第5章 掌握 ①
「ケルベロス様が亡くなられたというのは本当の話なのか?」
「南の村の連中は何故この場にいないッ!?」
「東の村のヤオの話によると、村にやってきたあの首のないアンデッドたちの主が新たな第四階層の支配者になるのだとか聞いたぞ・・・・?」
「生者を憎むアンデッドが黒狼族の頭領になるというのか?? じょ、冗談じゃない!! 絶対にろくな目に合わないことは目に見えている!! 今すぐ一族全員で他の階層に逃げるべきだ!!」
「他の階層に逃げるたって・・・・第三階層と第五階層の連中が他種族のあたしたちを快く受け入れるわけがないじゃない・・・・運よく亡命を許されたとしても、階層支配者の庇護下にない魔物が他階層で堂々と生きていけると思う?? そうなった場合、奴らの餌になるか下僕にされるのがオチよ・・・・」
「うぐっ・・・・た、確かに、それはそうだが・・・・・」
城の前に集まった総勢160匹程のフェンリルたちは、皆、混乱した様子でざわめき立っていた。
その様子を前に、ヴァイスは大きく声を張り上げながら集団の前へと躍り出る。
「皆、静粛に!! 困惑するのも無理はないが、どうか黒狼族の未来のために、今だけは落ち着いてくれ!!」
彼の言葉に続いてヤオも同じように集団の前へと現れると、全体をなだめるようなやさしい声音で口を開く。
「安心してください。これから階層支配者になられるジャック・オー・ランタン様は、アンデッドでありながら、とても慈悲深く聡明なお方です。彼に対して敵意を見せなければ、決して危害を加えられることはありません。これからも私たちは、今までと何も変わらない暮らしを送れるはずです」
そんな二人の発言に、頭からしっぽの先までトサカのような毛が生えたフェンリルが、怯えた顔をして叫び声を上げた。
「ま、まさかお前ら【チャーム】で魅了されているんじゃないだろうな!? フェンリルがアンデッドを擁護するなんて普通じゃないぞ!!」
彼に続いて、年老いたフェンリルも声を上げる。
「ケルベロス様が殺されたんじゃ、近衛隊長のヴァイス様が【チャーム】で操り人形になっていてもおかしくない!! 何たって相手は生者を喰らう邪悪なアンデッドなんじゃからな!!」
二頭の発言により、恐怖心が全体に伝播し、フェンリルたちは恐慌状態に陥っていった。
今にも一目散に逃げだしそうになった様子のフェンリルたちを見て、ヴァイスは大声を上げ、彼らを一喝する。
「静かにしろ!!!!!! 今すぐ死にたいのかッッ!!!!!!!!!」
その一言で、しんと、辺りに静寂が訪れる。
皆が口を閉ざしたのを確認して、ヴァイスは続けて言葉を発した。
「良いか、お前たち。今からお前たちが会うのは、我らの命を指先ひとつで簡単に奪えるお方だ。ケルベロス様・・・・いや、ベヒーモス様と同格の魔物であると認識しろ。神話上の化け物といっていい。敬意を持って接するんだ。良いな?」
「お、お前【チャーム】で操られてるんだろ?? そうして俺たちをアンデッドの都合の良いように先導しているんだろ・・・・?」
「もし仮にそうだったとして、だったら何だというんだ? 他者の命を簡単に奪える圧倒的な強者が、息を吹けば飛ばせるような一兵卒のフェンリルを魅了したとして、何かが変わるというのか??」
「知らないわよ!! なら私たちはどうすれば良いのよ!! アンデッドの支配下に入るなんて・・・・そんなの、死ぬより恐ろしいことをされるに決まっているわ!! 真っ平ごめんよ・・・・!!」
「そ、そうだ、みんなで一緒にそのアンデッドを倒すっていうのはどうだ?? 全員でかかれば流石にアンデッドの化け物でも殺れるんじゃないか? 何たって相手は物理耐性の低い脆弱な種族なんだし・・・・」
「そ、そうだよ!! みんな、村に来たあの首のないアンデッドの恐ろしい姿に翻弄されて忘れているけど、本来、アンデッドなんて種族は黒狼族の敵になり得ない存在なんだ!! お前らはスケルトンを恐れたことがあるのか!? ないだろ!? だから下位種の魔物に上位種の俺たちが負ける道理がないんだよ!!」
そう発言した若いフェンリルの雄に、周りがおぉー! と歓声を上げる。
しかしそんな彼に、ヴァイスは呆れたようにため息を吐いた。
「はぁ・・・・あのな、お前たちが束になったとして、階層支配者を殺せる魔物に何かできるというのか?? 黒狼族全員でとびかかっても、ケルベロス様にすら叶わないのは分かっているだろう??」
「だ、だったら、か、階層の端まで逃げるとか・・・・」
「無理だな。彼の配下のアンデッドたちであれば、どこまで行っても追って殺すことができる。何故なら彼らアンデッドには基本、体力というものはないからだ」
その一言に、若いフェンリルは顔を蒼白にさせた。
「まったく、あのお方の姿を見ていない者は現実というものをまるで理解していませんね・・・・」
ボソッと小さな声で、ヤオはそうこぼした。
ヴァイスはそんな隣に立つヤオを一瞬一瞥した後、すぐに集団へと視線を戻す。
「良いか、お前たち。とにかく、くれぐれもあのお方には失礼のないよう注意してー----」
「あっ、姫様だー」
子供のフェンリルがそう言って、上を見上げる。
それにつられて、他のフェンリルたちも次々と上空を見つめた。
そのフェンリルたちの視線の先には、城の最上階ー---バルコニーに立つ、ルーナの姿があった。
「黒狼族の皆様、御機嫌よう。第四階層支配者・・・・いえ、元第四階層支配者ケルベロスの妹、ルーナ・ヴァシュエリィでございます」
スカートをつまみあげ、片足を奥へ引き、ルーナは軽く頭を下げる。
そんな彼女の姿に、子供や若いフェンリルたちは安堵の息を吐いた。
「良かった、姫様はご無事なんだ・・・・」
「ケルベロス様の血を引く彼女が生きているのならば、黒狼族の未来も明るいかもしれない!!」
「そうよ!! ルーナ様がいればまだ希望はあるわ!!」
「・・・・・・・・・・ハッ。ガキどもが。あんな偽物に絆されやがって」
だが、ある程度年齢がいったフェンリルたちは、嫌悪感まるだしのあからさまな態度を取っていた。
「半魔の紛い物の姫君が、俺たち純潔の魔物を見下ろすなんて・・・・腹立たしいな」
「本当、いつ見ても獣人族にしか見えない憎たらしい見た目だわ。私たちが人間たちのせいで地下で暮らさなければならなくなっているのを分かっているのかしら」
「ヴァシュエリィ? あいつ、人間にしかない『姓』を名乗ったぞ?? やっぱりあの女は魔物じゃなく人間なんだな」
「劣等種族が!! そこはケルベロス様だけが立つことを許された場所だ!! さっさと降りてこい!!」
フェンリルは若い者より年老いた個体の方が数が多いので、自然とヤジの声が大きくなってしまう。
けれど、そんな自身に降り注ぐ罵倒の声を聞いても、ルーナは静かに微笑みを浮かべるだけだった。
「皆様、相変わらずお元気そうでなにより。ですがこれより、新たなる階層支配者になられるジャック様がお見えになります。失礼な態度は慎まれるよう、お願い致します」
そう言って彼女は一歩下がった。
そして彼女の後に出てきたのはー------。
「えー、新しくこの階層の支配者になった」
「ジャック・オー・ランタンのジャックだ」
「よろしくなー」
巨大な犬の身体・・・・もとい、ケルベロスの首に三つのカボチャ頭が付いた、正体不明の謎の生物だった。
遡ること数十分前。
俺は、新たなスキルを得るためにケルベロスに【リビングデッドコントロール】を使用し、奴の身体と合体☆した。
だけど、今回の合体☆は、今までとは違うおかしな事態が巻き起こってしまった。
「「「なんじゃこりゃああああああああああああああっっっっっっ!?!?!?!?」」」
首をつなげた瞬間、俺の頭はケルベロスの身体に見合うようにサイズが大きくなる。
いや、それだけなら「まぁそういうシステムなのか」程度で納得できるものだ。
俺が驚いたのはそこではなく、首をつなげた瞬間・・・・両隣の左右の切断面から、俺と同じ顔をしたカボチャ頭が生えてきたことだった。
《報告 ケルベロス23世 レベル78 の持つパッシブスキル 【人格分裂】が発動致しました》
「パッシブスキル!?」
「なんじゃそりゃ!?」
「今まで【アナライズ】で見てきたステータスにはそんなもんなかったぞ!?」
口を開いたら、三つの顔で言おうと思っていた言葉が同時に出てきた。
摩訶不思議すぎるその状況に、俺の頭はどんどん混乱していく。
《パッシブスキルとは種族や血統に起因するもので、その個体が独自に持つ固有特性となります。基本的に常時自動発動しているものが大半で、その性質上、ステータス上では明記されないものとなります》
「えぇ・・・・」
「【アナライズ】で開示できないとかマジかよ・・・・」
「なにそれ、どうやって確認すれば良いの・・・・」
《上位情報魔法【ハイアナライズ】を習得すれば視認可能です。または専用の魔道具を使用することでも開示することが可能になります》
まーた手に入れなければならない新しい魔法が出てきちゃったよ。
【ホーリーライト】も欲しいし、固有特性を見れる【ハイアナライズ】も欲しいし・・・・もうおぢさん欲しいものがありすぎて辛抱たまらん!!
それらを手に入れるためにはやはり【リビングデッドコントロール】で奪うかレベル上げのスキルポイントで獲得するか、か・・・・どちらにしても道のりは長くなりそうだぜ・・・・。
まぁ、新しい魔物に出会うまでは、地道にレベル上げするとしますかね。
《報告致致しますが、ジャック様はすでにレベルが限界値に到達しております。なので、これ以上経験値を得ることは不可能になっています》
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」」」
《繰り返し申し上げますが、ジャック様は既にレベル15の限界値に到達しているため、新たにレベルを上げることやスキルポイントを入手することが不可能になっています。そのため、先ほどのケルベロス討伐の経験値は入手できておりません》
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んんん? 何それ? どゆこと?
もう俺、レベル上げられないの?? これ以上強くなれないの?? 【リビングデッドコントロール】あるからそこまでダメージはないけど、何か自分の能力はそこまでのものと言われている気がして悲しくなってきたよ??
《クラス変更、もしくはある条件を満たすことで再度レベルを上げることは可能です》
「クラス、変更? 条件?」
「確かに【アナライズ】で見たステータス上にはクラスっての書いてあったけど・・・・」
「いや、まだレベル上げができるなら何だって良い!! 教えてくれ!! どうすればクラスを変更できるんだ!? というかそもそも今の俺のクラスって何!?」
《それはー--------》
「あ、あの、ジャック様、大丈夫ですか??」
ひとりでブツブツ・・・・いや、三つの頭でブツブツ言っている俺を、ルーナが困惑した顔で見つめていた。
このアナウンスの声は俺にしか聞こえないから、彼女の目には俺がひとりで何者かと話す奇怪な存在に見えたことだろう。
とりあえず、今から黒狼族の前に出なきゃならないし、クラスのことは後回しだな。
俺は三つの頭でゴホンと咳払いしつつ、ルーナへと視線を向けた。
「すまねぇ・・・・」
「まさか顔が三つになるとは思わなくて・・・・」
「ちょっと混乱してしまってた・・・・」
「・・・・ジャック様のその能力は・・・・・相手の身体に乗り移り、その主導権を奪う・・・・そういった類のものなのでしょうか??」
今の流れを見ただけで一発で俺の能力を看破しちゃったルーナちゃん。
やっぱこの娘頭の回転早えー・・・・下手な噓ついたら即座に見破ってきそうで怖い。
俺は彼女のその言葉に軽く頷くと、ルーナは目をキラキラと輝かせた。
「す・・・・素晴らしい御力ですッッッ!!!!! で、でしたらジャック様は、他の階層支配者の身体にも乗り移れるということですよねッ!?!? どんな者の力も、死体になれば貴方様のものになる・・・・・殺せば殺すほどつよくなれる能力・・・・・・はぁっ、やっべーわぁ・・・・涎とまんねぇ・・・・」
ジュルリと粘ついた唾液を口の端から流しながら、ルーナは頬を赤く染め恍惚とした笑みを浮かべる。
「あ、あの・・・・」
「ど、どうしたの・・・・」
「ルーナさん・・・・?」
「ハッ!!!!!!」
トリップが終わったのか、ハッとした表情で口の端を腕で拭くと、ルーナは佇まい正し、いつもの凛とした表情をその顔に浮かべた。
「申し訳ございません。ジャック様のその御力を前に、少々、興奮してしまいました」
そう言って、長い黒髪を垂れさせ、頭を下げるルーナ。
俺はその変わり身の早さにドン引きしつつ、ある状況の異変に気付く。
「あれ・・・・・?」
何か声が聞こえる・・・・外が、騒がしい・・・・?
「第四階層にいる黒狼族が集まったようですね」
彼女はそう言うと、玉座の裏手にある上層への階段へ先導するように足を進めた。
「ジャック様、こちらにいらしてください。上層のバルコニーからならば、ジャック様の威厳を第四階層の愚かなフェンリルたちに示すことができるでしょう」
「あ、あぁ」
「わかった」
「今行く」
ドスンドスンと動きにくい巨体を動かし、3本足で何とか上へと向かう。
その途中、背後からの視線に気が付き、俺は思わず振り返った。
「ミュウ・・・・・」
そこには、白蜘蛛ちゃんが、いた。
あの子はかつてゴブリンナイトと合体したときに見せたあの表情を、また、俺に見せていた。
(わかっている、わかっているわよ、白蜘蛛ちゃん・・・・・今の俺が三又のカボチャ頭の巨大な犬という、訳の分からない姿をしていることはね・・・・・・)
本当、何なんだろうね、今の俺のこの姿は。
極めてなにか生命に対する侮辱を感じる物体になっている気がするよ・・・・。
早く人間の形をしたまともに見えるカボチャ頭の生物に、私、なりたいわ。
「? どうしましたかジャック様? 立ち止まって、デス・スパイダーと見つめあって・・・・」
「いえ」
「なんでも」
「ありません・・・・」
そうして俺は慣れない身体で階段を上っていき、上層のバルコニーへと辿り着いたのだった。




