタン』という種族は最弱のアンデッドみたいだからな。それは、フェリシアちゃんやケルベロスやら・・・・まぁ色んな奴にも言われたよ」


 そりゃ、今まではネームバリューのあった魔物がトップだったのに、いきなり最弱の魔物に変わったら色々な不安が出てきて当たり前だよな。


 何の経歴もないポッと出の奴がいきなり大統領にでもなったら、他国から侮られるのは必至というもの。


 最弱の魔物が階層支配者になんてなったら古くから牽制しあっている夢魔族(インプ)とやらが好機とみて第四階層に攻めてきてもおかしくはないし・・・・なるほど、黒狼族(フェンリル)たちが抱いている不安はそういうことか。


「そうだな・・・・お前たちと夢魔族(インプ)の関係を例えるならデス・スパイダーとゴブリンたちのようなものか?? あいつらの親玉であるタナトスとゴブリン・ロードも互いに嫌悪感丸出しで攻撃しあっていたからなぁ」


「第二階層支配者と第三階層支配者が・・・・? それは初めて聞いた事柄ですが・・・・」


「ん? あいつらもお前たちと夢魔族(インプ)たちのように仲悪いとかじゃないのか??」


「いえ、蜘蛛族(デス・スパイダー)小鬼族(ゴブリン)が争いあっている、そのようなことを聞いたことは一度も・・・・。そもそもタナトス様はこの迷宮でも屈指の実力者なので、彼のお方に挑むような愚か者は記憶する限りいなかったかと思いますが・・・・」


「ジャック様。詳しく、お聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」


 ヴァイスとルーナに、俺は第三階層で起きたことの顛末を語った。


 すると二人は顔を見合わせ、困惑気な表情を露にする。


「ゴブリン・ロードがタナトス様に・・・・? いったい、どういうことでしょうか?」


「現時点では判断材料が少なすぎて目的を推察するのは難しいでしょうね。けれど、何らかの策謀が裏で蠢いていそうな気配は感じられます」


「そうですね。特に、いつもは階層深くに隠れ潜んでいるゴブリン・ロードがわざわざ別の階層に現れるなんて・・・・異様な事態ですからね」


「ええ。頭の切れる謀略家気質のゴブリンの王が、それも人間一匹を追うために他階層に赴くなんて、そんな危険極まりない行為をするはずがない。何らかの考えがあってそうしたとみるべきでしょう。もしくは、タナトスを怒らせて【アイアンクエイク】を放たさせるのが目的だったか・・・・」


 二人はブツブツと何やら話し合っている。


 俺はそんな二人をボーッと眺めた後、玉座から飛び降りた。


「ジャック様?」


 ピョンピョンと跳ねて玉座の裏手にある階段を上ろうとした俺に、ルーナは不思議そうな顔をして呼び止めてくる。


 そんな彼女に対して、俺は階段を上りながら返事を返した。


「ケルベロスの死体、そのままだっただろ? 勿体ないからアンデッドに変えてくるわ」


「ならば、私もお供致します」


「いや、いいって。そのまま話し合ってろ。すぐ戻るから」


 俺は再び長い階段を登り続け、バルコニーへと辿り着く。


 一時間ほど前に来たばかりの場所。


 当然そこには、先ほど見たばかりの巨大なケルベロスの死体のシルエットがー----。


「・・・・・・は?」


 何故か、ケルベロスの大きな身体全体が紫色の結晶に包まれていた。


 俺は1時間前とは異なったその異様な光景に目をパチクリと瞬かせる。


「それ」


「へ?」


 声がした方向へ視線を向けると、結晶の上に、フードを被ったおさげ髪の少女が座っていた。


 その見知らぬ紫髪の少女は人差し指を俺の頭上にある空中へと向けると、静かに口を開く。


「遠隔透視魔法【ビジョン】を使われると、ああやって空間に歪みが生じるんだ。君は今何者かに監視されているんだよ」


 彼女が指差した方向に視線を向けると、そこには渦潮が起きているかのように、空中が歪んでいた。


 それも、横に並んで三つも。


「一度付けられたマーキングを破壊するのはそれ相応の技術と経験がない限り、専用のスキルを使用しないと無効化できないものなんだ。下手に破壊しようとしても反射魔法を使われてたらカウンターを食らってしまうしね。だから【ビジョン】を無理やり解除させるのは推奨しない。でも、高位の魔道具(マジックアイテム)があれば透視魔法を範囲的に遮断することは可能なんだ。だから監視されるのが嫌なら反・透視魔法(アンチ・ビジョン)魔道具(マジックアイテム)を獲得することをオススメするよ」


 俺は呆然としながら再び少女へと視線を戻す。


「あんたは、いったい・・・・?」


「私は教会第七秘席『人形使い』のローシェ・ルージュ。まぁ、今の君に教会と言っても分からないだろうね。何たって君はまだ雛鳥。この世界に転生したばかりの赤ん坊に過ぎないのだから」


「転生・・・・? てめぇ、何で俺が転生したと知っている!?」


 俺は警戒心を露にしながら、目の前に火球を浮かばせる。


 すると彼女はフードの中からニコリと微笑んだ。


「君が転生したことを知っているのは、君を殺した『ベヒーモス』を常に私が監視していたから。そうだね・・・・800年ほど前だったかな。君がこの世界に召喚されて、『ベヒーモス』の終焉の炎で殺されたのは」


 ベヒーモスというのは俺を殺したあの馬鹿でかい山羊のような顔をした魔物のことか??


 炎によって殺されたことも分かっているようだし・・・・彼女は本当に俺が殺されていたところを見ていたということなのだろうか。


 混乱する俺をよそに、彼女は立ち上がると、パチンと指を大きく鳴らす。


 すると空中で渦を巻いていた歪みがひとつ、空気に溶けるようにして消えていった。


「君、面白くてついつい監視してたけど、そろそろ本来の業務に戻ることにするよ。私の任務はベヒーモスの監視だからね。これ以上サボると教会の若造たちに嫌味言われるだろうし」


 フゥッと大きくため息を吐くと、少女は左手を空へと掲げる。


「私、君のファンになったから、ちょっとアドバイスしてあげる。君が探していたアンデッド・・・・スカルゴブリン?とヒュームの女の子は第五階層にいるよ。それじゃあね。ー-----【テレポート】」


 そう言い残すと、彼女の輪郭が霧のように霧散し、一瞬でその場から消え去っていった。


 俺は彼女の一連の行動に理解が及ばず、ただその場で呆然と立ち尽くすほかなかった。

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